癒しの黒天使~と本当の幸せがあるところ♪

ときどき、半年以内には自分を癒したいんです~といったような、癒し計画を伝えてくる方がいます。

早く癒したいという気持ちはもちろんよく分かりますが、癒しは自分が望む時間や計画通りに進められるものでは決してありませんよね。

なぜなら癒しとは、始めてみないとそこに何があるか、何にぶつかるのかまったく分からない未知の旅だからです。

ですが、「今の自分は苦しくてダメ」、「癒された自分になってやっと自分が望む人生が始まる」みたいな思いが根底にあったり、まだ苦しいということを悪いことだと見て、早くそれを終わらせなければ・・・と思っていると、癒し計画を立てたくなってしまうかもしれません。

または、癒しも努力次第でどうにかなるもので、ワークをすればするほど、右肩上がりの曲線を描いて癒されていくはずだ、だから一年後にはもっと素敵な自分になっているはず・・・という漠然としたイメージを持っている人も多いでしょう。

ですが、たいていの場合、そんな自分のイメージやスケジュール通りにはいかないものです。そもそもイメージもスケジュールもなんの根拠もなく、自分が勝手に描いたものですから。

しかし、その自分が勝手に描いたイメージと時間通りに癒しが進んでいないと、イメージが間違っていると思わずに、私たちは自分がうまくやれなかったのだと思ってしまいがちです。

で、 “こんなに癒したのにまだ・・・・”とか、“私は癒しの落第者だ・・・・”とか、絶望やフラストレーションまるけになったり。

でも、前回も書きましたが、魔境(癒された私)がどんなに幸せを約束しているように見えても、苦しんでいるのなら描いた理想が幻想だということです。

これは何も癒しに限らず、人生に関しても私たちは同じことをやるでしょう。

30歳までに結婚して、35歳までに子供を2人産んで・・・・・といったものや、または、60歳になったら定年退職をして、貯金が~~ぐらいあって、~~をする・・・といったもの。

明日にならないと一体何があるのか分からないという真実を忘れ、すべてスムースに行くことを前提に自分の未来計画を立て、その通りに行くことを無意識に期待したりするものです。

つまり、「ある理想の形」を描いて、それが得られたら幸せ、そうじゃなければ不幸みたいな分かりやすい幸せの求め方をしてしまいますね。

私の思考もそういったストーリーをよく描き、しばらくその未来計画に浸った後、はたと気づき、一人で照れ笑いしています。

基本、自我は理想の形を得ることへの欲求が非常に強いんですね。

つまり、自我は結果のなかに幸せがあると強く思い込んでいるということです。

でも、それは本当にそうなのでしょうか?

突然ですが、母を訪ねて三千里のマルコの話(知らない方はググってください)を考えてみた場合、結果主義的に行けば、マルコはお母さんに会えたら、やっと幸せが手に入るわけです。

それまでは苦しみの連続で幸せなどもちろんないし、苦しいばかりだと。できるだけ苦しくないほうが良いから、旅は早く終わったほうが良いし、計画通りに行くほうが良い。

では、もしマルコがお母さんを3か月後には見つけて、一緒にイタリアに戻るというスケジュールを立てたとします。

たぶん、そんなマルコを当時の人は見て、“旅に出ないと一体どんな状況が待っているか分からないだろう。天候だって分からないのだし・・・”と思うはずです。

基本、癒しも人生もまったく同じですよね。たいてい計画通りにはいかない。

ですが、万が一、天候もずっと晴れで、航海もスムースに行き、困ったときには有益な情報を持った善良な人たちに常に助けてもらえ、3か月後に無事お母さんと再会できたとします。

どうでしょう?

とにかくお母さんとまた会えたからハッピー?

実際は、マルコは様々な経験や困難などに途中出会っていくわけですね。

じゃぁ、その旅をしている最中のマルコはただ苦しくて不幸せな人?

様々な経験を通して、生きる知恵を得て、人間や世界への洞察を深め、旅に出かける前とは比べ物にならないぐらい人間的には成長しても、お母さんに会えるまではやっぱり不幸な人?

