心の悩みというけれど・・・。

自分はこのままではダメだ、やりなおそう!とか、なまけた心を厳しい環境において鍛えようとか、一般的にはとても素晴らしいことだと考えられているでしょう。

もちろん、これにケチをつけたいわけではまったくありません。

私自身、こういった決意や意志で気持ち良く心機一転できたこともあり、それはそれで良かったと思うのです。

しかし、どんなに意志を強く持ってもできないこともありますよね。そんなとき多くの人は、自分は意志が弱い、自分はダメな人間だと自己否定してしまうかもしれません。

例えば、アルコールやギャンブル、麻薬依存症など、世間は“まだ懲りないのか、反省が足りない”、“失望した、頑張りが足りない”などという人もいます。

または、依存症まで行かなくても、スマホが辞められない、甘いものが辞められないといった、“頭では分かっているけどやめられない”ものは、それなりに多くの人が持っているかなと思うのです。

こんなときもやっぱり私たちは、“意志が弱い私”と自分をプチバッシングしがちかもしれません。

ですが、これを心理セラピストの観点から見ると、意志の力でどうにもならない悩みのほうが多いのです。

ということで、♪♪♪♪♪♪(←キューピーの3分間クッキングのオープニングソングを頭に浮かべてください)

あゆかの3分間心理講座のお時間です♪

いきなりですが、私たちは三位一体の存在である。

つまり、私たちは思い、感情(感覚)、体の三つの存在ですね。みなさんがそんなこと分かっていることは充分承知していますが、これ大切です。

私たちは「心」の悩みと言いますが、実際はこのすべてのレベルが関わっているんです。

ということで、

私たちは3つのレベルで悩み、苦しむ。

一つは、思考のレベルの苦しみ。

単なる思い込みや相反する思いが錯綜し、混乱するなど、純粋に思考のレベルで悩んでいる場合、思い込みが間違っていたとか、または見方が変わった、または良い解決の指標を与えらえたなどでスッキリします。

二つ目は、感情、感覚レベルの苦しみ

怒りや恐れ、不安が大きすぎ、思考をのっとてしまう。つまり、不安な思いや相手への批判が止まらない、頭では“過ぎたことだ”とか、“些細なことだ”、“心配する必要ない”と思っても、どうしても同じ思いが出てきてしまう。この場合、思考でどうにかしようとするより、感情を解放するワークの方がうんと有効です。

三つ目は体のレベルの苦しみ

トラウマや依存症、強迫観念などは、脳や自律神経、筋膜など体が深く関わってきます。(←この話は複雑になりますのでブログでは書けません)この場合、体にも働きかけるセラピーやワークが必要になってきます。

ですが、いわゆる人生の問題(仕事、人間関係、恋愛、自分についてなど)も体レベルが関わっていることもとても多いです。

私がEFTが優れていると思う点は、この3つのレベルをすべてカバーしてくれるからです。もちろん、やり方が上手にならないとただあくびがでるだけになってしまいますが。

そして、多くの心の悩みがこの3つのレベルが複雑に絡んでいるんです。というか、3つのレベルはいつも密接に関わっています。

例えば、人間の幼少期は大脳での学習ではなく、ほぼ「感情学習」を積み重ねていきます。これは脳、自律神経、感情、そしてビリーフの形成とすべてのレベルに関わるんですね。

ということで、3分間心のしくみ講座でした♪

♪♪♪♪♪♪(←キューピー・ソング)

ちなみに、3分間なので超大雑把です。

ですが、ポイントは多くの人が心の問題を思考のレベルだけで解決しようとしているので(プロのカウンセリングでも)、もっと三位一体、全体的に捉えて欲しいなぁと思うのです。

また、ノンデュアリティと癒しのカフェなどでも、 “自分の本質が分かってきて、深い受容や平和を感じる時間も増えてきましたが、ものすごく自我に囚われ、ストーリーにはまってしまったします”といったご質問?お話をなさる方もそれなりにいます。

感情と体のレベルでの反応は、ほとんど条件反射的なものなので、ノンデュアリティの理解があっても、痛いものは痛いし、ボタンを押されれば反応してしまいます。

なので、私の先生のルパート・スパイラさんもまたアジャシャンティも本質が理解できた後でも、自分を幻想に引き戻す反応をよく見て、深いレベルにあるビリーフ(ボタン)をよく見なさいと繰り返し言っています。

心の悩みや苦しみも、自分の本質を知ることも、基本的には同じ方向を向いていて、悟り(自分の本質)に興味があろうがなかろうが、癒しはそこへ向かっている、または無向かうべきものだと私は思っています。

とはいえ、悟ればすべての悩み、苦しみが解消される・・ということでは決してありません。悟っても歯は痛いし、トラウマは刺激されます。

ただ、自分の本質の位置から痛み、悩みを見たとき、その関係性は変わっていくでしょう。

痛み、苦しみは生命の流れの一表現であって、深い深い苦しみの先は絶望ではなく、本質への帰還が出迎えてくれていると知っている関係性。

 “私のストーリー”が手放せる予感を含んだ関係性。本質への帰還♪

 

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あなたは何に“自分”を見出している?

