反射思考から純粋思考へ~やりたいことをみつける

最近はSNSのおかげで(せいで?)、何かの出来事に対して、あらゆる人の考えを前よりもいっそう知ることができますね。

先日、台風19号の際にホームレスさんが住所がないということで、避難所に入ることを断られたという出来事がありました。

そのとき、フェイスブック上に流れてきた意見の中に「ホームレスさんにも命はあるけど、住所のない人がいることは危険だから、市民を守るという点で台東区は正しい判断をした」という意見に多くのいいねがついていました。

また、“ホームレスを受け入れるべきだという人は、臭いがする人が横にいても大丈夫なのか? 私は嫌だ”という声もそれなりに見受けられました。

私はHSPのため、光にも音にも匂いにも非常に敏感です。なので、ホームレスの人が横にいたら私も正直耐えられないと思ったのです。ただ、香水が強い人も同じように耐えられませんが。

多くのいいねがされていた意見は、言ってみれば、ホームレスは助けなくて良い、死んでも仕方がないということです。

私はすべての命は同等に助けたいし、断られた気持ちを推測するとすごく胸が痛みます。どんな気持ちで引き返したのだろう・・・。

そこで、せっかく人間に与えられた頭脳を使うべきじゃないかと思ったのです。こういうときにイノベーションを発揮させ、どうしたらすべての命を救い、かつ、衛生面やにおいの問題を解決し、またみんなが安心、安全を確保できるか?

みんなで頭脳と創造力を持ち寄って、今までにない避難所を作りだせば良いわけです。正論の応酬合戦をして、どっちが正しいかとかやっているより建設的だし、ワクワクします。

こうやって振り返ってみると、私たちは毎日ものすごい量の考え、思考活動をしているわけですが、ないものを生み出すような純粋な思考活動ってどれぐらいしているだろうと思ったのです。

あっ、ちなみに純粋思考活動という言葉を今、勝手に作りました。

でも、自分の思考を振り返ってみると、

・繰り返し思考(同じレベルの同じパターンの思考)
・みんな思考(みんなも~~しているから私も・・・)
・刷り込まれた思考(親、社会などから刷り込まれた思い)
・傷にとりつかれた思考(恐れ、不安、欠如感や分離感から来る思考)
・あやふや思考(ホームレスは危険だというような、漠然とした思考)
・マネジメント思考(これを片付けて、そのあとこれをして・・・)

他にもいろいろあるでしょう。

要は、今までの枠にないまったくゼロから純粋に生み出すことに頭を使っているかな?ということです。

出来事に対して思ったことを言っているだけでは、ただの反射反応で、本当の意味で頭を使っているとはいえないでしょう。

話は一見ひどく飛びますが、“今の会社を辞めたいのですが、でも、やりたいことが分からなくて・・・”というご相談はそれなりにあります。

今の仕事を辞めたい理由はいろいろあるとして、もし現在とにかくお金のために続けています的な発想のままであれば、おそらくずっとやりたいことは分からないだろうと思うのです。

というのは、やりたいこととは、言い換えれば、生命がイエス!やる!と言っているものです。では、生命ってどんなエネルギーかというと、それは「生み出す、創造する」エネルギーです。

言われたことをただこなしていくだけのエネルギーのままで、この生み出すエネルギーにシフトすることは難しいだろうなと思うのです。

じゃぁどうするの?今の仕事つまらないのにと思うかもしれません。

私が会社員だった頃、まったく興味ない仕事やつまらない仕事も山ほど与えられていました。特に30年以上も昔なので、女性の新人社員など雑用とかお茶くみとか、ワクワクする仕事などほとんどもらえませんでした。

が、めちゃくちゃつまらない棚の資料整理とか、あまりにつまらないので、速攻で簡単に整理できる方法を編み出したところ、上司に驚かれ、ちょっと一目を置かれるようになりました。

また、新聞や雑誌に新しい事業の記事掲載お願いの文章を書いて送っておいてね~といきなり頼まれ、そんなもの書いたことないぞとパニックに陥りながら、過去の例を見つけ出し、最初はそれをそのまま真似て書いて送るという作業をしていました。

しかしだんだん、新聞や雑誌の担当者はとにかく忙しいので、彼らが求めていることは、あまり手直しをしないで済んで、そのまま掲載できるものを好むということに気づき始めました。

そこで、掲載のお願いをする雑誌に合わせた文体を工夫して書き、目に付く写真をつけて送るようにしたところ、90%ぐらいの割合で掲載されるようになったのです。

こうやって普通なら広告費を払って、新しく始めた事業を宣伝しなければいけないところをただで記事として掲載してもらえるわけで、会社としては嬉しい、私も嬉しい。お給料はアップしなかったけど。

最終的に人間関係に疲れて辞めることにしましたが、会社のリソースを使って、工夫する、創造するというエネルギーを養えたことは大きかったと思います。

このエネルギーがだんだん自分らしいやりたいことの発見や流れにつながっていったなぁとつくづく感じるからです。

そして、この前例にないことを考える、またはいろいろと工夫をしているとき、私たちは純粋思考活動をしているのだと思うのです。

ホームレスさんが避難所に入れるか?というテーマから、新しい避難所の形が出来上がれば、それはホームレス問題というよりもすべての人がハッピーになりますよね。

思考の話をしてきましたが、共感、理解というハートをベースにしてものごとを考えたとき、おのずとそれは純粋思考になっているでしょう。

そこには対立のない、すべての人にウィン、ウィンなものが生み出されているはず。

私たちは生命のエネルギーから誕生し、生命のエネルギーに帰っていく。だから、紛れもない事実として、すべての人にユニークな創造性と、ゼロから生み出す力が備わっている。

だから、単に刷り込まれた思考や反射思考だけで生きるのはもったいないかもしれませんね♪

☆☆☆ 治療効果が上がる心理セラピー ☆☆☆

人の心が病むのはなぜだろう?
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心の病はたまたまなるものではないはず。だとしたらどういうメカニズムでどのように健康状態から病の状態へ移行していくのだろうか?

心のしくみ、脳や自律神経の機能、悟りの真実の観点から。

2019年11月30日(土) 13時半~16時半
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OAD(オープン・アウェアネス・ダイアローグ)
無 料♪
医療法人むつみホスピタル
徳島県徳島市南矢三町3丁目11-23

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☆☆☆ セミナー案内希望 ☆☆☆

OADセラピスト養成講座終了にともない、
2020年後半よりオンラインなどで新しい講座を開催予定しています。

新しい講座、または単発の講座の案内希望の方はこちらにご記入してください。
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一番大切で、でも一番無意識に守っているもの

私たちは自分に関するいろいろなものを守って生きていますが、その中で最も大切で、最も無意識で、最も失いたくないのがアイデンティティかもしれません。

ちなみに精神面の話で、自分の身体を危害や病気から守りたいとか、家族を災害から守りたいなどは、ここでは横に置いてしまいます。

アイデンティティとは、ご存知の通り「私は~~である」という思いですね。

例えば、「私は母である」というアイデンティティが一番強ければ、その人は家の外でもそのアイデンティティを軸に振る舞い、母として、または子供中心の目線で世界を見ていきます。

または、自分は社長だというアイデンティティであれば、会社の外でもあたかも社長のように振舞ったりするでしょう。赤の他人の女性を自分の部下のように見てしまったり、お店でも自分を上に扱ってもらうのが当然だと思ってしまったり。

これらのアイデンティティはもちろん無意識のうちに作られたものですね。意識的に作っている人はほとんどいないでしょう。

では、どのように無意識に作られるのか?

