欠乏のストーリー♪~幸せのありか~

突然ですが、世論調査です。

①あなたが心の底から欲しがっているものが手に入る方法を教えます。

②あなたが心の底から欲しがっているものは手に入りません。無理!
でも、まるまる幸せを感じる方法を教えます。

どちらに一瞬惹かれるでしょうか?

以前の私なら確実に①で、欲しいものが手に入って落ち着いたら、②を知ってみたい・・・みたいな感じだったと思います。

なぜ、以前なのかというと、幸か不幸か自分が求めているものが手に入らなかったからです。

チーーン

おかげで私には、欲しいものをあきらめて、気持ちを妥協しながら生きるという選択と、幸せになれないってほんと?と自分を深く見る選択しかありませんでした。

で、もちろん、二つ目をじっくり見ていったのです。

いやいやまぁ、そこにあった感情の層、思い込み、長い間投資してきた「私の人生ストーリー」のエネルギーの量はすごかったです。

あっ、これは、いくつものワークを経て、何年間分を振り返った感想です。

ものすごく簡単にまとめてしまえば、私は壮大な「欠乏のストーリー」に深くはまっていたんですね。

もちろん、欠乏のストーリーを行きながらも、癒しが深まるうちに愛や受容も強く感じられるし、心に余裕も生まれるし・・・と、欠乏感はかなり減っていきます。

ですが、人によってはここが危ういポイント。はまっていることに余計に気づきにくくなり、“私はもう自分を癒したんだし・・・”と自分の見ている世界をすごく正当化したくなってしまうんです。

私はちゃんと自分を見れているから、この状況は私ではなくて私を認めないあの人がおかしい、いくら癒したところで、この状態が変わらないと安心できない~みたいな。(このパターンにはまるとかなりややこしい。もちろん経験者。)

私の場合、ほんとうに小さいときからこのストーリーが始まり、これがもう空気のように当たり前になって人生を歩んできました。

その感覚から世界を把握し、他者との関係を作り、人を判断し、仕事をして・・・・と、生きるフレームワークというか、あゆかのOS(オペレーティングシステム)だったのです。

ですから、当然自分がそんなストーリーにはまっているなどつゆほども気づいていませんでした。

OSというのは、ある意味「私そのもの」ですから、何かについて悩んでいてそれを解決しました!というレベルをはるかに超えています。

ので、OSにワークすることへの難しさは、あまりに当たり前になってしまっているため、自分の中で問題化しないという点です。

ですが、多くの自己ワークをしていくうちに、まるでパッチワークが一枚のデザインになるように、なにがどうつながっているのか、自分の自我の構造が見えてくるんですね。

で、そこに一貫して流れているストーリーがあって(一つだけではありませんよ~)、最も大きなストーリーが、私の場合この欠乏のストーリーだったのです。

そうやって振り返ってみれば、人生あれこれ自分中心に楽しんでいたつりだったけど、どこかにいつもアウトサイダーみたいな感覚があったことに気づきました。

改めて気づいてみると、自分には当たり前すぎる感覚で、それ以外の感覚って何?みたいな感じだったのです。

実際にそこを深く見てみると、「私は人生の王道を歩けない人」(なぜなら欠けている人間だから)というストーリーがガッツリ走っていました。

自分は日陰の人、人生の負け組だと強く思い、その視線から社会や他者を見ていたのです。

ちなみに私たちの意識上にある思いと深く心の中に抱いている思いは、ほぼ間違いなく違います。そういう意味で、カウンセリングやセラピーの目的の一つは、無意識を意識化することにあるとも言えるかもしれません。

さて、ここからが本番。(前置き長すぎ)

私は欠乏のストーリーにとりわけどっぷり浸かっていたほうかもしれませんが、基本的にすべての自我が多かれ少なかれ欠乏ストーリーを生きています。

愛やつながり、安定をどこかで常に求め、いつの間にかそれが生きる原動力となっていたりもします。

求めること=生きることみたいな。するとだんだん、求めないことのほうが寂しく感じ始めたりしてくるのです。求めることを辞めること=夢をあきらめることになってしまうんです。