なんらかの結果を得ることに幸せがあると思っている限り、私たちは常に結果に振り回され続けるでしょう。幸せを手に入れたり、失ったり。

でも、自分や世界や人間というものを深く理解していく先にあるものは、本質という真実です。

本質とは、結果を得る得ないを超えた真の幸せがある場所ですね。

でも、「理想の形を得る」という幻想にはまっている限り、それは見過ごされ続けてしまうでしょう。

と、考えると、苦しみとはある意味「幻想」を打ち破るためにやってくる黒天使かもしれません。光をかかげてくる天使がいる一方で、苦しみというダークなエネルギーで「理想の結果」、「早く良い結果を得る」という幻想から私たちを目覚めさせる。

自分が求めているものがなかなか手に入らない、ままならない状況の中でもがき苦しむという黒天使が訪れて初めて私たちは、否応なしに今に立ち返って、自分の中を見ていくしかなくなります。

そして、自分の中を見ていくことで、自分とは何か?を知り、そしてその先にある自己の本質に目覚める。

常にあって、決して失うことのないもの。深い所で一番求めていたものへ目覚め、そのとき黒天使はほんとうは光の天使だったと私たちは知るのでしょう。

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理想という名の魔境♪

自我にとって一瞥体験は非常にインパクトが大きくて、どうしてもあの体験をもう一度~!状態に陥るものです。

私もしばらくかなり深くはまっていました。当時、“それはただの体験に過ぎない”と言われたら、たぶん猛烈に反発してしまったでしょう。

私は真実を見たのだ!という思いが強すぎたのです。でも、問題は、そのために苦しんでいるという事実。

幸いなことに心はがっかりしてしまいましたが、非二元のティーチャー達に一瞥体験にしがみつくことは大きな間違いだと教わり、早めのうちに一瞥体験教から目覚めることができました。

何にしても求めるということは、どうしても苦しみを生み出します。

しかし、これは何も一瞥体験した人だけの特有のパターンではなく、日常を振り返ってみると、私たちは常に深いところで何かを求める衝動がカラカラと走っているものです。

私自身も自分をちょっと振り返れば、基本的にいつもより満足できるほう、良い気持ちになれるものを求めているなぁとつくづく思います。

悪いことだと言っているのではまったくありません。何が良いか悪いのかではなく、たんに自我のしくみというか性質のお話です。

自我とうまく付き合っていくために、その性質をよく理解していたほうが、悩みや苦しみが減りますよね。

とりあえず、ある意味当たり前すぎて、多くの人がその衝動に無意識ですが、無意識であるがために、人生を軽く振り回さすぐらいの多いなエネルギーになってしまいます。

自我とは言ってみれば、エネルギー体ですね。思いも感情、感覚、体も常に変化している流動体です。

そういう意味で人をエネルギーの流れとして見るインドや中国の医学は、人を肉の塊とみる西欧医学よりも、やっぱり本質をついているなぁと思います。

で、そのエネルギー体が衝動のエネルギーとして稼働している場合、そのエネルギーが大きければ大きいほど、それに反比例して“今”が空っぽになります。

そうすると心が渇き、余計求めるというサイクルに。

例えば、ワークホリックの場合は、頭の中にワークリストが常に消えない。それを終わらせれば自分はリラックスできると思っているけど、実際終わると物足りなさ、落ち着きのなさを感じ、ゆっくり休むよりは、また仕事を始めてしまう。

ここである意味難しいのは、仕事をすることで喜びや満足感を得つづけるので、ほんとうは衝動、焦燥があることに気づきにくいことです。

と、ここまで読んで、自分は仕事楽しいと思ってやっているんだけど、本当は衝動のサイクルにはまっているの?と思われる方もいらっしゃるでしょう。

それを見分ける方法は簡単です。常に疲れてきたら、そのサイクルにはまっているということです。

なんで分かるのか?というと、私がはまっているからです。へへ。

ただ、自分で言うのもなんですが、気づいているのと、まったく無意識であるのとでは雲泥の差があります。なぜなら気づいていれば、一度止まって振り返ることができるからです。