ということで、いきなり非二元(悟り)の観点に飛んでしまいます。私たちの本質である「気づきの意識(空)」には、なんの性質も属性もありません。まったくのゼロです。生まれがばかりの赤ちゃんはこの状態に限りなく近く、名前でさえもまだ自分のアイデンティティにはなりませんね。

私の弟も3歳ぐらいだったか、“僕、男だっけ?女だっけ?”と母に聞いていたのを覚えています。それぐらい「自分とは~~だ」という概念がまだ作られていないわけです。

ところが私たちは大人になるにつれ、様々なアイデンティティを身に着けていきます。名前はもちろんのこと、性別、年齢、国籍といった属性から、「自分はつまらない人間だ」といった思い込みなど、「自分はこういう人です」というものがたくさん出来上がります。

で、このように様々な「これが私だ」という属性やビリーフを身にまとっていきますが、コアのアイデンティティとなるものは、毎日一番そこにエネルギーを注いでいるものとなります。

毎日なので日常化してしまい、あまり意識上に上って来ないのですが、上の例では、毎日母として何をすべきか?、どうあるべきか?と考えていれば、それが一番強いアイデンティティになっていきます。

その場合、子育てが終わり、子供が巣立っていくと、ものすご~く空っぽな気分になり、私の今までの人生って何だったのだろう・・・となりがちです。

このように“役割”に同化し、それがアイデンティティになるケースは非常に多いですが、「毎日エネルギーを一番注いでいるもの」という観点からすれば、必ずしもそうだとは限りません。

例えば、私の場合、「心理セラピスト」として長い間日々仕事をしてきましたので、役割的?仕事的?には明らかに私の中心のアイデンティティとなります。

ところが振り返ってよ~くみてみれば、私が一番エネルギーを注いでいるところ、努力しているところは、「セラピストである」ことではなく、心のしくみを知ること、真実を知ること、それをシェアしていくという「プロセス」です。

このプロセスそのものが私には非常に大切であり、それが「私」なのです。

なので、セラピストとして否定されるのは、実はあまり痛くないし、積み上げてきた成果を否定されても、気分は悪いけどあまり痛くない。でも、“ずっと”(←ここにプロセスの意味合いが入る)積み上げてきたんだよというところを否定されると痛い、痛い。

積み上げてきたプロセスの中に様々な感情や思いや思い出があり、それが「自分」になっているので、それが否定されたら、私はまさに消えてしまう。

例えば、“あゆかさんは出来るけど、私には出来ない”というような一見誉め言葉みたいなことでも、私の中のやさぐれアイデンティティが、“いやいやずっと追及して頑張ってきているからだよ、そういうことじゃない!!”と暴れだします。

単に“誰でもできますよ~”と返事すれば良い話のことなのですが、コアのアイデンティティがスルーされたと感じて傷ついてしまう。

または、慢性の病気を抱えている人で病気がコアのアイデンティティになっている場合もよくあります。良くなりたいし、苦しいからではあるけど、毎日毎日病気や症状のことを考え、そこに意識を向けているため、無意識に「その症状を持つ私」が自分のアイデンティティになってしまうんです。

この場合、症状が改善するということは、自分が消えてしまうことになるため、無意識の抵抗が強く現れてしまいます。無意識にセラピーに抵抗したり、本当に核心に近づくとセッションを受ける気持ちがなくなってしまったり。

さて、もう一度悟り(非二元)の観点に戻ると、私たちの本質からすれば、人生の何かにどれだけエネルギーを注いできたとしても、それは本質の自分ではありません。

しかし、私たちは本質をまったくスルーしているため、無意識に構築してきた「自分」にこだわり、その自分を守ろうとしていきます。なので、それが無視された、否定されたと感じると傷つき、相手を攻撃的に見てしまいますね。(嫌う、苦手意識を持つなど)

ネガティブなイメージやビリーフに同化し、それがあたかも自分であるかのように生きるのも十分に苦しいですが、一見ポジティブで良さげなことでも、それを守る必要があれば、やっぱりそこに苦しみは生まれます。

とはいえ、社会の中で機能していくために、私たちには何らかのアイデンティティは必要です。

ので、アイデンティティを捨てちゃいましょうという話でもありません。

でも、

なんの属性もなく、時間も記憶も思い込みもすべて何もない気づきの意識にいつも立ち戻ることができたら、私たちは自然と構築されるアイデンティティを楽しむことができるようになるでしょう。

私たち(=自我)がほんとうに寄って立てるところは、無意識に出来上がったアイデンティティではなく、本質にあると思うのです。

それには、まず自分は何に一番エネルギーを注いでいるだろう? それがない自分でも大丈夫?と問いかけることから始まるのでしょう。

そして、本質を思い出すこと。自我がほんとうに求めていること、それは本質に同化すること♪

 

☆☆☆ノンデュアリティと癒しのカフェ☆☆☆

自分の本質について、癒し、自我、人生についてのお話会です。

ご都合がつく方はぜひいらしてください。

満席となりました。キャンセル待ち募集中

日程:11月10日(日)13時~15時半
場所:香音里(東西線神楽坂駅徒歩1分)
http://www.ko-o-ri.com/contents/information.html
参加費:5000円

お申込みフォーム
https://www.form-answer.com/applications/W5YKD

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心のしくみ、脳や自律神経の機能、悟りの真実の観点から。

2019年11月30日(土) 13時半~16時半
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最も自然な生き方♪

先日、ある本を買いに久しぶりに書店に立ち寄り、ついでに自己啓発のコーナーやスピリチュアルコーナーや、そして大してやらないくせに必ず立ち寄るお料理コーナーなどを見て回っていました。

そうやって見て回っていて、自分自身の内側がものすごく変わってきたことに気づいたのです。例えば以前は、自己啓発コーナーなどは生き方のヒントの宝庫で、なにか自分の人生に役立つものがあるはずという期待でワクワクしていたコーナーでした。

また、スピリチュアルのコーナーは、存在のしくみ、なぜ私はここにいるの?という根本的な問いに答えてくれるもの。宇宙、世界、自分についての謎を見せてくれるもので、そこで理解したことは、まさに私の生きる土台となっていました。