ちなみに前の記事に書きましたように、ここではハートからではなく、心の飢えからの求める思いを書いています。

この勘違いが始まって、ますます求めることに執着するというパターンが強まる。

それが手に入れば、自己価値が高まる、罪悪感を感じないで済む、愛されていると感じられる、安心できる・・・・。

執着しているものが「悟りの真実」とかなると、これもまたややこしい。

でも、求める気持ち自体は決して悪いものではなく、そこには愛を感じられていない自分がいるだけ。なので、存在に気づいてあげて、言い分を聞いてあげて、そして抱きしめてあげる。

そして、求める衝動が癒されて行ったとき、手に入るボーナスは、幸せを探す場所を間違えていたことに真に気づけること。

それは、求めなくて良い心の平和の発見と自分や社会の思い込み、「かたちの幸せ」という縛りからの自由。

そして、自分の本質という穏やかな心に落ち着く。

ということで、“飢える者は幸いなるかな”♪

 

PS: ちなみに現在抱えている問題から「楽になる」が目的であれば、癒しにそんなに時間かかりません。

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古代メキシコの賛歌~許し、愛、自由~

古代メキシコで話されていたナワトル語(ユト・アステカ語族)で書かれた賛歌を訳してみました♪ (英訳から和訳しました)

~・~・~・~・~・~・~・~

私を上手く育てることができなかったという思いから、私は私の親を解放しよう。

私を喜ばせ、私が鼻高になれる必要性から、私は私の子どもたちを解放しよう。
子供たちが自分の耳にささやきかけてくるハートの声に従って自分史が書けるように。

私の心を満たし、完全にする義務から、私は私のパートナーを解放しよう。私は何も欠けていないし、私はあらゆる人から常に学び続けていく。

これまで生きた祖父母とそしてまたその上の親たちに、私が今ここに生命の息吹を吸い込めることに感謝したい。

彼らの過去の失敗や達成できなかった夢から、私は彼らを解放しよう。彼らがそのとき自分が持てる意識の中でベストを尽くし、状況を解決しようとしたことを私は分かっている。そんなあなた方を尊重し、愛し、あなたが無実であることを理解したい。

あなた方の前に私は透明となろう。それによって、私が自分自身と自分の存在そのものに正直である以外は、何も隠すことなく、何も所持せず、ハートの智慧とともに歩いていることがあなた方に分かるように。

自分の人生のプロジェクトを満たし、私の平和と幸せを乱すかもしれない家族への義務、または暗黙の忠誠から私は自分自身を解放しよう。それが唯一私が取れる責任だから。

私は、他の人の期待を満たしたり、調整する救世主の役を降りることを宣言する。

愛を通して、それだけを通して、私は自分の本質、自分らしい表現を讃えよう。

たとえ人が私を理解しなくても。

私だけが私の歴史を生き、経験し、そしてまた、何を感じ、何をして、なぜそれをしているのかを知っている。だから、私は私自身を充分に理解してあげたい。

私は、私自身を尊重し、自分の価値を認め、

自分とあなたの中にある神聖さを心から讃える。

私たちは自由なのだ。

~・~・~・~・~・~・~・~

この文章に何か加えるのは、野暮な感じがしますが、書いちゃいます。

この賛歌は一見、私~、私~と連発していますが、これは、分離した個の私の目線を超えているなぁと読んだときに強く感じました。

私という個は本来存在せず、自分の本質(気づいている意識)が何なのかが分かっている上で、個を生きる視線だと感じたのです。

自分が分離した存在だと信じているうちは、どうしても欠けた感覚がつきまとい、誰かに満たしてもらう、または何かで満たす必要性がでてきてしまいます。

自我はまた、自分の悪いところや欠点、ダメな自分(と信じているところ)を一生懸命隠したり、補ったりしながら、何かを得て(物質的なものだったり、自分が信じる教えだったり)、それを所有することで自分を守って生きていきますよね。

また、親や子どもやパートナーへの欲求や期待、または自分を縛る代々のしきたりなどを真に手放すには、まずは自分がそれをしていると気づく必要があります。

たいていは、正論や当たり前という感覚の中にそれらは埋もれてしまっているからです。

なので、まずは気がついて、そして、それらを手放す過程で癒しやさらなる気づきがたくさん必要となるでしょう。(これはこれでとても楽しい)