で、衝動のエネルギーをじっと感じて、なにがこのエネルギーを生んでいるのかを探ってみます。たいてい、不安や恐れです。

では、楽しんでいたはずのものがいつの間に恐れや不安になってしまうのでしょう? それは、もちろん人それぞれです。私の場合は、公私にわたっていろいろと責任が増えてからだなぁというのがよく分かります。

そこで今度は、その「公私にわたった責任感」というのを見てみます。ストーリー的にはもっともらしく、正論であり、守っていかなければいけないようにどうしても見えます。

家族のため、社員のため、~~のため・・・・みたいな。

でも、正しいストーリー、またはある理想的な形というのは、ある意味一番魔境で一番引きつけられてしまうものです。

生身の身近な人間が絡んでくるその幻想を見破るのは、かなり難しいものですね。とくに家族となれば、愛情もがっつり絡んできます。この子たちが自立するまでは・・・・・。親が退院するまでは・・・・。

今の状態が大変であるほど、気持ちはなんとか理想の形、または今より良い形へ持って行こうという衝動でいっぱいになるでしょう。

しかし、私自身を振り返っても、そういった衝動に基づいた行動は、どうしても無理があり、また人とぶつかることも多いなと思います。なぜなら、自分が思う理想の形へ周囲を引っ張っていこうとするので。

繰り返しますが、そういう意味でも、気づくことはとっても大きいことですね。サイクルを一旦中止させる。で、難しいけれども、自分が思う理想の形(魔境♪)は、実は実体のない絵空事であると見抜いていく。

衝動がもたらす望みというのは、衝動にとってはとっても必要に見えて、そして大変リアルなものです。でも、もしそのために苦しみがあるなら、やっぱり幻想にしがみついているということです。

苦しみとは、それが手に入っていないから苦しいのではなく、求めているものが幻想だから苦しいんですね。実体のないものにしがみついているから苦しんです。

じゃぁどうしたら良いのか?

それは今ここにないものではなく、今まさにあるものをよく見ていくこと。つまり、頭の中にしかないものを横に置いてみること。80%以上のストーリーは消えるはずです。

そしてできれば、苦しみのストーリーを生み出す、今まさに自分の心にあるものを見つめてみませんか?

“今”という実体へ少しづつシフトしていく。ほんと正気に戻れます(笑)。

 

☆☆☆ 衝動の下にあるもの ☆☆☆

さて、前々回、摂食障害について書きましたが、OADセッションを受けた方の素敵な感想文を頂きました。この感想文の素晴らしいことは、セラピストさんに頼るだけではなく、自らも普段から「衝動の声」に耳を傾けていらしたこと、良くなったり、戻ったりを繰り返しながらもあきらめずに向き合われてきたことです。衝動の下には何があったのでしょう? 宜しければぜひお読みください♪ →感想文

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幻想の終わりは生の始まり♪

生と死が幻想だって聞いたら、
自我は生きる意味を見出せなくなるかもしれない。

どんな風に生きたって良いってこと?
今自分が楽しいっていうことも幻想なんだよね、
今自分が苦しいっていうことも幻想だよね、
人を殺しても幻想なら良いってわけ?
どうせ幻想なら、今頑張っても頑張らなくても良いってことだよね?

じゃぁ・・・・、どうしたら良いの?

でも、ほんとうに生と死が幻想だと真に気づいたら、
そこに見えているのは、
すべてが祝福されているということ、

わぁ、そうだったんだ、わぁ・・・。
そして大きな安堵感

そして気づく、生に執着しないから、生を目いっぱい讃えることができるのだと。
そしてまた、生に執着していたから、人生は自分の思うような形でないといけなかったことを。

私が思う幸せが欲しい、
私が思う夢を叶えたい
良いことだけが起きてほしいと思う

そのために私はどうしたら良いの?
そのために私は何をすれば良いの?

