天使と般若心経

今日北アイルランドから戻ってきました。半端じゃなく訛った英語ですが、ロンドンより自然な笑顔人が多い印象を受けます。が、紅茶を頼んだら、コーヒーが出てきて、野菜カレーを頼んだら、チキンカレーが出てくるあたりは同じ。

さて、今回もコメントにお返事させてください。下記のお二人のコメントです。ありがとうございます!

また話は変わりますが、辛いことがあると天使などの高次元の存在に助けてもらうという友人がいます。友人も天使も大いなる意識だとすると、何が起こっていることになるのでしょうか。この辺りのことも、もし宜しければ記事にして頂けたにら嬉しいです。

私も上記の方の質問に興味があります。人により、天使だったり、ご先祖だったり、守護霊だったり、または霊媒師を介して特別な存在に助けてもらったり・・・。これは分離の世界で、私とあなたですよね。

一部の人にしか意味が通じないご質問ですが、私は大好きです♪ ということで、がんがん行きます。まず、押さえておきたいことは、分離の世界と分離していない世界(ワンネスの世界)があるわけではということです。小波は、小波という分離した世界から、いつか大海に到達するのではなく、すでに大海にいるわけです。今、この瞬間も「分離している」と思い、感じ、見えてしまっているだけで、まったく分離していないんです。そういう意味で、現象の世界VS真実の世界という構図があるわけでもありません。

なので、この世はすでに真実の世界です。

ということをベースに考えると、例えば、私と警察官も大いなる意識ですね。が、スリに遭ってしまったとき、交番に駆け込んで、ふと“私も警察官も多いなる意識なのに、一体ここで何が起きているのか?”とは、恐らく思わないでしょう。

警察官とエンジェルは存在する次元が違う・・・と思うかもしれませんが、基本的に同じことなんです。天使や守護霊がいるところが真実の世界で、人間がいるところを現象の世界だという見方をしていると、混乱してしまうかもしれません。

私は、4歳のときに臨死体験もしていたこともあり、私の戻る場所は、あの愛で満ち溢れた魂の世界であって、あそここそが真実の世界だ・・・と長い間思っていました。そして、この世は、魂を成長させるために作られた仮の世界で、この世は現象の世界、あの世は真実の世界と分けて考えていたんです。

しかし、覚醒体験(悟りの一瞥体験)をしたとき、宇宙も魂も天使もすべて現象なんだとはっきり知覚できたのです。この世もあの世も現象だったんです。すべては、エネルギーのうねりで、あらゆることが起きて、そして、何一つ起きていなかったのです。

宇宙、多次元の世界、銀河系、太陽、月、地球、私・・・・バクテリア・・、マクロからミクロまですべて現象であり、すべて大いなる意識(空)です。でも、「かたち」の観点からすると、私と太陽は違うもので、私は太陽の恩恵を受けて生きています。

天使や守護霊、亡くなった人々は、違う次元に存在する現象だと捉えたら、私が太陽の恩恵を受けるように、高度な存在のサポートを受けてもおかしくはないでしょう。

さて、この世は、戦争や災害や苦しみがたくさんあるけど、真実の世界は愛のみで、そんなものは存在しないというイメージを抱いている人もそれなりにいるかと思います。仏陀は、この世の苦しみを終わらせるにはどうしたら良いのか?人はどうして苦しむのか?という問いの答えを見つけるために旅に出たわけです。

では、仏陀はこの世は不安ベースの苦しみがある世界だけど、人間として精進して魂をピカピカに磨き上げ、悟りに到達したら、涅槃に行けると説いたのでしょうか?

それとも、深い洞察(瞑想)によって、現象(色)=真実(空)であり、真実(空)=現象(色)であると見抜いたのでしょうか?

ちょっとここで「般若心経」ミニ講座です。最初の一行だけ、今はやりの超訳ではなく、直訳をしてみます。

「観自在菩薩行深般若波羅蜜多時 照見五蘊皆空度一切苦厄」

観自在菩薩が、深い行に入ったとき、超越した知恵(般若波羅蜜多)を得、自我を構成している5つのもの、体、感情、思考、意識、ものの捉え方(五蘊)は、すべて「空」であるとはっきり見抜き(照見)、それによって一切の苦厄から逃れた。

良い人間、精神性が高い人間になって、苦厄を逃れたのではなく、自我を構成しているものは、すべて「空」である、つまり、自我は存在していないと見抜いたことで、苦厄から逃れたとあるわけです。(と、私は読み取っています。)

しかし、「すべては空で、幻想で、消えてなくなるものです、終わり。」ではなく、空は、まさしく色である(空即是色)とも言っていますね。

波と大海を分けることができないように、現象と真実も分けて存在することはできないんです。真実の世界がここではなく、どこかにあると思うのは、小波が、波がまったくないワンネスの海があると夢見ることと同じようなことです。

それよりも、自分が波であることは幻想で、真の自分は大海で、「今ここ」がすでに真実の真っ只中なのだ、と見抜くことで、苦悩から逃れられるわけです。自我の目には、 この世界は戦争や飢餓や貧困や病気やらがあふれ、とても真実の世界には見えないでしょう。

しかし、出来事に対する良い悪いという判断を横に置いて、実際にそこでなにが起きているのかを深く見ていくと、そこにあるのは、恐れ、憎しみ、貪欲、不安などなど、様々な人間の思いや感情です。

そして真の私は、その恐れでもあり、憎しみでもあり、不安や貪欲でもあり、同時にそれらのどれでもないと見抜けたとき、深い受け入れが訪れます。と同時に、それらが絶え間なく変化していることにも気づくでしょう。