かつてロンドンの駐在員の奥さま達から「婦人会」みたいなものがあると何度か聞いたことがありました。(今もあるかどうか定かではありません。)

それは大使館員の妻が一番上で次に金融・・・みたいな分かりやすい?格付けがり、その順番にテーブルに座るなど、いろいろ気遣いをしなければいけなかいそうです。

その話を聞くたびに、自分じゃなくて旦那さんの職業なのに・・・とつい思っていましたが、その心理自体はよ~く分かります。

ということで、毎度のエックハルト・トーレの言葉です。

“エゴが生まれる最も基本的な精神構造の一つがアイデンティティである” (ニュー・アースより)

自我とは基本的に実体のないものです。自分が何ものなのか、どうして存在しているのか、深いレベルではいつも不安定、不確定なんですね。

なのでなにか「これ」というものを求めて、自分探しに出かけたり、存在の意味を知ろうとするわけです。

でも、実体のなさはどうしようもありません。そこで、なにかに同化して「自分の存在」を安定させたい、存在している意味を持ちたいという無意識の衝動が常に走ります。

そして、その同化するアイデンティティはできればより良いもののほうが、存在を強固にすることができると無意識に思っています。

なので、○○の妻(○○には世間的に地位が高いとか有名とかそういったもの)というアイデンティティは、専業主婦の私よりもアイデンティティが高まるわけです。

あるクライアントさんの母親は夫が商社を辞めて、田舎の家業を継いだあと、ずっと“私は商社マンと結婚したのに・・・・”と不満を言い続けていたそうです。

これもある意味、“商社マンの妻”というアイデンティティを崩された不満ですね。

もちろん、そういったことに価値を置いていない人もたくさんいることでしょう。ですが、すべての自我が何かにアイデンティティを見出そうとするという点では同じなんです。

しかし、問題はアイデンティティが保てなくなってしまったり、崩壊したときに、それが私たちにとって無意識のレベルで「死」を意味してしまうことです。

なので、アイデンティティを攻撃されたと思うとものすご~い怒りとなります。または、鬱状態になるなど。

例えば、会社や仕事にアイデンティティを強く持ち、それに誇りを持っていた人ほど、定年後は人づきあいや、趣味に没頭することが難しく感じるはずです。

会社人としての自分というアイデンティティで生きていために、それがない自分がどう社会とかかわり合うのか、楽しみにしていた趣味よりも失われた自分への喪失感、不安定感(ぜんぶ無意識です)のほうがはるかに大きすぎて楽しめなかったり。

アイデンティティとは、自我にとって自分を支えるもの、自分の存在を確認するもの、自分が生きていく上での軸となるものなので、基本的にその人にとって「理想的なもの」「大切なのもの」であることが多いです。

自分にとって価値のないものや価値が下がるものに好んでアイデンティティを見出す人はほとんどいないでしょう。

例えば、誰かが“私は何もとりえのない専業主婦です”というとき、それは本当はもっと良いアイデンティティが欲しいけど、ないから妥協している、心底満足していない場合が多いはずです。(もちろん人によります)

ちなみにアイデンティティの創造も崩壊もほぼすべて無意識下に行われています。

と、ここまで書いた上で、皆さんをもっと自我の深層にお連れします。うふふ。

ここまではある意味大人になってからのアイデンティティについて書いてきましたが、一番コアのアイデンティティは幼少のころに出来上がっていきます。

セルフイメージといっても良いかもしれません。育った環境の中で自分はどんな人間なのか、どんな存在であるかといった思い込み(ビリーフ)が無意識に形成されていくんですね。

例えば、両親が忙しくて自分にまったくかまってくれない場合、「私は取るに足らない存在だ」「私は重要ではない」といった思い込み(ビリーフ)が生まれたとします。

この場合、たんにビリーフだけではなく、実はもっと大切なのがそこにある「自分のイメージ」なんです。

例えば、取るに足らない自分のイメージは隅っこでうつむいているかもしれません。そして周りはみんな自分に無関心で忙しそう、そこにある感情は寂しさ、心もとなさだったとします。

このイメージ、感情、感覚は次第に私たちのアイデンティティとなっていき、するといつもどこかに寂しさがあったり、グループの中でも周囲が自分に興味を示してくれるように感じなかったり・・・。

コアのアイデンティティは、このように育った環境から出来上がってきたいわゆる「セルフイメージ」とも言われるものがほとんどです。

で、この私が大人になって「商社マンの妻」という新しいアイデンティティも獲得したとき、取るに足らない私は、自我を強化してくれるこのアイデンティティを手放したくないですよね。