生の執着から解放されたとき、
叶わなかった夢もいとおしく祝福されていて、
一瞬、一瞬、起きていること、
ただそれだけで素晴らしく、

あはは、ただそれだけ・・・・
“ただそれだけ”という言葉がどんなに優しいのか知らなかった
自我は笑いながら、やっと生の素晴らしさを知る

死を恐れないから、
未来よりも今が大切になる
今、何が大切かよく見えてくるだろう。

より良く生き延びるために、死ぬまで安泰に暮らせるように
今を生きるのではなく、
今、自分にとってかけがえのないものが見えてくる。
もう人生の祝福を見逃さない。

あなたが犯したと思っている罪も
あなたが抱いている絶望も
あがいてもあがいても這い上がれないような暗闇も
すべてがこの瞬間に切なくも愛おしく、
祝福され、受容されている

だから、自分が自分を否定している重さ、痛さ、締め付けが
苦しみのストーリーを生み出していることがことさら見える
そして、自分を締め付ける手をそっと緩める

生と死が幻想であると分かって、
初めて自我は生を祝福できるのだろう♪

 

自分自身のユニークな人生の歌を聴きたい場合、それは“こうありたい”、“こうだったら良いのに”、“こうならないといけない”、“こういう自分でないと”・・・・と、ありたい状況、こうありたい自分になろうとする声ではなくて、もっと静かな部分に意識を向けてみませんか?

思いや言葉ばかりに気を取られている自我は、「静か=ない→何もない」と思ってしまうでしょう。でも、その静かな部分があなたの本質で、そしてあなたのユニークな人生を常にともにしている意識。純粋意識。空。

そして、言葉ではなくて、自分が最も良く知っている感覚、一番自分らしい感覚を探してみませんか?

その感覚から出てくる衝動、その感覚にマッチする思い、感情。それがあなたのユニークな人生の歌ですね。

たとえ今そこに悲しい歌が流れていたとしても、その自分らしい感覚が必ず癒しに導いてくれるはず。

あなたが流れるべきところへと連れて行ってくれるでしょう♪

 

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愛へと降参する

降参ということが本当に分かるまで、
自我は自分の過去の選択に悔やむだろう。
違う選択ができたはずだ、
私はもっとやれたはずなのに、

降参ということが本当に分かるまで、
自我は、将来への決断に緊張し続けるだろう。
先々で後悔しないように、
間違った決断をしてまずい状態に陥らないように、

でも、
自己の不在をほんとうに見抜いて、
そして、自分が何だったかを思い出したとき、
降参は静かに近寄ってくる。

降参は静かに、でも耐え切れないような恐れも運んでくるだろう
あなたは恐れの中にうずくまり、
死にたくないと何度も叫ぶ、

そしてふと気づく、
死にたくないと叫んでいるのは自我であることを
あぁ、死にたくないんだね
自分の夢、自分のストーリー、自分の愛するものを
手放したくないんだね。

そして再び気がつく
いつの間にか握り締めていたものがなくなって、
降参が自分をすっかり覆っていることを
降参と愛は同義語だったと知り、
一度死んだ自我はふたたび生まれ変わる。

でも、今度は生命が主役だと知り、
生命を信頼して、過去や未来よりもハートを求める
ハートの歌はいつも“いまここ”にしかなく、
その心地よさに酔いしれる。

自我(私たち)は、何かをして何かを得るという発想に深くはまっていますよね。そのため、降参によって愛を知ると聞くと、必死に降参しようとするかもしれません。でも、降参はするものではなくて、起きるものですね。

じゃぁ、ただボーッと待っていればいいの? 何もしないで普通に暮らしていて、突然来るの?と思うかもしれません。

自我の望みが悟りや真実についてくる“おまけ”や“おみやげ”である場合、例えば、ずっと平和な心の状態でいられる、苦しみが消える状態になる、特別な能力がつく状態などであったら、それは降参の真反対な動きになってしまいます。

私がこうなる、私の欲望、私の目的、私の・・・。自我は無意識にいつも今より良い状態を求めているので、単にそのパターンを繰り返し、強化することになるんです。

でも、自我の望みが純粋に“ただ真実を知りたい、なぜなら私は真実何なのか分からないから”であれば、自我は降参の方向へ向かっていくでしょう。

でも、自分の望みが、“ただ真実を知りたい”であっても、真実を知る、理解する、理解しようという方へ向かうとまた迷子になるでしょう。

なぜなら、自我は理解する、理解できた、分かったということに喜びを見出すからです。そしてまた、分かろうとする行為も“理解を得る”というgo and get(外に探して得る)といういつもの自我のパターンにはまっているだけだからです。