そんな“私のストーリー”から抜け出して、自分の本質というスタンスのみに立ち、透明であることはとても難しいものです。少なくとも私にはとても難しく感じられます。

でも、もし自分を深く見つめるスキルがあれば、それがどんな求め、どんな苦しみ、どんな悩みであれ、最終的に自分自身の本質を忘れたところに行きつきます。

本質を忘れていたと気づいた瞬間、自分が一度もそこから離れたこともなかったと知るでしょう。

自分の本質が見えたとき、そこは決してゴールではなくて、自我がその新しい目線で歩んでいく始まりの地点です。自我である自分とのまったく新しい関係作りの始まりですね。

最終的に大切なのは、自分の本質を今感じられているかどうか、つまり愛を通して自分を表現している?ということなのでしょう☆

PS: 遅ればせながら、前回のコメントへのお返事いたしました♪ 素敵なコメントをありがとうございました!

 

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望んでいるものが手に入らない? 大丈夫!

ずっと以前から書いていたことではありますが、ますます、そうだよなぁ~~と思うことは、

~~~が欲しい、または~~~したいと思ったとき、例えば、

もっと痩せたい、
もっとお金が欲しい、
結婚したい
子供が欲しい
夢を実現したい
心の平和が欲しい
存在の真実が知りたい

なんでも良いのですが、~~が欲しいとか、~~したいと思ったとき、次に沸いて来る思いは、たいていはどうしたらできるか?ですよね。

でも、たぶん一番大切な問いは、Howではなくて、why?だと思うのです。

なぜそれが欲しいの、なぜそれがしたいの?

あっ、その前に「二つの欲しい(want)」をお話させてください。

“欲しい(want)”には二種類あり、一つはハートから出てくるもの、もう一つは飢えから出てくるものがありますね。

で、この見分け方は非常に簡単で、飢えから出てきている“欲しい(want)”は、それが手に入るまで幸せになれないと感じているもの。

一方、ハートから出てきている“欲しい(want)”は、それを考えているだけですでに楽しく、手に入るかどうかなど、結果はほとんど気にならないものです。

30代後半頃、私が子供が欲しいと思っていたときは、飢えからの“欲しい”だったので、子供がいない自分は幸せじゃないと強く感じていました。

でも、セラピーを学びたい、もっと心について知りたいという思いは、ハートから出ていたので、セラピストになれるかどうかは全く分からなくても、そのときが楽しくてたまりませんでした。

ということで、ここでは飢えた心からの“欲しい(want)” をお話しさせてください。

なんでこんな話がしたいかというと、セッションでは、例えば、“痩せたいのに痩せられない”とか、“お金がいつも不足気味だ(もっと稼ぎたい)”といったようなテーマもそれなりに扱います。

クライアントさんとしては、どうしたら痩せられるようになるか?、どうしたらお金がもっと入る自分になれるか?という頭でいらしていることが多いのです。

でも、医師に警告された肥満でもない限り、大切なのは、どうしたら痩せられるか?ではなく、なぜ痩せたいのか?だと思うのです。

というのも、飢えた心からくる“欲しい(want)”は、その対象がなんであれ、本当に求めているのは、“無条件の愛”だからです。

で、とっておきの秘密は、私たちの本質は既に無条件の愛そのもので、私たちが本当に求めているものを私たちが失ったことは一度もないんです。

でも、私たちのマインドは、“痩せたら自分をもっと好きになれる。人からも愛される”と、今ここに愛はなくて、何かを得ることで、それが見つかると思い込んでいますよね。

とっておきの秘密と書きましたが、ノンデュアリティやスピリチュアルなどに傾倒している人であれば、自分の本質が無条件の愛であることは、きっと分かっていることでしょう。

でも、それでも自我を超越しないとそれが分からない、自分の波動を上げないと感じられないなどなど、やはり何かをする、何かを得ないと、分からないと思っているかもしれません。

ここでちょっと、14世紀のドイツのスピリチュアルマスター、マイスター・エックハルトの言葉を引用させてください。(エックハルト・トールはこの人から名前を取ったそうです)

~・~・~・~・~・~・

ある人たちは、神を牛を見るように目で見たがり、牛を愛するように神を愛したがる。

彼らは牛がミルクやチーズを生み出し、彼らに利益を与えるから牛を愛するのだ。

