酔っぱらって帰り道を忘れる~本質への回帰~

体の痛みが私たちに体のどこかがおかしいですよ~とお知らせしてくれているのに対して、心の苦しみも私たちに何か間違ったことを信じていますよ~とお知らせしてくれていますよね。

または、何かナチュラルではないもの、本質ではないものを抱え込んでいますよ~というお知らせ。

もちろん人それぞれ悩みも苦しみも違いますので、そこは詳しく見ていかなければいけません。

でも、とりあえず人類に共通しているところから始めると、それはアイデンティティの間違い。

自分は固有の体、思い、感情を持つ分離した存在であるという間違いです。エックハルト・トールが「ニューアース」の中でも繰り返し書いていることでもありますね。

言い換えれば、私は日本人で女性で~~才で~~の仕事をしていて、~~に住んでいるものです、という「私のストーリー」への完全なる同化。

ただ「間違い」と言ってしまうとネガティブかもしれませんね。ある意味これは間違うように設定してある「神の遊戯」であって、本当の意味では決して間違いではないからです。

しかし、分離した個である自分という遊戯は、本質を忘れることがルールであるために、どうしてもゲームの最初から「恐れ」を持つことになります。

分離した自分というだけで何一つ人生に起きていない状態ですでに「つながりを失った恐れ」、「全体の中の小さな一部の自分としての不安」、「完全なる全体から切り離された欠けた感覚」が心の深い層に生まれます。

また、永遠である本質とは違い、分離した個の生命は有限であって、「死」が必ず待っています。しかもその「死」は、寿命が尽きたときに来るだけではなく、いつなんどき来るか分からないのです。

で、実はこの「死」と「自己価値」は心理的にすご~く密接な関係があるんです。

例えば、生まれたばかりの赤ちゃんがお腹が空いて泣いたとき、すぐにおっぱいがもらえれば、「自分は安全だ、大丈夫」というサインになり、自律神経や脳が正常に機能していきます。

一方、ニグレクトされ、放置されてしまうと「自分の命はあやうい、危険」と判断され、「自分は大丈夫ではない」と判断します。もちろん、ぜんぶ無意識のレベルで起きています。

心理的には、「自分は安全」というのは分離している恐れ、不安を埋めてくれ、「自分の存在は大丈夫、自分はいても良い」となりますが、ニグレクトの場合、「自分の存在が保障されない、いても良いの?」と自分の存在自体に不安になります。

私自身振り返ってみると、親はそれなりに愛情を注いでくれましたが、4歳ごろに親と離れていなければならず(祖父の借金問題で)、物理的にニグレクト状態になってしまいました。

預けられた先で誰ひとり話しかけてくれる人もおらず、遊ぶ友達もいなければ、とにかく会話がゼロ、目に入る範囲に人がいないという状態で過ごす日々が続いていたのです。

なので、その後の私と言えば、いつも自分がここにいて良いのか?ここにいて良いと思えるには何をしたら良いか?を無意識に探っていたなぁと・・・・。

それ以外にも自分の存在を確かめたい衝動はあちこちに出ていました。特にこの調子で恋愛をしたときは、苦しい、苦しい。はぁ、大変だった~。

でも、グッドニュースは、幼少期に深く無意識に刷り込まれたもの(シャドー)も、意識の表面(光)に持ってくることで、癒され、シフトしていくことです。

いつも思うのですが、最終的にどれぐらい自分に正直になれるのか?どれぐらい思考に邪魔されずまっすぐに感じ、見て、対話することができるのか?が、大きなカギだなぁと。

話を戻して、分離した自己が常に確かめたいことは、「自分の存在の安全」「自分の存在の意味」です。

インテグレイテッド心理学の言葉にすると、「肉体の死」と「精神の死」を避けて、いかに生き残っていくか?が大切なんですね。

つまり「食べて行くこと」と「自分が受け入れらていること(役に立っているなど)」がすご~く大切。ですから、私たちの多くはこの二つを常に達成するためにかなりのエネルギーを費やしているはずです。

なので、食べて行けない状態や自分がいても仕方がないと思い込んだとき、無意識下では、自己価値も下がってしまっているんです。

つまり、生命が確保され、安心な状態な時、自己価値や自己肯定感も高まり、その逆だと下がっていく・・・・。

で、苦しみとは、食べて行けないとか状況ではなく、この自己価値の低下が真の原因なんです。

自分の存在や価値を無意識に否定しまう。

逆に言えば、まったく同じ状況でも自己否定がなければ、苦しみも生まれません。

なので、私たちが苦しいときは、状況や状態がどんなであれ、なんらかの自分否定が走っていて、その否定のストーリーは「死」に向かっているんです。

でも真実は、この分離している存在の私は幻想であって、ほんとうはいつも受容と愛のなかにいる。このブログでも何度も書きましたが、「私たちは暖かいベッドから一度も離れたことがなく、悪夢を見ているだけ」という奇跡のコースの言葉通りなんです。