基本的に不安定さを埋めたいといつも私たちは思っているので。

でも、そもそもこのアイデンティティ、つまり、思いとイメージ、そしてそこに付随する感情、感覚は、基本的に実体のないものですね。

実体のない自我が自分を確かなものにしたいと必死に求め、獲得し、守ろうとしているアイデンティティもまた、まったく実体のない絵に描いた餅なんです。

これを見破るまで、おそらく私たちはアイデンティティの獲得と防衛、そして喪失というゲームを繰り返すのかもしれません。

では、自我はどこに安住を求めることができるのでしょうか?
それは自我がずっとスルーし続けてきた自分の本質。自分が生まれた起源。

そしてそれを思い出すためには、まず自分のアイデンティティをきちんと見ていくこと。自分の中を通って、私たちは本質を思い出せるんですね。

OAD(オープン・アウェアネス・ダイアローグ)では、「気づきの問いかけ」とセラピーを使って無意識下にできたセルフ・アイデンティティとクライアントさんに対話してもらいます。

というのも、私たちの苦しみの多くがここから生まれているからです。

握りしめたアイデンティティを手放して、受容という自分の本質の中に落ちていけるように♪

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酔っぱらって帰り道を忘れる~本質への回帰~

体の痛みが私たちに体のどこかがおかしいですよ~とお知らせしてくれているのに対して、心の苦しみも私たちに何か間違ったことを信じていますよ~とお知らせしてくれていますよね。

または、何かナチュラルではないもの、本質ではないものを抱え込んでいますよ~というお知らせ。

もちろん人それぞれ悩みも苦しみも違いますので、そこは詳しく見ていかなければいけません。

でも、とりあえず人類に共通しているところから始めると、それはアイデンティティの間違い。

自分は固有の体、思い、感情を持つ分離した存在であるという間違いです。エックハルト・トールが「ニューアース」の中でも繰り返し書いていることでもありますね。

言い換えれば、私は日本人で女性で~~才で~~の仕事をしていて、~~に住んでいるものです、という「私のストーリー」への完全なる同化。

ただ「間違い」と言ってしまうとネガティブかもしれませんね。ある意味これは間違うように設定してある「神の遊戯」であって、本当の意味では決して間違いではないからです。

しかし、分離した個である自分という遊戯は、本質を忘れることがルールであるために、どうしてもゲームの最初から「恐れ」を持つことになります。

分離した自分というだけで何一つ人生に起きていない状態ですでに「つながりを失った恐れ」、「全体の中の小さな一部の自分としての不安」、「完全なる全体から切り離された欠けた感覚」が心の深い層に生まれます。

また、永遠である本質とは違い、分離した個の生命は有限であって、「死」が必ず待っています。しかもその「死」は、寿命が尽きたときに来るだけではなく、いつなんどき来るか分からないのです。

で、実はこの「死」と「自己価値」は心理的にすご~く密接な関係があるんです。

例えば、生まれたばかりの赤ちゃんがお腹が空いて泣いたとき、すぐにおっぱいがもらえれば、「自分は安全だ、大丈夫」というサインになり、自律神経や脳が正常に機能していきます。

一方、ニグレクトされ、放置されてしまうと「自分の命はあやうい、危険」と判断され、「自分は大丈夫ではない」と判断します。もちろん、ぜんぶ無意識のレベルで起きています。

心理的には、「自分は安全」というのは分離している恐れ、不安を埋めてくれ、「自分の存在は大丈夫、自分はいても良い」となりますが、ニグレクトの場合、「自分の存在が保障されない、いても良いの?」と自分の存在自体に不安になります。

私自身振り返ってみると、親はそれなりに愛情を注いでくれましたが、4歳ごろに親と離れていなければならず(祖父の借金問題で)、物理的にニグレクト状態になってしまいました。

預けられた先で誰ひとり話しかけてくれる人もおらず、遊ぶ友達もいなければ、とにかく会話がゼロ、目に入る範囲に人がいないという状態で過ごす日々が続いていたのです。

なので、その後の私と言えば、いつも自分がここにいて良いのか?ここにいて良いと思えるには何をしたら良いか?を無意識に探っていたなぁと・・・・。

それ以外にも自分の存在を確かめたい衝動はあちこちに出ていました。特にこの調子で恋愛をしたときは、苦しい、苦しい。はぁ、大変だった~。

でも、グッドニュースは、幼少期に深く無意識に刷り込まれたもの(シャドー)も、意識の表面(光)に持ってくることで、癒され、シフトしていくことです。

いつも思うのですが、最終的にどれぐらい自分に正直になれるのか?どれぐらい思考に邪魔されずまっすぐに感じ、見て、対話することができるのか?が、大きなカギだなぁと。

話を戻して、分離した自己が常に確かめたいことは、「自分の存在の安全」「自分の存在の意味」です。

インテグレイテッド心理学の言葉にすると、「肉体の死」と「精神の死」を避けて、いかに生き残っていくか?が大切なんですね。

つまり「食べて行くこと」と「自分が受け入れらていること(役に立っているなど)」がすご~く大切。ですから、私たちの多くはこの二つを常に達成するためにかなりのエネルギーを費やしているはずです。