ある人たちもこんなふうに外に求める富や心の快適さのために神を愛する。

しかし、自分の利益のために神を愛するのは正しいことではない。

あなたに真実を教えてあげよう。

あなたが求めているいかなる対象物も、それがどんなに良いものでも、

それはあなたと究極の真実の間のバリアとなってしまうだろう。

~・~・~・~・~・~・

これは神だけを純粋に愛しなさいみたいな説教ではなく、ほんとうにそのまま真実だと思うのです。

二種類の“欲しい(want)”に話を戻すと、飢えた心からの欲しいは、こんなふうに本当に欲しいもの(無条件の愛)の間に何かを挟んでしまうなぁと。

私自身を振り返っても、そんなことばかりして、苦しみ街道を歩いていたとつくづく感じます。

とはいえ、「自我=飢え」みたいなものですから、何かが欲しいという思いは沸き続けるでしょう。

なのでそんなときは、“なぜ私はそれが欲しいの?”という問いをして、そして、もしそれが手に入ったら、自分はどうなると思う?と問いかけてみると良いかもしれません。

安心できる(惨めな自分、哀れな自分にならずに済む)
堂々とできる(自信のなさがカバーできる)
穏やかになれる(今苦しい感情が渦巻いているから)
愛を感じられる(自分は自分を愛せないから)

(※かっこ内の思いは人によって違います)

などなどといった思いが出てきたら、それをよ~~く感じながら、さらに自分が究極に求めているものを感じてみましょう。

そうこれだ!、これが私が本当に求めているものだった!と涙が出てくるまで。涙が出てくるまで。涙が出てくるまで。3回書きました。(体で理解してもらいたいので)

そのとき、自分が何も欠けていないし、失っていないし、足りないものはないと分かり、あなたの欲望は、自我の欲望から生命の情熱へと移っていくはず♪

う~む、このテーマはいろいろな角度から書けますので、またいつか~。

 

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トラウマ、二つの夢、そして目覚め♪

さぁて、面白くなってきました!

何が?というと、

ノンデュアリティ、心のしくみ、脳科学、神経学、量子学がますます統合してきている面白さです。

たまりません♪

で、ここ数年、欧米の心理の分野ではトラウマ研究がブームです。ブームというのも変ですが、数多くの会議やセミナーが開催され、動画などでも情報が溢れ出しております。

科学とノンデュアリティの国際会議でも、毎年トラウマの研究者やセラピストが招待され、活発な議論が展開されています。

なぜ、今トラウマなのか?と考えると、人類が目覚めようとするにあたって、個人のトラウマ、民族のトラウマ、人類共通のトラウマを癒す必要があるのではないか・・・と思うのです。

と、ここまで来て、自分はあまりトラウマと関係ないと思う方も多くいらっしゃるでしょう。

いわゆる分かりやすい一過性のトラウマ(事故、災害、事件など)や虐待やニグレクトのような複雑性トラウマはなくとも、愛する人の死、突然の解雇、友達の裏切り、子供のころのショック体験などなど、多かれ少なかれ、私たちはトラウマ的体験をしているものです。

ここでトラウマと脳や自律神経との関係とか、夜が明けるまで話せるぐらいオタク(付き合ってくれる人がいるかどうかは別にして)ですが、超大雑把かつ簡単に書いてしまうと、

トラウマや幼少時や育った環境から出来た思い込みなどは、無意識のうちに自分の中に世界観として刻まれます。

例えば、父親が無口で感情をあまり出さないタイプで、母親が逆に口うるさいタイプ、自分もあまり表現しないタイプだった場合、その人の中のインナーワールドは、父が遠くにいて後ろを向いている、母親が自分に覆いかぶさるように支配している、自分は動けない状態で小さくなっている・・・となっているかもしれません。(人それぞれまったく違います)

で、私たちが感覚としてリアルに強く感じて生きているのは、ありのままの現実の世界ではなく、こちらのインナーワールドのほうになります。

そして、このインナーワールドはそのまま外に投影されるので、例えば、穴が開くほど人を見つめても、人が自分のことを受け入れてくれているのかどうかがまったく読めない、なので自分の言動にいまいち確信がもてない、でも、誰かと親しくなるとだんだん支配されている感覚になってしまう・・・とか。

これだけ毎日しっかり生きているインナーワールドですが、無意識のうちに形成されているために、ほとんど自覚されることがなく、単純に人付き合いが疲れすぎるわ~~としか感じられていなかったりします。

