“ないもの”をあると信じている私たち♪

今週末はインテグレイテッド心理学講座です。年に一回の開催のため、毎回新鮮な気持ちなります。

正確に言えば、インテグレイテッド心理学は心理学というより「観察学」です。または、本来心理学が観察学であるべきなのかもしれません。つまり、誰の理論でもなく、人(自我)の心の働きをただありのままに見たものです。

で、そのためには、自我視線ではない「悟り」の視線が非常に役立っているわけです。自我がどう作用しているかは、自我活動にはまっていたら見えませんよね。そこから一歩離れた視点が必要なんです。

なので、奇跡のコースを始め、エックハルト・トーレやいわゆる悟りのマスターの言葉が非常に参考になり、インテグレイテッド心理学はそれがベースとなっているわけです。

ので、理論を覚える必要もなければ、分析も何も必要なしです。ある意味とてもシンプルなのですが、実はほとんどの人が一回の講座では理解してくれません。

なぜかというと、自我活動にはまりきっているからです。

説明させてください。

まず、椅子を見てみましょう。なぜそれが椅子だと分かるのでしょうか?

脳科学や物理学的な質問ではなく、単純に「そう教えてもらったから」です。つまり、知識を通して見ているからですね。ズッコケた方もいるかもですが、こういう当たり前すぎることのなかに真実へのヒントがたくさんあったりしますよね。

で、もし椅子という知識がなければ、私たちはそれをありのままの物体として見るはずです。つまり、すでに物と自分の間に「知識」が介入しているんです。そして、私たちはその「知識」のほうを見ているんです。

いやいや、自分は椅子のカタチ、色、そのものを見ている!と思うかもしれません。が、「椅子」として見ている限り、それはもう椅子という概念の中でしか見えていないんです。

で、ここは頭では理解されるのですが、けっこうすぐに忘れられてしまうところなんです。忘れてしまうので、あっという間にストーリー=事実となり、そこに溺れてしまう・・・。

例えば、“何軒もアンティークショップを回って、やっと見つけたお気に入りの椅子に姑が自分のコートを椅子の背にいつもかけてしまう。本当は嫌だけど、細かいことのようで言いにくい・・・。”

椅子と私と姑の物語~♪みたいな。

ちなみに、

「何軒もアンティークショップを回った」
「お気に入り」
「いつも」
「姑の~~~」

は、頭の中にしか存在していません。

「いまここ」には存在していないことです。

厳密に言えば、椅子もコートもすべて知識という頭の中にしかないものですが、癒しのワークの中ではそこまでやらなくても大丈夫です♪

例えば、その椅子を写真に撮ったとして、何も知らない人が見たら、そういうストーリーは思いもつかないですね。どんな椅子なのか、誰のコートなのかなどなど。

もちろん、私たちはただのストーリーに苦しんでいるよね~、常にいまここにいましょう~~とか言いたいのでは、まったくありません。無理だし。

何かしましょうとか提案したいのではなく、私たち一体何をやっているの?というのがポイントです。

で、よ~く観察してみると、「私たちは、ほぼいつもないもののほうにどっぷり浸かって生きている」ということです。

くり返しますが、ほとんどの人が「ないもの」(言い換えれば、頭の中にしかないもの)の中に生きているんです。

事実は、椅子にコートがかかっている。終わり。優しくてとてもシンプル。

でも、やっぱりストーリーがとってもリアルで引っ張られてしまう・・・、なぜ?引っ張られてしまうの?どうして巻き込まれてしまうの?