オープン・アウェアネス・ダイアローグの「オープン・アウェアネス」とは、無限に開かれた意識、つまり、暖かいベッド(私たちの本質)という意味でもあるんです。

私の場合、誰も私の存在に気づいてくれない、私はいるのに他の人の目には見えない、という間違った思い込みを抱えた自分と対話をしていきました。

すると、それは「私はいたい」「存在している強い感覚が欲しい」「生きていると感じたい」という思いに変わり、その声を受容しているうちに「私は大丈夫」「私は生命だ」という自分がオープン・アウェアネスそのものだったと思い出されてきたのです。

さらっと2,3行で書きましたが、幼少から長年抱えてきたものは、自分のアイデンティティ、コンピューターで言えばOSになっているため、それなりに時間がかかります。

でも、それはとても意味あるプロセスですね。それは間違って思い込んでしまった夢からの目覚めでもあるでしょう。

最後にペルシャの詩人ルーミーの言葉:

存在から発生したものに存在がとりつかれ、酔っぱらったかのように帰り道を忘れてしまう。
(神の遊戯にはまりすぎて、本質への帰り道を忘れてしまう)

帰り道は自分を深く見つめることで見えてきますね。

 

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ザ・投影~あなたの心の風景~

日本に戻り、引っ越しをしていたのでなかなか更新ができませんでした~。イギリスと日本と両方に家(日本は仮の家ですが)があるとけっこう大変です。毎年冬コートを持ってくるのを忘れ、買う羽目になり、冬に帰ってイギリスの家にコートがやたらたまったり・・・。

さて、「投影」について、改めて書いてみたいと思います♪

というのも、誤解しているかも?という人が多いような気がするからです。

ということで、

例えば、自分が見ている世界は投影である。これはたぶん皆さん理解しているかなと思います。

ので、

例えば、“あの人は傲慢だ”も事実ではなくて投影ですね。

多くの人がこの後に、自分の中に傲慢さがあるというふうに考えてしまいます。だからそれが外に投影されたのだと・・・。

が、少し違います。

まず、相手が実際に何か言ったこと、やったことがあり、それに自分が“傲慢だ”とレッテルを貼っているわけですね。

例えば、相手は“自分にはもう教わることはない”と言ったのかもしれません。その人にはその種の発言が多いとします。それを“あの人は傲慢だ”と解釈して、レッテルを貼ったとします。

ちなみにこうやって書いていくと、解釈だと分かっても、私たちはたいてい自分がレッテルを貼ったことを忘れてしまい、「あの人は傲慢」が事実として動き出しますよね。

で、もうそういう目でしかその人が見れなくなる・・・・。

投影の話に戻すと、傲慢だとレッテルを貼ったのは自分ですが、じゃぁ、自分が傲慢なの?というと、そういう単純な話でもないんです。

説明しましょう。

自我はレッテル貼りマシーンですから、それ自体は別に悪いことでもなんでもありません。

ところが、あの人は傲慢だ、厚かましい、自己中だ、噂話好きだといったレッテルは、プチ苦しみが生まれますよね。人によってはすごく苦しいかもしれません。

また、例えば自分に直接関係なくても、誰かが傲慢に見えて腹が立つこともあるでしょう。例えば、上司が同僚に取っている態度に無性に腹が立つとか。自分はまったく関与していないのに。

このように自分に関係あるなしに関わらず、腹が立ったり、プチ苦しみが生まれる場合は、いつも自分にとって何かがマズイからなんです。

なので、もし“なぜあの人は私にあんな傲慢な態度を取るんだろう?”とプチ苦しむ場合、何か自分にとってマズイことがあるんです。

で、見つけたいことは、何が自分にとってマズイのか?なんですね。なぜその人はそうなのか?とか、自分にも傲慢な要素があるのか?などではなく。

例えば、相手が傲慢な態度を自分に取ってきたと思ったとき、自分がバカにされているような気がした・・・とします。(自分が関与していない場合は長くなるのでまたの機会に)

この「気がする」「思える」「感じる」「聞こえる」を投影用語と私は名づけています。というのも、そう聞こえる(ダメだと言っているように聞こえる、感じる、思える)のであって、相手は実際にそう言ってはいないからです。

で、バカにされているような気がするとしたら、相手は何と言ってバカにしているの?と探ってみるんです。で、もしその声が“お前なんか取るに足らない存在だ”と言っていたとしたら、

ここが超重要ポイントです。

ので、踏ん張ってください。

自分が気がついていない自分の思いは、相手が持っている思いのように見える。

これが投影という意味です。

自分の「私は取るに足らない存在だ」という思いにあまり気づいていないと、あたかも相手が自分のことをそう思っているように見えるんです。

例えば、上司が“あの仕事どうなっている?まだ?”と聞いてきた場合、自分の中に“私は能力がない”という思いがあれば、“仕事が遅いと言っている”ように聞こえたり。

一方、私はやれていると思っている人であれば、どれぐらいはかどっているかを普通に伝えるだけですね。

さて、これはほんの序の口。ほんとうに大切なことは、この思いを抱えている自分、そして周囲や社会がその人の心の中でどんなふうになっているのか、その人の心象の風景を引きだしていくことです。