なので、食べて行けない状態や自分がいても仕方がないと思い込んだとき、無意識下では、自己価値も下がってしまっているんです。

つまり、生命が確保され、安心な状態な時、自己価値や自己肯定感も高まり、その逆だと下がっていく・・・・。

で、苦しみとは、食べて行けないとか状況ではなく、この自己価値の低下が真の原因なんです。

自分の存在や価値を無意識に否定しまう。

逆に言えば、まったく同じ状況でも自己否定がなければ、苦しみも生まれません。

なので、私たちが苦しいときは、状況や状態がどんなであれ、なんらかの自分否定が走っていて、その否定のストーリーは「死」に向かっているんです。

でも真実は、この分離している存在の私は幻想であって、ほんとうはいつも受容と愛のなかにいる。このブログでも何度も書きましたが、「私たちは暖かいベッドから一度も離れたことがなく、悪夢を見ているだけ」という奇跡のコースの言葉通りなんです。

オープン・アウェアネス・ダイアローグの「オープン・アウェアネス」とは、無限に開かれた意識、つまり、暖かいベッド(私たちの本質)という意味でもあるんです。

私の場合、誰も私の存在に気づいてくれない、私はいるのに他の人の目には見えない、という間違った思い込みを抱えた自分と対話をしていきました。

すると、それは「私はいたい」「存在している強い感覚が欲しい」「生きていると感じたい」という思いに変わり、その声を受容しているうちに「私は大丈夫」「私は生命だ」という自分がオープン・アウェアネスそのものだったと思い出されてきたのです。

さらっと2,3行で書きましたが、幼少から長年抱えてきたものは、自分のアイデンティティ、コンピューターで言えばOSになっているため、それなりに時間がかかります。

でも、それはとても意味あるプロセスですね。それは間違って思い込んでしまった夢からの目覚めでもあるでしょう。

最後にペルシャの詩人ルーミーの言葉:

存在から発生したものに存在がとりつかれ、酔っぱらったかのように帰り道を忘れてしまう。
(神の遊戯にはまりすぎて、本質への帰り道を忘れてしまう)

帰り道は自分を深く見つめることで見えてきますね。

 

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ザ・投影~あなたの心の風景~

日本に戻り、引っ越しをしていたのでなかなか更新ができませんでした~。イギリスと日本と両方に家(日本は仮の家ですが)があるとけっこう大変です。毎年冬コートを持ってくるのを忘れ、買う羽目になり、冬に帰ってイギリスの家にコートがやたらたまったり・・・。

さて、「投影」について、改めて書いてみたいと思います♪

というのも、誤解しているかも?という人が多いような気がするからです。

ということで、

例えば、自分が見ている世界は投影である。これはたぶん皆さん理解しているかなと思います。

ので、

例えば、“あの人は傲慢だ”も事実ではなくて投影ですね。

多くの人がこの後に、自分の中に傲慢さがあるというふうに考えてしまいます。だからそれが外に投影されたのだと・・・。

が、少し違います。

まず、相手が実際に何か言ったこと、やったことがあり、それに自分が“傲慢だ”とレッテルを貼っているわけですね。

例えば、相手は“自分にはもう教わることはない”と言ったのかもしれません。その人にはその種の発言が多いとします。それを“あの人は傲慢だ”と解釈して、レッテルを貼ったとします。

ちなみにこうやって書いていくと、解釈だと分かっても、私たちはたいてい自分がレッテルを貼ったことを忘れてしまい、「あの人は傲慢」が事実として動き出しますよね。

で、もうそういう目でしかその人が見れなくなる・・・・。

投影の話に戻すと、傲慢だとレッテルを貼ったのは自分ですが、じゃぁ、自分が傲慢なの?というと、そういう単純な話でもないんです。

説明しましょう。

自我はレッテル貼りマシーンですから、それ自体は別に悪いことでもなんでもありません。

ところが、あの人は傲慢だ、厚かましい、自己中だ、噂話好きだといったレッテルは、プチ苦しみが生まれますよね。人によってはすごく苦しいかもしれません。

また、例えば自分に直接関係なくても、誰かが傲慢に見えて腹が立つこともあるでしょう。例えば、上司が同僚に取っている態度に無性に腹が立つとか。自分はまったく関与していないのに。

このように自分に関係あるなしに関わらず、腹が立ったり、プチ苦しみが生まれる場合は、いつも自分にとって何かがマズイからなんです。

なので、もし“なぜあの人は私にあんな傲慢な態度を取るんだろう?”とプチ苦しむ場合、何か自分にとってマズイことがあるんです。

で、見つけたいことは、何が自分にとってマズイのか?なんですね。なぜその人はそうなのか?とか、自分にも傲慢な要素があるのか?などではなく。

例えば、相手が傲慢な態度を自分に取ってきたと思ったとき、自分がバカにされているような気がした・・・とします。(自分が関与していない場合は長くなるのでまたの機会に)

この「気がする」「思える」「感じる」「聞こえる」を投影用語と私は名づけています。というのも、そう聞こえる(ダメだと言っているように聞こえる、感じる、思える)のであって、相手は実際にそう言ってはいないからです。

で、バカにされているような気がするとしたら、相手は何と言ってバカにしているの?と探ってみるんです。で、もしその声が“お前なんか取るに足らない存在だ”と言っていたとしたら、