自分は、「ないものを」見ているのだという点をしっかり踏まえた上で、次になぜ「ないもの」がそんなにリアルに感じるのだろう?というしくみを見ていくんです。

例えば、亡くなった母親への後悔が手放せない・・・・、母親ももういないし、頭では何一つ「いまここ」にないのはよ~く分かっている。でも、私の中ではしっかりすべてが生きていて苦しい・・・。

それは自分の中にそのストーリーを生きさせている、自分が気がついていない思いや感情の集積があるからなんですね。(私はそれを投影パッケージと呼んでいます)

その集積はかなりのエネルギー量を持っているので、とってもリアルです。そして、例えば母親の写真を見るたびに、ありのままの母親ではなく、そのエネルギーの集積であるパッケージを通して見ているんですね。(投影)

で、話をガンガンにスッ飛ばしてしまうと、これにはまだ種明かしがあります。うふ。

私たちがそういった様々なストーリーのパッケージを持っているのではなく、そのストーリーの所有者は不在だということです。

つまり、私がストーリーを持っているのではなく、(個)の私=自我=ストーリーの集積なんです。自我とはとても複雑に様々な思いや感情が身体とともに絡み合ったエネルギー体です。

インテグレイテッド心理学が目指しているのは、亡くなった母親への後悔というストーリーの中で何らかの慰めを見つけることではなく、その複雑に絡み合ったストーリー自体と対話しながら解体していくことです。(ある意味自我の解体)

そして、解体されたその先にあるものは、受容という本質。そのとき、苦しいだけ、悲しいだけ、悲惨なだけだと思っていたストーリーは、本質によって愛されていて、とても愛おしいストーリーだったと知るでしょう。

そしてこれが、究極の癒しなのかもしれません♪ (*^_^*)

☆ ☆ ☆

北海道函館セミナー“自分を愛する&悟りとセラピー”

日程:2017年6月24日(土)
時間:10時~16時30分
場所:函館市亀田福祉センター
http://www.kame-fuku.com/
費用:1万2千円
【詳細とお申し込みはこちらから】

☆ ☆ ☆

インテグレイテッド心理学講座、東京、大阪とも募集終わりました。

「大阪ノンデュアリティと癒しのカフェ」募集中♪

お申し込みはこちらから

※東京と大阪の問い合わせ先、アドミン担当者が異なりますので、
ご質問等はそれぞれの問い合わせ先へお願いいたします。

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OADセッション感想文が追加されました♪

20代後半からのうつ病も体の不調も楽に セラピスト:半澤久恵

職場の人間関係が楽になった セラピスト:下田屋寛子

苦手な相手が苦手じゃなくなる瞬間 セラピスト:下田屋寛子

新しい発見に満ちた日々へ セラピスト:佐藤純子

セラピストの詳細はこちら

インナー・グルを育てる♪

GWも終わりつつありますが、たまたま二日続きで同じような話題が出てきたので、ちょっとそれについて書いてみたいなと思いました。

一言でいうと、私たちは自分を導いてくれたり、教えてくれる誰かを求めるよね~というお話です。

苦しかったり、人生に行き詰まったりすると、私たちはたいてい答えを外に求めますよね。

答えは自分の中にあると聞いても、ん?こんなに分っていないのに?どこに? それに、こんなダメダメな自分のなかにあるものなんて当てにならん、やっぱりどこかに良い答えがあるはずだ・・・・みたいな。

基本的に自我は自分はたいしたことがないと信じていて、どこかに素晴らしい師がいるに違いないと思ってたりするものです。または、いて欲しいと無意識に願っているというか。

なぜなら、素晴らしい人格、完璧な人、聖なる人みたいな存在は、自我にとっては希望の星であり、もし自分みたいな人間ばかりだったら、今より良くなれる可能性を見い出せないからです。

ですから、そのテーマが悟りや非二元となれば、ほぼ間違いなく私たちは師を求めるでしょう。教えてくれる誰か、真理、真実に到達するために自分が着いて行ける誰か。

でも、着いて行くには、相手が本物なのか?信じられる人なのか?がとても気になります。なので、その人の言動を細かくチェックしたり、あの人はあんなこと言っているから違う、この人はお金を取っていないから信用できる・・・などなど、判断しようとするでしょう。

とにかく自分の意識も視線も「その人」という他者に向けられます。で、自分が勝手に持っている基準(←気づいていないことが多い)に従って、誰かをこの人なら信じられそうだ!と決めます。