例えば、取るに足らない自分は隅っこの方でしゃがんで縮こまっている、他の人たちは大きく、威圧的な表情をしている、社会はグレーで冷たく感じる・・・・などです。

というのも、この心象の風景を常に周囲に投影して私たちは生きているからなんです。心の風景で周囲がいつも大きく見えていれば、実際に見えている風景がどんなであれ、どこに行っても緊張してしまいますよね。

実はここに書いたのはまだ浅いレベルで、その人の心象の風景はもっともっと引きだすことができます。なぜそもそも自分は取るに足らない存在と思っているのか?抑圧されているその人のナチュラルな姿は?などなど。これがOAD(オープン・アウェアネス・ダイアローグ)がやっていることなのです。

なぜダイアローグなのか?というと、クライアントさんがこの心象風景の中の縮こまっている私と対話し、理解し、受容していく(タッピングをしながら)ことで、心象風景が自然と変化していくからです。

この自然の変化は非常にパワフルで、一度変化した後はそのまま恒久的に変わりません。ので、意識的な努力をしなくても、自然にリラックスできるようになるんです。

OADは、一般の人生の問題(仕事、人間関係、恋愛、自分についてなど)だけではなく、いわゆる特別な問題(依存症、強迫観念症、うつ、トラウマ、摂食障害、パニック障害など)にも有効なんです。

もともと奇跡のコースといういわば非二元のテキストから生まれたため、OADは基本的にあらゆるものを本質に戻すことを目指しています。それがイコール癒しになるなぁと常々実感しています。

ということで、来週10月11日からOAD心理セラピスト養成講座の募集を始めます♪

良い週末をお過ごしください☆

 

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感謝は心のバロメーター♪

ほんと感謝って大切!と思う今日この頃です。

自己啓発やスピリチュアル界隈に長くいる方は、そんなこと知っているさ~、聞き飽きたと思うかもしれません。または、そうでない人も、それは当然でしょう~と思うかもしれません。

ですが、感謝をすると良いことが起きるとか、感謝の気持ちを持つことが大切とか、そういう話ではないんです。

感謝するように努めたり、意図的に持つ感謝ではなく、自然に湧き上がってくる感謝。感謝の源泉ってなんだろう? そこにあるものって?というお話です。

ということで一見遠回りな話から始めると、あるときふと気づいたのです。自分の中に感謝の気持ちがなくなってきているとき、いつもストレスがたまっているなぁと。

仕事をし過ぎていたり、自分軸ではなくなってきたり、考えが狭くなってくると、最初はうっすらですが、むくむくと犠牲者意識が湧いてきます。感謝キラーの犠牲者意識。

こんなに仕事をしているのに、こんなにやってあげているのに、私は利用されているのではないか?などなど、その時々の状況によって様々な犠牲者意識的な思いが沸いてきます。

ちなみに大人の犠牲者意識は、多くの場合「正論」に変身します。

自我は基本的に自分に向かうよりも他者や状況に目が行ってしまうため、自分が疲れている、なんか不幸感がある、腹が立つ~というとき、状況や相手のせいだと本気で思ってしまいます。

あの人がもっと理解してくれないから、普通はこういうふうに対応するはずなのに、あの人のやり方は間違っている・・・などなど。

疲れ、不幸感、怒りというエネルギーに支配されてしまうと、ものごとを一つの観点(自分の正論)からしか見られなくなり、視野が非常に狭くなってしまいます。

でも正論は真実味がとっても高いので、視野が狭くなっていることに気づきにくく、けっこうこのエネルギーに乗っ取られたまま過ごしてしまいます。(経験多々あり)

乗っ取られたままあらゆる言動に出てしまうと、周囲と衝突や抵抗、摩擦を生みがちでたいていはうまく行きません。

ので、一つは今自分がそんな心理状態に陥っていると気づくことが大切ですよね。

ちなみにこんなとき、バイロン・ケイティのザ・ワークはピカ一です。(ご存じのない方、ググってください。おススメで~す。)

もちろん、どっちが悪いのかという話ではなく、ザ・ワークは見過ごしていた観点や「ありのまま」の事実に目覚めさせてくれるんです。

話を戻して、ザ・ワークをやらないにしても、とりあえず気がつくことが出来たら、“あっ、私やりすぎているんだ、疲れているんだ”と自分を振り返ることができますよね。

相手とか状況とかではなく、自分が狭い思考の中に落ち込んでいるだなぁというリマインダーです。

疲れたなぁ、嫌だなぁという状況から抜け出すには、自分の置かれている状況をそれなりに正しく把握していないと難しいでしょう。

でも、ものごとを正しく見るとは、正論で見るということではなく、広い視野から起きていることを把握するということだと思うのです。(インテグレイテッド心理学でやる事実と解釈に分ける作業も役立ちます♪)

