投影を解体する♪

今週末から「OAD心理セラピスト養成講座第2期(通称J2)が始まります♪

ということでOADの要のインテグレイテッド心理学。インテグレイテッド心理学が他の心理学と違う点は、やはりもともとが「奇跡のコース」の教えに基づいていることでしょう。奇跡のコースは、キリスト教用語が多いため、少し読みづらいのですが、ベースはまったくの非二元(悟りの教え)です。

なので、インテグレイテッド心理学もそこから生まれた癒しのプログラム「オープン・アウェアネス・ダイアローグ(OAD)」も、そのベースは非二元です。

非二元に基づいているというのはどういうことか?というと、誰の理論でも発見でもないということです。ので、私が打ち立てた心理学でもありません。

ただ、非二元の教えを実践的な癒しのワークに活かせるように心理学としてまとめたものです。セッションでは、結果を出すこと、実践的であることが求められますが、単にお話のやりとりではそれはなかなか実現されません。

つまり、めちゃくちゃ実践的であると同時に、一般的に最もわかりにくい非二元の教えをベースにするという、それなりに難しい組み合わせなんです。

個人的な自我のストーリーに深く細かく入りながら、すべては幻想であることをベースにセラピーをしていくという・・・。

では、これを実際のセッションの中でどう実現しているかというと、クライアントさんのお話に深く共感するけど、話を信じないというスタンスになります。

信じないというのは、もちろんクライアントさんが嘘をついているとか、勘違いをしているとか、そういうことではまったくなく、それはありのままに投影された話だとして見ているということです。

自分への投影、他者への投影、風景、状況、出来事への投影。投影だらけ。すべては投影。

自分への投影は、「私がいる」に始まり、私は女だ、男だ、人間だ、日本人だ、何歳だ、そして、私はユニークだ、私はつまらない存在だ、私はできる、私は無力だといったセルフイメージまで。

言ってみれば、自我はフィルムを搭載した映写機が歩いているようなものです。

このときものすごく勘違いされてしまうのが、映写機から映し出される現実は、その人が創ったものだという考えです。

これはある意味ものすごく危険な考えですよね。というのは、映写機が自分がすべての現実を創っていると思い込み、自分は世界の創造主だ、神だと思ってしまうようなものだからです。

映写機がやっていることは、あくまでもすでにある「あるがまま」の人、状態、出来事に自分のフィルムを投射(投影)しているだけです。

そして、お分かりのように映写機自体が生まれては消えていくもので、創造された存在の一部ですよね。

とはいえ、強く願ったものが手に入るみたいなことを否定しているわけではありません。創造物と創造物の関係性で現象が起きることは充分あるでしょう。ただ、それらも最終的には意味づけなんです。

話を戻すと、お母さん映写機から生まれた私たちは、生まれたときからフィルムを搭載しているため、私たちはほぼ「ありのまま」を知りません。

知らないだけに、映写機が投影している世界を事実そのものだと思い込んでしまうんです。物心つく前から、名前を呼ばれ、かわいいねとか、かわいくないねとかいろいろ言われ、フィルムには何千ものイメージや感情やビリーフなどが刷り込まれていきます。

インテグレイテッド心理学が目指していることは、映写機がもつフィルムの分析ではなく(心の分析)、フィルムそのものを解体してしまうことです。

ただもちろん例外はあり、重度のトラウマ、依存症、強迫観念症、摂食障害などはセラピー中心の違ったアプローチになります。

また、前回に書きましたネガティブ・ナルシズムに陥っている場合は、逆にフィルムの内容はいじらず、フィルムと映写機を分けるワークなどやはり異なってきます。

ので、もちろんその人のタイプやテーマによってセッションのアプローチそのものが変わります。(OAD心理セラピスト養成講座ではすべてカバーします)

さて、多くのクライアントさんは、目覚めや悟りを目指しているわけでもなく、スピリチュアルな成長を目的としているわけでもなく、今悩んでいる問題、苦しんでいることを解決することが一番の望みです。

そうであっても、例えば“いつも自分に自信がない”というテーマの場合、なぜ自信がないのか?どうしたら自信が持てるのか?とフィルムにいっぱい書き込みをしていくよりも、そのフィルムそのものが消えてしまうと、そこに残るのは「ありのままの自分」になりますね。

で、それが一番自然で本質に近く、そして楽なんです。

アメリカ人でザ・ワークを教えているバイロン・ケイティもやり方は違いますが、同じこと目指してやっているなぁと思います。

例えば、“お父さんが認知症になりかけて苦しんでいる、それを見ているのが辛いし、自分も将来あぁなるのかもしれないと思うと不安だ”という悩みを、一つ一つ“それは本当?”、“もしその思いがなければ、あなたはどんな人?”などと、思い込みの幻想性を露わにし、剥がして行っています。