ここが超重要ポイントです。

ので、踏ん張ってください。

自分が気がついていない自分の思いは、相手が持っている思いのように見える。

これが投影という意味です。

自分の「私は取るに足らない存在だ」という思いにあまり気づいていないと、あたかも相手が自分のことをそう思っているように見えるんです。

例えば、上司が“あの仕事どうなっている?まだ?”と聞いてきた場合、自分の中に“私は能力がない”という思いがあれば、“仕事が遅いと言っている”ように聞こえたり。

一方、私はやれていると思っている人であれば、どれぐらいはかどっているかを普通に伝えるだけですね。

さて、これはほんの序の口。ほんとうに大切なことは、この思いを抱えている自分、そして周囲や社会がその人の心の中でどんなふうになっているのか、その人の心象の風景を引きだしていくことです。

例えば、取るに足らない自分は隅っこの方でしゃがんで縮こまっている、他の人たちは大きく、威圧的な表情をしている、社会はグレーで冷たく感じる・・・・などです。

というのも、この心象の風景を常に周囲に投影して私たちは生きているからなんです。心の風景で周囲がいつも大きく見えていれば、実際に見えている風景がどんなであれ、どこに行っても緊張してしまいますよね。

実はここに書いたのはまだ浅いレベルで、その人の心象の風景はもっともっと引きだすことができます。なぜそもそも自分は取るに足らない存在と思っているのか?抑圧されているその人のナチュラルな姿は?などなど。これがOAD(オープン・アウェアネス・ダイアローグ)がやっていることなのです。

なぜダイアローグなのか?というと、クライアントさんがこの心象風景の中の縮こまっている私と対話し、理解し、受容していく(タッピングをしながら)ことで、心象風景が自然と変化していくからです。

この自然の変化は非常にパワフルで、一度変化した後はそのまま恒久的に変わりません。ので、意識的な努力をしなくても、自然にリラックスできるようになるんです。

OADは、一般の人生の問題(仕事、人間関係、恋愛、自分についてなど)だけではなく、いわゆる特別な問題(依存症、強迫観念症、うつ、トラウマ、摂食障害、パニック障害など)にも有効なんです。

もともと奇跡のコースといういわば非二元のテキストから生まれたため、OADは基本的にあらゆるものを本質に戻すことを目指しています。それがイコール癒しになるなぁと常々実感しています。

ということで、来週10月11日からOAD心理セラピスト養成講座の募集を始めます♪

良い週末をお過ごしください☆

 

☆OAD心理セラピスト養成講座の募集を開始しました♪ 詳細とお申し込みはこちら

 

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感謝は心のバロメーター♪

ほんと感謝って大切!と思う今日この頃です。

自己啓発やスピリチュアル界隈に長くいる方は、そんなこと知っているさ~、聞き飽きたと思うかもしれません。または、そうでない人も、それは当然でしょう~と思うかもしれません。

ですが、感謝をすると良いことが起きるとか、感謝の気持ちを持つことが大切とか、そういう話ではないんです。

感謝するように努めたり、意図的に持つ感謝ではなく、自然に湧き上がってくる感謝。感謝の源泉ってなんだろう? そこにあるものって?というお話です。

ということで一見遠回りな話から始めると、あるときふと気づいたのです。自分の中に感謝の気持ちがなくなってきているとき、いつもストレスがたまっているなぁと。

仕事をし過ぎていたり、自分軸ではなくなってきたり、考えが狭くなってくると、最初はうっすらですが、むくむくと犠牲者意識が湧いてきます。感謝キラーの犠牲者意識。

こんなに仕事をしているのに、こんなにやってあげているのに、私は利用されているのではないか?などなど、その時々の状況によって様々な犠牲者意識的な思いが沸いてきます。

ちなみに大人の犠牲者意識は、多くの場合「正論」に変身します。

自我は基本的に自分に向かうよりも他者や状況に目が行ってしまうため、自分が疲れている、なんか不幸感がある、腹が立つ~というとき、状況や相手のせいだと本気で思ってしまいます。

あの人がもっと理解してくれないから、普通はこういうふうに対応するはずなのに、あの人のやり方は間違っている・・・などなど。

疲れ、不幸感、怒りというエネルギーに支配されてしまうと、ものごとを一つの観点(自分の正論)からしか見られなくなり、視野が非常に狭くなってしまいます。

でも正論は真実味がとっても高いので、視野が狭くなっていることに気づきにくく、けっこうこのエネルギーに乗っ取られたまま過ごしてしまいます。(経験多々あり)

乗っ取られたままあらゆる言動に出てしまうと、周囲と衝突や抵抗、摩擦を生みがちでたいていはうまく行きません。

ので、一つは今自分がそんな心理状態に陥っていると気づくことが大切ですよね。

ちなみにこんなとき、バイロン・ケイティのザ・ワークはピカ一です。(ご存じのない方、ググってください。おススメで~す。)