でも、すべて過去形で書いているように、あれだけ大切だったものに驚くほど興味を失っている自分がいたのです。

興味を失う=それらが大切ではない、ということではまったくありません。私たちは宇宙の星々や社会の出来事、価値観やものの見方などに大きく影響を受けて生きています。

そういう意味で、日々の暮らしという最も大切なところに深く関わり合うような、これらのことはもちろんとても重要です。なので、興味がないからまったく気にしないということではないんです。

もしビジネスに不安を覚えたら、成功している人からアドバイスをもらいたいし、部屋を整理するならプロのコンサルを受けたいし、社会の出来事は知っていたいし、なるべく良い波動でいたいしと、表面上はまったく同じ自分がいるんですね。

でも、それらはすべて“あるようにある”もので、ビジネスがうまくいかない、人間関係に歪みが出た、社会に様々な出来事が起きる・・・、こういったことは、右にでも左にでもいかようにも現れるものなんです。

根本的には私がコントロールできるものではなく、様々な要因が一瞬一瞬変化しながら、タペストリーのように関係し合い、出来事として現れてくる。そして、それらの出来事をどう解釈するかは、単なる思考の意味づけでしかない。

ある出来事を失敗と意味づけても、学びと意味づけても、またはチャンスだと意味づけても、出来事そのものはあるがままにあるだけ。

これは自我の目線で見ると、一見なんだか虚無的で、無力な感じがするかもしれません。でも、生命(=純粋意識)という本質の目から見れば、大いなる救いであり、生命への信頼となるんです。

なぜなら、自分は大海に翻弄される小さな存在ではなく、ダイナミズムな動きであり、その動きの根源、大海そのものだからです。

しかし、自分が人生、世界という大海の中の小さな存在だと思っている限り、私たちは「生きる指針」という浮き輪が必要かもしれません。

ある人にとってはそれは宗教の教えであり、ある人にとっては親から代々受け継いできた教え、またある人にとっては社会の常識、ある人にとっては自己啓発、そしてある人にとってはスピリチュアルな指針などなど、その浮き輪がなんであれ、それをしっかりとつかみ、人生という何が起きるか分からない荒波の中をなんとか生き抜いていく。

しかし、自分が大海であるという視線からすれば、波はいかようにも変化し、方向を変え、大きくなったり、小さくなったり、濁流に飲み込まれたり、静かになったり、それが生きているということ。そして、そこに恣意的なコントロール(制限)は一切なく、生命の動きがあるのみ。

あゆかという小さい私に戻っても、それはやはり同じで、あゆかは生命の発露の一つであって、私という小波からどんな思考が発露し、どんな行動が出るのか、それはあゆかのコントロールを超えているんです。

ここまで書くと、おそらく“じゃぁ、無差別に子供を殺すのもその人のコントロールを超えているから仕方がないの?”という疑問がわいてくるかもしれません。

生命とは基本的に生きようとし、生きることを支え、伸びよう、成長しようとするものなはずです。そして、一つの形として表現しつくして“死”という次の生成へと移行していきます。

人間も自然の一部として同じはずです。

でも、私たちが何らかの理由で心の闇に陥り、結果、生命の発露としての自分を忘れ、本質から遠ざかってしまったとき、生命を閉ざすような「不自然」な動きが生まれるのでしょう。

ある意味、苦しみとは自然な生命の動きから離れていますよというメッセージですね。

ということで、やっぱり、今はシンプルに生命の流れ、生命の発露によく耳を傾け、自分の中の不調和や苦しみの中身を見つめていきたいなぁと再確認したのです。

生命の発露に耳を傾けるとは、例えば、どうしたら良いかわからないとき、自分にとって最も正直な感覚で、批判や否定のない、地に足の着いたエネルギーを自分の中に見つけ出すことです。

誰も悪者にせず、状況や自分を否定することなく進んでいける感覚です。それに従っていれば、結果がどうであれ、生命が私をどこへ連れていくのかは、100%おまかせ♪

あらゆる意味づけや結果から解放され、生命にゆだねられる心地よさは何事にも変えられないものですね♪

プライドと自分らしさとハートの声

人生の途中、途中で道を変えたくなることって、たぶん誰にでもあることでしょう。でも、変えたいけど、その次がどうしたら良いか分からない・・・という人も多いかもしれません。今の仕事を辞めたいけど、かといって次に何をしたら良いか分からない・・・みたいな。

自分が何をやりたいのか分からない。いろいろ趣味や興味はあるけど、仕事にするほどなのか分からない。日本だけでなく、イギリスにもそういった悩みを持つ人は多く、それなりの年齢の人でもインドに自分探しをしに行ったりしています。(なぜかインド)

でもなぜ、そもそも私たちは自分が情熱を持てるものが分からないのでしょうか?

そうやって振り返ってみると、私たちは“与えられる”ことに慣れすぎているのかも・・・と思うのです。

例えば、学校へ行けば、学ぶことを与えられ、それをどれだけきちんとこなすかが大切。自分で学びたいことを考える、選ぶという機会はほぼありません。(フリースクールなど以外は)

そして学校を卒業して、会社に就職すれば、今度はそこで仕事を与えられる。与えられた仕事がどんなに高度な知識やスキルが必要であったとしても、その仕事そのものやそれがやれる環境は与えられていて、それをこなしていけばお給料がもらえます。

こうやって、目の前に与えられたものをこなすことに集中し、他者(学校や会社など)の都合に合わせていくうちに一体自分が何をしたいのかとか、自分らしさなどが見えにくくなってしまうのかもしれません。

ハートの声を聞こうというブログの記事を読んでも、ハートの声って何?どれ?これかなぁ~~?みたいな。

ちなみに、今自分がやりたいことに従えばハートに従っている、または、AとBを比較して、よりやりたい方を選ぶのがハートに従っていることなのだ、みたいに捉えている人をときどき見かけます。

しかしこの場合、それは単純にエゴが喜ぶことだったり、ただの欲望だったり、なにかまずいことを蓋するためだったり、けっこう危ういです。

では、ハートの声って一体なに?