そしてたいてい私たちは、自分が見ている世界や自分が経験していることは、ほぼほぼ事実を正確に捉えていると思っていたりします。なので、自分を変えるより、他者や状況を変える方向に意識が向き、そっちへ走りたくなるんですね。

人付き合いが大変なのは、自分の周りにはいつも面倒な人が多いから・・・・みたいな。

インテグレイテッド心理学と他の心理学の違いは、インテグレイテッド心理学はこのインナーワールド(=投影ワールド)のしくみを深く説明することと、個人の中からそれらを引き出すことに特化していることです。

で、ここものすごく大切なんです。というのも、繰り返しになりますが、私たちはありのままではなく、常に自分のインナーワールドのほうを生きているからです。

思いが現実を創るとは違う話です。そうではなく、ありのままがインナーワールドによって歪曲されるということです。

それがよく分かる例として、“見える、聞こえる、感じる、思える”という言葉を私たちはよく使いますよね。

自分を馬鹿にしているように見える、怒られているように感じる、ダメだといわれているように聞こえる、ここに居てはいけないように思える・・・などなど。これらは、ぜ~~んぶ立派な「投影用語」です。

そう、自分でもある意味分かっているように、そう見えたり、聞こえたりするだけで、ありのままの事実とはまったく違うんです。が、私たちがそう言っているとき、ほぼ間違いなく、それは事実だと思っていますよね。相手は自分を馬鹿にしていると。

それぐらいインナーワールドのほうが断然リアルなんです。

さてでは、これがどう脳科学と関係してくるかというと、脳は意識上に思っていることではなく、潜在意識のインナーワールドのほうに反応するということなんです。

ですので、メインのインナーワールドがもし恐れに満ちたものであれば、脳が常に「警戒」モードになり、身体が緊張し、呼吸が浅い状態が普通になってしまいます。なので、安心感も感じられにくくなってしまうのです。(←超大雑把な説明です)

これと神経学や量子学がどう結びつくかを語りたいのですが、ここでは無理すぎなので省きます。

とりあえず、生き辛いと言っている人はほぼ間違いなく、生き辛いインナーワールドを抱えています。物心がたいしてついていない幼い頃に作られることが多いので、覚えている限り人生ずっと生き辛いという人もけっこういます。

このインナーワールド(=投影ワールド)の考えは、もともと「奇蹟のコース」にある自我の働きとエックハルト・トーレの教えをベースにしています。

つまり、誰かの理論や研究というよりは、自我の心のあり方をそのまま教えてくれているものです。自我目線でない、ありのままの姿が見えている悟りの目線で自我の働きを捉えているところが非常に大きなポイントです。

なぜなら、それはある意味心の自然観察学でもあるからです。だからこそ、脳科学ともマッチするのだろうなぁとも思います。

さて、トラウマと目覚めについて話を戻すと、トラウマとは、私たちを自分自身とそして外界とをもっとも分離させる体験です。

なので、トラウマによってできるインナーワールドは非常に孤独な世界で愛やつながりからを失ったものになっています。

この孤独な場所に閉じ込められた自分をまず救ってあげることで、一つの大きな投影が落ちて、愛という名のありのままが顔をだしてきます。

これも一つの夢からの目覚めと言えるでしょう。

自分の投影ワールドという深い夢からの目覚め。

私たちは二つの夢を見ていて、一つは自分の投影の夢。それぞれ違ったユニークな夢。

そして、もう一つは“個の自分がいる”という夢。それは人類に共通した夢。

でも、まずは自分の夢から目覚めてみるのも悪くないですよね♪

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間違いや失敗はぜんぜん悪くなく、悪いとしたら・・・

かつての私にとって、間違いや失敗を指摘されることは死刑宣告みたいなものでした。

なので、何かを発表したりするときは、どこか間違いを指摘されるんじゃないかと、おどおどドキドキ。

あまりにそれを恐れているので、万が一何か指摘されると、言い訳という防衛か、怒りという攻撃(あなたのほうが間違っている!)ばかりしていたものです。

が、この道に入って自分を癒していくうちに、だんだん自分の深い投影から目覚めて正気に戻り(笑)、息をするようにスムースに間違いや失敗を認めることができるようになりました~。

超~~楽♪

昔なんであんなに怖かったのかというと、やはりそれは、周囲の目だったのだと思うのです。

ただ、周囲の目って自分の目なんですが。