もちろん、どっちが悪いのかという話ではなく、ザ・ワークは見過ごしていた観点や「ありのまま」の事実に目覚めさせてくれるんです。

話を戻して、ザ・ワークをやらないにしても、とりあえず気がつくことが出来たら、“あっ、私やりすぎているんだ、疲れているんだ”と自分を振り返ることができますよね。

相手とか状況とかではなく、自分が狭い思考の中に落ち込んでいるだなぁというリマインダーです。

疲れたなぁ、嫌だなぁという状況から抜け出すには、自分の置かれている状況をそれなりに正しく把握していないと難しいでしょう。

でも、ものごとを正しく見るとは、正論で見るということではなく、広い視野から起きていることを把握するということだと思うのです。(インテグレイテッド心理学でやる事実と解釈に分ける作業も役立ちます♪)

ティク・ナット・ハンの本(←タイトル忘れました)にいかにあらゆるものがつながっているかだけが書かれているものがあります。

パンを食べるとき、パンを作る人、小麦粉を作る人、麦を育てる人・・・・というように、私たちの人生のすべては切れることのないつながりのなかにあるといったような内容です。(うろ覚えですみません)

しかし、正論とか狭い視野というのは、言い換えればものすごく思考優位になっている状態です。また、思考とはものごとを区別し、定義付け、分ける作業をするものですね。

なので、思考が優位になると、ものごとがバラバラに起きているように見え、全体のつながりが見えづらくなってしまいます。

つまり、分離した世界観が強まってしまうんです。

なので、嫌だ~、疲れた~、あの人が~と感じているとき、私たちの心の中には狭くて分離した、正論で息苦しい世界が出来上がっているんですね。

で、そこから抜け出すため、私がまずやることは、疲れている自分を十分にいたわってあげることです。

その際、正論の愚痴も聞いてあげます。つまり、たまってしまった疲れと怒りと向き合い、理解し、受容してあげるんです。このときは、相手や状況への悪態も許してあげます。(もちろん、心の中で)

ちなみに、私はいつもEFTとマトリックス・リインプリンティング(MR)を使っています。

EFTとMRを使うことで、単に怒っていた自分、疲れていた自分から、もっと深層の思いや感情が引きだせます。そもそも疲れるほど頑張っていた理由は、なんらかの恐れやなんらかの欠乏感があったから。

ので、その自分にも向き合ってあげる。

ひととき落ち着いてきたら、ここでやっと、両手を胸に当てて(あたかもヒーリングをするかのように)、自分が何に守られてきたか?どんなサポートをもらっているか?何が支えになっているのか?を振り返ってみます。

すると、怒涛のようにあらゆるものが自分の存在を助けてくれているのが見えて、自然に“ありがとう”という思いも沸きあがってきます。

全体の流れが見えれば、感謝は自然とわいてきて、狭い思考(分離)の世界観に陥れば、犠牲者意識がむくむくと湧いてくる。

ということで、やっとここで感謝の源泉って何?に戻ると、分離のない「全体の流れ」という私たちの存在のありのまま、本質の持つ優しさがあるところ。

感謝して何かを得る、感謝して良い心でいるのではなく、感謝して、それで満たされる。終わり、というお話♪

☆OAD心理セラピスト養成講座の次期募集を10月11日に開始いたします。(現在サイトの更新作業中) 案内希望の方はこちらのフォームから♪

☆☆☆ お知らせ ☆☆☆

ノンデュアリティと癒しのカフェ開催♪ (キャンセル待ち募集中)

【日時】2018年10月13日(土)18時15分~20時30分
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【参加費】4500円
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https://www.form-answer.com/applications/6TYFT

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EFTプラクティショナー講座 in 東京
2018年10月6日(土)~8日(月祝日)3日間

私は日々乱用し、ほんとうに重宝しています♪

セミナー詳細はこちら↓
http://jmet.org/201810eftseminar_tokyo/

☆☆☆

「家族会」 at ハートレジリエンス協会

2018年9月26日(水)13:00~15:00 

不登校、引きこもり、うつ、依存症、そのほかの心の病、
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癒しに時間がかかる理由♪~苦しんでいるのは誰?

今現在苦しいなぁ~と感じている場合、セッションを何回受ければ、一体楽になるのだろうか?
と思いますよね。しごく当然なことで、私も腰痛がひどければ、整体の先生に同じ質問をするでしょう。

ところで、“今自分は苦しい~”とわかっているのも、実は一歩進んでいるんです。自分が苦しいことをきちんと認識していなくて、周囲に投影しまくって怒りまみれになっている人も世の中には多いものです。

話を戻して、セッションは何回ぐらい必要なのか?”ですが、もちろん、まったく答えられません。が、それでは不親切なので、なぜ答えられないのかを少し書いてみたいと思いました。

そもそも苦しみの原因って何? 一つだけ挙げよ、と言われたら、私は間違いなく「否定」にあると答えます。

ある意味明白ですよね。だから愛や受容が癒しを起こしてくれるわけです。

例えば、「私はバカだ」という自己否定の思いも受け入れていれば、まったく苦しみになりません。(なかなかそうはいきませんが・・・・。)

なので、すごくシンプルに言ってしまえば、多くの心理学、たくさんの過去の原因などなどをぜんぶ忘れて、自分の中にある否定だけを見ていけば良いんです。

とはいえ、シンプルだから簡単なのかというと、何重もの否定やメリットをもった否定を意識の深いレベルで抱え、心の中が複雑骨折みたいになっているケースも非常に多いです。