でも、“真実を知りたい”が、ただそこに留まって、今あるものを深く見ていく行為になれば、それは勘違いや思い込み、幻想を落としていく作業になるでしょう。

まずは自分に関わる様々な間違った思い込み(私は無能だ、私は汚い、私は罪深い・・・)を見つめ、そしてそこにまつわるストーリー(=ファンタジー)を見つめ、分厚い緊張のエネルギーを解体していきます。

こうやって外に向かっていた意識が内に向いて、自分の中のファンタジーが溶けていくと(自己の不在への目覚め)、同時に外の世界のファンタジーも薄まっていき、世界は自分が思っていたほど実体のあるものではなかったと気づくでしょう。

そして、だんだん降参が静かに忍び寄ってきて、ある日自我は生まれ変わり、真実の手の中に転げ込むのかもしれません。

そこではすべてが許され、受け入れられ、そして慈しまれていて、思考はすっかり頭を垂れる♪

 

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摂食障害~スルーされているもの~

本職のセラピーについてはあまりブログでは書いていないのですが・・・という記事をたま~に書きます。

書かない理由は、短く分かりやすく書くことが難しいのと、万が一簡潔に書けてしまうと、それで理解できたと思われるのも困るなぁと思うからです。

という長い前置きですが、摂食障害について少し書きたいと思います。というのも、摂食障害と万引きという記事をたまたま読み、あぁ、もっとセラピーについて広く知ってもらえたらと思ったからです。

心の専門家としては、精神科医、臨床心理士、心理学者、カウンセラー、心理セラピストなどが浮かぶと思います。

で、実はこのなかでセラピーの分野というのは、医療機関や大学といった枠組みがないために、おそらく最も自由な試みができる場所です。

ある意味大企業よりも町工場のほうが、自由に新しい技術に取り組めるのと同じかもしれません。またオタク気質な人も多いので、あちこちの町工場でとても優れた技術が密かに生まれたりしていますよね。

同じように、セラピーの世界でもたくさんの発見、その上にたった多くの豊富な臨床があり、今の精神医療で役立つ情報やスキルはたくさん眠っています。

ただ、“エビデンス”という町工場の資金力とネットワークではとても出せない大きな壁があり、なかなか世に認めてもらえないんですね。

話を戻して、NHKで取り上げた摂食障害の動画を見ると、刑務所の刑務官はもちろん、担当の医師もあまり手段を持っていないように見えます。

では、セラピーの世界では摂食障害をどう扱うのかというと、まず、摂食障害にしても、依存症にしても、理性や意志の力では抑えられない衝動があるわけです。頭では良くないと分かっていても、そんな思考も吹っ飛ぶほど衝動が大きいんですね。

なので、その衝動がなぜ起きるのか? そして、その衝動の中味は何か?というところをきちんと見て行きます。

まずはじめに鍵は、衝動が起きる瞬間です。例えば、食べ物に手を伸ばす瞬間、依存症の場合、アルコールやドラッグに手を伸ばす、またはギャンブル行為に走る瞬間ですね。

これらの行為はすべて衝動を抑えるためにしているわけです。衝動への蓋です。で、手を伸ばす瞬間が、一番衝動が高いときで、ここにいろいろな鍵があります。

では、なぜ衝動がそもそも起きるのでしょうか?

例えば、なんらかの理由で不安で仕方がないとします。そんなとき、不安をただ感じ続けるよりも、私たちは何かで気を紛らわそうとしますね。いわゆる蓋行動です。

衝動の中味は、いつも未消化の感情のかたまりです。多くの場合はトラウマで、複雑性トラウマのように一つ以上のことも非常に多いです。(トラウマのメカニズム、未消化の感情や体との関係はここでは省きます)

問題は、トラウマや未解消の感情を本人が抑圧していることにまったく気づいてない、というか無意識に一生懸命抑圧をしていることです。

しかし、抑圧された感情は少しでもトリガーがあると一気に衝動となって現われます。つまり、衝動が高いときは何がトリガーになっているのか、そしてそこにどんな感情や思いがあるかを探るのに一番良い場所なのです。

