“私の居場所は、今ここ”

今回も、ロンドンのカウンセリングコース(Integrated Counselling Diploma Course)参加者の癒しの旅をご紹介させてください!

痛みがあったり、ネガティブな感情が沸いてきたりすると、思考は瞬時にそこから物語を作り始めます。“悪性の病気だったらどうしよう”、“いつまで続くのだろう?”、“きっと自分に欠けているところがあるのだ”、“自分はうまくやっていないに違いない”、“ネガティブな感情が出てくるなんて、私の波動はまだ低いのだ”などなど。

この物語は、「今ここ」にある痛みの感覚、ネガティブという感情を嫌がり、抵抗し、そこから逃げたい、変えたいともがき、それらの感覚を大きな問題に仕立て上げていきます。しかし、頭の妄想を取り除けば、そこには純粋な痛みや感情があるだけ、私たち自身に何も問題はないんです。

私たちが、深いレベルで求めているのは心の平和でしょう。痛みやネガティブな感情があることを許すことで、頭の妄想は去っていきます。そして、痛みや感情に対処すれば、妄想ではなく、真実をベースに癒しが起きるでしょう。ということで、今回の旅の主役は、Kee(みやぎひさえ)さんです♪

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

“自己を見つめる”。小さな頃から苦しいときには「なんでだろう?なんで私はこんな気持ちなんだろう?この“苦しい”って何だろう?」と考え、問いかけてきました。そして、自分ではそれを「自己を見つめ」ていることだと思っていました。でも、問いかけのあとに私がしていたことは“エゴがハートの声をを抑える”こと、“律して、正すこと”であり“結論付けること、判断して批判すること”でした。

三歳で両親が離婚してからは、祖父母にも面倒を見てもらいながら働く母に育てられました。母からも祖父母からも十分な愛情を注がれてはいましたが、どことない寂しさや「欠けている」という感覚は常にありました。大きくなるにつれて、「父親がいない家庭で育った私は足りないところがある欠陥品」という思いも強くなっていました。

この欠如感や、そして「私は異常なんじゃないか。」という恐怖もあったので、本などでたくさん情報を集めました。「アダルトチルドレン」や「トラウマ」という言葉を見るたびに、自分が弱者であることを決定的にするようかのように捉えてしまい、「離婚したら、すぐトラウマなんて」とか「親から言われたことで傷ついてたら、この世はACだらけで、みんなが異常じゃないか」と怒りを感じ、自分の思いや叫びに気づかず、批判だけしていました。本当は、寂しくて恐くてどうしようもない、苦しいし、不安。どうすればよいかわからない。頼りたいけど頼れない。甘えたいけど、甘えてはいけない。弱音を吐いてはいけない。こういうルールを小さな自分に課し、「立って!進んで!背筋を伸ばして!休んじゃだめ!」としていたのです。

このひずみは高校生の半ばぐらいに心身のバランスを崩す形で出ました。そんな自分は「異常な自分、ダメな私、」だと信じ、親にも友達や彼にも誰にも相談できずにいました。さらにこの時期に母の心身にも不調が出てしまい、「何でも助けてくれる神様がいるんなら、どうして私たちは、こんなに苦しいの!神様がいたら世の中に苦しみや飢餓、戦争なんかない!神様なんていない!うそだ!」と叫んでいました。そして、母を責める一方、大好きな母を責める自分をまた責め、何重もの苦しみにいたのです。

苦しさが募っていたある日、大学である先生に出会い、カウンセリングを受けることになりました。話せたときの安堵感、そして、先生が言ってくれた「君は病気じゃないよ。」という一言。「救われた。わかってもらえた。私は異常なんかじゃない。」このときの思い、安心感、これが、一番最初の癒しの体験と言えるでしょう。

カウンセリングが進む過程で狂ってしまったと思っていた母のことも、再び違う目で見ることができるようになりました。その違う視点で眺めたときに、母の抱えていた苦しみ、人が持つ心の動きが少し理解できました。この経験によって、「人を癒す前にまず自分のことを見ないと、それはただの共依存になる」と学んだと思います。