ティク・ナット・ハンの本(←タイトル忘れました)にいかにあらゆるものがつながっているかだけが書かれているものがあります。

パンを食べるとき、パンを作る人、小麦粉を作る人、麦を育てる人・・・・というように、私たちの人生のすべては切れることのないつながりのなかにあるといったような内容です。(うろ覚えですみません)

しかし、正論とか狭い視野というのは、言い換えればものすごく思考優位になっている状態です。また、思考とはものごとを区別し、定義付け、分ける作業をするものですね。

なので、思考が優位になると、ものごとがバラバラに起きているように見え、全体のつながりが見えづらくなってしまいます。

つまり、分離した世界観が強まってしまうんです。

なので、嫌だ~、疲れた~、あの人が~と感じているとき、私たちの心の中には狭くて分離した、正論で息苦しい世界が出来上がっているんですね。

で、そこから抜け出すため、私がまずやることは、疲れている自分を十分にいたわってあげることです。

その際、正論の愚痴も聞いてあげます。つまり、たまってしまった疲れと怒りと向き合い、理解し、受容してあげるんです。このときは、相手や状況への悪態も許してあげます。(もちろん、心の中で)

ちなみに、私はいつもEFTとマトリックス・リインプリンティング(MR)を使っています。

EFTとMRを使うことで、単に怒っていた自分、疲れていた自分から、もっと深層の思いや感情が引きだせます。そもそも疲れるほど頑張っていた理由は、なんらかの恐れやなんらかの欠乏感があったから。

ので、その自分にも向き合ってあげる。

ひととき落ち着いてきたら、ここでやっと、両手を胸に当てて(あたかもヒーリングをするかのように)、自分が何に守られてきたか?どんなサポートをもらっているか?何が支えになっているのか?を振り返ってみます。

すると、怒涛のようにあらゆるものが自分の存在を助けてくれているのが見えて、自然に“ありがとう”という思いも沸きあがってきます。

全体の流れが見えれば、感謝は自然とわいてきて、狭い思考(分離)の世界観に陥れば、犠牲者意識がむくむくと湧いてくる。

ということで、やっとここで感謝の源泉って何?に戻ると、分離のない「全体の流れ」という私たちの存在のありのまま、本質の持つ優しさがあるところ。

感謝して何かを得る、感謝して良い心でいるのではなく、感謝して、それで満たされる。終わり、というお話♪

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癒しに時間がかかる理由♪~苦しんでいるのは誰?

今現在苦しいなぁ~と感じている場合、セッションを何回受ければ、一体楽になるのだろうか?
と思いますよね。しごく当然なことで、私も腰痛がひどければ、整体の先生に同じ質問をするでしょう。

ところで、“今自分は苦しい~”とわかっているのも、実は一歩進んでいるんです。自分が苦しいことをきちんと認識していなくて、周囲に投影しまくって怒りまみれになっている人も世の中には多いものです。

話を戻して、セッションは何回ぐらい必要なのか?”ですが、もちろん、まったく答えられません。が、それでは不親切なので、なぜ答えられないのかを少し書いてみたいと思いました。

そもそも苦しみの原因って何? 一つだけ挙げよ、と言われたら、私は間違いなく「否定」にあると答えます。

ある意味明白ですよね。だから愛や受容が癒しを起こしてくれるわけです。

例えば、「私はバカだ」という自己否定の思いも受け入れていれば、まったく苦しみになりません。(なかなかそうはいきませんが・・・・。)

なので、すごくシンプルに言ってしまえば、多くの心理学、たくさんの過去の原因などなどをぜんぶ忘れて、自分の中にある否定だけを見ていけば良いんです。

とはいえ、シンプルだから簡単なのかというと、何重もの否定やメリットをもった否定を意識の深いレベルで抱え、心の中が複雑骨折みたいになっているケースも非常に多いです。

基本的に自我は、自分を分離した存在でどこかが欠けている、何かが足りないと感じているものです。

つまり、私たちの中には初めからビルトインで(自己)否定があるんです。

それでも、育った家庭がそれなりに愛情ベースで、なんだかんだいって自分は両親から愛されていると感じられるものであれば、自己肯定感もしっかり育ち、自己否定が大きくなってしまうことはあまりありません。(もちろん、すべてには例外あり)

しかしもし、幼い頃の環境が複雑性トラウマを生むようなものであったり、小中高のどこかでいじめにあったりしてしまうと、自分を否定することしか知らない状態になりがちです。

それに加えてネガティブナルシズムの傾向があると、もう苦のスパイラルにどっぷりはまったままになり、とにかく苦しいだけ、生き辛いだけになり、体にも不調が出てくるかもしれません。

さて、苦しみの原因をもう一つ挙げても良いよ~と言われたら、それは紛れもなく「同化」と答えます。

間違ったビリーフ、自己イメージへの同化です。と書いて、う~む、分かりにくい話になるかもしれないけど、非二元に飛びたくなりました♪ ということで、シートベルトをお締めください。(←久しぶり)

例えばネガティブナルシズムは、乱暴にまとめてしまえば、ネガティブな自己イメージに深く強く同化し、それを軸に生きている状態と言えます。でも、真に起きていることは、同化を超えて、それそのものになっているということなんです。(単にネガティブな思いが多いということではありません。)

私たちは普段、私の思い、私の感情、私の体という言い方をし、あたかも思いや感情や体をもっている「わたし」がいるかのように話をしています。

でも、もしそうであれば、思いや感情、体がなくなっても、「わたし」が残るはずですね?ところがどうでしょうか? 真剣に探してみてください。「わたし」がどこかにいるのか?