例えば、たんぽぽがたんぽぽとして十分に咲いているとき、それは生命の発露そのものですよね。ハートって、本来もっともナチュラルで頑張る必要のないもの、生命が作り上げたその人の資質の声だと思うのです。

つまり、自分が持っている “らしさ”。自分らしさが発揮されていれば、どうしたってそこから自分なりの生き方も自然と現れてきます。

と、考えれば、ハートの声とは何がしたいのか?、これなの?あれなの?というものではなく、自分らしさってなんだろう?ということになるでしょう。その自分らしいエネルギーや感覚が語りかけてくるもの。

また、ハートの声とは生命の衝動でもあり、そこには智慧があって、分離を超えた視線があるはずです。なので、あれはダメだけど、こっちが良いみたいな二択や対立、否定の要素は入りませんね。

話は一見飛びますが、仕事の内容は何であれ、ある人は自分の仕事にプライドを持っていて、ある人はただやっているだけってなんだか分かりますよね。

で、いつも感じることは、それが時給1000円の仕事であれ、何であれ、プライドを持っている人は何かが違うなぁと。ほかの人と同じ仕事をしていてもなにかのプラスアルファがある。そして、当然その人にサービスして欲しい。

そのプラスアルファってなんだろう?と振り返ってみると、やっぱりその人らしさ、その人にしかできない味が出ているのだと思うのです。そしてまた、仕事にプライドを持っている人は、与えられた仕事であっても、それが“自分の仕事”になっているのが分かります。

ので、仕事が与えられたものなのかどうかよりも、仕事をどう捉えのるかがポイントですね。

ちなみにプライドといっても、勘違いした自信過剰的なプライドのことではなく、自分と仕事とそこに関わる人を尊重している、価値を置いているという意味でのプライドです。

本来は何をやっていても、自分らしさはどうしてもにじみ出てしまうものでしょう。

なのでプライドを持とうと頑張るということではなく、「今の自分」、「今自分にあるもの」を周囲に振り回されず、丁寧に大切に扱っていくだけで良いのかなと思います。

そこから自分らしさがにじみ出て、ハートが顔を出し、そして生命の流れに乗って、落ち着くところに落ち着いていくのでしょう♪

 

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はまりがちな心の上下関係

ゴールデンウィークの始めに開催したEFTプラクティショナー講座(なんだかすっごく楽しかった♪)も終わり、GWも折り返し地点になってきました。

そして、令和(私のパソコンは変換してくれない)の時代が始まりました~。それにしても、いつも上皇ご夫妻を見るたびに、良い夫婦だなぁ~とほっこりしてしまいます。

テレビをつけていると、上皇や天皇に対する丁寧な言葉使いとともに、自分を“下々の私たち”と呼んでいるのを耳にします。天皇は日本の象徴として、みんなが見上げ、そして敬う存在です。

とはいえ、例えば命の重さという点では、皇族も下々もまったく同じで、人間という観点では、基本的に「天は人の上に人は造らず、人の下に人を造らず・・・by 福沢諭吉」ですよね。

おそらくそれは上皇、天皇陛下ともどもよく理解していらっしゃるから、あそこまで真摯に公務を遂行できるのだと思うのです。ですが、振り返ってみると、役割の上限関係であるのに、私たちはなぜか自分の価値も下になっていないかなと思ったのです。

例えば、会社や学校、あらゆる場所で役職があり、雇用関係があり、制度的に上下関係はありますよね。でもそれはあくまでも制度上の上下関係で、どんなに新人、下っ端でも、人間としては自分の上に誰もいないし、自分の下にも誰もいないはずです。

ですが、役割の上限関係の中で上のあなたはこうあるべき、下のあなたはこうあるべき、といった役割重視が行き過ぎ、お互いを人間として尊重することを忘れてしまいがちかもと思うのです。

そして、その役割の上下関係のみにはまってしまい、心の主従関係がいつのまにか生まれてしまったり。特に自分が従の側になってしまうと、不自由さ、不公平感、無力感が生まれてきてしまうかもしれません。

恐らく多いのが、国家は自分の上で自分は下。本来は国民が主人ですが、なんとなく国家、政府が主人で、自分はそれに従う小市民みたいな感覚。

ただ、この場合の上下関係は、自分を下において従っているだけというのも、実は一見楽です。自分で考えなくて良いし、自分で動かなくても、責任を取らなくても良いし、国や会社が与えてくれるものを享受して、嫌だったら、不平不満だけ言っていれば良いからです。

しかし、このメンタリティは基本的に犠牲者意識にもなりやすいので、何かあれば権力への恐れや怒り、無力感、不公平感といったものに発展し、苦しみも生みますね。

また、役割の上下関係以外に自分の中で勝手に生まれる100%心理的な上下関係もあるでしょう。

例えば、主婦の人が働く女性に引け目を感じたり、または働く女性が子育て中の女性に引け目を感じたり。こんなとき、よく振り返ってみると、引け目を感じている自分は、その人たちの下になっているはずです。心の優劣関係。

そしてまた、もう一つ多いのが、自分が平均よりも上か下かという上下関係。このときなにが一体平均なのかは、実はかなりぼんやり。にもかかわらず、もし自分が平均より下であると思ってしまった場合はけっこうな苦しみなります。

そうやって振り返ってみると、私たちは人間として平等だね~という感覚よりも、いつも何らかの上下関係の中にいる場合が多いなぁと思うのです。状況や思い込みによって、上になったり、下になったり。

では、どうやったら、この心の上下関係から自由になれるのでしょうか?

まず、下にいるのが嫌だから上に行こうとする・・・、というのは、まさにこの上下関係のゲームにどんどんはまっていくだけでしょう。なんとか平均より上の私、できる私、ポジションが上の私・・・・。

でも、そもそもなぜ上の自分でいたいのか? できる自分でいたいのか?とよ~く見つめてみると、そうすれば自分が好きになれるから、そうすれば自分に自信が持てるから、そうすれば自分を肯定できるから・・・となっているはずです。

そして、自分を肯定できる人生は輝いていて、自分を否定する人生は生きる意味がなくなる・・・みたいな。

と分かれば、たぶん近道は今の自分を条件なしに肯定してしまうことですね。えっ?難しい? その場合は、条件なしにできない、なんらかの刷り込みや感情、ビリーフがごっちゃりついているからなんです。ので、それはほんとうは思考が作った幻想だよ~と見破るためにもセラピーお勧めです。

命という点ではみな同等で、そして一つの命の歩みが人生であるのなら、その命(あなた)の上にも下にも他の命はなく、それぞれにユニークな歩みがあるだけですね♪

 

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感情を追いかける果てにあるもの♪

ちょっといつもと違うトーンで♪

例えば、つきあっている人に振られて、すっごく悲しかったとして、
誰もが悲しい原因は振られたからと考えるけど、ほんとうに苦しい原因は、
振られたことで自分や自分の人生を否定してしまっていること。

もし、否定しなければ、それは人生を彩どる一つの経験。

もし数か月経って、自分を振った相手が“やっぱりあれは間違いだった、
もう一度つきあって”と言ってきたら、悲しみは吹っ飛び、ほとんどの人が
状況が変わったから、私は幸せになったと考えるだろう。