これがOADであれば、一番不安に感じていること(=最も投影が濃いところ)を見つけ出し、そこにある感情、ストーリー、イメージを受容しながら対話し(気づきの問いかけ)、EFTやマトリックス・リインプリンティングなどのセラピーを使うことで、それが実体のない幻想であったことに気づいていく・・・・となります。

もっとも濃い投影というのは、たいてい心の深いところにあり、本人もまったく気づいていないものです。なので、頭で“すべては幻想だ~”と思い込ませても、すべては幻想という新しいビリーフを作っているだけであまり意味がありません。

なので、カギは“自分がまったく気づいていなかった思いや感情に出会うまで見つめる”ですね。

最終的に、映写機も生まれては消えていき、当然そこにあるフィルムも現れて去っていくもの、そして宇宙も世界も山も海も常に変化し、形を変えています。

変化するものはすべて起きていて、起きていない、実体のないもの。これがやはり非二元の教えです。

そして唯一変化しないもの、それが気づいている意識であって、それが私たち。

でも、変化するもの(色)と変化しないもの(空)は二つではない。

ここに存在の神秘と真実、そして分離を知らない愛がありますね♪

 

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2018年4月28日(土)~30日(月)3日間

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2018年5月18日(金)19:00~21:00

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“分からない”の贈り物♪

さて、たぶん、セラピストさんは皆経験していると思いますが、どんなに経験を積んでも、まったく分からないケースや一向に改善されないケースにどうしても出会いますよね。

しかもそれが、重度の心の病とかでもなく、“職場で~~”とか、“いつも自分に自信がなくて~~”など、よくある悩みについて話をしているのに。

そんなとき、自我的に心はクライアントのせいにしたくなったりするかもしれません。インテグレイテッド心理学で言う、抑圧→投影→防衛→攻撃が心の中で起きてしまうんです。

自分はこれぐらいの悩みには対応できるはずだ、自分はかなり勉強して来ている、経験を積んできているのだという思いから、「本当はできていない」、「本当は分からない」いう思いを抑圧して、相手に投影し、あなたの性格や態度のせいで良くならないのです、みたいに攻撃してしまう。

セラピストであることに自己価値を置き、そのアイデンティティを拠り所にしていると、できない自分を封印したくなってしまうので、こういったことが起きがちです。

またこういう場合、逆にクライアントさんに頼られたり、喜ばれたりすると、今度はクライアントと共依存になりやすいかもしれません。

クライアントさんは、セラピストの中でこういった心理が起きているとは知らないし、もともと自己否定が強く、気持ちが弱くなっていたりすると、自分がいけないとほんとうに信じてしまったりするでしょう。

他人事のように書いていますが、もちろん私の心にもこの一連の流れが起きます。ただ、ラッキーなことにそこに引っかからないだけの自己観察力が養われてきたので、途中で正気に戻れますが(笑)。

で、正気に戻って落ち着くと、あることが非常に明白になってきます。それは、「何が分からないかが見えてくる」ことです。

「何が分からないのかも分からない」から「何が分からないかが分かる」へのシフトはかなり大きいですよね。

かつてある時期から、“ただひたすらいつも苦しい”、“どんなセラピーを受けても良くならない”と訴えるクライアントさんが現れ始め、その通りなかなかに良くならない(楽にならない)ということが続きました。

 “私にはもうこれ以上できることないんですが・・・・”と伝えても、セッションを予約し続けてくれるので、長い付き合いになってしまいましたが、そのおかげで彼らの共通点などはよく見えてきました。

この時は本も出版していたし、ブログも書いていたし、カウンセラー養成講座も開催していましたので、「まったく分からないことがある」というのは、正直なんかマズイ感じもしました。

でも、たとえ分かったふりをしても、それは私の力を奪うことだけであることも明白だったので、分からない~と首を振り続け、悩み続け、考え続けていました。

そんなふうに数年間悩み続けたおかげなのか、たまたまアメリカのサイコセラピストが書いた本の中で“ネガティブナルシズム”という言葉と出会ったとき、落雷が落ちたようにピカッと分かったのです。

彼らは、ネガティブな状態のナルシズムなんだ!と。

セラピーが効かない理由も、どんなに感情解放をしたり、何をやってもなぜ同じようなレベルで苦しんでいるのかもストンと見えてきたのです。

それ以降、ネガティブナルシズムに陥っている人のセッションはやり方を完全に変え、以前より随分成果がでるようになりました。(とはいえ、ネガティブナルシズム簡単ではありません。)

