ゴミ屋敷がゴミ屋敷なわけ

たまにゴミ屋敷を片付ける番組がありますよね。単に散らかっているというレベルを超えて、人が入れないレベルのもので家がいっぱいになっている状態です。

英語では、こういうゴミ屋敷にしている人をホーダー(Hoarder)と呼び、基本状況はまったく同じです。で、イギリスにも同じような番組がありますが、違いはゴミ屋敷は心理的な病だということで、臨床心理や心理セラピストがセッションをする場面があるところです。ので、ゴミ屋敷住人の心理がけっこう見えてきます。

では、一体どんな心の病なのでしょう?

実は、私は“病”と言ってしまうのは、違和感があるのです。もちろん、病ではなくて、集める趣味なのだ、だらしがないのだとか、そういうことではまったくありません。

ので、心に問題を抱えていることは確かです。では、なぜ“病”と言ってしまうことに違和感があるのか?

その前に、なぜゴミ屋敷にしてしまうのか?を考えてみたいなと思います。

あるアメリカ人の女性は、家族が一緒にご飯を食べられなくなった(ダイニングルームが人が入れない状態)ことに罪悪感を持ち、子供たちも帰ってくることができないのに、夜な夜な車でゴミ探しに出かけては、持ち帰ってしまいます。

子供に泣きながら“私たちとゴミとどっちが大切なの?”と聞かれ、しばし沈黙の後、“分からない”と答えてしまう。

ある男性は、買い物症候群のように毎日何かしら買っては、まったく使わずにためていき、また捨てるということをまったくしないため、外見は素敵なテラスハウスなのに内側はゴミ?もの?をかき分けて入る状態。一度もガールフレンドを連れてくることができない。(番組の設定で、ついに連れてくることになり、破局。あぁ、テレビ番組って残酷)

でも、3年間つきあっていた彼女に去られても、物を捨てることができず、片付けの途中で切れまくってしまう。

では、もし彼らが私のセッションに来たとしたら、どう見ていくか? つまり、インテグレイテッド心理学ベースではどう見ていくか?

インテグレイテッド心理学は、非二元ベースということは、何度か書いてきました。それとゴミ屋敷がどう関係あるの?と思うかもしれません。

でも、私たちの日常のすべてが関係しているんです。

まず、私たちが分離した個であると思った瞬間から、 “私と世界”という主客二元の“見方”が始まります。私と世界。個の私が広い世界の中にいる。

そして個である私は、この世界の中でなんとか生き残っていく必要が生まれます。恐れと不安の誕生です。

すると、当然のことながら、私たちは安心安全の確保に勤しむようになります。(もっといろいろな側面がありますが、ここでは省きます)

ゴミ屋敷に話を戻すと、彼らがものを捨てられない理由、またはためてしまう理由は、ものが自分に“安心感”をくれるから(番組で実際にそう話している)です。

つまり、あふれるものたちを見て、彼らの目にはゴミではなく、“たくさんの安心”と映っているんです。それが一つでも減っていくということは、安心が減っていくことを意味するため、口では片づけたいと言っていても、いざ片付けチームが来くると、捨てることにものすごく抵抗してしまうんですね。

ラマナ・マハルシも奇跡のコースでも、すべてはあなたの頭の中で起きている、世の中はあなたの投影であると言っていますね。インテグレイテッド心理学の要のです。

彼らは、あふれるゴミがあるという事実ではなく、自分の頭の中にある “安心の世界”の中を生きているわけです。辞められるはずがありません。

ということで、なぜ“病”と言ってしまうことに抵抗があるかというと、その人の中では十分に辻褄が合った行動をしているからです。決しておかしな行動をしているわけではないんです。

私たち全員、単に投影ワールドが違うだけで同じことをしているんです。安全を求める衝動に従い、ありのままの事実ではなく自分の中の投影ワールドを生きる。

ただ、私たちの多くが自分は事実、現実を生きていると深く思い込んでいて、自分が自分の投影ワールドを生きているという自覚はほとんどありません。

自分が投影ワールドを生きているということを知るには、一度非二元の“ゼロ視点”(ありのまま視点)に戻ってみることだろうと思うのです。(毎年インテグレイテッド心理学講座でやりますが、会場がめっちゃざわつきます)

では、話を戻して、私のセッションにこの方々がいらしたら?