間違えたら、人は私をとことん許してくれない、もう絶対信頼してくれない、あいつはダメだって一生思うに違いないと思い込んでいましたが、単にまったく同じことを自分が自分にしていただけでした。

だから、人が許してくれないように見えたり、感じたりしただけ。

でも、実際に誰かが間違えたり、失敗したりすると、それを怒る人、批判する人、非難する人はたくさんいますよね。

だからみな、間違いや失敗はしてはいけないと思ってしまうのでしょう。

仕事の内容によっては、“少しのミスも許されない”とか言ったりしますよね。

でも、私はここで“間違えるのが人間なんだ”キャンペーンを張りたいと思うのです。

ついでに言ってしまえば、

間違えること
失敗すること
迷惑をかけること
人を傷つけてしまうこと

ぜんぶ“人間だから~~”キャンペーンを張りたい。

これらは何一つ悪いことではなくて、私たちがどうしても人生の中でやってしまうこと。

でも、悪いことがあるとしたら、それらをなかったことにすること、否定してしまうこと、隠してしまうこと、それらと向き合わないことだと思うのです。

間違えたことをなかったことにしたとき、正されていないものをベースに生きることになるから、どんどん歪みが生まれる。

不祥事を隠してしまえば、関わった人たちのなかにいつまでも傷として残り、それが人生の喜びを覆い隠してしまう。

誰かを傷つけたことを否定したら、傷は2倍以上に大きくなって、隠したはずの罪悪感が相手だけではなく、自分とのつながりも断って心に穴が開いてしまう。。

でも、

そもそもなぜ人間は失敗したり、間違えたり、人を傷つけてしまったりするのだろう?

答えは簡単♪

完ぺきじゃないから。

じゃぁ、間違ったり、失敗したりしたとき、私たちは一番何を学ぶべきなのだろう?

二度と同じ間違いをしないようにすること?

そう考えて自分に力をくれるならきっとそう頑張る価値もあるでしょう。でも、そう考えて体が緊張してしまうなら、ここにもっと良い方法があります。

それは、そんな自分を許すこと。

周囲が許さなくても、まずは自分が自分を許す。許したつもりの開き直りとか、頭だけで許すのだ!と決めて努力するのでもなく、真に許すこと。

とはいえ、心理セラピストですから、それがどんなに難しいことかよ~く分かっています。

でも、自分を“真に”許す方向に向いたとき、私たちは否定やなかったふりはもうできないですよね。自分が何をしたのか?どうだったのか?・・・・がどうしても出発点になります。

でもそれは自分を責める旅ではなく、自分を許す旅。

この旅の途中で、かならず自分の気づかなかった傷に出会ったり、思い込みや抑圧された声、感情たちに出会うでしょう。

許すのは、こういった傷や声、思い、感情たち。

なぜなら、それは誰もが持っている私たちの不完全さの証。

そして、一つ一つの思いはいつも、“怖かった”、“分からなかった”、“愛が欲しかった”という愛らしい声たち。

このとき、一番必要だったのは、許しじゃなくて、癒し(=幻想から目覚めること)だったのだとわかるでしょう。

これらが明るみに出て、受容され、許されることで、私たちは愛を知っていく。愛が力をくれるから心から謝ることもできる。

そして、批判、非難している人たちの問題も見えてきて、自然と境界線も引け、どこまでが自分の問題で、どこからが周囲の問題か分かるようになるはず。

愛はものごとをクリアにしてくれるますよね。

究極的に人生は私たちが愛(目覚め)を知るための材料で満ちているのかもしれません。

不完全を完全にすることではなく、不完全を許し愛せたら、私たちは生きる深さを学び、もっと生命の本質と触れあえますね♪

~インテグレイテッド心理学~

すべての人が自分の投影ワールドに住んでいる。(思考が現実化するという意味ではなく)

私たちは事実ではなく、自分の投影ワールドを見ている。これが分かれば、人生の問題から依存症、さまざまな問題の糸口がよく分かります♪ 

心のしくみを悟りの観点から紐解く実践心理学♪ 

 

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傷つくのがほとほと嫌になったとき♪

精神的な成長というのは、ときには努力とかよりも、ほんとうに飽きたときに訪れるのかもしれません。

というのも、ある日、あまり眠れない晩がありました。まぁ、それなりにある話ですが、仲が良いと思っていた人があちこちで私への批判を繰り返していたと知ったからです。

完全に誤解されていると思ったし、相手への非難の気持ちでいっぱいになっていたのです。