基本的に自我は、自分を分離した存在でどこかが欠けている、何かが足りないと感じているものです。

つまり、私たちの中には初めからビルトインで(自己)否定があるんです。

それでも、育った家庭がそれなりに愛情ベースで、なんだかんだいって自分は両親から愛されていると感じられるものであれば、自己肯定感もしっかり育ち、自己否定が大きくなってしまうことはあまりありません。(もちろん、すべてには例外あり)

しかしもし、幼い頃の環境が複雑性トラウマを生むようなものであったり、小中高のどこかでいじめにあったりしてしまうと、自分を否定することしか知らない状態になりがちです。

それに加えてネガティブナルシズムの傾向があると、もう苦のスパイラルにどっぷりはまったままになり、とにかく苦しいだけ、生き辛いだけになり、体にも不調が出てくるかもしれません。

さて、苦しみの原因をもう一つ挙げても良いよ~と言われたら、それは紛れもなく「同化」と答えます。

間違ったビリーフ、自己イメージへの同化です。と書いて、う~む、分かりにくい話になるかもしれないけど、非二元に飛びたくなりました♪ ということで、シートベルトをお締めください。(←久しぶり)

例えばネガティブナルシズムは、乱暴にまとめてしまえば、ネガティブな自己イメージに深く強く同化し、それを軸に生きている状態と言えます。でも、真に起きていることは、同化を超えて、それそのものになっているということなんです。(単にネガティブな思いが多いということではありません。)

私たちは普段、私の思い、私の感情、私の体という言い方をし、あたかも思いや感情や体をもっている「わたし」がいるかのように話をしています。

でも、もしそうであれば、思いや感情、体がなくなっても、「わたし」が残るはずですね?ところがどうでしょうか? 真剣に探してみてください。「わたし」がどこかにいるのか?

そうです。私たちが普段「わたし」と言っているのは、思い、感情、体の集合体のことなんです。そこにそららの所有者はいないんです。

つまり、“私”が何らかの思いに同化しているというよりも、ネガティブな自己イメージそのものが主体となって生きているんです。

なので、過去の出来事を癒したとしても、主体であるネガティブなエネルギーが常にガンとしてそこにあり、その感覚がいつもすべての軸となっているため、あっという間に同じ苦しさが戻ってきてしまいます。

なので、ネガティブナルシズムも、私(主体)がネガティブナルシズムに陥っているというより、もっと正確には、“ネガティブナルシズムが主体となっている”んですね。

またこれは悪いことではないのですが、自我には基本的に生き延びようとする衝動が常にあります。

ですがこの場合、ネガティブナルシズムとしての主体が生き延びようとしてしまうんです。つまり、ネガティブナルシズムが解体されるということは、自分の「死」を意味してしまうので、苦しいと感じていても、無意識のレベルでは良くなることへのものすごい抵抗があったりします。とっても多いです。

では、どうしたら良いのか? 気づきのダンス(もう一つのブログ)にも書いてありますように、今苦しいならやはりセラピーを受けるのが一番良いと私は思うのです。

その一方で、ここに書いてきた理由で「気づきの意識(純粋意識)」に寄り添い、本質のエネルギーをよく感じるようにしていくことも同時に大切だなぁとつくづく思っています。

苦のスパイラルにはまってしまっている場合、癒しにはそれなりの時間がかかります。たくさんの思い込みや抑圧され蓄積した感情、そして上に書いたような抵抗などなど、こんがらった心のひだを一つ一つ丁寧にひも解いていく必要があるんです。

その間、「気づきの意識(純粋意識)」を休憩の場にしていけると良いだろうと思うのです。主体が少しの間でも、「気づきの意識(純粋意識)」に取って変わっている時間。

ということで、今年の7月にロンドンでノンデュアリティのお話会をした録音のリンクを貼っておきます。最後のほうに「気づきの意識(純粋意識)」に寄り添う瞑想らしきものをしていますので良かったらどうぞ♪

ついでに久しぶりに東京で「癒しとノンデュアリティのカフェ」も開催します。宜しければぜひご参加ください。

また、ネガティブナルシズムに興味がある方、自分がそうなのかどうかチェックしてみたい方は、元ネガティブナルシズムで現在OADトレーニーセラピストの徳山菜穂子さんのブログをご参照ください。

☆ノンデュアリティトーク in London

 

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ノンデュアリティと癒しのカフェ開催♪

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【場所】あうるすぽっと(東池袋)
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【参加費】4500円
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人がウンコをぶつけてくるとき

前回のブログに「自分がいくらつながりを感じていても、周囲が分離意識バンバンだと難しい・・・」というようなコメントを頂きました。(最近コメント欄が賑わっていて嬉しい)