でも、実際は自己否定や人生否定をしなくて済むようになったから、
悲しみが解消されたということ。

自分を肯定できるか、否定してしまうかというスイッチがあるとしたら、
私たちのほとんどは、そのスイッチをほかの人が押していることになる。

つきあっている人や家族の言動、お金の量や職場での状況などなど。

意地悪で言っているのではなくて、そりゃそうだ。

おぎゃ~と生まれたとき、私たちは周囲に依存するしかなくて、
自分の安全と幸せは周囲にすべてかかっていたのだから。

周囲が自分を大事にしてくれていたら、自分は大丈夫、存在する価値がある、
周囲が穏やかで幸せそうだったら、世界は安全で自分は守られている。

ずっと他者や周りの状況に左右されてきたDNAが深く私たちの中に
刷り込まれている。

あなたを幸せにするのは、他人だよ、状況だよ~とDNAがささやく。

でも、ある日他人や状況に振り回されることに疲れ、また他人や状況を
変えられないと知って、私たちは苦しいまま立ちすくむ。

いや、苦しくてたまらないからネットで検索しまくったり、
本を読みあさったり、友達に相談したり、

あぁ、苦しみの中身がまったく分からなかったとき、
どれだけ外に答えを求めたことだろう。

無限にあるように見える情報社会のなかで、
自分の苦しみが和らぐような手掛かりがちっとも見つからない。

でも、ささやくような小さな声だたっけど、
自分の中にあった真実を求める声に気づくことができたは、
まさに恩寵であった。

どこを目指せば楽になれるのか、
時間はかかったけど教えてくれたからだ。

目指すのは、そう、自分の中。
それも思考や思いではなく、「感情や感覚」。

感情は魂の言語だ。何かについて自分にとっての真実を知りたいとおもった時には、自分がどう感じるかを探ってみればいい。(神との対話 ニール・ドナルド・ウォルシュ)

苦しい時、感情は苦しさでいっぱいで「魂の言葉」と言われてもピンとこないかもしれない。

でも、自分にとっての真実は感情を追っかけていくことで見つかるのだ。

そして自分にとっての真実が大きな癒しをもたらすことは意外に知られていない。

絶望や疎外感、空虚感、悲しみ、消えない怒り、後悔・・・・。

これらの感情には思考よりも確実に自分の真の思いを発していて、
これらの真の気持ちを聞いてあげること。

真の気持ちが気づかれて、受け入れられ、許されたとき、
それだけでも大きな癒しが訪れる。

でも、ほんとの癒しはここからなのだ。

それらの真の思いが受け入れられ、シフトしていったとき、
私たちは初めて「自分という感覚」に安全を見出せる。

他者や状況に依存してきて、すっかりスルーしてきた
自分という心地よさ、完ぺきさ、穏やかさ。

それは、出来事を自然に肯定できるような気づきとパワーを持ち、
状況に関係なく私たちは癒される。

そして、その自分という感覚から生まれてくるインスピレーション。
それは生命の息吹で、あなたの人生の道案内。

私たちが悩みから抜け出せないとき、またはやりたいことが分からないとき、
一番の理由は、なにかの思考にはまっているから。

でも、思考は言葉を持っているから、とっても説得力が高いし、分かりやすい。
また、思考は一度発動すると、答えが出るまで落ち着かない。
だから私たちは考え続ける。

そうやって思いに囚われていくうちに、私たちは思いと感情を混同していく。
どう感じましたか?という質問して、だまされたと感じました・・と答える人も多い。

魂の声と理性のおしゃべりを混同してしまうのだ。

まずは感情の声を聞き分けられるようになると、大きな一歩だろう。

そして、感情の声を聞いて、対話する術を知って欲しい。

私たちがみな自分の真実を聞けるようになるために。

ということでEFT講座。人類の必須科目にしたいな♪

ゴールデンウイークの始まりに一緒に魂の言葉と向き合ってみよう♪

 

PS:よくある質問 JMETのEFTは他とどう違うの?
EFTは団体によってやり方は様々です。JMETはオリジナル(国際基準)を尊重し、セラピストの考えや言葉を入れずに、ひたすら感情を追い続け、潜在意識の深いところへ到達するやり方を行っています。

 

★★★ インテグレイテッド心理学 ★★★

2019年5月25日(土)、26日(日)東京

ノンデュアリティーをベースに自我の心のしくみを知って、人生の悩みをひも解いてみませんか?

講師:溝口あゆか

詳細・お申込みはこちらから

★★★ EFTプラクティショナー講座 ★★★

2019年4月27日(土)~29日(月)3日間

講師:EFTマスタートレーナー・溝口あゆか

今年予定されているEFTプラクティショナー講座はこの回のみです♪

詳細・お申込みはこちらから

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過去を癒して未来を変える

マトリックス・リインプリンティング・プラクティショナー講座

2019年6月28日(金)~30日(日)3日間

潜在意識と対話し、自然な癒しを起こそう

講師:MRマスタートレーナー・溝口あゆか

詳細・お申込みはこちらから

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ノンデュアリティと癒しのカフェ in 名古屋

非二元の本質について、自我の構造、苦しみのしくみ、デモカウンセリングなど

日程:2019年4月21日(日)
時間:10時半~16時半
場所:愛知学院大学名城キャンパス(2502、2503教室)
http://www.agu.ac.jp/project140/campus/access.html
参加費:8千円
【申し込みフォーム】
https://www.form-answer.com/applications/TMMFK

頭で分かるか体験で分かるか~禅と心理学

鈴木大拙の「心理学から見た禅」という講和がとっても面白い♪

実は4歳のころ、ある事情から新興宗教の施設で両親とともに身を寄せていた時期があり、そこで起きたことから、けっこうな宗教トラウマがあります。なので、宗教はなるべく避けて通ってきたのですが、昔から禅には非常に惹かれるものがありました。

人を食ったような問答や説教臭さがないのも好きでしたが、丸、三角、バツ、終わりみたいなシンプルな禅の芸術は眺めているだけで不思議と宇宙を感じたものです。

で、なぜこの講和が面白いのかと言うと、ちょっと長文ですが抜粋させてください。

「結局のところは、やはり、自分が出発点となり、合わせて帰着点となるのである。-中略- それで禅宗とは、どんなものかというと、これは哲学では断じてない、その基礎は心理学の上におかれているものと言って良い。この心理的体験というところに、禅の生命がある。これが禅の根本である」(禅とは何か? 鈴木大拙著)

ここで鈴木大拙が言う心理学とは、いわゆるフロイトやユング、アドラーのような理論ベースの心理学ではなく、心理的な体験を言っています。

同本によると、中国の仏教の歴史において「主知主義」、「形式主義」といえる理論や形式を大切にするものが非常に盛んであった頃、達磨がそれに反対して出てきたのが中国での禅の始まりという説があるそうです。

理論や形式ではなく、理論以外のところに人間生活のいきた原理をとらえなければならぬ・・・ということで、不立文字(真実は言葉では語れない)、教外別伝(理論の外に別に伝えること)が禅の主張となったそうです。

長々と書いてきましたが、こうやって見ると、ある意味、理論VS体験みたいなものだなぁと思うのです。

もちろん両方必要だと思いますが、最終的にどちらがより真実を掴めるか?と真剣に考えてみれば、明らかに体験のほうです。

真実とは言い換えれば、愛、受容、静けさ、純粋意識、いまここ、etcです。

では、愛を知るには、体験と理論とどちらが分かるのか?と考えれば、愛のしくみを理論で知ったところで、真の理解にはなりません。また、愛について100冊の本を読んでも、やっぱり分かり得ないでしょう。

でも、例えば無邪気な赤ちゃんの笑い声に触れたときにすべて理解できたり。これは体験的理解ですね。

では、体験的な理解を進めたいと思ったら、どうしたら良いか?