どうして?なぜ?と考えがめぐり、ベッドの中で寝返りを打っているうちに、何の拍子だったのか、急に時が止まったかのような空間の中で完全に“見た”のです。

はっきり、くっきりと。

その見えたものというのは、

私を傷つけているのは私の怒りだということ、

私は私の怒りに傷ついているということ、

です。

もちろん、そんな心のしくみはとっくに知っていたし、相手がどんなに悪く見えても、痛いなら自分の中にボタンがあるね~と自分癒しに励んできました。

でもそのときは、ほんとうにそれが“見えた”のです。「私の怒り」という、何か実体があるものが私を押しつぶそうとしているのを。

それが見えた瞬間、もう本当にこんな生き方にはつくづく飽きた、徹底的に嫌気が差した、ほんと~にこれを最後にして、別の生き方をしたいと強く思ったのです。

誰かが何かをする→腹が立つ→あれこれ考えて対処する、そんな生き方を何万回?と飽きもせず繰り返していた。

自分では、冷静にあれこれ考えて対処していたつもりでも、結局その動機は怒りに支配されていて、ときにはあきらめや悲しみという同伴者もくっついてくる。

私を傷つけるものは、私の傷しかない。みな自分の傷に傷ついている。

でももう、自分の怒りや自分の恐れでもう傷つくのは辞めにしたい。まじで飽きたから。

だから、これからはいつも愛を選択していきたい。

それは、良い人になりたいからでも、悟りたいからでも、自分の波動を上げたいからでもなく、心の底から飽きたから。

私を本当に守ってくれるものは、愛しかないと見えたから。

相手を攻撃して、自分の傷を守る生き方ではなくて、自分の傷を癒して、ほんとうの意味で自分を守りたい。

もちろん、これからも怒りや非難する気持ちや恐れやいろいろ湧いてくるでしょう。

それはそれで良くて、しばらく泳がせてあげて落ち着いたら、それらの思いや感情に耳を傾けてあげれば良い。

でも、聞いてあげた後で、自分の中の愛が見えるまで癒して待ってあげたい。

実は私、その待ってあげている時間がけっこう好きなんです。

まだすっきりしていないけど、自分の中の癒されない声たち(私の頑張りを理解して、私はひとりぼっちで大変だった、愛が見えなくて不安だったの、etc)を聞きながら、その先に優しさが現れる予感にひたる。

力強くほんとうに私を守ってくれるものの到来がすぐそこに来ている予感。なかなか良いものです。

そのうち、私はこうありたいのだ・・・・という自然な自分の思いが現れて、その思いとともにいれば、自分がゆるぎないものに守られていると感じるはず。

そして、もちろん最終的に愛は相手も守り、すべてを守ってくれる。

愛がすべてを解決する・・・・、なんだろう、ずっと知っていたことでも、自分の血肉になったとき、それはまったく違う顔を見せてくれます。

愛を選ぶと本気で決めたとき、まだそれがどんなことなのか分からなくても、具体的にどうしたら良いのか分からなくても、人生の主役は自分から生命へと移る。

それはまた生命への降参の一つの形であって、大海の小波が大海として生きる始まりでもありますね♪

 

~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・~・

さて、年に一回のインテグレイテッド心理学の募集を開始いたします!

インテグレイテッド心理学は、正確には自然科学だと私は思っています。なぜなら、悟りの教えから自我の心の動きを見たまま、何の理論も分析などもなく、ありのままを説明しているだけだからです。

そのため、昨今の脳科学やポリヴェーガル理論(神経学)、そして量子学にかなりばっちり当てはまります。最近、それに気がついて少々興奮している最中~。

欧米では、科学と非二元の国際会議が年に2度開催され、真実について悟りと科学の違う方向からの発表がなされていますが、人間の考えや理論が介在せずに、純粋にありのままを見たとき、それが科学でも悟りの教えでも同じ方向を指差すのだと思います。

ご興味がある方はこちら→インテグレイテッド心理学募集開始

 

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2018年2月JMET EFTプラクティショナー講座 in 東京

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様々な心の悩みに安全で臨床も多いセラピーです。

先日は、アメリカの全国ネットのNBCの長寿番組「Today」でも取り上げられました。