やり方の細かなことは省くとして、ポイントは恐れの投影ワールドを解体することです。例えば、もしものが減ってしまったら、その方の安全投影ワールドはどう変化するのか?を引き出します。

たいてい、恐ろしい世界になっているはずです。そこから、さらになぜそもそもそのような投影ワールドが生まれるのかを対話しながら引きだします(潜在意識の深いところにある)。そこで、EFTやマトリックス・リインプリンティングを使って、その恐ろしい世界は幻想だったねという気づきに変えていきます。

ケース・バイ・ケースで、安心安全な新しい投影ワールドを刷り込むことも多いです。すると、ものが少ない場所に投影されるのは、その安心な世界になるので、ものが減っても不安を埋めようとする衝動が生まれず、落ち着いていられるようになるんです。

ちなみに投影ワールドは単に思考だけではなく、感情、そして体(脳、自律神経)も巻き込んでいるため、私たちにとって非常にリアルです。

人間関係や恋愛の問題、自己否定が止まらない、依存症、ひきこもりなどなど、人間の悩みのすべては投影ワールドが生み出しています。ほんとに。

自分は分離した個の存在であるという勘違いから発し、そこから生まれるあらゆる心理状態。

ので、最終的に目指しているのは、投影ワールドそのものから自由になることです。なぜなら、そこが真の安心安全な私たちの本質の場だから♪

 

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幸せが見つかる3つの場所♪

私たちが日々あれこれ考え、行動し、そして願っていることといえば、おそらく平和な気持ちでいたい、幸せでいたい、もし何かについて悩んでいたとすれば、楽になりたい、といったあたりだと思うのです。

なんか当たり前のようなことを書いていますが、衣食住が足りていれば、心が塞いでいても良いよ~という人はいないはずですよね。

そのために、ある人にとっては仕事で頑張ること、ある人にとっては家族が仲良くしていること、ある人にとっては自分の夢を達成すること、または単純に平凡な幸せ(←これすごく難しいけど)だったりします。

そして、それがなんであれ、最終的に本当に求めているものは“精神的な満足、幸せ、平和”ですよね。

であれば、私たちが普段見過ごしてしまいがちな3つの幸せへの場所があると思うのす。

それは自分の体験から、また多くのクライアントさんとのセッションを通して、そして世間の人々の行動を見ていてすご~く思うことです。

ということで、さっそく1つ目の場所は、ジャン! ハートの中♪

分かっている~、知っている~と思っていた人も多いでしょう。でも、もう少しお付き合いください。ハートといっても、単純に“これが私の欲しいもの、ウキ♪”みたいなハートではありません。

自分が最も自然な自分だと感じる“感覚”(エネルギー)です。違和感がまったくないもの。最も自然に感じられる自分とは、最も自分の可能性を伸ばすパワーを秘めている自分です。

実は思考よりも断然信頼できるものです。自分がどうありたいか?どんな自分であれば、自分らしく強さや優しさ、平和を感じられるか?

これは意外にすぐに分からないものです。なぜならほとんどの人がどうありたいか?と“考えて”しまうからです。で、考えてしまうと、誰かが言っていたよさげな言葉を採用してしまったりもします。

そうではなくあくまでも自分が一番自然と感じられるあり方、感覚、感覚、感覚!です。(3回言いました)

ちなみに私の場合、“落ち着き、静けさ、そして優しさ(calm and gentle)”であることです。いつでもこの感覚に戻ると、勝手に微笑んでしまいます。

この最も自分らしいハートにある感覚、エネルギーをしっかり感じることで、世界で一つだけの花が咲き始め、それが精神的な安定、幸せへ導いてくれますね。

また、ハートマス研究所というのがアメリカにありますが、ハートは電場的には脳の60倍、磁場的には脳の5000倍強力だそうです。ハートの波動がコヒーラント(一律)であれば、身心ともに健康であるという実験結果が出ているそうです。

ハートの波動を整えるってどういうこと?というと、私たちは普段思考ばかりに囚われがちですが、もっと自分の感情に気づいていること、それをケアしていることですね。なんといっても苦しみや不調を生むのは、思考に付随している“感情”です。

“誰も私のことを気にかけてくれない”という思考にな~んの感情もつかなければ、その思いはあっという間になくなっていきます。しかし、そこに悲しさ、寂しさ、不安、恐れなどごちゃっと感情がつくと、ずっとその思考は留まり続け、思考を暴走させていきます。

過去にも・・・・だった、これからも・・・だ、どうせわたしなんか・・・。

でも、悲しさや寂しさをケアしてあげる(私はEFTなど使用)と、思考が暴走せずに落ち着いてきますね。

しかし、多くの人が感情をケアするというよりは、感情と思考の暴走にサーフィンしたまま、例えば“誰か一人でも私を愛してくれたら・・・”と、ソウルメイト探しを始めるなど、外に出かけて何かを得よう、それで幸せになるはず・・という発想になりがちです。

でも、飢えた心での幸せ探しは辛いし、厳しい・・・。

そして2番目の場所は、ジャン!“自分が最も恐れていること”の中

ここは書くとなが~くなるので、ものすごくまとめてしまうと、自分が最も恐れていることというのは、言い換えれば、自分を最も制限していることです。

上の続きで行けば、自分の感情と向き合うのが怖いと思っていれば、まさに感情がその人を制限しますね。または、フリーランスの仕事を始めたけど、ウェブサイトを立ち上げるのがどうしてもできない、抵抗があるというセッションを何人もやったことがあります。