さて、このようなプロセスで決めてしまった場合、次にありがちなのが、その人の話をすべて鵜呑みにしてしまうことです。

信じられる誰かを見つけるまではものすごく慎重ですが、いざこの人を信じる!と決めると、その人の言葉をただ信じ、そしてそれを実践することにまい進してしまう・・・・。

これは一見、真実に向かって精進しているように見えて、実際は「鵜呑み活動」です。自分がないんです。

誰かの言葉を鵜呑みにして、ただ信じている「自分がない」状態は、自分のエンジンで走っていない船に乗って、大船の後ろにつながって動いているようなものです。ので、大船の動く通りにしか動かない。

一見、大船につながっているから安心なように見えて、すべてが大船次第で、しかもパワーを明け渡してしまっています。ですので、自分がコントロールしていない不安は実はしっかりあります。

しかも、場合によっては、よく見たら大船じゃなくて難破船だったり・・・・・。

とりあえず、本人が大船につかまっていると思っていたとして、表面的な安心感は得られるかもしれませんが、本当の意味で楽になっていく感覚はあまりなく、それどころかじわじわと苦しくなってさえくるかもしれません。

では、誰のメッセージも信用せずに、とにかくすべて自分で考えて、自分一人でやっていくべきなのでしょうか?

例えば、私自身もルパート・スパイラやアジャシャンティなどを心の師匠と仰ぎ、動画でもリトリートでも、彼らの一語一句を聞き漏らすまいと必死に耳を傾けます。最前列に座り、ある意味、超着いて行きますモードです。

ですが、彼らのメッセージをそうなんだ~と鵜呑みにしたことはまったくないんです。必ずすべて私のインナー・グルに問い合わせるようにしています。

と、いきなり出てきたインナー・グル。

インナー・グルとは今思いついた言葉ですが、すべての人の中にある真実とのつながりを覚えている部分です。

例えば、「あなたの本質は純粋意識です」、「すべてはただ起こっているだけなのです」といったメッセージを聞いた場合、“本当にそう?”とインナーグルにまずは問い合わせてみるのです。

するとインナー・グルは、“たぶんね”というあいまいな返事だったり、ときには、“さぁ、分からん”とさえ言います。グルなのに。

でもそこでインナー・グルに愛想をつかすのではなく、インナー・グルが“その通り!”とか、“違う!”とか、はっきりした答えを出してくれるまで、あらゆるメッセージを保留にし、調査続行中とするのです。

つまり、鵜呑みにしながら探求するのではなく、自分の体験を常に中心に置きながら、ほんとにそうなの?という好奇心とともにエクササイズなり、瞑想なり、ダイレクトパスなり、自分流の何かだったりを使って探っていくんですね。

なので一見外から見れば、両者とも言われたことを実践していて、同じようことをしているように見えるかもしれません。が、内側で起きていることは、まったく違うものなんです。

で、このように人に着いて行くのではなく、メッセージを深めていく、しかもそれすら保留にしながら進めていく場合、その発信者を盲信する必要もなければ、極端な話、発信者は誰も良いんです。

もちろん、発信者に対する憧れみたいなものは抱くもので、私もルパートさんやアジャシャンティにポジティブ投影をしてしまいます。

が、それでも、最終的にはいつも私の中のインナー・グルが彼らのメッセージがほんとうなのかどうかを決めるんです。

そして、ひとたび、私のインナー・グルが「イエス!メッセージは本当だった!」と確信したとき、インナー・グルは成長し、より真実の言葉へ反応し始めます。

長い間外にグルを探し求めていたために、インナー・グルとしての役割をすっかり忘れていたのが、徐々にその勘を取り戻していくのです。

これはたまたま悟りや非二元の話ですが、それが何であっても、同じことが言えますよね。

さぁ~て、でもときには心がいっぱいいっぱいになって、何でも良いから何かにすがりつきたくなるときもありますよね。そんなとき、私は心をスローダウンしてみます。ゆっくり、ゆっくり、ぐるぐる駆け回っている思いではなく、そこにある感情が感じられるまで。