ロンドンコースには去年の2012年に参加しましたが、ここでの体験と学んだ知識、仲間は本当に大きなものになっています。腑に落ちる感覚、ハートが「コレ!!」という感覚もたくさんありました。「周りの人や自分をセパレートしなくても、大丈夫なんだ。この心地よさに身を開いていいんだ。」「このトンネルには出口があったんだ。もう、いろいろ答えを探したり、自分を責めたり、誰かのせいにしなくていいんだ。」という安心感や、また自分を責める気持ち、悔しさ、それを大きく包む愛、いろいろな感情が混ざり合って湧き出したことを思い出します。

今までとは違う、そして、本当は最初から何も変わらずOKな日常が始まっています。ただ、「私は、私たちは愛だった。」これを思い出すだけです。マインド、ハート、ソウルレベルでの理解があると、私たちは一瞬一瞬がなんて愛の中にいるのだろう・・と感じます。相変わらず怒りや悲しみはやってきますが、以前のように、私は「苦しみ」そのものにはなりません。

答えや安心感も外に求めるのではなく、自分の中に探すようになりました。そして常にあった「今、ここじゃない。私の居場所はどこ?」が「私の居場所は、今ここ。私は、ここにいて、そして、十分な存在である。」ことに変わりました。

この「みやぎひさえ」というストーリー、周りで展開されるストーリーが本当に美しく愛しく感じられます。そして、たくさんの物語が織り成してできている今この瞬間、「私」も「誰」もない、一部としての私(言葉にできないですね。)を思い出せたことに喜びを感じています。誰に、どこにむかってかわからない「ありがとう。」を感じ続けています。

Kee(みやぎひさえ)ホリスティック ヒーリングサロン AROHAM

☆☆☆☆☆セミナーのご案内☆☆☆☆☆

「あゆかの部屋」「悟りについて語ろう」募集中! 

東京「あゆかの部屋」は満席となりました。キャンセル待ち募集中!

※ネットがつながらない場所に9月3日(火)までおります。お振込みいただいた皆様、お返事が少々遅れ、ご迷惑をおかけいたしますが、ご了承くださいませ。

“私の居場所は、今ここ”」への12件のフィードバック

  1. ピンバック: 癒しの旅の始まりと途中。 | AROHAM Holistic healing salon

  2. ひさえさんのプロセス、すばらしいですね。このように振り返ってみると、やはり無駄などは一切なく、すべてが必要で毎日起こるできごとも、大きなタペストリーの大切な一部と感じられます。シェアできたことに感謝いたします。

    • 三つ葉のクローバーさん  こんばんは!横からすみません。今回シェアさせていただきた、ひさえです。ご感想がとても嬉しく、メッセージを送らせていただきました^^「私のプロセス」というより、おっしゃるように「大きなタペストリーの一部」として、「私たちの物語。その1」というような感じでいます。ここでのシェアも、ありがとうございました!

  3. 私も同じように、不満ばかり口にする母親が嫌いで
    「ここじゃないどこかに本当に安心して帰れるホームがある、ないなら作ってそこに帰りたい」と思っていました。

    でもまさしく、今ここが居場所なんだと思えるようになりました。
    ここを良くしよう、とも思えるようになりましたし、
    その上で機会があれば、自立したいな、パートナーシップを築きたいな、
    自分の家族を持てたらいいな、と自然に思えるようになりました。

    ひさえさんのお話に自分のこれまでを重ね、今ここにいるんだなぁと改めて感じることができました。
    貴重なお話、ありがとうございます。

    わたしは長く分離感が強く、「可哀想なわたし」にハマっていたので、精神的に不安定になってしまい仕事も転々としていました。

    今も再就職に向けて活動を始めましたが、なかなか次の仕事に巡り会えず、最近は不安な気持ちで眠れないこともあります。

    やりたいことはあるのですが、実力も知識も足りず、実装がままならない自分が情けないやら恥ずかしいやらで、
    投げては戻りの繰り返しで、学びたいけれど先立つものもないし、
    学べたとしてもずっと趣味で続けていければ御の字で仕事にしたいとは思わないし
    また仕事の為に仕事をするような状況に逆戻りするのも怖いし…など
    全部自分がそう判断しているんだと気付いていますが、どこから手をつけたらいいのかも見失いそうです。

    ヘンなことを伺っているかもしれませんが、こういう判断スパイラルから抜け出して、
    現実的に必要なプロセスを拾い出す考え方やコツなどはあるんでしょうか?