人からどう思われるか、自分は文章が下手だなどなど、たくさんの恐れがそこにあります。でも、もしその恐れから解放されれば、その人は自由に自分を表現できるようになって、喜びを感じることができるでしょう。

または、対人関係から逃げていたい、ビジネスがどうしても苦手などなど・・・。

自分が一番抵抗を感じるところ、なるべく見たくないところ、できれば避けておきたい部分、向き合いたくないところは、ほんとうは一番自由が見つかる場所なんです。つまり、恐れを癒してしまえば、制限が外れて精神的な平和、幸せへと歩める場所ですね。

そして、最後の3つ目の場所。

この常連のブログの読者さんはもうお分かりでしょう。

そうです。自分の本質にくつろぐこと。

人生のストーリーからごそっと抜け出し、そもそもすべてはこの受容中で起きていて、人生というドラマがどうであれ、自分は今まで大丈夫だったし、今も大丈夫だし、これからも永遠に大丈夫だと分かる場所。

もちろん、それが私たちそのものですから、場所ではありませんね。

しかし、幻想の自我にとっては究極のいこいの場。安心と喜びが感じられる場です。

ということで、どこにも探しに行かなくても、自分の中にある幸せへの鍵がある3つの場所。

ちょっと振り返ってみませんか?

 

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現状が痛いと感じるとき

例えば、49歳で突然リストラされたお父さんが、家族にそれが言えなくて、毎日会社行くふりをして職探しをする・・・・、夫婦の間に子供が授からず、自分たちがほかの夫婦よりも何か欠けた家族、欠けた人生に思え、 “お子さんは?”という他人の何気ない質問に心の痛みを感じる、子供が不登校になってしまい、毎日の対応に心を砕きながら、将来に大きな不安を抱え、どこに相談したら良いか分からない・・・。

もちろん、人生には楽しいこともたくさんありますが、実に様々なことが起きて、それらのすべては私たちにとっては現実そのものですよね。

仏陀は人の人生にある苦しみを見て、真実を求める旅へと出かけたことはご存知の通りです。(あはは、なんて大雑把なまとめ方)

そして、これまたご存知の通り、それに対して仏陀が見つけた答えは、もちろん、そう「悟り」だったわけです。(これまた大雑把~)

ということで、大雑把なままインドの悟りつながりでラマナ・マハルシの言葉を引用させてください。英語の動画から見つけ、日本後に訳したものです。

世界は(個だと思っている)“私”が見ている投影であって、それは夢の世界が夢を見ている人の投影であるのとまったく同じだ。したがって、世界は内側に存在していて、実際、あなたが見ているすべてのものは、あなた自身の投影である。

あなたが投影をやめたとき、あなたは何かを外側にあるとか、内側にあるというように見なくなるだろう。あなたは単に自分の本質に気づくのみだ。しかしその瞬間まで、すべては自分の内側の投影であり、それは映画がスクリーンに投影されているのと同じである。すべてはあなたの頭のなかで起きていることなのだ。

私たちにとって、どこからどう見ても現実としか思えない人生を“すべては頭の中で起きていること”と言っているわけです。

ちなみに「奇跡のコース」もまったく同じことを言っています。そしてもちろん仏陀も。(ちなみにこれは、思考が現実を作るとはまったく違うものです)

悟りを違う言葉で「目覚め」とも言いますね。文字通り「私の人生」という夢から目覚めるという意味です。

でも、どうでしょうか? な~るほど~、夢だったか~と、夜見ていた夢のように簡単に目覚められるものでしょうか?

なかなか難しいですよね。

とはいえ、ものすごく遠いというわけでもないんです。

というのも、私たちがほんとうに“今”にあるとき、私たちは人生の夢から目覚めているからです。ちなみに“今”とは、過去、現在、未来の時系列の今ではありません。

“今”にあるとは、言い換えれば、気づいている意識にあるということと同じです。つまり、沸きあがる思いや感情、体の感覚、イメージや記憶など、つかめるものすべてを眺めている状態です。

このとき間違えやすいのは、自我が自我を眺めている状態になってしまうことです。自分自身をまるごと(自分がいるという感覚や体の感覚などすべて)を眺めてみるんです。

自分をまるごと眺めることができたとき、私たちはもう“頭の中”にはいませんね。沸いて来る思考はぜんぶ眺めるだけで一切信じないのがコツです。

さて、では、49歳のお父さんのケースに戻ってみましょう。明日の朝も仕事に行くふりをしなければいけません。(しなくても良いけど、この人の中ではそうなっている)

それはとてもリアルで、大きな苦しみ、プレッシャーとなっています。そこで、“今”にあってみたらどうなるでしょうか?