そして、その感情をただ受け入れ、心細い涙が去って、心が静かになるまで待ってみます。

きっとインナー・グルから何かを感じ取ることができるでしょう♪

 

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北海道函館セミナー“自分を愛する&悟りとセラピー”

日程:2017年6月24日(土)
時間:10時~16時30分
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脳至上主義を超えて♪ 

イギリスのハリー王子が、最近デイリー・テレグラフ紙に母であるダイアナ妃が亡くなったとき、すべての感情を消してしまったと語っています。そのため、その後20年間とても苦しんだそうですが、2年ほど前からカウンセリングを受けることで、ようやく苦しみから抜け出してきたとのことです。

また、近いうちに「All THE RAGE」という映画が上映されます。これは、抑圧された感情が体にどんな影響があるのか、腰痛治療で有名なサーノ博士を中心としたドキュメンタリーです。

さて、心の問題に戻ると、鬱をはじめ、多くの心の病と言われるものが、きちんと表に出されない感情や認知の歪み(ネガティブなビリーフやセルフイメージなど)にあることは、セラピーの世界では周知の通りです。

ですが、たとえばある公共の医療団体のサイトには、うつ病に対して下記のようにあります。

うつ病など気分障害は近年患者数が増加しており、自殺の主要原因となるなど、その社会負担は重い。病態が未だ不明で客観的診断法もなく、治療法も十分ではない。本プロジェクトでは、脳の異常部位の同定およびそれに基づく客観的診断法の開発を行うとともに、うつ病動物モデル系や神経—グリア相関、特にオリゴデンドロサイトなど脳細胞レベルのモデル系の解析を通してより副作用の少ない治療法の開発を目指す。

つまり、鬱など心の病は、脳の中に答えがあるはずだということです。

自我の世界観は基本的に物質主義ですね。自分(体)がいて、他の人(体)がいて、それらは分離していて、その体に個別の意識がそれぞれついている。そして、その意識は脳が生み出している・・・という世界観です。

ですが、科学では脳が意識や感情、思いを生み出しているということは、まったく証明されていないんですね。

この脳と意識の関係はハードプロブレムと呼ばれ、多くの科学者たちを悩ませているわけです。脳のある部分が感情と深い関係があることは認められていても、実際に感情を生み出しているのかどうかは分からないんです。

ところが、もう十年以上前から量子学の分野やブルース・リプトン博士のような先駆的な多くの科学者から、もしかすると、脳は受信機のような役割をしているのではないか?という実験結果が出されています。

これは実は、空(=純粋意識)が本質であるという非二元とも非常にマッチするんですね。また、ユングの集合意識という考えにもぴったんこです。そして、セラピーの現場ともすご~く合います。

つまり、意識(量子フィールド=純粋意識)が先にすでにあり、体が後なのではないか?

物質によって世界が構成されているのではなく、純粋意識といったものが存在の根本なのではないか?という考えです。

例えば、「量子論の父」と呼ばれる、ノーベル賞物理学者のマックス・プランクも下記のように言っています。

“素粒子を振動させ、この最も微小な素粒子で太陽系を成り立たせているフォースから、すべての物質は誕生し、存在している。 このフォースの背景に、ある知性的なマインドの存在があると推測しないわけにはいかない。このマインドこそがすべてのものをつなぐマトリックスなのである。” 

彼が言っている「マインド=マトリックス」とは、非二元の言葉では、気づいている意識、純粋意識、全体、空・・・etcです。

で、ここにあらゆる感情、思い、記憶が蓄積されていて(脳ではなく)、脳はその情報を受信しているレシーバーだということです。

エックハルト・トーレのいう人類のペインボディやユングの集合意識のように、人類の記憶、感情、思いなどが情報として貯蓄されている。そしてまた、個人のローカルフィールドというものがあり、そこにその人固有の記憶、感情、思いなどが保存されていて、脳はそこへアクセスしたり、受信したりしている・・・ということです。(そして、実は脳だけではなく、心臓も by Heartmath Institute)