絶え間なく変化し、次々に消えていくのを感じ、その壮大な幻想に胸をうたれ、そして、自分がどれだけすべてを愛していたのかを思い出すでしょう。

私は、自分の犯した間違い、抱いた醜い思い、とりかえしのつかない失敗、これまでのあらゆるすべての出来事、すべての自分をこんなに愛していたのだ、私はすべてを愛していたのだ・・・!。すべては実体がない(空)と見えたとき、不思議と現象への無条件の愛がこみ上げてきます。

もし、混乱し、真実がまったく見えないと思ったとき、天使や守護霊さまのサポートを心の中で頼んでみるのも良いでしょう。(私も心の中でよく会話しています☆) 無条件の愛でサポートしてくれている存在なら、真実を見抜く手伝いをしてくれるかもしれません♪

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天使と般若心経」への3件のフィードバック

  1. ちょうど、白鳥晴彦さんの仏教「超」入門を再読していたので今回の話しは、シンクロのように思いました。

    ブッダの心理はわかりにくいように思いますが、実はシンプルです。

    >しかし、覚醒体験(悟りの一瞥体験)をしたとき、宇宙も魂も天使もすべて現象

    そう、現象なのですよね。これが、はっきり知覚できるかどうか。ここはポイントだと思います。

    ブッダの教えを学んでいると、天使とか悪魔とか、死後の世界とか、もろもろのわからないことは、どうでもいいことなのだと気づかされます。問い自体が煩悩なのだと。ただ、すぐに煩悩はわいてきますし、仕方がないことです。煩悩に気づいて、それにとらわれなければいいので。

    >すべては実体がない(空)と見えたとき、不思議と現象への無条件の愛がこみ上げてきます。

    なるほど。覚醒体験が無条件の愛につながるというのは、はっきり認識してませんでした。

    すべてが空であり、縁があるからこそ、現象が生じる。空は無ではないし、有でもない。

    自分も実在しはいないけど、現象としてはあり、それは縁を通して、すべて無条件に与えられたもの。

    こう思えると、感謝の念がわいてきます。

    今、ここにあることがありがたいです。

    常にこう気づいていたら、心は平穏です。

    まだまだ、この境地には常にいられませんが(^^)。

  2. あゆかさん、こんにちは。いつも楽しく読ませていただいています。
    今回の記事とは、直接に関係ないのですが、質問させてください。
    私はずっと自分と向き合ってきました。恋愛では「ソウルメイト」と恋愛するのを切望して、仕事では「天職」にこだわってきたのです。自分が思う天職になれたら、幸せになれると信じていました。ですが、その幻想は消えて、そうすると仕事の悩みはほとんどなくなり、不思議と私が理想としていた天職に近づくようなチャンスが舞い込み始めています。以前のような執着は無く、目の前にくる仕事にベストを尽くしているだけで何も心配していません。一方で恋愛で不満ばかりで、今となっては人生で唯一の悩みと言っても良いでしょう。
    ですが最近、気がつきました。私は、しっかりしてそうに見られるのですが、「私を支えてくれて、幸せにしてくれる確固とした何か」を自分の軸になるようなものを、ずっと自分以外のものに求めていたのです。運命的と感じる出会いやソウルメイトと鑑定された人と、恋愛関係にならないといけないという思い込みが強かったのが、今までは裏目に出ていたように思います。でも、その軸は、よく言われる「ハートの目覚め」ではないでしょうか?あゆかさんが、言われる「覚醒」ということと思いました。いかがでしょうか?もし、そうだとすると、本当に世の中、皆、錯覚だらけで、振り回っていて、本当にハートで結ばれた(愛で結ばれた)カップルは、存在するのでしょうか?そう疑問にも思っています。是非、お答えをお願いします!

  3. あゆかさん
    初めまして
    最近、覚醒体験のことを調べていて、あゆかさんのブログと出会い
    たくさんのことを整理させていただいて、本当に感謝しています。
    今回、あゆかさんが言われてるように、ノーキストさんと言う方も
    神秘体験は現象であって悟りとは関係ないとある記事で言っておられ、
    その記事を読んだ時は、とてもすっきりした覚えがあります。
    私自身、以前、覚醒のプチ体験をし、一瞬、空間に意識が移行したことがありました。
    また、プチ体験前は、いわゆるスピ系で、いろんなことに興味をしめし
    その度に結構リアルな不思議体験を何度か経験しています。
    でもプチ体験をしたことで小さな私の世界で起こった不思議体験は、無意識でしたが、
    私が見たくて創造してしまった世界なんだ〜という認識になりました。
    創造した世界という観念はスピ系の時についた観念です。
    私のプチ体験だけでは、自分が肉体ではなく、この空間だったんだと
    言うことははっきりしましたが、それ以上のことは、わかりませんでした。
    後は、スピ系の時に読んだ本や、覚者と言われる方の本や記事で
    推察しているようなものです。しかし、これも、思考であり、現象世界のことで、もしかすると
    覚者の観念かもしれないと思ったりしてしまいます。
    もちろん、自分がそんなにえらいと言う訳でなく、
    この世のことは体験以外なにを信じたらいいのか、というような感じです。
    大変失礼な質問になるのかもしれないのですが、あゆかさんの体験は
    あゆかさんが悟りについて書いておられることすべてを説明できるようなもの
    だったのでしょうか?
    それとも勉強され、自分で整理されたことなのでしょうか?
    あゆかさんの答えておられることにはとても説得力もあり、
    またやさしい受け答えや知性にいつも感動しています。
    そして、悟りとそれ以外を分けて考えておられる点も共感できるものです。
    単なる疑問としてお受け取りください。

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