静かにあり続けていると、自分が必死にもがいている姿が見えてくるかもしれません。そしてまた、家族の顔や自分を解雇した会社や様々な思い、感情、イメージ、記憶なども。

いろいろなことが浮かんできて、いろいろなことがあったけど、今はもうそれはなくて、すべては流れ、去っていく。あのときの喜びも、あのときの心配も、今思い出しても苦しい後悔も、記憶の中以外どこにもない。

すべてが跡形もなく消えていくことに一抹の哀愁を感じながら、人生とは普段自分が感じているよりも、ずっとはかないものだと見えてくるかもしれません。

今の自分の苦しみもこんなふうに去っていく・・・。去っていく流れの中で必死にもがいていた自分。

はぁ、肩から力を抜いてみよう、この生命の流れに委ねてみよう(サレンダー)、どういう流れになるか分からないけど、生命を信じる以外に何ができよう。

そして、生命の大きな流れが感じられたとき、おそらく大切なことは、どうにかすることではなく、自分がどうあるかなんだなぁと気づくかもしれません。

この無限の生命のエネルギーとマッチするエネルギーが自分の中にあれば良いのだ。それは、決して緊張や恐れ、防衛や攻撃ではなく、柔軟さ、鋭さ、正直さ、オープンさ、潔さ、優しさ・・・などなど。

そうであれば、大海の中で翻弄されるのではなく大海によって導かれる。

起きていることへの抵抗がなくなって、あり方という自分の中の拠り所ができたとき、人生の様々な問題に不必要に苦しむ度合いがぐんと減るでしょう。

“不必要に”とは、私たちは出来事にストーリーを乗けまくって、苦しみを増幅させるのがとっても上手だからです。また、“減る”という謙遜した言い方をしているのは、自我はなんだかんだ言ってドラマから本当には抜け出せないからです。

でも、私たちが普段すっかり信じ込んでいる“現実”という名の夢にはまりきっているよりは、だいぶ立ち位置が違い、深呼吸ができるようになりますね。

ちなみに“頭の中で起こっていること”は、すべて外に投影されます。特に心の深層にある私たちが気づいていない思いほど、外に強く投影され、私たちはそれを事実だと思い込みます。

ラマナ・マハルシが言うように、ほとんどの人にとって世界は外ではなく、自分の内側にあるんです。

ということで、悟りの真実をベースにしたインテグレイテッド心理学を5月に開催します♪ 悟りベースと言っても、心理セラピストなのでやっぱり実践第一、見せ方も進化してきました。

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自分のことどれだけ気づける?知ってる?

IMG_0656この週末の土曜日は、ロンドンで開催されたEFT Scientific Symposium(EFT科学シンポジウム)に参加してきました♪

EFTなどセラピーはなかなか臨床試験に予算がつかないのですが、それでも大学や病院などで継続的な研究がなされています。

例えば、オーストラリアのボンヌ大学では、食べ物依存症の人たちを集め、EFTを受ける前と受けた後の脳の状態を調べ、その明らかな違いを脳の画像を見せながら発表をしてくれました。(被験者もEFTを受けた後、依存していた食べ物への欲求がでなくなった)

ワクワクものです♪・・・・という話から、ものすごく強引に自分の世界へ飛んじゃいます。

私がなぜEFTが好きか?というと、自我って何?と考えた場合、自我とは、「思い、感情(感覚)、体」の三位一体の存在ですね。

多くの現代人は、感情と体にあまり意識が行かず、ほとんど考えの中に没頭しているものです。

なので、どう感じましたか?とお聞きしても、裏切られたと感じました・・・など、感情ではなく、思いを答える方が非常に多いです。

そこで、裏切られてどう感じましたか?怒り?悲しみ?と聞いて、始めて感情を探す人も多いんです。

そして、その後、じゃぁその怒りは体のどこで感じましたか?と聞くと、セラピー慣れしている人でもない限り、沈黙が続くことがけっこうあります。

つまりどういうことかというと、私たちは自分自身への気づきがものすごく狭い範囲になってしまっているんです。ほぼ思考だけ。

しかも、私たちは普段、思考にも完全に同化しているため、自分がほんとうに何を考えているかも実はあまり気づいていません。

その同化した思考に強い感情、感覚(体感)があれば、私たちはすっかその思考に囚われ、するとさらに感情が膨らみ・・・と苦しさはエスカレートしていくでしょう。

しかしEFTをすると、自分の思い、感情、体の感覚のすべてに同時に意識を100%向けることができ、しかもタッピンをしているため、向き合っていて辛いとう感じがありません。

三位一体に一度に働きかける便利なツール♪

ちなみにいろいろなEFTがありますが、私はオリジナルを大切にしながら、アファメーションなどまったくせず、なるべくそこにあるものをシンプルにそのまま引き出すというやり方です。

体のツボが刺激されると、脳や自律神経に影響があるだけではなく、潜在意識の感情や思いが自然に上がってきます。最初は怒りだったのが、自然に悲しみが出てきて、すると自然にある記憶が出てきたり・・・。