ちなみにその本の中でのネガティブナルシズムは、私がひらめいたものとは違う意味で書いてありました。(その本での意味は忘れてしまいました)

途中から自慢話になってしまいましたが、自分の経験から、「私はまったく分からない」、「手だてがない」、「手を尽くしたのにクライアントは1ミリも変わっていない」ということをただそのままに認識することは、本当に大切だとつくづく思ったのです。

今でももちろん分からないこと、やり方を悩んでいることはいろいろあります。たぶん、永遠にあるでしょう。

でも、それはそこにはまだ私が知らない真実が隠れているということで、ある意味「ここ掘れワンワン」の場所だと思うのです。

そして、掘り続けて答えが見えてきたとき、それは自分から決して去らない真の智慧となりますね♪

 

☆ネガティブ・ナルシズムについては「インテグレイテッド心理学講座」で詳しくやります。うずうずしています(笑)。

今年の募集は終わりました。来年の案内を希望される方は、info_ayukahealingspace@yahoo.co.jpまで「セミナー案内希望」とお送りください。(ノンデュアリティと癒しのカフェなど、溝口あゆか講師のセミナー案内を送らせて頂きます)

☆ちょっとだけでも知ってみたいなという方、ハートレジリエンス協会主催の「なぜか生きるのが苦しいと感じているあなたへ」へぜひご参加ください。

 

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恐れという名の愛?

一般的に恐れがないほうが良いことだと思われているかもしれません。個人のレベルだけではなく、恐れベースの社会は不安や緊張が多く生きづらいものです。

また、私たち生命の本質が無条件の愛であるということを考えても、恐れとは往々にして私たちを本質から遠ざけてしまいますね。

ので、ある意味その通りだと思うのです。

ですが、そんな「恐れ」の中身をじっと見ていくとどうでしょう? すると、恐れのある役割が見えてくると思うのです。

それは、「私たちを守る」という役割です。

例えば、恐れがまったくなければ、危険だと言われている場所にも平気で入り、あぶない目に遭ってしまうかもしれません。

なので恐れは、“危険だ!逃げろ!”と私たちを危険からを回避し、そういう意味で私たちの体を守ってくれているわけです。

地震の揺れ、真っ暗闇な道、クマの足跡、やばそうな人(←どんな人だ)などなど、とりあえず怖い!という感情が“逃げろ!”と教えてくれるわけです。

かつて私の友人は二人のヤクザ風の喧嘩を興味深げにじっと眺めていたら、“お前何見ているんだよ!”と急に矛先が自分に向き、自転車で死にもの狂いで逃げたそうです。その話を聞いて、彼女の怖い警報は壊れているのかと思ったものです。

とりあえず、こういったときの恐れは非常に役立ちますよね。

ところが、ややこしいのは心理的な恐れです。心理的な恐れもよく見ると、やはり自分をそれこそ必死に守ろうとしています。

ただ、事故とか災害とか、事件みたいな具体的な恐れではなく、頭の中の自分のストーリーから自分を守ろうとしているんです。

例えば、

自分が意見を言うとみんなに迷惑かもしれないから、とりあえず黙っておく。
彼女に告白したいけど、拒否されるのが怖いからできない。
好きなことを仕事にしたいけど、失敗するかもしれないから今の状態のほうが良い。
本当はやりたくないけど、断ったら嫌われるからやる。

などなど、例をあげたらキリがありませんが、ここにある感情はすべて恐れですね。もしやってしまったら、またはもしやらなかったら、こんなまずいことがある(恐れ)・・・・というストーリーが走っているんです。

ので、やらないでおけば(またはやっておけば)、とりあえず「安全」だよ~と恐れは私たちにささやいてくるわけです。

心理セラピーのセッションでは、これをメリットと呼んでいますが、メリットは基本的に自分を守ろうとする行為で、そういう意味でとても愛らしい行為なんです。

ですので、セッションで出てきたときは、この恐れを十分受け入れて、そしてありがとう♪と感謝の声をかけたりします。

話を戻して、クマが追いかけてくるとか、土砂が崩れそうだとか、そういった実際的な恐れと違って心理的な恐れは、基本的にぜんぶ「幻想」です。

それでも、“もしかするとあのときのようにまた傷ついてしまうかもしれない”といったような心理的な恐れは、クマや土砂崩れと同じぐらいリアルなものです。

というより、それ以上に怖いかもしれません。目の前のクマは実体そのものなので、逃げる戦うか、または失神するかしかありませんが、実体のない無意識のストーリーは見えないだけに逆に怖い。