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OAD心理セラピスト養成講座募集締め切りました

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世間からバッシングを受けているあなたへ

どれぐらいの方がフェイスブックをやっていらっしゃるのか分かりませんが、先日投稿した記事の反響が大きかったので、読んでない方のためにこちらにも投稿してみたいと思いました。

投稿自体は、昨今のメディアの報道を見て、自分の中で深く感じたことを文章にしてみました。これはインテグレイテッド心理学のポジティブ投影のしくみがベースになっています。(特定の一人をイメージしているわけではありません)

ちなみに憧れのあの人にしかないと思っているもの、自分の中には絶対ないと思っているものは、本当はちゃんとあるんですね。様々な理由でないと思い込んでいるだけなんです。すべての人の中にすべてがあります。ポジティブもネガティブも、光もシャドーも。

自分の中にあらゆる要素があると気づき、すべての要素があることを許したとき、おそらく私たちは真の愛を知り、心の飢えから解放されるのでしょう。

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<世間からバッシングされているあたなへ>

人から賞賛されることは素敵なことだと
自我は思うかもしれません。

でも、もしその賞賛が“あなたはこんな風に素晴らしい人”
というその人が作り出したイメージだったら、
それは本当は賞賛ではなくて、
“私が思う素敵な人でいてください”という無意識の押し付け。

“私の中にないものをあなたが持っていてください。
そのあなたを賞賛している限り、私は満たされるから。
ないものが埋まったような錯覚でいられるから。”

“でもね、もしあなたが少しでも私が描くイメージと違うことをしたら、私はあなたをたちまち裁きます。”

賞賛される側は、ほんとうの自分を見てくれていないことはすぐにわかるでしょう。

でも、そのとき二つの選択があって、

一つは、相手のイメージに合わせてあげること。

大変だけど、自分が愛されている感じが持てるから。
受け入れられている気持ちになれるから。
自分の孤独が埋められるような気がするから。

でも、本当はもっと孤独になっていくのだけど。

もう一つは、ありのままの自分でいること。

でもそれにはリスクが伴う。
賞賛してくる人はいつか必ず牙をむき始めるから。
たいていは立派な正論を携えて、

“私が思っていたような人ではなかった”
“~~すべきなのに、していない。むかつく。”
“人間としてだらしがない。”

すでに孤独な心に向けられた牙が痛くて、
ハートが震えてしまうかもしれない。

でも、自分は自分に嘘をついていないから、
真実が自分を守っていることは知っているだろう。
だから、自分は自分としっかりつながっていられる。

一番の孤独とは、自分とつながらなくなったとき感じるものだから。

だから牙が痛くても、立っている場所がある。
そして、そのうちそれが外側にも自分の居場所を作ってくれるだろう。

真の賞賛とは、

相手の成果、能力、あり方を崇めるのではなく、
同じ人間として讃えてあげること
人生を生きる仲間として讃えてあげることかもしれない。

なぜなら、自我がほんとうに求めていることは、
ありのままの自分が理解されること、そして、
心(愛)を通わせることだから。

だから牙をむいている人も求めているものは同じ。

ここに悪者はなく、
ただ気づかれていない心の飢えがあるだけ。
それをどうしたら良いか分からないだけ。

だから今あなたがどんなふうであれ、
あなたのありのままを心から讃えたい♪

☆☆☆ お知らせ ☆☆☆

OAD心理セラピスト養成講座説明会開催

Zoomオンラインによる説明会を開催します。
(Zoomのアカウントがなくとも、URLをクリックするだけで参加できます)

日時:2018年1月30日(火)
時間:20時から30分ぐらい
場所:ご自宅♪

説明会へご参加希望の方はこちらからお申込みください。↓

https://www.form-answer.com/applications/KWW8D

現在、40数名の方がお申込みされています。最高50名まで受け付け予定。
もちろんプレッシャーゼロ、申し込みをしなくてもまったくかまいません。
ご興味ある方、お気軽にどうぞ♪

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