なので、まずセッションで聞くことは、どんなときに食べ物に手が伸びるか? 一日でいつ頃食べたくなるか?などです。分からない場合は、とりあえず一番最近で食べ物に手が伸びたときを教えてもらいます。

そして、そのときの衝動を再現し、よく感じてもらい、私の場合はフォーカシングを使って、そこからどんな感情や思いがあるかを引き出していきます。

一度は、その感情と声を認識しただけで、10年間続いていた摂食障害が一ヶ月間止まったと教えてくれた人もいました。再度始まったきっかけは母親との会話ということで、そこにトリガーがあるとはっきり分かり、それはそれでよかったのです。

とはいえ、じゃぁそこだけ見ていけば良いね~とか、例えば原因が複雑性トラウマの場合、トラウマを一つ一つ解消していけば良いという単純な話でもありません。

人間の精神構造はかなり複雑で、トラウマを抱えた私というアイデンティティができあがっていたり、または、二度とトラウマ体験をしないようにと恐れを握り締めていたり、また自分が自分を罰して心のもっと深いところに閉じ込めていたり、乖離や同化、抵抗などがいろいろあります。

ちなみに恐れや怒りを手放したら無謀になってしまい、また攻撃されるのではないかという声にはよく出会います。これらはすべて心の深いところにあり、まったくスルーされている思いです。

こういった思いや声、イメージ、そして未消化の感情などを一つ一つ明るみに出し、対話していくことで、衝動が少しづつ薄らいでいきます。(時間はそれなりにかかります)

このとき大切なのは、セラピストが何らかの理論や自分の考えをはさまないことです。それをしたとたん、こえらの思いや声は拾ってもらえず、心の中に隠れたままになってしまいます。

なので、ここは非二元的な受容の空間と心を解剖していく問いかけが非常に役立ちます。(と何気にOADを宣伝♪)

精神医療や心理学を否定するつもりはまったくなく、そこにも有益な発見や技術はたくさんあります。

しかし、脳の機能とか、理論や分析ベースのアプローチだけではなく、もっと自然でシンプルにクライアントさんの心の声に耳を深く傾ける技術を学ぶことも大切だと思うのです。

ということで、塀の中の彼女たちの深い心の叫びがいつかきちんと拾われますように☆

 

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分からない素晴らしさ♪

お気づきのように、ブログを統合して「オープン・アウェアネス・ダイアローグ」という名前にしました! 皆様、今後ともどうぞ宜しくお願いいたします♪

長いカタカナの横文字ですが、個人的には意味はとても気に入っており、OADと略して普段使っております。

2005年に楽天のブログを始めてから12年、今回で3回目の名前変更です。また、いつもそれなりに長い文章を書くスタイルですが、そちらも変更していくかなぁ~と思っています。

つぶやきみたいだったり、動画だったり、などなど。

ということで、今回はつぶやき風で行ってみます♪

☆~☆~☆~☆☆~☆~☆~☆☆~☆~☆~☆☆~☆~☆~☆

思考に同化すればするほど、人は愛よりも正論にしがみつく。
あたかも正論が自分を守ってくれるかのように、
正しいことを言っていれば、自分は大丈夫、堂々とできる、ドヤ顔ができる
正しい行いをしていれば、私は自分にも回りにも恥じなくて済む、きっと誰かが見ていてくれる。

でも、微妙だけど、どこかほっとしない。

自分は間違ったことを言っていない? 自分のふるまいは大丈夫?
あっ、いけない気をつけなければ、変だと思われる・・・。

なんだかいつも自分を監視している感じ。
だから、他人も監視してしまう。
他人のあらが気になってしまう。
正しい行いをしていない人に腹が立つ。

自分なりに正しく生きているはずなのに、どこか喜びが少ない。
そこはかとない怒りさえいつもある。

正しさを捨てたら良い? べきを捨てる??
いやいやそれはかなりヤバイでしょう。
非社会的な人になってしまうし、自己中になってみんなに嫌われるだろう。
第一、みんながそんなになってしまったら、社会の規制が保たれない。
無法地帯になるかも。