    • ロゼットさん またまた横からのコメント失礼いたします。ひさえです。「今ここにいるんだなぁ」ということを実感されたとのこと、それだけでも大きいですよね! 最後に書かれていた「判断スパイラルから抜け出す」コツは、(ロンドンコースで習うことですが)ジャッジや判断、責める声(エゴの声)が出てきたら「●●と思っている私がいるな、」と、『感情や出来事を眺めている私視点』で見てみるのがおすすめです。 そうすると、「やりたいことがある」⇒いいね。 「再就職に向けて活動している」⇒行動しているね。になりませんか?? 『実力も知識も足らず・・・』と加えているのは誰の声だろう?と見てみると、なかなか厳しい自分の声だったりします。 エゴの声は本当にすばやいし、いっつも責める・追い立ててきますが、そんな感情の波が立ったら、「エゴ出てきたかな~」ぐらいに見てみることからおススメします。『今ココ』にいて、自分の体、感覚を感じることを繰り返すと、自分に力が戻ってきますよ~ 少しの違いは大きな変化につながるはず!私もそうして、変えています^^ 

      • ひさえさん、コメントありがとうございました!お礼が遅くなりすみません。
        こちらのコメントいただいてから、「社会に戻るの怖い!こわいこわいこわい!」と思ってる自分がいるんだなぁ。それでも何とかしようとしてるんだなぁ。うんうん。など眺める癖がついてきました。
        そしたら少し気持ちが落ち着いてきて、社会に戻っても、希望職種や業界とは違っても、私が私らしくいられる方法はあるし、大丈夫かも。と思えるようになってきました。今できることをのろのろと始めたりもして、細やかですが形を実感することもできました。
        「そろそろ、どこかで採用が決まるかも♪」という気持ちにもなってきたり、パニックのような恐怖感がだいぶ落ち着いた様な気がします。本当にありがとうございました!
        自分の癖に気づくということが大事なんですね。
        またすぐ次の癖とそれにぶら下がった悩みが出てくるのですが、次はどうなるのかな?とおもえるようになりました(笑)
        ただ、相手のあることは自分の癖に気づいても、相手にいやな思いをさせてしまったらという恐れと、そんな自分でも仲良くしてほしいという願いとが相俟って、うまく落ち着きません(苦笑) 難しい!

  4. いつも思いますが、いろいろな経験すべてが気づきにつながると。

    blogいつも気づきをいだだけます。ありがとうございます。

  5. あゆかさん

    最近、クライアントとセラピストとの信頼関係について考える機会が多くなっています。

    カウンセリング、トークセッションの場合、
    話しを聞くことが中心になりますから、
    特に相性や信頼感がかなり重要だと思います。

    ですが、他のテクニック、
    例えば、ヒーリングやエネルギーワークと言われるものや、
    IHヒーリングやキネシオロジーのような体に聞いていくものは、
    カウンセリング程相性などは問題にならないものなのでしょうか?

    わりとヒーラーさんの中には独特な人も多く、信頼関係というようなことは頓着しないけれど
    効果は高いこともあります。

    いろいろあるテクニックでクライアントのスタンスがどういう感じだと効果が上がりやすいとか、あるものでしょうか?

    やはりどのテクニックにおいても信頼関係が築けない、相性がよくないと効果は薄いものなんでしょうか?

    こちらのblogを読んでいるセラピストの方の意見も聞いてみたいです。

    よろしくお願いします。

    • わたしはヒーラー・セラピストとし~20年程鑑定していましたが~自らが「愛」の存在で有ると気付いたころ~鑑定スタイルが~ガラ~と変わりました。
      あの世の霊言を授かり~自動書記~魂からの「愛」を送れる存在になりました。

      >やはりどのテクニックにおいても信頼関係が築けない、相性がよくないと効果は薄いものなんでしょうか?