当然自分から始めるしかありません。他者の体験を深く掘っていくわけにはいかないですから。

自分が体験していることを見つめていく。これは実はノンデュアリティの「ダイレクトパス」そのもの。ダイレクトパスは、またの呼び名をダイレクトエクスペリエンス(直接な体験)ともいいます。

やっぱり、禅ってノンデュアリティだな♪

と、このままいくと非二元の話になりそうですが、こちらは癒し中心のブログなので、心の話をさせてください。

というのも、心のしくみ、心の苦しみ、といったものも理論ベースではなく、体験ベースで見ていくほうが良いなぁとつくづく思っているのです。

“今自分が苦しい”というのは直接体験ですよね。頭で自分は今苦しいのだろうか?と判断しているわけではないはずです。

その直接体験を理論という実体から離れたところに持って行かず、そのまま見ていくほうが、苦しみのありようがよく見えるからです。

ちなみに私は「気づきの問いかけ」というものを使って、自分やクライアントさんの心のありようを見ていきます。

多くのクライアントさんが、例えば、私が苦しいのは小さい頃のあの体験だと思います・・みたいなご自分の解釈をたくさん載せてきますが、最初はすべて無視いたします。

頭で見つけた原因は一見辻褄が合うのですが、ほんとうにそうかどうは分からないからです。というか、経験上半分は違っています。

そもそも苦しみって何?と考えれば、究極的には「幻想に深く入り込んでいる」状態です。

もちろん、幻想に深く入り込んでしまう理由自体は、実際に起きたこと、育った環境、他者からされたこと、またはしてもらえなかったことなどです。

ですが、それに対して自分がどう解釈し、どう世界や自分を見るようになり、どんな信念を持ち始めたか?というのは、“幻想”の部分なんです。

例えば私の場合、4歳の新宗教の施設で体験したことによって、ものすごく大きな愛の飢えと恐れ、そして自分や人生への決断を無意識下に作りあげていました。

両親とほとんど一緒に過ごせなかったため、見捨てられた感、不安、愛への飢え、一人でずっと過ごした孤独感などなどです。

ある意味4歳の子供が出来事から自然に持つ感情ですが、では、“見捨てられて孤独な私”というのが、私に関する真実か?と言えば、これは出来事から生まれたストーリーですね。

感情と体(脳、自律神経)を巻き込んだリアルなストーリーです。

ですが、4歳の私と会話しながらセラピー(マトリックス・リインプリンティング)をすることで、4歳の私は自分の決断、自分の思い、感情が単に身にまとってしまったものだと理解し、手放すことができます。

これはすべて受容の中で行われ、無理なく、自然に変化が起こせます。自然に起きるというのは非常に大きなポイントです。

というのも、自然に起きる=生命が動かしている、だからです。頭で無理やり納得させたものは、生命そのものには触れていません。

体験をありのままに見ていく良さは、それは生命の動きにダイレクトに触れ、そして生命(=本質)の働きによって癒されるからですね♪

 

★★★ インテグレイテッド心理学 ★★★

2019年5月25日(土)、26日(日)東京

ノンデュアリティーをベースに自我の心のしくみを知って、人生の悩みをひも解いてみませんか?

講師:溝口あゆか

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★★★ EFTプラクティショナー講座 ★★★

2019年4月27日(土)~29日(月)3日間

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講師:EFTマスタートレーナー・溝口あゆか

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過去を癒して未来を変える

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潜在意識と対話し、自然な癒しを起こそう

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非二元の本質について、自我の構造、苦しみのしくみ、デモカウンセリングなど

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参加費:8千円
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ゴミ屋敷がゴミ屋敷なわけ

たまにゴミ屋敷を片付ける番組がありますよね。単に散らかっているというレベルを超えて、人が入れないレベルのもので家がいっぱいになっている状態です。

英語では、こういうゴミ屋敷にしている人をホーダー(Hoarder)と呼び、基本状況はまったく同じです。で、イギリスにも同じような番組がありますが、違いはゴミ屋敷は心理的な病だということで、臨床心理や心理セラピストがセッションをする場面があるところです。ので、ゴミ屋敷住人の心理がけっこう見えてきます。

では、一体どんな心の病なのでしょう?

実は、私は“病”と言ってしまうのは、違和感があるのです。もちろん、病ではなくて、集める趣味なのだ、だらしがないのだとか、そういうことではまったくありません。

ので、心に問題を抱えていることは確かです。では、なぜ“病”と言ってしまうことに違和感があるのか?

その前に、なぜゴミ屋敷にしてしまうのか?を考えてみたいなと思います。

あるアメリカ人の女性は、家族が一緒にご飯を食べられなくなった(ダイニングルームが人が入れない状態)ことに罪悪感を持ち、子供たちも帰ってくることができないのに、夜な夜な車でゴミ探しに出かけては、持ち帰ってしまいます。

子供に泣きながら“私たちとゴミとどっちが大切なの?”と聞かれ、しばし沈黙の後、“分からない”と答えてしまう。

ある男性は、買い物症候群のように毎日何かしら買っては、まったく使わずにためていき、また捨てるということをまったくしないため、外見は素敵なテラスハウスなのに内側はゴミ?もの?をかき分けて入る状態。一度もガールフレンドを連れてくることができない。(番組の設定で、ついに連れてくることになり、破局。あぁ、テレビ番組って残酷)

でも、3年間つきあっていた彼女に去られても、物を捨てることができず、片付けの途中で切れまくってしまう。

では、もし彼らが私のセッションに来たとしたら、どう見ていくか? つまり、インテグレイテッド心理学ベースではどう見ていくか?

インテグレイテッド心理学は、非二元ベースということは、何度か書いてきました。それとゴミ屋敷がどう関係あるの?と思うかもしれません。

でも、私たちの日常のすべてが関係しているんです。

まず、私たちが分離した個であると思った瞬間から、 “私と世界”という主客二元の“見方”が始まります。私と世界。個の私が広い世界の中にいる。

そして個である私は、この世界の中でなんとか生き残っていく必要が生まれます。恐れと不安の誕生です。

すると、当然のことながら、私たちは安心安全の確保に勤しむようになります。(もっといろいろな側面がありますが、ここでは省きます)

ゴミ屋敷に話を戻すと、彼らがものを捨てられない理由、またはためてしまう理由は、ものが自分に“安心感”をくれるから(番組で実際にそう話している)です。

つまり、あふれるものたちを見て、彼らの目にはゴミではなく、“たくさんの安心”と映っているんです。それが一つでも減っていくということは、安心が減っていくことを意味するため、口では片づけたいと言っていても、いざ片付けチームが来くると、捨てることにものすごく抵抗してしまうんですね。

ラマナ・マハルシも奇跡のコースでも、すべてはあなたの頭の中で起きている、世の中はあなたの投影であると言っていますね。インテグレイテッド心理学の要のです。

彼らは、あふれるゴミがあるという事実ではなく、自分の頭の中にある “安心の世界”の中を生きているわけです。辞められるはずがありません。

ということで、なぜ“病”と言ってしまうことに抵抗があるかというと、その人の中では十分に辻褄が合った行動をしているからです。決しておかしな行動をしているわけではないんです。

私たち全員、単に投影ワールドが違うだけで同じことをしているんです。安全を求める衝動に従い、ありのままの事実ではなく自分の中の投影ワールドを生きる。

ただ、私たちの多くが自分は事実、現実を生きていると深く思い込んでいて、自分が自分の投影ワールドを生きているという自覚はほとんどありません。

自分が投影ワールドを生きているということを知るには、一度非二元の“ゼロ視点”(ありのまま視点)に戻ってみることだろうと思うのです。(毎年インテグレイテッド心理学講座でやりますが、会場がめっちゃざわつきます)

では、話を戻して、私のセッションにこの方々がいらしたら?