これは、私が普段使っているEFTやマトリックス・リインプリンティングのベースとなっている考えですが、とりあえず効果が非常に高いんです。

やはり真実をベースにしたものは、自然の法則に沿っているから効果がでるのではないか?とざっくり思っていたりします。

つまり、正常な脳が正常な感情を生み出す~のではなくて、正常な心の状態が正常な脳の機能を促すという逆転の発想でないと、鬱にしろ、そのメカニズムは解明されないのでは?と思うのです。

では、正常な心の状態とはどういうことなのでしょう?

反対に正常ではない心の状態から考えてみると、たとえば、悲しいなら悲しいと、きちんと悲しみが表に出されずに押さえつけられてしまったり、仕事上のことで実はものすごく焦っているにもかかわらず、まったく気づかずに放置され、焦りの緊張がずっと続いたり。

または、ありのままの自分(=自然体の自分)をダメな私、弱い私、できない私などなどと否定したり、またはトラウマ時に起きるように感情をフリーズさせたりした状態が続いているということです。

アメリカでは、過去に17,000人を対象に心の状態と身体の症状の関係をリサーチした研究があり、広く知られています。(Adverse Childhood Experiencesで検索すると見つかります)

実際この業界にいて、複雑に抑圧された感情や思いを解放していくことで、様々な体の症状や心の問題が解消されていくのを山ほど見てきました。

このように、心の病を物質主義的な観点ではなく、意識というフィールドの観点から見ると、私たちが注目しなければいけないのは、脳よりも心の状態だと思うのです。

宣伝になってしまいますが、OAD(オープン・アウェアネス・ダイアローグ)では、まさにこれをやっているんですね。

現在の心の状態を探り、心のなかにある抑圧や否定などを解除していくのです。すると、そこに再び生命のエネルギーが流れだし、健康な感覚、正常に戻った感覚、生きる感覚が蘇ってくるのです。

そもそも私たちは、本来その生命エネルギーそのものだから、現在どれだけ心がどんよりしていたとしても、すべての人がそこに帰れるはずですね♪

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オープン・アウェアネス・ダイアローグ(OAD)

知っている方も多いと思いますが、改めて私は「癒しおたく」です。そして、

たまの休みの気分の良いときに自己ワークしたくなり、“被害者意識まみれた乖離していた私”を見つけて、おいおい泣き、その後“デカイもの釣った!”と喜んでいる変態でもあります。

とはいえ、この分野の勉強を始めたばかりの頃は、自分を見つめるのが嫌で嫌で、見たほうが良いと分かってはいたけど、いつも先延ばししていたものです。それが一度投影が落ちて、その違いに驚いてやみつきに・・・・。

さて、今日はそんな癒しおたく街道を15年以上歩みながら、作り上げてきた「オープン・アウェアネス・ダイアローグ(OAD)」のご紹介をさせてください。

OADとは、「インテグレイテッド心理学」×「問いかけ」×「セラピー」の三つのプロセスを踏んだ癒しのプログラムの総称です。

まず、癒しおたくのこだわりは「セッションで何かしらの結果」を出したい!です。そこにおたくの喜びがあります。

当たり前のように聞こえますが、そこを追求しない心の専門家もけっこういるんです。研究や理論、方法論のほうに興味があったり、薬を出すだけだったり・・・。

心理学の議論をふっかけられたりすることもありますが、基本まったく興味ありません。実践第一!