そうです。私たちが普段「わたし」と言っているのは、思い、感情、体の集合体のことなんです。そこにそららの所有者はいないんです。

つまり、“私”が何らかの思いに同化しているというよりも、ネガティブな自己イメージそのものが主体となって生きているんです。

なので、過去の出来事を癒したとしても、主体であるネガティブなエネルギーが常にガンとしてそこにあり、その感覚がいつもすべての軸となっているため、あっという間に同じ苦しさが戻ってきてしまいます。

なので、ネガティブナルシズムも、私(主体)がネガティブナルシズムに陥っているというより、もっと正確には、“ネガティブナルシズムが主体となっている”んですね。

またこれは悪いことではないのですが、自我には基本的に生き延びようとする衝動が常にあります。

ですがこの場合、ネガティブナルシズムとしての主体が生き延びようとしてしまうんです。つまり、ネガティブナルシズムが解体されるということは、自分の「死」を意味してしまうので、苦しいと感じていても、無意識のレベルでは良くなることへのものすごい抵抗があったりします。とっても多いです。

では、どうしたら良いのか? 気づきのダンス(もう一つのブログ)にも書いてありますように、今苦しいならやはりセラピーを受けるのが一番良いと私は思うのです。

その一方で、ここに書いてきた理由で「気づきの意識(純粋意識)」に寄り添い、本質のエネルギーをよく感じるようにしていくことも同時に大切だなぁとつくづく思っています。

苦のスパイラルにはまってしまっている場合、癒しにはそれなりの時間がかかります。たくさんの思い込みや抑圧され蓄積した感情、そして上に書いたような抵抗などなど、こんがらった心のひだを一つ一つ丁寧にひも解いていく必要があるんです。

その間、「気づきの意識(純粋意識)」を休憩の場にしていけると良いだろうと思うのです。主体が少しの間でも、「気づきの意識(純粋意識)」に取って変わっている時間。

ということで、今年の7月にロンドンでノンデュアリティのお話会をした録音のリンクを貼っておきます。最後のほうに「気づきの意識(純粋意識)」に寄り添う瞑想らしきものをしていますので良かったらどうぞ♪

ついでに久しぶりに東京で「癒しとノンデュアリティのカフェ」も開催します。宜しければぜひご参加ください。

また、ネガティブナルシズムに興味がある方、自分がそうなのかどうかチェックしてみたい方は、元ネガティブナルシズムで現在OADトレーニーセラピストの徳山菜穂子さんのブログをご参照ください。

☆ノンデュアリティトーク in London

 

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人がウンコをぶつけてくるとき

前回のブログに「自分がいくらつながりを感じていても、周囲が分離意識バンバンだと難しい・・・」というようなコメントを頂きました。(最近コメント欄が賑わっていて嬉しい)

例えば、あるトークを聞きに行き、すごく良い話を聞いたのに、家に帰って話したら家族に全否定された・・・、または、自分は一生懸命を自分を見つめているのに、周囲は相変わらず自分のウンコ(←自分の癒していない思いや感情のこと、英語ではこういう言い方をしますが、品の良い人は決して使いませんので真似しないでください)をぶつけてくる・・・・、または覚醒体験をして、自分は自分の本質が分かったのに、周囲は変な人扱いをしてくる・・・。

それなりにあることですよね。

こんなとき、たいてい私たちの目には相手が悪者に映っているはずです。理解がない、自分に攻撃してくる、批判してくる、嫌な扱いをする・・・などなど。

で、そんな相手に対して、私たちは無意識に自分を防衛していますよね。

防衛の仕方は、自分も相手にがんがん言ったり、言い返したりという攻撃的な防衛。または、だんまりを決め付ける受け身防衛。または、その人と会うのを避けまくるという逃げる防衛。

“分かっていない人たち”と優越感に浸るといった話もありますが、そういう思いが出てく来る人とそうでない人といろいろかなと思います。

私はエニアグラムのタイプ9なので、基本的に受け身防衛か逃げ防衛に走りがちです。

A: 何怒っているの? なんかあるなら言いなよ。
私:別に。(超ふくれっつらで)
みたいな(笑)。

ですが、長い人生経験(セラピスト経験)のなかで分かったことは、批判や言われた内容が自分の中にないとき、自分が批判されたというよりは、相手が意味なく怒っているという風にしか見えないことです。

つまり、その人の問題だとはっきり分かり、自分の心は影響を受けないんですね。もちろん相手の怒りのエネルギーは感じるので、面倒だなぁとか嫌だなぁとかは感じるでしょう。