つまり、長い間抑圧されていたものが表面上に出てくるんです。心の闇の中にあったものが光の当たるところに出てくる瞬間です。

自分自身がびっくりするような声、思い、自分がそこにいて、それが周囲に投影され、そこから思考が肥大化し・・・という膨大なストーリーが生み出しているんですね。

以前、仕事関係のある方とのやりとりで私は非常に不信感を抱いたことがありました。その人がろくに調べもしないで、高い請求をしてきたと感じてしまったのです。

怒りと恐れが沸き、すごくストレスを感じたので、EFTを使って自分を見つめてみたのです。(実際はOADをやりましたが、OADにタッピングは欠かせない)

とりあえず見えてきたことは、まず、最初は相手への異常な怒り、でもどんなに怒りをぶつけても、吐き出しても、受け入れても、怒りは一ミリも減りません。

タッピングをしながら見続けると、相手に対して絶対負けたくない自分、被害者になってやるもんか~~!!という自分がいました。

そこで、その自分にシフトしてタッピングを続けると、被害者になる自分なんて絶対許さないという強い思いがあり、その自分は怒りと悲しみをものすごく抱えていました。

なぜ被害者になってはいけないの?と尋ねると、“私の一番大切なものが奪われるから”という思いが沸き、そこから過去生らしきものが出てきたのです。

自分の子どもをなんらかの理由で奪われ、ものすごい怒りと無力感でいっぱいになっている自分でした。

でもこのとき、一番なるほど~と思ったのは、無力だった自分、被害者になってしまった自分を“力も智慧もないどうしようもない奴”と自分が自分を全力で否定し、そんな自分を私は一生許さないと決めていたことです。

被害者になったことが苦しみを生んでいるのではなく、自分が自分を否定し、許していなかったことが苦しみを生んでいたんです。

ややこしいですね。まとめます。

被害者の自分を忌み嫌っていた→被害者に絶対にならないように頑張る→被害者にされそうになると相手へ異常な怒りが出る→相手が悪い!!(投影)

という感じです。こうやって見れば、相手が悪い!!という怒りをどんなにタッピングしてもなくならないのは見えてくるかと思います。

一見ややこしい感じですが、私たちを真に苦しめるものは状況や状態ではなく、「自己否定」であるという真実に戻れば、シンプルでもあります。

また、自己否定とは言い換えれば、孤立と愛への拒否です。周囲とのつながりを失い、人の優しさにも気づけなくなります。

幼少の頃やましてや過去生の記憶など、通常私たちは持たないものです。ですが、このレベルから生まれている投影が私たちの日常を支配しているものです。

また、自分への気づきが増えるほど、逆に同化も外せていけます。

ということで長い前宣伝のようにもなりましたが、好きなものはやっぱり熱く語りたい♪

ということで、4月後半に久しぶりにEFTプラクティショナー講座をやります♪ 創始者のオリジナルを大切にしながらも、自我のしくみなどノンデュアリティ風味も加えつつやりたいと思います。

 

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思考をぐるぐるさせる正体~♪

One RepublicというバンドのStop and Stare(立ち止まって見つめる)という曲がありますが、ライアンが“ストップ、アンド、ステア~~~~ッ”と叫ぶたびに、私の頭はほんとうに止まります。(そういう歌じゃないけど)

誰かの言葉にすごく傷ついた、見に覚えのないことで責められて立場が悪くなった、うっかり要らないことを言ってしまった、夫に借金がばれた、子供が受験に失敗した・・・・。

とにかく人生、いろいろ起きますよね。

そんなとき、そのことで頭がいっぱいになって、思考ばかりがぐるぐると爆走し・・・。という経験は誰にでもあるでしょう。

でも、思考がぐるぐるしている、爆走していると意識できれているのはまだ良いほうで、私たちはたいてい思考にすっかり同化し、そこにどっぷりはまっているため、自分ではただ一生懸命解決方法を考えているだけだと思っていたりするものです。

実際はぐるぐる思考に全身全霊振り回されているのですが・・・。

ということで、問題だ~!と思ったときほど、一度止まって、今私どんな感じ?何が実際には起きていること?と見つめてみるのはいかがでしょうか?

すると、ものすごい感情の渦が見えてきて、それに合わせて、同じ思考が緊張と重量を伴いぐるぐるしているのが見えてくるはずです。

思考のぐるぐるは文字通り感情の渦によって起こされているんですね。ちなみにこの状態は交換神経が活発化してしまうため、不眠にもなりやすいです。

で、この思考のぐるぐるはネガティブな感情の渦に踊らされているので、冷静に考えているつもりでも、ネガティブなメガネですべてを捉えてしまいます。

つまり、状況や他者を歪んだ目で見てしまうんですね。

でも、これも私たちはあまり気づくことができず、歪んだ目で眺めた状況が事実だと思ってしまうものです。

ので、そこから生まれる解決方法もなんか歪んだものになってしまう・・・・。

ということで、思考ぐるぐるに気づけたら、その源である感情の渦を静かに見つめてみます。

ここでのポイントは、例えば怒りなら、怒っている、腹が立つ~とただ感じているということではなく、また、怒りの理由について考えることでもありません。

それよりも怒りの元(原因ではなく)を探しに行くことです。自分の中の満たされない何がこの怒りを生んでいるのだろう?と思考のない静かな心の空間の中で、ただ怒りの元を見つめてみる。