      相性は思い込み~妄執です。

      自らが「愛」の存在であれば~必然とどんな方でも~

      わたしはあなた

      あなたは私になります。

      あゆかさんのおっしゃる

      分離がゼロの状態ですね。

      天使も悪魔も

      原発もフリーエネルギーも

      すべては一つ

      非二元論です

      愛で解決できないことは一つもないですね。

      自らに愛が深まれば~深まるほど

      非二元~悟りに行き着きます

      その域にあゆかさんも気付かれていると感じます

      ね^^あゆかさん。

  6. sarahさん こんにちは!今回の記事に載せていただいたkeeです。あゆかさんのブログを読んでいるセラピストとして意見を言わせていただきますね♪
    ご質問に対しての答えは、セラピストやカウンセラーの数だけ答えがあると思うので、自分の体験の中からお話させていただきます。

    いきなりですが、「カウンセリングやセラピーは信頼関係あってこそ成功する!」という思い込みがある?かな?とか、「ヒーラーとは。」などのsarahさんの「価値観」見てみるのもおススメです。
    自分の中にある「セラピーとは○○である。」に気づくと自由な感覚でセッションを受けられるかもしれません~。
    私も今もカウンセリングを受けますし、セラピーをする側でもありますが、毎回、同じ方でも違う方でも、起こることはいつも違いますし、その時の自分の状態でも違うものになります。

    「クライアントのスタンスがどういう感じだと効果が上がりやすいとか、あるものでしょうか?」
    については、『心を開いて、”起こることは起こる。この流れを受け入れよう。この流れに身を委ねよう。だって自分が選んで、今日来たのだから。”』というスタンスでいると、比較的セッションが成功(定義が難しいですが。)しやすいと思います。
    と、言いますのも、私も以前、「げー!全然ラポール取れないこのセラピスト無理ー!」と思いつつ始まったカウンセリングがあったのですが、なんと意外にもその方のセッションが、今までで一番衝撃の解放の展開になりました。笑
    このときに、受けいている最中は上記のような気持ちでいた。ということがあります。

    セッションは、セラピストやカウンセラーがどうにかしてくれるものではないので、どのような内容やプロセスでも、「今、このときに、自分はどう感じているかな?何がイヤかな?何に反応してるのかな?」と、自分の中で起こっていることに目を向けるだけでも、そのセッションから持ち帰れること、それを通して体験できる気づきはあると思います。いかがでしょうか^^

    確かに心地よく、安心安全な状態で臨めるほうが「効果」としては出しやすいかもしれませんが、自分のスタンス次第で色々変えられることはあるのだな、と思った私の体験です。

    腕の良いセラピスト、ヒーラーさんが「人格者」でもないので、セッションについては相性と自分の「捉え方」かな、と見ています。

    セラピスト側からの意見としては、「クライアントさんのプロセスを尊重して、私たちの中の愛を信頼して進めています。」という感じなので、セッションの中で起こるクライアントさんの反応は、また違う見方で見ているという感じでしょうか。ただ、あまり「信頼されていないな」という感覚があれば、その違和感は大事にして臨んでいます。

    と、言う、私の個人的な意見でした^^

    あゆかさん。いかがでしょうか!

  7. sarahさん、エイジさん、Keeさん、

    コメントをありがとうございます!カウンセラー&セラピストとしては、こういうご質問も大好きです♪ このご質問(疑問?)に対する正しい答えというものは、もちろんなく、それぞれのセラピストのやり方、クライアントのテーマ(心の悩みか、肉体的な悩みか)やクライアントさんが癒しのプロセスのどの状態にいるかなどにもよると思います。

    ただ、個人的には、セッションで信頼関係(共依存関係ではなく)があることは、絶対に役立つと経験から思っています。とくにかなり深いネガティブなところに落ちている方、精神的な病気を抱えている方は、セラピストに投影しまくりますし、ある一言に非常に傷ついたりしますので、セラピストとの信頼関係と相性が良いことはとても重要です。一方で、ある程度癒しが進んでいる人は、セラピストを完全にツールとして使えるので、相性などは、それほど重要でもないでしょう。

    つまり、テクニックよりもクライアントさんの状態、パーソナリティーによると思います。

    ですので、あったほうが絶対良いけど、なくても結果が出たのであれば、それは良かったね~というのが、私のスタンスです。

    今後も、こういったご質問大歓迎です。皆さんもご自由にお返事してくださいね♪

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中