反対に自分の中に後ろめたさがあったり、自分にもそういうところがあるな~と少しでも思っていたりすると、批判された感や攻撃された感はががっつりあるでしょう。

例えば、「私は変わり者だ」とか「自分はどこにも所属できない」といった抑圧された思い(自分はまったく気がついていない思い)があれば、人が自分を変わり者として扱い、排除してくるように見えてしまったりします。(インテグレイテッド心理学・抑圧投影)

実際は、周囲の人にそんな思いは皆無だったとしても。

万が一、相手が100%意図的に排除しようとしてきたとしても、自分の中にそういった思いがなければ、気がつかないか、うざったいだけか、とにかく相手の問題なんですね。それが決して自分の問題にならず、仲の良い人たちと一緒にいればハッピーです。

なのでポイントは、周囲がどうなのか?よりも、自分がどう反応しているか?なんです。

ちなみにDVや虐待、ハラスメントなどは、まったく違うカテゴリーで捉えてください。これらは一刻も早く周囲に助けを求めたほうが良いですよね。

話を戻して、このようにお互いが相手を悪者としてみてしまうのは、自我が持つ分離感のせいなのでしょうか?

みんなの中に分離感がなくなれば、ハッピーな状態になる?

もし分離感がないことが良いことだ思ってしまうと、私たちは無意識に「分離感」を悪者にし、分離感と戦ってしまうかもしれません。

私とあなた、私と世界、私と他の人たち・・・。

そんな感覚がなくなって、すべてとつながっている・・・・、すべてが自分である・・・・という「感覚」になるのが、悟りなのでしょうか?

確かに一瞥体験や覚醒体験では、そういう「感覚」になったりもするかもしれません。

大切なのは、感覚そのものではなくて、その感覚に気づいているのは何か?なんです。分離感やつながった感覚、いろいろと変わる感覚。

感覚とは必ず変化するもので、また捉えることができるものです。

変化し、捉えることができるものは、私たちの「本質」ではありません。

真の私たちは、感覚を見ているもの、同時にそれそのものでもあり、不変不滅な存在です。

分離感があることに何の異議も唱えず、100%受容し、すべてを許している存在で、あらゆる感覚、形、現象になる生命のエネルギーです。

問題は、分離が見せる抑圧投影のドラマにはまってしまうこと。つまり、例に挙げたような自分の投影を事実だと思い込んでしまうことです。または、たとえそれが事実であったとしても、それに対する自分の反応にはまってしまうこと。

それによって自分の本質がみえなくなってしまうことです。

ちょうど流れが良いので、「オープン・アウェアネス・ダイアローグ(OAD)」とは、自分の中の気づかない抑圧された思いを意識の表に出し、その思いとダイアローグを持つことで、変化変容させ、自分のドラマからの目覚めを促すものです。(投影が落ちるとも言う)

投影のドラマがあたかも紛れもない事実かのように感じ、生々しく感じるのは、主に自分の中にあって、自分が気がついていない「自己否定」や「抑圧された真の思い」「トラウマ」などのせいです。

でも、それらはなくすものではなく、受容し、対話するものです。この過程でいつも感動的だなぁと思うのは、否定的な思いもすべてそれがそこにある正当な理由があり、理由自体も愛おしいものだと気づけることです。

体があって、その体を生存させるためには、健康な分離感(境界線)は、あったほうが良いでしょう。

とりあえず、誰かが悪者に見えたときがチャンス♪ そこに大きな癒し(愛)が眠っている。

 

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豊かさを生み出すもの♪

Youtubeで日本の貧困に関する動画を一つ見たところ、次々に貧困関係の動画がお勧めに出てきてしまい、結局日本、アメリカ、イギリス、オーストリアの貧困系の動画をたくさん見てしまいました。(いわゆる先進国の貧困問題)

個人的には、社会のシステムや経済のシステムは変わったほうが良いと思うし、ベーシックインカムも賛成しています。

ですが、たくさん見ているうちに社会のシステムを変えるだけではなく、個人のメンタリティが変わることもやっぱり大切だなぁとつくづく思ったのです。

つまり、人が貧困から抜け出すには、システムというハードウェアとメンタリティというソフトウェアの両方の変化が必要だよね~というある意味とっても普通な結論に着地しました。

とはいえ、そのシステムを作っているのは誰か?といえば、人の心であって、やっぱり心ははずせない要因です。

とりあえず、日英の両方の貧困動画が見て、一つ感じたことは大多数の人が雇用者メンタリティであることです。それは会社員だけではなく、個人事業主の人でもそのメンタリティの人が少なからずいるなぁと感じます。

例を挙げると、一つは日本でバブル景気のときにある業界(←忘れました)が業績が良いので、会社を辞めて独立した。会社の経営はうまく行っていたが、バブルがはじけたとき破綻し、その後家族が病気になったり、今では生活保護でギリギリ生活。

またはイギリスでは、大手の発注に頼っていた個人経営の会社が、その大手の支払いがストップしたことで、一気に業績ゼロ。幼い子供たちがいるのに家を手放すはめになり、就職先を探している・・・。