やり方の細かなことは省くとして、ポイントは恐れの投影ワールドを解体することです。例えば、もしものが減ってしまったら、その方の安全投影ワールドはどう変化するのか?を引き出します。

たいてい、恐ろしい世界になっているはずです。そこから、さらになぜそもそもそのような投影ワールドが生まれるのかを対話しながら引きだします(潜在意識の深いところにある)。そこで、EFTやマトリックス・リインプリンティングを使って、その恐ろしい世界は幻想だったねという気づきに変えていきます。

ケース・バイ・ケースで、安心安全な新しい投影ワールドを刷り込むことも多いです。すると、ものが少ない場所に投影されるのは、その安心な世界になるので、ものが減っても不安を埋めようとする衝動が生まれず、落ち着いていられるようになるんです。

ちなみに投影ワールドは単に思考だけではなく、感情、そして体(脳、自律神経)も巻き込んでいるため、私たちにとって非常にリアルです。

人間関係や恋愛の問題、自己否定が止まらない、依存症、ひきこもりなどなど、人間の悩みのすべては投影ワールドが生み出しています。ほんとに。

自分は分離した個の存在であるという勘違いから発し、そこから生まれるあらゆる心理状態。

ので、最終的に目指しているのは、投影ワールドそのものから自由になることです。なぜなら、そこが真の安心安全な私たちの本質の場だから♪

 

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幸せが見つかる3つの場所♪

私たちが日々あれこれ考え、行動し、そして願っていることといえば、おそらく平和な気持ちでいたい、幸せでいたい、もし何かについて悩んでいたとすれば、楽になりたい、といったあたりだと思うのです。

なんか当たり前のようなことを書いていますが、衣食住が足りていれば、心が塞いでいても良いよ~という人はいないはずですよね。

そのために、ある人にとっては仕事で頑張ること、ある人にとっては家族が仲良くしていること、ある人にとっては自分の夢を達成すること、または単純に平凡な幸せ(←これすごく難しいけど)だったりします。

そして、それがなんであれ、最終的に本当に求めているものは“精神的な満足、幸せ、平和”ですよね。

であれば、私たちが普段見過ごしてしまいがちな3つの幸せへの場所があると思うのす。

それは自分の体験から、また多くのクライアントさんとのセッションを通して、そして世間の人々の行動を見ていてすご~く思うことです。

ということで、さっそく1つ目の場所は、ジャン! ハートの中♪

分かっている~、知っている~と思っていた人も多いでしょう。でも、もう少しお付き合いください。ハートといっても、単純に“これが私の欲しいもの、ウキ♪”みたいなハートではありません。

自分が最も自然な自分だと感じる“感覚”(エネルギー)です。違和感がまったくないもの。最も自然に感じられる自分とは、最も自分の可能性を伸ばすパワーを秘めている自分です。

実は思考よりも断然信頼できるものです。自分がどうありたいか?どんな自分であれば、自分らしく強さや優しさ、平和を感じられるか?

これは意外にすぐに分からないものです。なぜならほとんどの人がどうありたいか?と“考えて”しまうからです。で、考えてしまうと、誰かが言っていたよさげな言葉を採用してしまったりもします。

そうではなくあくまでも自分が一番自然と感じられるあり方、感覚、感覚、感覚!です。(3回言いました)

ちなみに私の場合、“落ち着き、静けさ、そして優しさ(calm and gentle)”であることです。いつでもこの感覚に戻ると、勝手に微笑んでしまいます。

この最も自分らしいハートにある感覚、エネルギーをしっかり感じることで、世界で一つだけの花が咲き始め、それが精神的な安定、幸せへ導いてくれますね。

また、ハートマス研究所というのがアメリカにありますが、ハートは電場的には脳の60倍、磁場的には脳の5000倍強力だそうです。ハートの波動がコヒーラント(一律)であれば、身心ともに健康であるという実験結果が出ているそうです。

ハートの波動を整えるってどういうこと?というと、私たちは普段思考ばかりに囚われがちですが、もっと自分の感情に気づいていること、それをケアしていることですね。なんといっても苦しみや不調を生むのは、思考に付随している“感情”です。

“誰も私のことを気にかけてくれない”という思考にな~んの感情もつかなければ、その思いはあっという間になくなっていきます。しかし、そこに悲しさ、寂しさ、不安、恐れなどごちゃっと感情がつくと、ずっとその思考は留まり続け、思考を暴走させていきます。

過去にも・・・・だった、これからも・・・だ、どうせわたしなんか・・・。

でも、悲しさや寂しさをケアしてあげる(私はEFTなど使用)と、思考が暴走せずに落ち着いてきますね。

しかし、多くの人が感情をケアするというよりは、感情と思考の暴走にサーフィンしたまま、例えば“誰か一人でも私を愛してくれたら・・・”と、ソウルメイト探しを始めるなど、外に出かけて何かを得よう、それで幸せになるはず・・という発想になりがちです。

でも、飢えた心での幸せ探しは辛いし、厳しい・・・。

そして2番目の場所は、ジャン!“自分が最も恐れていること”の中

ここは書くとなが~くなるので、ものすごくまとめてしまうと、自分が最も恐れていることというのは、言い換えれば、自分を最も制限していることです。

上の続きで行けば、自分の感情と向き合うのが怖いと思っていれば、まさに感情がその人を制限しますね。または、フリーランスの仕事を始めたけど、ウェブサイトを立ち上げるのがどうしてもできない、抵抗があるというセッションを何人もやったことがあります。

人からどう思われるか、自分は文章が下手だなどなど、たくさんの恐れがそこにあります。でも、もしその恐れから解放されれば、その人は自由に自分を表現できるようになって、喜びを感じることができるでしょう。

または、対人関係から逃げていたい、ビジネスがどうしても苦手などなど・・・。

自分が一番抵抗を感じるところ、なるべく見たくないところ、できれば避けておきたい部分、向き合いたくないところは、ほんとうは一番自由が見つかる場所なんです。つまり、恐れを癒してしまえば、制限が外れて精神的な平和、幸せへと歩める場所ですね。

そして、最後の3つ目の場所。

この常連のブログの読者さんはもうお分かりでしょう。

そうです。自分の本質にくつろぐこと。

人生のストーリーからごそっと抜け出し、そもそもすべてはこの受容中で起きていて、人生というドラマがどうであれ、自分は今まで大丈夫だったし、今も大丈夫だし、これからも永遠に大丈夫だと分かる場所。

もちろん、それが私たちそのものですから、場所ではありませんね。

しかし、幻想の自我にとっては究極のいこいの場。安心と喜びが感じられる場です。

ということで、どこにも探しに行かなくても、自分の中にある幸せへの鍵がある3つの場所。

ちょっと振り返ってみませんか?