もし、~~たら...、あぁあってこうなって、いやもしかすると、こう思われるかも、そして自分はこうなって・・・。

見えないものは、どんどん膨らんでいき、分からない闇が大きく私たちを覆います。だとしたら、とりあえず分かっている安全なところでいよう、みたいな。

それが決して満足な場所ではなくとも、自分を安全な場所にかくまうほうが大事。

ですが、実はこんなふうに自分の恐れのストーリーを把握している人は非常に少なく、やりたいのになぜか気が進まない、やりたくないのにどうしてもやめられない・・・、なぜ?と思っている人のほうが多いものです。

ですが、無意識のストーリーをきちんと見ていけば、それは過去の経験から推測されたものであったり、刷り込まれた思い込みだったり、自己価値の低さからくる妄想だとか、その幻想性は完全に暴かれます。

ので、実は愛を選ぶのに一番ある意味ネックになっているのが、この「自分を安全な場所に置いておきたい」という自己への愛なんです。

あぁ、私たちってなんてややこしい~!

恐れという名の愛。とはいえ、真実の愛が顔を出したとき、消えてなくなる「幻影の愛」。

恐れを感じたとき、自我が瞬時に取る戦略は基本的に「逃げる」です。(考えない、やらない、気をそらすなど)

でも、恐れは見つめれば見つめるほど、その実体性は消えていきます。

そして残るのは幻影ではなく真実の愛♪ 

そこで恐れの先の真実がもたらす優しさと出会う♪

 

☆ノンデュアリティと癒しのカフェ開催します☆
2018年5月4日(金)14時~16時半(満席、キャンセル待ち募集
場所:あうるすぽっと(東池袋)
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参加費:4500円
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【日程】2018年5月26日(土)、27日(日)二日間 10時~17時

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欠乏のストーリー♪~幸せのありか~

突然ですが、世論調査です。

①あなたが心の底から欲しがっているものが手に入る方法を教えます。

②あなたが心の底から欲しがっているものは手に入りません。無理!
でも、まるまる幸せを感じる方法を教えます。

どちらに一瞬惹かれるでしょうか?

以前の私なら確実に①で、欲しいものが手に入って落ち着いたら、②を知ってみたい・・・みたいな感じだったと思います。

なぜ、以前なのかというと、幸か不幸か自分が求めているものが手に入らなかったからです。

チーーン

おかげで私には、欲しいものをあきらめて、気持ちを妥協しながら生きるという選択と、幸せになれないってほんと?と自分を深く見る選択しかありませんでした。

で、もちろん、二つ目をじっくり見ていったのです。

いやいやまぁ、そこにあった感情の層、思い込み、長い間投資してきた「私の人生ストーリー」のエネルギーの量はすごかったです。

あっ、これは、いくつものワークを経て、何年間分を振り返った感想です。

ものすごく簡単にまとめてしまえば、私は壮大な「欠乏のストーリー」に深くはまっていたんですね。

もちろん、欠乏のストーリーを行きながらも、癒しが深まるうちに愛や受容も強く感じられるし、心に余裕も生まれるし・・・と、欠乏感はかなり減っていきます。

ですが、人によってはここが危ういポイント。はまっていることに余計に気づきにくくなり、“私はもう自分を癒したんだし・・・”と自分の見ている世界をすごく正当化したくなってしまうんです。

私はちゃんと自分を見れているから、この状況は私ではなくて私を認めないあの人がおかしい、いくら癒したところで、この状態が変わらないと安心できない~みたいな。(このパターンにはまるとかなりややこしい。もちろん経験者。)

私の場合、ほんとうに小さいときからこのストーリーが始まり、これがもう空気のように当たり前になって人生を歩んできました。

その感覚から世界を把握し、他者との関係を作り、人を判断し、仕事をして・・・・と、生きるフレームワークというか、あゆかのOS(オペレーティングシステム)だったのです。