前者がなぜ従業員メンタリティかというと、バブルがはじけてすぐさま破綻してしまったということは、時代のトレンドから仕事をもらっていたようなものだからです。

後者は大手企業がある種雇い主のようなもので、そこが雇わなくなる(発注しなくなる)と一気につまづくという、やはり自分でビジネスを作り出していないんです。

あとは、就職難で非正規雇用にしかつけない若者たちとか、自分が仕事を生み出すというより、仕事を見つけるという発想の人がほとんです。

話はずれますが、日本も他の先進国もみんな社会環境があまりにそっくりで、グローバリズムの負の側面が見て取れるようでした。

さて話を戻して、人類の歴史を振り返ってみると、人口の大多数が雇われる側で、今もそれは続いています。なので人類の集合意識には、従業員メンタリティが強く刷り込まれていると思うのです。

で、これを少し心理的な面から見てみると、「雇われる私」と「雇うあなた」という対立構造が心の中にあるはずです。で、ほとんどの場合「雇われる弱い立場の私」と「雇う強い立場のあなた」になっているはずです。

また、歴史的に雇われる側が搾取されてきたケースも非常に多いため、雇い主に対して弱くて「無力な私」といった思いがおそらく多くの人の中に無意識にあるでしょう。

そしてこの私と他者、私と世界という二項対立的な世界観、つまり分離の世界観は、分離しているだけにどうしても限界があります。

また、「弱い立場の私」というのは、被害者意識も含んでいて非常に強い分離意識です。豊かさが全体だとしたら、分離意識はどんどんその豊かさから離れた視点になってしまうということです。

つまり、どんどん自分中心の見方しかできなくなり、視野が非常にせばまります。社会やものごとの流れが見えなくなり、正しい判断もできなくなります。ので、一度貧困に陥るとなかなか抜け出せないのは、社会のシステムだけではなく、せばまってしまった視野、固定された世界観、弱い私という自己像なども大いにあるなぁと思うのです。

ちなみに、自己責任みたいな観点とはまったく違います。人と社会はお互いに支えあっているわけで、社会のサポートが絶対あったほうが良いと思っていますし、そのために税金を使って欲しいと切に願っています。

さて、弱い立場の私の観点で書いてきましたが、では経営者メンタリティはどうでしょう? もちろん分離意識がバンバンで自分さえ利益があれば良いのだという経営者もいますよね。

最近言われているブラック企業なども、社員から絞るだけ絞りとり、自分は豊かに暮らすのだ・・・・みたいな。

でも、この場合、もしかすると人より多いお金が入ってくるかもしれませんが、ほんとうに豊かで、そこに持続可能な自然な循環があるのかどうかというと、限りなく疑問なわけです。

普通に考えて、ものごとが一番安定する形とは、分断されているよりもつながっていることですよね。一人で暮らすよりも、みんなで支えあうみたいな。

また自然を見回しても、すべてはつながった循環の流れで生命は存在できているわけで、強い分離意識は循環を乱し、そこに持続性はなくなっていきます。

ということで、そもそも、ほんとうの豊かさって何なのでしょう?

ここまで分離、分離と書いてきたので、お分かりかと思いますが、それはやはり、分離を超えた視線にあるのだろうと思うのです。

分離を超えた視線とは、存在そのものが自分であるという本質の目線で、「増えもしないし減りもしない存在(不増不減)」が自分であるという地平線です。

金持ちとか貧乏とか、お金が多いとか少ないとか、そういった二項対立的な世界を超えて、存在しているもの(←ものではありませんが)、現象を生み出し、現象そのものであって、全体そのものの自分。無尽蔵で無限である存在そのもの。

分離意識が欠乏を感じているとき、それはあたかも小波が大海の中で水不足を感じているようなものですね。

でも、おそらく分離意識があるうちは、私たちは豊かさの中で豊かさを見過ごしていくでしょう。

じゃぁ、悟らないといけないの?という話でもなく、私たちの中に常にあるもの、つまりハートをよく感じてみれば(思考を静めて)、そこには限界や分離もないはずです。

そのハートから出てくるもの、例えばすれ違った人に微笑むだけでも、そこに分離がぐんと減ります。ハートからの経験を増やしていくだけで、私たちは豊かさを感じられると思うのです。

微笑むという小さな行為も、自分が外に生み出した創造の一つです。そして、ハートは大海を思い出す直通のパイプですね。毎日何度でも感じてみると良いかもしれません。

そして、感じられるようになってきたら、私は今ハートから何を生み出せるかな?と問うことで、与えてもらうという従業員メンタリティから、「私が生み出す」というメンタリティにシフトしていくでしょう。

ということで自分で書いていて、知らない人に急に微笑んでみたくなった♪

 