 

☆恐れのしくみ、思考や感情、そして自我は世界をどう把握する? 悟りベースのインテグレイテッド心理学。再受講も歓迎です♪

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現状が痛いと感じるとき

例えば、49歳で突然リストラされたお父さんが、家族にそれが言えなくて、毎日会社行くふりをして職探しをする・・・・、夫婦の間に子供が授からず、自分たちがほかの夫婦よりも何か欠けた家族、欠けた人生に思え、 “お子さんは?”という他人の何気ない質問に心の痛みを感じる、子供が不登校になってしまい、毎日の対応に心を砕きながら、将来に大きな不安を抱え、どこに相談したら良いか分からない・・・。

もちろん、人生には楽しいこともたくさんありますが、実に様々なことが起きて、それらのすべては私たちにとっては現実そのものですよね。

仏陀は人の人生にある苦しみを見て、真実を求める旅へと出かけたことはご存知の通りです。(あはは、なんて大雑把なまとめ方)

そして、これまたご存知の通り、それに対して仏陀が見つけた答えは、もちろん、そう「悟り」だったわけです。(これまた大雑把~)

ということで、大雑把なままインドの悟りつながりでラマナ・マハルシの言葉を引用させてください。英語の動画から見つけ、日本後に訳したものです。

世界は(個だと思っている)“私”が見ている投影であって、それは夢の世界が夢を見ている人の投影であるのとまったく同じだ。したがって、世界は内側に存在していて、実際、あなたが見ているすべてのものは、あなた自身の投影である。

あなたが投影をやめたとき、あなたは何かを外側にあるとか、内側にあるというように見なくなるだろう。あなたは単に自分の本質に気づくのみだ。しかしその瞬間まで、すべては自分の内側の投影であり、それは映画がスクリーンに投影されているのと同じである。すべてはあなたの頭のなかで起きていることなのだ。

私たちにとって、どこからどう見ても現実としか思えない人生を“すべては頭の中で起きていること”と言っているわけです。

ちなみに「奇跡のコース」もまったく同じことを言っています。そしてもちろん仏陀も。(ちなみにこれは、思考が現実を作るとはまったく違うものです)

悟りを違う言葉で「目覚め」とも言いますね。文字通り「私の人生」という夢から目覚めるという意味です。

でも、どうでしょうか? な~るほど~、夢だったか~と、夜見ていた夢のように簡単に目覚められるものでしょうか?

なかなか難しいですよね。

とはいえ、ものすごく遠いというわけでもないんです。

というのも、私たちがほんとうに“今”にあるとき、私たちは人生の夢から目覚めているからです。ちなみに“今”とは、過去、現在、未来の時系列の今ではありません。

“今”にあるとは、言い換えれば、気づいている意識にあるということと同じです。つまり、沸きあがる思いや感情、体の感覚、イメージや記憶など、つかめるものすべてを眺めている状態です。

このとき間違えやすいのは、自我が自我を眺めている状態になってしまうことです。自分自身をまるごと(自分がいるという感覚や体の感覚などすべて)を眺めてみるんです。

自分をまるごと眺めることができたとき、私たちはもう“頭の中”にはいませんね。沸いて来る思考はぜんぶ眺めるだけで一切信じないのがコツです。

さて、では、49歳のお父さんのケースに戻ってみましょう。明日の朝も仕事に行くふりをしなければいけません。(しなくても良いけど、この人の中ではそうなっている)

それはとてもリアルで、大きな苦しみ、プレッシャーとなっています。そこで、“今”にあってみたらどうなるでしょうか?

静かにあり続けていると、自分が必死にもがいている姿が見えてくるかもしれません。そしてまた、家族の顔や自分を解雇した会社や様々な思い、感情、イメージ、記憶なども。

いろいろなことが浮かんできて、いろいろなことがあったけど、今はもうそれはなくて、すべては流れ、去っていく。あのときの喜びも、あのときの心配も、今思い出しても苦しい後悔も、記憶の中以外どこにもない。

すべてが跡形もなく消えていくことに一抹の哀愁を感じながら、人生とは普段自分が感じているよりも、ずっとはかないものだと見えてくるかもしれません。

今の自分の苦しみもこんなふうに去っていく・・・。去っていく流れの中で必死にもがいていた自分。

はぁ、肩から力を抜いてみよう、この生命の流れに委ねてみよう(サレンダー)、どういう流れになるか分からないけど、生命を信じる以外に何ができよう。

そして、生命の大きな流れが感じられたとき、おそらく大切なことは、どうにかすることではなく、自分がどうあるかなんだなぁと気づくかもしれません。

この無限の生命のエネルギーとマッチするエネルギーが自分の中にあれば良いのだ。それは、決して緊張や恐れ、防衛や攻撃ではなく、柔軟さ、鋭さ、正直さ、オープンさ、潔さ、優しさ・・・などなど。

そうであれば、大海の中で翻弄されるのではなく大海によって導かれる。

起きていることへの抵抗がなくなって、あり方という自分の中の拠り所ができたとき、人生の様々な問題に不必要に苦しむ度合いがぐんと減るでしょう。

“不必要に”とは、私たちは出来事にストーリーを乗けまくって、苦しみを増幅させるのがとっても上手だからです。また、“減る”という謙遜した言い方をしているのは、自我はなんだかんだ言ってドラマから本当には抜け出せないからです。

でも、私たちが普段すっかり信じ込んでいる“現実”という名の夢にはまりきっているよりは、だいぶ立ち位置が違い、深呼吸ができるようになりますね。

ちなみに“頭の中で起こっていること”は、すべて外に投影されます。特に心の深層にある私たちが気づいていない思いほど、外に強く投影され、私たちはそれを事実だと思い込みます。

ラマナ・マハルシが言うように、ほとんどの人にとって世界は外ではなく、自分の内側にあるんです。

ということで、悟りの真実をベースにしたインテグレイテッド心理学を5月に開催します♪ 悟りベースと言っても、心理セラピストなのでやっぱり実践第一、見せ方も進化してきました。

投影のしくみを知って、自分の投影ワールドから一歩踏み出してみませんか?

 

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