このとき大切なことは、分析や考えを「ストップ」させていることです。真っ白な白紙に怒りだけが浮かび上がっているような感じ。

すると怒りから言葉が見えてくるんですね。はじめは、“なぜお前はそうなんだ~!”みたいな相手への怒りの言葉かもしれません。(この時点では怒りの原因は相手だと思っている)

でも、大きなヒントは、怒りの言葉の主語が「私」になるまで見つめることなんです。

例えば、“私を馬鹿にしないで”、“私を無視しないで”、“私をおざなりにしないで”、または“無力な私なんて嫌だ!”、“私はもう終わりだ!”といったような声です。

満たされない声、恐れの声、自分を否定する声など。

これらの声はまだまだ表面的な声で、相手は馬鹿にしてもいなければ、無視してもいないかもしれません。また、無力でもなく、終わりでもないはずです。ただ、自分のもっと深い心の傷がそう思わせているんですね。

ですが、とりあえずこの“私の声”を聞いてあげて、なにか心の傷か過去の経験があるからこういう叫びが私の中にあるんだなぁと受け止めてあげます。(←自己受容=自己愛)

これだけでも、だいぶ感情が落ち着き、感情の渦で歪んで見えていた事実とは、まったく違う事実が見え始めてきます。

このときに解決の武器を私は持ち出します。それは・・・、

じゃん♪

“一番愛のない場所はどこ?”という問いです。

私たちが問題だと感じるとき、当然その状況や他者を否定した目で見ています。でも、先ほども書きましたが、否定(=恐れ、分離)の目からは、良い解決策が生まれることはほとんどなく、やはり解決するなら愛を味方につけたい

ということで、私は何を一番否定しているのだろう? 自分のこと?他者?それとも出来事?

そして、そこにどうやったら愛(受容、理解)をもたらせるだろう?と自分に問いかけます。

感情の渦が高いうちにこの問いをしても、ネガティブな感情のエネルギーにとても太刀打ちできません。愛なんていらな~~い!!うるさい!!と跳ねのけられるのがおちです。(←経験者)

さて、この愛をもたらす作業は実はそれほど簡単ではありません。否定している理由が心の深いところにある場合、まずはそこに光を当てないといけないからです。

が、たいてい深いところにありすぎて、自分ではなかなか気づけないんですね。

それでも、静かな空間の中でじっと見つめて、愛をもたらそう、愛を探そうとしているだけでも、実は私たちは愛をすでに味方につけているんです。

ちなみに愛をもたらすとは、例えば、無力な自分を否定しているとしたら、その自分を受容する、理解するなどです。(他者や出来事だったら、やはり主語が私になるまで見つめる)

こうやって書いていると、長い作業に聞こえるかもしれませんが、寝る前の5分、10分でもできちゃいます。または朝一人早く起きたときにコーヒーを飲みながらでも。いつでも。

そして、どうしても愛より否定のほうが勝ってしまっていても、最低自分が愛へ向かって歩もうとしていることを認めてあげたいですね♪

さ~て、春は名古屋に行きます! そちら方面の皆様、ぜひお会いいたしましょう♪

 

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実在しないものに反応する脳~心の風景と鬱~

先週末はOAD心理セラピスト養成講座で、複雑性トラウマ(愛着障害)と鬱のしくみとセラピーでどう対応するのかという講座を行いました。

自分は特にトラウマはない、鬱にはならないと思っている方でも一度は知って欲しい、トラウマや鬱のしくみ。もちろん、すべてが解明されてたとはまだまったく言い難い状況ですが、それでも昨今の神経学や脳科学によってかなりしくみが明らかになってきたと思います。

癒しおたくとしてはめっちゃ興奮♪

こころ、神経、脳の状態がどう連動しているのか?という観点に非二元をさらに加え、気づきの意識(すべての人に浸透している)との関係。

私たちはほんとうにホリスティック(心、体、自己の本質、社会環境)な存在で、どれか一つだけ見ていても全体像は見えてこないなぁとつくづく思うのです。

とりあえず、ブログには心の観点だけちょっと書いてみますね。

米国スタンフォード大学の神経学の教授であるロバート・サポルスイキーは、目の前に敵が突然現れ、恐れとショックを感じるときと心の中で敵について考え、恐れているとき、脳はまったく同じ反応をすると鬱の講義で話しています。

例えば、大失恋をして心を癒そうとどこか景色の良いところにホリデーに行ったとします。目の前にはオーシャンビューが広がり、太陽が燦燦と照っている。

でももし、別れた相手のことが頭から離れず、“なぜなんだ・・”、 “あのときのあの私の言動がなければ・・・・”、“私は欲しいものが手に入らない人間だ”、“この先生きていて何の意味があるのだ”などと、繰り返し思考が沸いてきたとしたら。

皆さんも経験上お分かりですよね。あなたの体はオーシャンビューに反応していますか?それとも、別れた相手との記憶、そこに流れるストーリーに反応しているでしょうか?