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ハートの声と忍耐

ハートの声と忍耐・・・・・。なんかワクワク感があまりないですよね。

または、ハートの声と自分を律する力・・・。これもいまいち軽さが感じられないかもしれません。

とりあえず、ハートの声といえばワクワク♪だよねと思う人が圧倒的に多いかなと思います。

もちろん、それはその通りですよね。

ですが、ときどき “ん?それは本当にハートの声?”と思う状況に遭遇します。

例えばある人が“これは、私のハートの声だから・・・・”と言った後に、そこに“だから私はやりたいようにやるの”、“だからあなたはそれを許してくれないといけない”といったニュアンスがあり、でもこちらとしては迷惑なんだけどなぁとか、私があなたのハートの声に合わせないといけないの?みたいな場合があります。

で、それって本当にハートの声?と思うのです。

基本的にハートの声とは、自己愛から出てくるものですね。なので、自分の中に自己否定や恐れが多く、愛が隠れてしまっているときに、ハートの声を聞こうとしてもエゴの声のほうがうんと大声です。

ということで、インテグレイテッド心理学のおさらい~♪

まず、自我(=ここでは通常の私たちのことを指します)の根本的な衝動や欲望は「生き残ること(サバイバル)」にあります。ですので、自我の根本の恐れとは、肉体の死と精神の死ですね。

肉体が死なないように食べていけるように頑張る。だから嫌な仕事でも続けないといけない。または、お金がどんなにあっても、もし生きる意味が見つけられないとか、または自分などいてもいなくても良い存在だと思えば、やはり精神の死に向かっていきます。

なので、お金も充分あって、人の役に立っていて、素敵な夢やいきがいがあれば、生き残り率はぐんと上がり、安心だし、自己肯定感も高まって嬉しい。一方、お金がなくて、なんの役にも立っていない自分となれば、生き残り率も自己肯定感もどん下がりで苦しい。

私たちの人生を見回してみると、ほとんどが食べていくためと良い自分であるために費やされているはずです。

ですので、普通にしていると私たちは自分の生き残り率が高まることに、ワクワクしてしまうものです。つまり、エゴがワクワク嬉しくなることをハートの声と勘違いしてしまうことがあるとということです。

ですが、そもそもエゴのワクワクなので何だかどこかが自分勝手・・・。私がそうしたいの、私が~、私が~、(あなたのことは考える余裕なし)みたいな。

でも、今回書いてみたいポイントは「エゴのワクワクには忍耐力がない」という話です。

ということで話を戻して、生き残り率を高めたい・・・、言い換えれば、今の自分に何かが足りないんです。

意識されているかされていないかは別にして、何かが足りなくて、今の自分、今の状況が良くないんですね。

それは例えば、心の飢えや不安、恐れ、またはアイデンティティの不確定さ、自己価値の低さなどであり、それらが心の深いところにあるとき、心は何とか一刻も早くそれを解消したいと思います。

なので、早くやりたい、早くなりたいという衝動が非常に強いんです。

あまりに強いので、自分でそれに気づくことはほぼ不可能でしょう。衝動やある感情がものすごく強いとき、私たちはその衝動や感情そのものよりも、そこから沸いて来る思いのほうにどっぷりつかってしまうからです。

例えば、心の飢えが非常に強い場合、心の飢えからくる衝動そのものに気づくよりも、それを埋めてくれるもの、例えばソウルメイトとか、やりがいのある仕事とか、それをどう得られるか?という思いに完全に囚われてしまうんですね。

また、それらが手に入ると思うととってもワクワクし、こうしてエゴのワクワクが発動するんです。

このエゴワクワクはエネルギーもけっこう大きいので、やりたいことを達成する力もあれば、それなりに良い成果もあげられ、そのまま何年もその勢いでやっていけたりします。

またそこに「人を助けるため」などといった、これまた自己価値を上げてくれる大義名分もくっつき、ワクワク感も長続きしたりするでしょう。また、応援してくれる人も現われたり、けっこう楽しい。

ですが、どうしても目線が自己中心になってしまうので、視野が狭く、周囲と折り合いがつかなかったり、何かしらの摩擦を生んでしまったりもします。

また、批判に弱く、すぐに犠牲者意識に陥ってしまったり(自己防衛や他者への攻撃もすごい)、または、何かで心がポキっと折れて、やっていたことそのものを辞めたくなったり、うまくいかないと、そもそも本当にやりたかったのか?みたいな混乱に陥ってしまったりもするでしょう。

で、早く!の反対は、もちろんゆっくりですが、ここで忍耐力と自己を律する力に話が戻ります。

というのも、ハートの声に従っていても必ずチャレンジはあり、それらを乗り越えるには、自分や他の人、そしてものごとへの深い理解がないとけません。

歯を食いしばるような苦しい我慢ではなく、深い智慧と理解による忍耐は、そこに優しさと落ち着きがありますね。また、ただひたすら頑張る自己抑制ではなく、“私は私の衝動を自分でケアできますよ~”という自己を律する力には強さがあるでしょう。

真のハートの声とは単にワクワクしているだけではなく、こういったクオリティがあるだろうと思うのです。

ということで、ゆっくり、じっくり、急がば回れ。まずは自分の中の愛を育てて行きたいですね。

 

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