ハートの声に従う? だいたい、何がハートの声なのかさえ分からない。
私はずっと思考の言うとおりに、思考に従って生きてきたんだし、
それにハートの声なんて、そういう自己啓発みたいな、スピみたいなフワフワした話は危ないよね。

理性第一! 理性が私を守る! きちんと頭で考えるのだ!
それに、ひょっとすると思考は現実化しちゃうかもしれないしね。
自分の思考に気をつけよう。

自我は常に時間と空間、ストーリーの中で生きている。

でも、気づいていた?
もし、思考がなくなったら、時空もストーリーも消えてしまうことを。

ハートは言葉を持たず、今ここしか知らず、ものごとを判断することもない。
ハートは喜びを知っていて、つながりを糧にし、愛の知性と智慧を携えている。
“真実を知りたい!”という欲求として私たちの中に現われ、ハートは私たちを本質へと誘う。

だけど、それも思考があっという間に奪い取り、すべて頭の理解へ持っていってしまう。
そうかそうか、悟りってそういうことか、自己の不在ってそういうことか、
なるほど、なるほど。
自分は“正しく”理解してきたぞ。
そして、悟り論争の始まり。

もちろん思考は悪者ではないけど、思考偏重の社会は理屈抜きの優しさを忘れがち。
理屈抜きに自分を愛することを忘れてしまう。

ハートにくつろぐ時間を増やしてみる。
そこには、過去も未来もなく、計画や判断もない、定義やストーリーもなく、思考ははじめ戸惑うだろう。
なにも掴めるものがない!

分かろうとすることを辞めてみる。
そして、分からないということにくつろいでみよう。
と同時に、自分の中の分離の思いを癒してみる。深いところにしまってしまった自己否定の思いを癒すのだ。
その下には必ず“否定される以前の生命のままの自分”がいるから。

きっとそのうちハートのエネルギーが自分の中に広がっていくだろう。
そして、だんだん見えてくるのは、思考の頼りなさとハートのゆるがない実体性。

私たちの本質、ハート、純粋意識は、すべて同義語だと気づいたとき、新しい地平線が見える♪

 

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投影~思考は現実化しない♪~

「非二元蓋」という言葉を春のノンデュアリティの会で話したところ、かなりの人が「非二元豚」と受け取り、非二元の知識で肥えてしまった豚という意味だと思ったそうです。あはは、それはそれで面白い。

ですが、音ではなく漢字で見ればそのまんまですが、苦しみを非二元のメッセージで蓋をしてしまうという意味です。私はいないはずだから、私の苦しみも幻想なのだ・・・みたいな。

他に、自己啓発蓋、スピリチュアル蓋などもありますね。

さて、私たちが苦しいと感じるのは、自分の中に抵抗や否定、抑圧などがあるからです。

自分を許せない、自分は他の人より劣っている、ありのままの自分でいてはいけない、自分はどこにも属さない、などなど、100万通りの抵抗や否定を私たちは抱えています。

例えば、新しい職場で働くことになり、緊張と期待で行ってみたら、職場の雰囲気が殺伐としていて、分からないことを聞ける感じではないとします。

このとき、意識の深いレベルで“自分は能力がない”と思っていたら、不安の度合いはどれぐらいあるでしょう?

とりあえず、職場のほかの人たちが自分をどう思っているのかがすごく気になったり、または常に他の人と自分を比べ、自分は出来ていないと判断して焦ったり、自分をさらに否定をしたりするかもしれません。

家に帰っても緊張が残り、次の日の通勤電車の中でも重たい気持ちになっている・・・・、そんな日がずっと続く。

解消されない思いや感情を毎日持ち続けるとエネルギーが下がり、苦しさも増していきます。

でも、私たちはどうしたら楽になるかなど知らないので、自我が一番良く知っていて手っ取り早い方法が、なんとか抑圧すること。

お酒やネット、食べることなどなどで気を紛らわして蓋をして抑圧する。または、苦しみが大きくなると非二元蓋や宗教蓋、人によってはドラッグなどが必要になるかもしれません。