ある意味、私たちの体(脳、自律神経)は、肉眼で捉えている現実よりも頭の中に流れているストーリーにもっと反応しているんですね。

頭の中のイメージは実際に存在しないけど、イメージそのものは存在しますね。では、イメージはどこに存在するのでしょう?、脳内?それとも意識のフィールド?と考えていくと、集合意識を含む量子フィールド、環境や人の感情、思いが遺伝子に影響を与えるというエピジェネティックの世界にも入っていきます。

ねっ、オタクが夢中になる理由が見えてきたでしょうか?

とりあえず、物質主義にとどまっている現代の脳科学の世界でも、例えば鬱は偏桃体が暴走し、恐れや不安が強く出てしまい、そのためストレスホルモンが異常に高くなる・・・というような実験結果があります。(めっちゃ大雑把にまとめています。)

偏桃体は感情脳と言われる大脳辺縁系の一部で、情動を司ると言われていますが、例えば私たちが身の危険を感じたとき、恐怖や不安を感じることで逃げるという行動ができます。その指令を出しているのがニューロセプションというものですが、詳しくはここでは省きます。

とりあえず、神経や脳が正しく機能していれば、ほんとうに危険な時に偏桃体が刺激され、危険が解除されたときは、安全・活力のモードに戻れます。

ところが、大失恋の話に戻って、“私は欲しいものが手に入らない人間だ、生きていたところで何の意味があるのか?こんな人生終わりにしたい”と思い続けていたとします。

で、ここでもう一つ、

私たちがこういったストーリーを頭の中で展開しているとき、頭の中にはボンヤリかもしれませんが、イメージも必ず伴っています。

おそらく、このブログを読んでいるときも、オーシャンビューというところでは、きっと皆さんのあまたの中に自分バージョンのオーシャンビューが漠然とイメージされていたはずです。

このように私たちはいつも言葉やストーリーを聞きながら、言葉だけではなく、イメージも頭に浮かべているものです。

そして、実は言葉よりもイメージのほうがよりパワフルなんですね。

なので、“私は欲しいものが手に入らない人間だ”と思っているとき、そんな自分や自分の人生の漠然としたイメージがあるものです。これに気づいている人はほとんどいませんが。

しかし、脳はオーシャンビューよりもこのイメージに反応するので、“自分の人生は意味がない、ダメだ=人生の危機”と捉え、偏桃体が反応してしまいます。つまり、このイメージを持ち続けることで、いつまでも扁桃体を刺激し、ストレスホルモンが出始める・・・・という流れに。

さらに言えば、そもそもなぜ“私は欲しいものが手に入らない人間だ”と思い込んでいるのかというと、それを支えている潜在意識の深いところの思い込みがあるんですね。

例えば、心から切望したものが何度も裏切られた経験を幼いころにしていた場合、心の中に“明るい光に背を向けて暗いところに座っている自分”というイメージが出来上がってしまったかもしれません。

そして、その自分は絶望感でいっぱい。

すると、大失恋がこのイメージと絶望感を刺激し、たかが失恋、されど失恋とすご~く苦しくなります。

今まで失恋から鬱や依存症になってしまった人を何人も見てきました。失恋は実は自分の最もコアの欠乏感を刺激することがあり、実はかなり苦しくなることもあり・・・・。

話を戻して、ストーリーやイメージができてしまうもっともな要因はあるのですが、でも、実際には“明るい光に背を向けて暗いところに座っている自分”は、どこにも実在しないんです。

実在しないけれど、体感を伴うリアル感が大きすぎて、私たちはないものをあると真剣に信じ込み、無意識にイメージの中を生き続けます。

人間はないものを夢見ることで、新しい発明も生み出せるけど、ないものを無意識に信じ込むことで、自分を恐れのストーリーの中に閉じ込め、一生をその中で過ごすこともできてしまいます。

でも、グッドニュースは、どんなストーリーも解体可能だということです。

自分の無意識のストーリーを知って、自分を自分から自由にさせてあげること。これも目覚めですね♪

 

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“無条件”の幸せ♪

クリスマス&お正月の時期は、家族がいない人やシングルペアレントにはプチ痛いシーズンかもしれません。

かつてロンドンで貧乏留学生をしていたころ、外国での一人クリスマスは日本にいるときよりも一人ぼっち感が刺激され、心痛かったものです。

しかし、アンソニー・デ・メーロの“知っている?クリスマスって頭の中にしか存在しないんだよ”という言葉に良い意味で打ちのめされ、そうだよ、ただの火曜日じゃないか!と、人類が創り上げているクリスマス幻想から目覚め、それ以来あらゆる行事がただの日になってしまいました。