ですから、当然自分がそんなストーリーにはまっているなどつゆほども気づいていませんでした。

OSというのは、ある意味「私そのもの」ですから、何かについて悩んでいてそれを解決しました!というレベルをはるかに超えています。

ので、OSにワークすることへの難しさは、あまりに当たり前になってしまっているため、自分の中で問題化しないという点です。

ですが、多くの自己ワークをしていくうちに、まるでパッチワークが一枚のデザインになるように、なにがどうつながっているのか、自分の自我の構造が見えてくるんですね。

で、そこに一貫して流れているストーリーがあって(一つだけではありませんよ~)、最も大きなストーリーが、私の場合この欠乏のストーリーだったのです。

そうやって振り返ってみれば、人生あれこれ自分中心に楽しんでいたつりだったけど、どこかにいつもアウトサイダーみたいな感覚があったことに気づきました。

改めて気づいてみると、自分には当たり前すぎる感覚で、それ以外の感覚って何?みたいな感じだったのです。

実際にそこを深く見てみると、「私は人生の王道を歩けない人」(なぜなら欠けている人間だから)というストーリーがガッツリ走っていました。

自分は日陰の人、人生の負け組だと強く思い、その視線から社会や他者を見ていたのです。

ちなみに私たちの意識上にある思いと深く心の中に抱いている思いは、ほぼ間違いなく違います。そういう意味で、カウンセリングやセラピーの目的の一つは、無意識を意識化することにあるとも言えるかもしれません。

さて、ここからが本番。(前置き長すぎ)

私は欠乏のストーリーにとりわけどっぷり浸かっていたほうかもしれませんが、基本的にすべての自我が多かれ少なかれ欠乏ストーリーを生きています。

愛やつながり、安定をどこかで常に求め、いつの間にかそれが生きる原動力となっていたりもします。

求めること=生きることみたいな。するとだんだん、求めないことのほうが寂しく感じ始めたりしてくるのです。求めることを辞めること=夢をあきらめることになってしまうんです。

ちなみに前の記事に書きましたように、ここではハートからではなく、心の飢えからの求める思いを書いています。

この勘違いが始まって、ますます求めることに執着するというパターンが強まる。

それが手に入れば、自己価値が高まる、罪悪感を感じないで済む、愛されていると感じられる、安心できる・・・・。

執着しているものが「悟りの真実」とかなると、これもまたややこしい。

でも、求める気持ち自体は決して悪いものではなく、そこには愛を感じられていない自分がいるだけ。なので、存在に気づいてあげて、言い分を聞いてあげて、そして抱きしめてあげる。

そして、求める衝動が癒されて行ったとき、手に入るボーナスは、幸せを探す場所を間違えていたことに真に気づけること。

それは、求めなくて良い心の平和の発見と自分や社会の思い込み、「かたちの幸せ」という縛りからの自由。

そして、自分の本質という穏やかな心に落ち着く。

ということで、“飢える者は幸いなるかな”♪

 

PS: ちなみに現在抱えている問題から「楽になる」が目的であれば、癒しにそんなに時間かかりません。

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☆私も3日目にアシスタントとして皆様のワークのお手伝いいたします。

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古代メキシコの賛歌~許し、愛、自由~

古代メキシコで話されていたナワトル語(ユト・アステカ語族)で書かれた賛歌を訳してみました♪ (英訳から和訳しました)

~・~・~・~・~・~・~・~

私を上手く育てることができなかったという思いから、私は私の親を解放しよう。

私を喜ばせ、私が鼻高になれる必要性から、私は私の子どもたちを解放しよう。
子供たちが自分の耳にささやきかけてくるハートの声に従って自分史が書けるように。

私の心を満たし、完全にする義務から、私は私のパートナーを解放しよう。私は何も欠けていないし、私はあらゆる人から常に学び続けていく。

これまで生きた祖父母とそしてまたその上の親たちに、私が今ここに生命の息吹を吸い込めることに感謝したい。

彼らの過去の失敗や達成できなかった夢から、私は彼らを解放しよう。彼らがそのとき自分が持てる意識の中でベストを尽くし、状況を解決しようとしたことを私は分かっている。そんなあなた方を尊重し、愛し、あなたが無実であることを理解したい。

あなた方の前に私は透明となろう。それによって、私が自分自身と自分の存在そのものに正直である以外は、何も隠すことなく、何も所持せず、ハートの智慧とともに歩いていることがあなた方に分かるように。