例えば、あるトークを聞きに行き、すごく良い話を聞いたのに、家に帰って話したら家族に全否定された・・・、または、自分は一生懸命を自分を見つめているのに、周囲は相変わらず自分のウンコ(←自分の癒していない思いや感情のこと、英語ではこういう言い方をしますが、品の良い人は決して使いませんので真似しないでください)をぶつけてくる・・・・、または覚醒体験をして、自分は自分の本質が分かったのに、周囲は変な人扱いをしてくる・・・。

それなりにあることですよね。

こんなとき、たいてい私たちの目には相手が悪者に映っているはずです。理解がない、自分に攻撃してくる、批判してくる、嫌な扱いをする・・・などなど。

で、そんな相手に対して、私たちは無意識に自分を防衛していますよね。

防衛の仕方は、自分も相手にがんがん言ったり、言い返したりという攻撃的な防衛。または、だんまりを決め付ける受け身防衛。または、その人と会うのを避けまくるという逃げる防衛。

“分かっていない人たち”と優越感に浸るといった話もありますが、そういう思いが出てく来る人とそうでない人といろいろかなと思います。

私はエニアグラムのタイプ9なので、基本的に受け身防衛か逃げ防衛に走りがちです。

A: 何怒っているの? なんかあるなら言いなよ。
私:別に。(超ふくれっつらで)
みたいな(笑)。

ですが、長い人生経験(セラピスト経験)のなかで分かったことは、批判や言われた内容が自分の中にないとき、自分が批判されたというよりは、相手が意味なく怒っているという風にしか見えないことです。

つまり、その人の問題だとはっきり分かり、自分の心は影響を受けないんですね。もちろん相手の怒りのエネルギーは感じるので、面倒だなぁとか嫌だなぁとかは感じるでしょう。

反対に自分の中に後ろめたさがあったり、自分にもそういうところがあるな~と少しでも思っていたりすると、批判された感や攻撃された感はががっつりあるでしょう。

例えば、「私は変わり者だ」とか「自分はどこにも所属できない」といった抑圧された思い(自分はまったく気がついていない思い)があれば、人が自分を変わり者として扱い、排除してくるように見えてしまったりします。(インテグレイテッド心理学・抑圧投影)

実際は、周囲の人にそんな思いは皆無だったとしても。

万が一、相手が100%意図的に排除しようとしてきたとしても、自分の中にそういった思いがなければ、気がつかないか、うざったいだけか、とにかく相手の問題なんですね。それが決して自分の問題にならず、仲の良い人たちと一緒にいればハッピーです。

なのでポイントは、周囲がどうなのか?よりも、自分がどう反応しているか?なんです。

ちなみにDVや虐待、ハラスメントなどは、まったく違うカテゴリーで捉えてください。これらは一刻も早く周囲に助けを求めたほうが良いですよね。

話を戻して、このようにお互いが相手を悪者としてみてしまうのは、自我が持つ分離感のせいなのでしょうか?

みんなの中に分離感がなくなれば、ハッピーな状態になる?

もし分離感がないことが良いことだ思ってしまうと、私たちは無意識に「分離感」を悪者にし、分離感と戦ってしまうかもしれません。

私とあなた、私と世界、私と他の人たち・・・。

そんな感覚がなくなって、すべてとつながっている・・・・、すべてが自分である・・・・という「感覚」になるのが、悟りなのでしょうか?

確かに一瞥体験や覚醒体験では、そういう「感覚」になったりもするかもしれません。

大切なのは、感覚そのものではなくて、その感覚に気づいているのは何か?なんです。分離感やつながった感覚、いろいろと変わる感覚。

感覚とは必ず変化するもので、また捉えることができるものです。

変化し、捉えることができるものは、私たちの「本質」ではありません。

真の私たちは、感覚を見ているもの、同時にそれそのものでもあり、不変不滅な存在です。

分離感があることに何の異議も唱えず、100%受容し、すべてを許している存在で、あらゆる感覚、形、現象になる生命のエネルギーです。

問題は、分離が見せる抑圧投影のドラマにはまってしまうこと。つまり、例に挙げたような自分の投影を事実だと思い込んでしまうことです。または、たとえそれが事実であったとしても、それに対する自分の反応にはまってしまうこと。

それによって自分の本質がみえなくなってしまうことです。

ちょうど流れが良いので、「オープン・アウェアネス・ダイアローグ(OAD)」とは、自分の中の気づかない抑圧された思いを意識の表に出し、その思いとダイアローグを持つことで、変化変容させ、自分のドラマからの目覚めを促すものです。(投影が落ちるとも言う)

投影のドラマがあたかも紛れもない事実かのように感じ、生々しく感じるのは、主に自分の中にあって、自分が気がついていない「自己否定」や「抑圧された真の思い」「トラウマ」などのせいです。

でも、それらはなくすものではなく、受容し、対話するものです。この過程でいつも感動的だなぁと思うのは、否定的な思いもすべてそれがそこにある正当な理由があり、理由自体も愛おしいものだと気づけることです。

体があって、その体を生存させるためには、健康な分離感(境界線)は、あったほうが良いでしょう。

とりあえず、誰かが悪者に見えたときがチャンス♪ そこに大きな癒し(愛)が眠っている。

 

☆☆☆ お知らせ ☆☆☆

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