と書くと、まるで楽しみがなく、季節感もない人生になってしまったように聞こえるかもしれません。

ですが、その当時、世間がクリスマスを楽しく過ごしているのを横目で見ながら、私の頭の中にも“私もこんなクリスマスを過ごすはず、過ごしたい”という絵が強烈にあり、それが実現していないというか、ない、ゼロ、“無”である現実とのギャップで心痛めていた身には、それこそ福音だったのです。

というのも、ここにないものを求め、得ようとするエネルギー、それがないことを悲しむエネルギー、それらのエネルギー量の多さを真に自覚することができたからなんです。

しかもすべて頭の中で起きているだけ・・・・・。

こうやって人は膨大なエネルギーを自分の頭の中で過ごすんだ・・・・。

それは膨大なエネルギーが伴う欠乏のストーリー。

目に見えたわけではありませんが、見えたかと思うほど、それをはっきりくっきりと感じたのです。これにはまっていたら苦しいわけだと・・・。

ちなみに世の中には、苦しい、苦しいと言いながら、この欠乏のストーリー(またはどんなストーリーでも)がもたらすドラマに密かに深く魅了されている人もそれなりにいます。(潜在意識のレベルです。)

ですが、それは悪いことではなく、ドラマに飽きるまで経験しつくしても良いんじゃないかと思うのです。

さて、このブログは今、家の近くのミスタードーナツで書いています。というのも、隣が全面リフォームとやらで壁を叩く音、機械音がすごいため、逃げているからです。

ミソフォニア(嫌音症、HSPの人に多い。他人がご飯を食べる音、上階の足音、パソコンを叩く音などに異常に嫌悪感を頂く。ただいま自己ワーク中)の私としては辛いのですが、ここは天国♪

ロイヤルミルクティーはおかわり自由だし、カウンター席は人が少なく、行きかう人をみながら仕事ができてしまう・・・。ドーナッツに抗えないことだけが難点。

でも、100%満ち足りていて幸せな気分♪

とはいえ、もちろん多くの人の人生がそうであるように、家族の病気や仕事のトラブル、人間関係のすれ違いなどなどつきです。

かつて私は幸せとは、そういうものがない状態だと勘違いしていて、しかもそういう状態が続くべきだと思っていたものです。

ですが夢から覚めてみれば、幸せとは心の平和と、そして生命の息吹(人生の様々なドラマを経験できていること)なんだなぁとつくづく思うのです。つまり幸せとは、本当はいつでもどこでもあるというか。

アンソニー・デ・メーロはまた、“人はみな無条件に幸せになることを拒んでいる”(正確な言い回しは覚えていない)とも言っています。

あの問題が解決されたら、

私がもっと癒されたら、

状況が変わったら、

夢が叶ったら・・・、

などなど、ある条件がクリアにならない限り、私は幸せじゃない。あぁ~、なんてその通りなんだと当時これまた納得。

とはいえ、当時はまだ夢への渇望が大きすぎて、どうしても夢が叶って欲しいという条件を外すことができませんでした。

そして叶わなかったとき、お決まりの苦しみコース♪

しかし、幸いなことに癒しおたくであったため、自分のあれこれを見つめ、癒していくうちに夢への渇望もどんどんマイルドになり、叶わない夢もほろ苦さを持ちながらも愛おしいものとなっていきました。

そしてはっきり見えてきたことは、幸せは渇望(欠乏感)に隠されていただけだったんだなぁということです。

幸せは得るものでも、なるものでもなく、いつもあるもので、隠されてしまうものなんだと。

人生の起きることが悲劇であればあるほど、幸せは隠され、あたかもないかのように思えてしまうでしょう。または、もう二度と手に入らないもの。

かつてロンドンのアルコール依存症回復センターでセラピストのボランティアをしていたとき、クライアントさんの話はどれもこれも悲劇的かつ悲惨なものが多く、私はまったく手が出せず、無力感を感じていました。

しかし、今はっきり分かることは、どんな悲惨な経験もそこにある欠乏感、喪失感、絶望感などを癒すことで、私たちはストーリーの同化から自由になれるんです。

それは単純に経験に伴っている感情を癒すという意味だけではなく、その経験の中心人物である自分が握りしめている自分像、世界観、他者との関係性をも癒し、そして解体していくということです。(OAD心理セラピスト養成講座の目的)

すべての経験、そしてすべてのストーリーは解体可能で、それは言い換えれば、経験の中身が何であれ、すべての人が無条件の幸せを持っているということです。

そしてもっと言えば、それが私たちの本質なんです♪

それでは、ただの一週間だよね~と知りながら、お正月幻想を心からお楽しみください♪

 

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