自分の人生のプロジェクトを満たし、私の平和と幸せを乱すかもしれない家族への義務、または暗黙の忠誠から私は自分自身を解放しよう。それが唯一私が取れる責任だから。

私は、他の人の期待を満たしたり、調整する救世主の役を降りることを宣言する。

愛を通して、それだけを通して、私は自分の本質、自分らしい表現を讃えよう。

たとえ人が私を理解しなくても。

私だけが私の歴史を生き、経験し、そしてまた、何を感じ、何をして、なぜそれをしているのかを知っている。だから、私は私自身を充分に理解してあげたい。

私は、私自身を尊重し、自分の価値を認め、

自分とあなたの中にある神聖さを心から讃える。

私たちは自由なのだ。

~・~・~・~・~・~・~・~

この文章に何か加えるのは、野暮な感じがしますが、書いちゃいます。

この賛歌は一見、私~、私~と連発していますが、これは、分離した個の私の目線を超えているなぁと読んだときに強く感じました。

私という個は本来存在せず、自分の本質(気づいている意識)が何なのかが分かっている上で、個を生きる視線だと感じたのです。

自分が分離した存在だと信じているうちは、どうしても欠けた感覚がつきまとい、誰かに満たしてもらう、または何かで満たす必要性がでてきてしまいます。

自我はまた、自分の悪いところや欠点、ダメな自分(と信じているところ)を一生懸命隠したり、補ったりしながら、何かを得て(物質的なものだったり、自分が信じる教えだったり)、それを所有することで自分を守って生きていきますよね。

また、親や子どもやパートナーへの欲求や期待、または自分を縛る代々のしきたりなどを真に手放すには、まずは自分がそれをしていると気づく必要があります。

たいていは、正論や当たり前という感覚の中にそれらは埋もれてしまっているからです。

なので、まずは気がついて、そして、それらを手放す過程で癒しやさらなる気づきがたくさん必要となるでしょう。(これはこれでとても楽しい)

そんな“私のストーリー”から抜け出して、自分の本質というスタンスのみに立ち、透明であることはとても難しいものです。少なくとも私にはとても難しく感じられます。

でも、もし自分を深く見つめるスキルがあれば、それがどんな求め、どんな苦しみ、どんな悩みであれ、最終的に自分自身の本質を忘れたところに行きつきます。

本質を忘れていたと気づいた瞬間、自分が一度もそこから離れたこともなかったと知るでしょう。

自分の本質が見えたとき、そこは決してゴールではなくて、自我がその新しい目線で歩んでいく始まりの地点です。自我である自分とのまったく新しい関係作りの始まりですね。

最終的に大切なのは、自分の本質を今感じられているかどうか、つまり愛を通して自分を表現している?ということなのでしょう☆

PS: 遅ればせながら、前回のコメントへのお返事いたしました♪ 素敵なコメントをありがとうございました!

 

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【時間】10時~17時
【講師】溝口あゆか
【会場】ベルサール飯田橋駅前
【費用】48,000円

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OAD心理セラピスト養成講座募集締め切りました

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望んでいるものが手に入らない? 大丈夫!

