セルフイメージ

このところ東京は青空が仰げる日が続いていますね。日本にいて得した気分になれます。スーパーで日本食が何でも買えるのが、楽しくて仕方ありません♪♪

スピリチュアル心理学基礎講座無事終わりました。ご参加いただいた皆様、大変ありがとうございます!中級も有意義な講座にしたいと思っております♪

さて、今回はセルフイメージについて触れて見たいと思います。

私たちの人生が「私の人生」というタイトルの映画だとします。主人公はもちろん自分です。このとき、主人公にキャラクター(性格)をつけないと、物語が構築できませんね。明るく大胆な主人公なのか、それともシャイで口数がすくない主人公なのかなど、なにか主人公にキャラがないと、この人はどんなことをするのか、または周囲の人とどんな会話をするだろうかなど、物語をどう展開させていくかを決めるのは難しいでしょう。

で、まったく同じように、私たちは無意識に持っている「セルフイメージ」(自分に関するコア・ビリーフ)に頼って人生を構築しています。もちろん、自分でイメージを選んだというよりは、“生まれた頃から私はこうでした”というのが普通の感覚だと思います。

いずれにしてもポイントは、私たちは潜在意識のレベルでいくつかの自分像を持ち、それを軸に生きているということです。そして、「私は~~だ」(私は常識を守る人だ、私は信頼できる人だ、私は人当たりが良い人だ、または、私はきちんとした母だ、私は人を楽にするセラピストだ、等々)といったセルフイメージを守るための言動を常にしているはずです。

例えば、ある人が“話を聞いてあげてもいつまでも落ち込んでいる人が苦手”だったとします。スピ心理学の基礎を受けてくださった方はもうお分かりですが、これは投影ですね。そこで、なぜ苦手なのか探っていくと、“私には提供するものがなにもない(私はつまらない人だ)”という思いが見つかったとします。

で、これが潜在意識にあるセルフイメージです。この“私はつまらない人だ”という思いは、例えば “お前はどうせ何もできないんだから、せめて人の言うことぐらい聞け!”などと親に言われていたなど、小さいときに刷り込まれたもので、本人としては思い込みというより、事実なのだ!ぐらいにリアルなものです。

で、もちろんこのセルフイメージをいつも抱えているのは辛いし、つまらない自分では、他者に受け入れてもらえないので、例えば“ほがらかで人の話をよく聞いて、助けてあげる私”という新しい自己像をこれも無意識に作り出します。(これは、例として適当に書いているだけで、人によって様々です) すると、疲れているときでも一生懸命悩みを聞いてあげたり、怒りを表現しないようにしたり、といった自己像が歩き出し、人生を作っていきます。

でも、“私はつまらない人だ”という思い自体が消えたわけではありません。そして、抑圧するほど投影しますので、他者のちょっとした振る舞いに“あの人はこの間話をちゃんと聞いてあげなかったから、私のことをつまらない人間だと思ったのかもしれない”などといった推測が走ったります。

そしてまた、例えばいくら話を聞いてあげても、いつまでも落ち込んでいたり、聞いてあげていることを認識してもらえなかったりすると、“ほがらかで人の話をよく聞いて助けてあげる私”像が脅かされてしまいます。なので、その人がとても苦手になったり、嫌な人に見えたり、または自信がなくなったり、不安になったりします。

“ほがらかで人の話をよく聞いて助けてあげる私”像は、一見ポジティブに思えるかもしれませんが、それを死守しなければいけない限り、ストレスをどうしても生みます。

では、ちょっと極端な話をさせてください。もし、セルフイメージが一切なかったら? これはたいていの人にとって、自分の軸を失うようなものなんですね。どうやって振舞えば良いのか、急に分からなくなるはずです。

なので、それがどんなネガティブなセルフイメージでも、手放してしまうと自分がいなくなるような感じがし、怖くなって無意識に執着してしまうことはよくあります。これが無意識の抵抗として癒しの妨げになることもよくあります。でも、こんなに私たちの人生を振り回すセルフイメージ(コア・ビリーフ)も、突き詰めれば結局は一つの思考なんです。なので、実は現れては消えていく実体がまったくないものです。私たちがそれを真実だ!と握り締めることで、いつまでも自分の中に留まっているだけなんですね。

手放すと怖い気がしてしまうセルフイメージですが、手放したからといって、もちろん体も一緒に消えてしまうわけでもありませんし、周囲は相変わらず存在し、人生は続きます。

で、そうです。このとき私たちは、はじめてそこにハートが残っていることに気がつくんです。ハートは思考のように“そうそううまくやっているぞ、OKだ!”とか、“そんなんじゃダメじゃないか!”など、大きな声で指図をしてこないので、思考の指図に慣れて生きていると、なにも聞こえてくるわけでもないし、最初は戸惑うでしょう。

また、ハートも思考のように“こうしたら良いんだよ~”と指図してくるものだと思っていらっしゃる方もそれなりに多いようですね。

さて、何の指図もしてこないハートの感覚のままでいても、反応は勝手に出てきます。面白い話を聞けば笑うし、辛い話を聞けば、一緒に泣いてしまうし、意見を聞かれたら、考えますし、一見思考中心で生きていたときと同じように人生は続きます。

しかし、守るセルフイメージがないのでストレスがうんと減り、またセルフイメージが攻撃されたり、刺激されたりしないため、周囲に投影したり、誰かを悪者にして怒りを抱き続けるというストレスもなくなります。

もちろん、例えば誰かにいきなり道で突き飛ばされても、誹謗中傷の言葉を浴びせられても、ぜんぜん大丈夫♪ということではありません。不愉快に感じたり、こらっ!と怒鳴るといった反応も出てくるかもしれません。ただ、いつまでもそれを反芻し、引きずって苦しいということはなくなるんですね。

と、書くと“じゃぁ、セルフイメージをなくせば良いのだ!”ときっと思われる方もそれなりにいらっしゃるでしょう。ここは書くほうも気を配るところですが、思考は、あるかないかのどっちか、とか、悪いなら排除、みたいな考え方をどうしてもしてしまいます。

でも、まずは自分はどんなセルフイメージがあるかな?と探り、それが見えてきたら、ただそれに気がついていれば、それで十分です。

セラピーは、まずネガティブなセルフイメージを癒して、自己愛の高いポジティブなセルフイメージに移行するお手伝いをします。これはこれで、とても大切です。自分を肯定的に捉えることで、お腹がすいていて苦しい状態から、エネルギーに満ちて、元気に人生を歩める状態になれます。

でも、スピリチュアル心理学はもう少し欲張って、自分を十分に確立し、自分には力がある、自分にも他者にも愛を感じるという状態になったら、さらにセルフイメージすら脱ぎ捨ててみませんか?とお勧めしたいんです。なぜならそこでは、イメージではない、真の自分と出会えるからです。

明日は、一回目の「あゆかの部屋」です。ご参加いただける皆様とお会いするのを楽しみにしております♪

PS:頭でセルフイメージがないことにしてしまうと、本当はがしっとあるため、余計自分がなくなり、苦しくなるかもしれません。ので、“気がつく”ということを大切にしてくださいね。

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