もちろん、本当の意味ではまったく楽にならず、どんなに蓋をしても、それらの思いも感情もしっかりあります。

で、次にどうなるかというと、それを外に投影するんですね。

蓋をして自分の中にはないことにしたものは、ぜんぶ外に投影され、リアル感100%です。これを“思考が現実化する”と勘違いする人が非常に多いのですが、まったく違います。(ないことにしたので、自分ではまったく気づかなくなります)

そのへんを説明するのに、もう少しついて来てください。

例えば、自分が気づいていないけど、実はしっかりある思いは、「自分は思っていない→他の人が思っているのだ」になります。

つまり、周囲の人が自分のことを“お前は能力がない”と思っているように見えるんです。

なので誰かが、“ちょっとこのレポート分かりにくいです”と言えば、“能力がないと思われている!”と解釈したり、上司に“ダメだ、こんなやり方は!”などと言われた日には、この思いにヒットしすぎて、すごく痛い。

で、たいていは“上司は自分のことをダメだと思っている。自分なりに頑張っているのに。上司ならもっと丁寧に部下を指導するべきだ”などと、上司憎し・・・になったり、または、上司が怖い、苦手だ・・となったり。

これは、嫌な上司を引き寄せたのでも、バカにされる現実を自分が作ったのでもなく、単に自分がそう解釈しているだけです。そう見えて、感じてしまっているだけなんです。

ただ、本当にそんなふうにしか見えないので、自分がそう感じているだけだとは到底思えないものです。なのでクライアントさんでも、それは事実です!と食い下がる人多しです。(細かくはインテグレイテッド心理学でやっています)

それだけ真実味、現実味が高いという意味では、人は自分の思考の現実を生きていると言っても良いでしょう。

ですが、基本的に思考はいつも後だしジャンケンです。思考がなくても、現象は起き続け、思考も現われては消える現象の一つです。

ただ多くの人はあまりに思考に同化しているため、自分=思考=主体のような感覚になっていますよね。

思考は観察される側であるのに、常にものごとを判断したり、解釈したり、レッテルを貼っているので、自分は観察側だ、主体の側だ、現象をコントロールできるのだと勘違いしてしまっているんです。

話を非二元豚に戻します。あっ、パソコンが豚と変換してしまった。蓋です。

ここで本当に苦しい原因は、“自分は能力がない”と思い込んだ自分が抑圧されていることですね。ちなみに、これはまだ大雑把なので、OAD(オープン・アウェアネス・ダイアローグ)では、どんなふうに能力がないのか?なにが欠けていると思っているのか?などを探り、もっと深いセルフイメージまで見ていきます。

するとそこにはたくさんの感情、思い、記憶、イメージがあります。そして、それらが暗闇にすっかり抑圧されていたため、苦しみを生んでいたのですね。上司や職場はある意味関係ないんです。

セッションはたいていとても個人的なストーリーから始まります。夫が~~、仕事場で~~、お金が~~~、姑が~~、子供が~~~とあらゆる個人のストーリーがあります。

しかし、深いレベルまで見ていくと、途中から状況はほんとうにある苦しみ、自分が抑圧した苦しみを刺激しているだけなのだと分かってくるでしょう。

また、この抑圧された思いは、基本的に私たちが100%そうだと信じている思いです。なので、ものすごくリアルですし、“個の私がいる”感をバンバンに感じさせます。

ですから、実は苦しい人ほど、分離感、“個の私がいる”感が強く、非二元のメッセージなどはすごく遠く感じるはずなんです。

ちなみに、自分がいなくなった状態になるのではなく、“初めから個の自分はいなかったと知る”です。どんなに個の自分がいる感じがしても、それはこういったビリーフや感情の集積がそう感じさせているだけです。

ということで、まずは自分を自分の抑圧から解放してあげられると良いですね。

みんなの中に本質、愛へ戻りたいという欲求が必ずあり、それを癒しを通して実現することも目覚めの一つのかたちでしょう♪

 

PS: 思考が現実を創る~の誤解に関しては、その人がどう定義しているかにもよるでしょう。とりあえず、今回は非常に端折っていますのでいつかちゃんと書いてみま~す。

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