ずっと以前から書いていたことではありますが、ますます、そうだよなぁ~~と思うことは、

~~~が欲しい、または~~~したいと思ったとき、例えば、

もっと痩せたい、
もっとお金が欲しい、
結婚したい
子供が欲しい
夢を実現したい
心の平和が欲しい
存在の真実が知りたい

なんでも良いのですが、~~が欲しいとか、~~したいと思ったとき、次に沸いて来る思いは、たいていはどうしたらできるか?ですよね。

でも、たぶん一番大切な問いは、Howではなくて、why?だと思うのです。

なぜそれが欲しいの、なぜそれがしたいの?

あっ、その前に「二つの欲しい(want)」をお話させてください。

“欲しい(want)”には二種類あり、一つはハートから出てくるもの、もう一つは飢えから出てくるものがありますね。

で、この見分け方は非常に簡単で、飢えから出てきている“欲しい(want)”は、それが手に入るまで幸せになれないと感じているもの。

一方、ハートから出てきている“欲しい(want)”は、それを考えているだけですでに楽しく、手に入るかどうかなど、結果はほとんど気にならないものです。

30代後半頃、私が子供が欲しいと思っていたときは、飢えからの“欲しい”だったので、子供がいない自分は幸せじゃないと強く感じていました。

でも、セラピーを学びたい、もっと心について知りたいという思いは、ハートから出ていたので、セラピストになれるかどうかは全く分からなくても、そのときが楽しくてたまりませんでした。

ということで、ここでは飢えた心からの“欲しい(want)” をお話しさせてください。

なんでこんな話がしたいかというと、セッションでは、例えば、“痩せたいのに痩せられない”とか、“お金がいつも不足気味だ(もっと稼ぎたい)”といったようなテーマもそれなりに扱います。

クライアントさんとしては、どうしたら痩せられるようになるか?、どうしたらお金がもっと入る自分になれるか?という頭でいらしていることが多いのです。

でも、医師に警告された肥満でもない限り、大切なのは、どうしたら痩せられるか?ではなく、なぜ痩せたいのか?だと思うのです。

というのも、飢えた心からくる“欲しい(want)”は、その対象がなんであれ、本当に求めているのは、“無条件の愛”だからです。

で、とっておきの秘密は、私たちの本質は既に無条件の愛そのもので、私たちが本当に求めているものを私たちが失ったことは一度もないんです。

でも、私たちのマインドは、“痩せたら自分をもっと好きになれる。人からも愛される”と、今ここに愛はなくて、何かを得ることで、それが見つかると思い込んでいますよね。

とっておきの秘密と書きましたが、ノンデュアリティやスピリチュアルなどに傾倒している人であれば、自分の本質が無条件の愛であることは、きっと分かっていることでしょう。

でも、それでも自我を超越しないとそれが分からない、自分の波動を上げないと感じられないなどなど、やはり何かをする、何かを得ないと、分からないと思っているかもしれません。

ここでちょっと、14世紀のドイツのスピリチュアルマスター、マイスター・エックハルトの言葉を引用させてください。(エックハルト・トールはこの人から名前を取ったそうです)

~・~・~・~・~・~・

ある人たちは、神を牛を見るように目で見たがり、牛を愛するように神を愛したがる。

彼らは牛がミルクやチーズを生み出し、彼らに利益を与えるから牛を愛するのだ。

ある人たちもこんなふうに外に求める富や心の快適さのために神を愛する。

しかし、自分の利益のために神を愛するのは正しいことではない。

あなたに真実を教えてあげよう。

あなたが求めているいかなる対象物も、それがどんなに良いものでも、

それはあなたと究極の真実の間のバリアとなってしまうだろう。

~・~・~・~・~・~・

これは神だけを純粋に愛しなさいみたいな説教ではなく、ほんとうにそのまま真実だと思うのです。

二種類の“欲しい(want)”に話を戻すと、飢えた心からの欲しいは、こんなふうに本当に欲しいもの(無条件の愛)の間に何かを挟んでしまうなぁと。

私自身を振り返っても、そんなことばかりして、苦しみ街道を歩いていたとつくづく感じます。

とはいえ、「自我=飢え」みたいなものですから、何かが欲しいという思いは沸き続けるでしょう。

なのでそんなときは、“なぜ私はそれが欲しいの?”という問いをして、そして、もしそれが手に入ったら、自分はどうなると思う?と問いかけてみると良いかもしれません。

安心できる(惨めな自分、哀れな自分にならずに済む)
堂々とできる(自信のなさがカバーできる)
穏やかになれる(今苦しい感情が渦巻いているから)
愛を感じられる(自分は自分を愛せないから)

(※かっこ内の思いは人によって違います)

などなどといった思いが出てきたら、それをよ~~く感じながら、さらに自分が究極に求めているものを感じてみましょう。

そうこれだ!、これが私が本当に求めているものだった!と涙が出てくるまで。涙が出てくるまで。涙が出てくるまで。3回書きました。(体で理解してもらいたいので)

そのとき、自分が何も欠けていないし、失っていないし、足りないものはないと分かり、あなたの欲望は、自我の欲望から生命の情熱へと移っていくはず♪

う~む、このテーマはいろいろな角度から書けますので、またいつか~。

 

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トラウマ、二つの夢、そして目覚め♪

さぁて、面白くなってきました!

何が?というと、

ノンデュアリティ、心のしくみ、脳科学、神経学、量子学がますます統合してきている面白さです。

たまりません♪

で、ここ数年、欧米の心理の分野ではトラウマ研究がブームです。ブームというのも変ですが、数多くの会議やセミナーが開催され、動画などでも情報が溢れ出しております。

科学とノンデュアリティの国際会議でも、毎年トラウマの研究者やセラピストが招待され、活発な議論が展開されています。

なぜ、今トラウマなのか?と考えると、人類が目覚めようとするにあたって、個人のトラウマ、民族のトラウマ、人類共通のトラウマを癒す必要があるのではないか・・・と思うのです。

と、ここまで来て、自分はあまりトラウマと関係ないと思う方も多くいらっしゃるでしょう。

いわゆる分かりやすい一過性のトラウマ(事故、災害、事件など)や虐待やニグレクトのような複雑性トラウマはなくとも、愛する人の死、突然の解雇、友達の裏切り、子供のころのショック体験などなど、多かれ少なかれ、私たちはトラウマ的体験をしているものです。

ここでトラウマと脳や自律神経との関係とか、夜が明けるまで話せるぐらいオタク(付き合ってくれる人がいるかどうかは別にして)ですが、超大雑把かつ簡単に書いてしまうと、

トラウマや幼少時や育った環境から出来た思い込みなどは、無意識のうちに自分の中に世界観として刻まれます。

例えば、父親が無口で感情をあまり出さないタイプで、母親が逆に口うるさいタイプ、自分もあまり表現しないタイプだった場合、その人の中のインナーワールドは、父が遠くにいて後ろを向いている、母親が自分に覆いかぶさるように支配している、自分は動けない状態で小さくなっている・・・となっているかもしれません。(人それぞれまったく違います)

で、私たちが感覚としてリアルに強く感じて生きているのは、ありのままの現実の世界ではなく、こちらのインナーワールドのほうになります。

そして、このインナーワールドはそのまま外に投影されるので、例えば、穴が開くほど人を見つめても、人が自分のことを受け入れてくれているのかどうかがまったく読めない、なので自分の言動にいまいち確信がもてない、でも、誰かと親しくなるとだんだん支配されている感覚になってしまう・・・とか。

これだけ毎日しっかり生きているインナーワールドですが、無意識のうちに形成されているために、ほとんど自覚されることがなく、単純に人付き合いが疲れすぎるわ~~としか感じられていなかったりします。

そしてたいてい私たちは、自分が見ている世界や自分が経験していることは、ほぼほぼ事実を正確に捉えていると思っていたりします。なので、自分を変えるより、他者や状況を変える方向に意識が向き、そっちへ走りたくなるんですね。

人付き合いが大変なのは、自分の周りにはいつも面倒な人が多いから・・・・みたいな。

インテグレイテッド心理学と他の心理学の違いは、インテグレイテッド心理学はこのインナーワールド(=投影ワールド)のしくみを深く説明することと、個人の中からそれらを引き出すことに特化していることです。

で、ここものすごく大切なんです。というのも、繰り返しになりますが、私たちはありのままではなく、常に自分のインナーワールドのほうを生きているからです。

思いが現実を創るとは違う話です。そうではなく、ありのままがインナーワールドによって歪曲されるということです。

それがよく分かる例として、“見える、聞こえる、感じる、思える”という言葉を私たちはよく使いますよね。

自分を馬鹿にしているように見える、怒られているように感じる、ダメだといわれているように聞こえる、ここに居てはいけないように思える・・・などなど。これらは、ぜ~~んぶ立派な「投影用語」です。

そう、自分でもある意味分かっているように、そう見えたり、聞こえたりするだけで、ありのままの事実とはまったく違うんです。が、私たちがそう言っているとき、ほぼ間違いなく、それは事実だと思っていますよね。相手は自分を馬鹿にしていると。

それぐらいインナーワールドのほうが断然リアルなんです。

さてでは、これがどう脳科学と関係してくるかというと、脳は意識上に思っていることではなく、潜在意識のインナーワールドのほうに反応するということなんです。

ですので、メインのインナーワールドがもし恐れに満ちたものであれば、脳が常に「警戒」モードになり、身体が緊張し、呼吸が浅い状態が普通になってしまいます。なので、安心感も感じられにくくなってしまうのです。(←超大雑把な説明です)

これと神経学や量子学がどう結びつくかを語りたいのですが、ここでは無理すぎなので省きます。

とりあえず、生き辛いと言っている人はほぼ間違いなく、生き辛いインナーワールドを抱えています。物心がたいしてついていない幼い頃に作られることが多いので、覚えている限り人生ずっと生き辛いという人もけっこういます。

このインナーワールド(=投影ワールド)の考えは、もともと「奇蹟のコース」にある自我の働きとエックハルト・トーレの教えをベースにしています。

つまり、誰かの理論や研究というよりは、自我の心のあり方をそのまま教えてくれているものです。自我目線でない、ありのままの姿が見えている悟りの目線で自我の働きを捉えているところが非常に大きなポイントです。

なぜなら、それはある意味心の自然観察学でもあるからです。だからこそ、脳科学ともマッチするのだろうなぁとも思います。

さて、トラウマと目覚めについて話を戻すと、トラウマとは、私たちを自分自身とそして外界とをもっとも分離させる体験です。

なので、トラウマによってできるインナーワールドは非常に孤独な世界で愛やつながりからを失ったものになっています。

この孤独な場所に閉じ込められた自分をまず救ってあげることで、一つの大きな投影が落ちて、愛という名のありのままが顔をだしてきます。

これも一つの夢からの目覚めと言えるでしょう。

自分の投影ワールドという深い夢からの目覚め。

私たちは二つの夢を見ていて、一つは自分の投影の夢。それぞれ違ったユニークな夢。

そして、もう一つは“個の自分がいる”という夢。それは人類に共通した夢。

でも、まずは自分の夢から目覚めてみるのも悪くないですよね♪

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