生身の人間の生の悩みや苦しみを扱うのは、もし、本当にその人が楽になることを目指していたら、決して簡単なものではありません。

ノンデュアリティの真実も役に立ちません。それはたとえば、津波で愛する人や家が流されたトラウマを抱えている人を目の前にすれば、一秒でわかります。人を実際に癒すためには、まったく別の知識やスキルが必要なんです。

とはいえ、クライアントさんには言わずとも、セラピスト側がノンデュアリティの観点を持っていることは非常に役立ちます。(このへんについては、またいつか)

また心の分野は、多くの人が自分でどうにかできるものだと思っている傾向もあり、心の専門家でない人も、あれこれアドバイスをしたりします。(新聞の人生相談から覚者まで)

それらの人のアドバイスがある程度は有効である一方、実際にその人が癒しの仕事に携わっているかどうかは着目ポイントです。そうでなければ、たぶん大雑把なアドバイスの可能性大です。

といのも、私たちの心の構造は多くの人が思っている以上に複雑です。

ということで、こちらの図をご覧になってください。

これは理論ではなく、100%体験をベースに私が作った図です。(おたくにとっては価値が高いので、無料で公開するかどうか悩みました。)

例えば、この図にある意識の三段階のなかで、その人がどのレベルで苦しんでいるのかを知ることはとても大切なんです。なぜなら、それによって効果があるものやないものがあるからです。

多くのカウンセリングはレベル1か、せいぜいレベル2の上層しか扱っていません。そのレベルで苦しんでいる人にとっては、カウンセリングで楽になることもあるでしょう。

ですが、実はかなり多くの人がレベル3に苦しみの原因を抱えているんです。とくにトラウマは完全にこのレベルです。それが一過性であれ、複雑性であれ。

複雑性とは、ちなみに愛着障害、アダルトチルドレン、といった幼い時に虐待の経験が日常的にあったケースです。そうすると、通常のカウンセリングではあまり楽にはなれないんです。

そしてもう一つ、とっても大切だと思うのは、苦しみの原因を探すのではなく、「心の状態」をみつけていくということです。

例えば風邪を引いたとして、原因は昨日寒い場所でずっと立っていたから~では、治せませんよね。

でも、心の問題に関しては、かなりこんな感じなんです。鬱になったのは、職場のストレスのせい。だから、職場をしばらく離れたら良い、みたいな。

または、私が今恋愛で苦しいのは、幼い頃からのお父さんとの関係が原因だ、だから、幼い自分(インナーチャイルド)を癒して、ビリーフを変えれば良いのだ~とか。

こっちのほうはだいぶ近づいてきましたね。それなりに結果もでるでしょう。

しかし風邪の例に戻れば、一番知りたいのは、「今」その人の体の状態はどうなの? 喉が腫れているの?熱が高いの?ということです。

心の問題もまったく同じで、原因や過去に何があったかとかではなく、「今」その人の心の状態がどうなのかを探ることが大切なんです。

どのレベルにどんな感情がたまっているの? どんな否定が走っているの? どんな抑圧? どんな抵抗? 乖離はある? トラウマはある?

体の症状でいえば、スキャンやレントゲンなどにあたる部分ですね。OADでは、問いかけという、普段とはかなり違ったアングルからの質問をすることで、今の心の状態を見ていきます。

この問いかけは、実は同時に自分との「対話」でもあるんです。セラピストは単にサポーター役です。

また、体の症状を検査するには、解剖生理学の知識がないと一体どこを狙って検査するのか、どう診断するのかも分からないでしょう。

問いかけもまったく同じで、クライアントさんがお話しされるストーリーのなかで、一体どこをポイントに問いかければ、心の深いところが見えてくるのか?は、心のしくみを知らないとできません。

その部分が「インテグレイテッド心理学」なんです。

解剖生理学が理論ではないと同様に、インテグレイテッド心理学も理論ではありません。すべての人に共通した心の作用、つまり自我の働きがベースになっています。なので、悟りや非二元の教えとマッチするんですね。

そして、たとえばレベル3に固い自己否定や何重もの抵抗があった場合、セラピーを使ってその部分と「対話」していきます。セラピーを使わないと、ここはほぼほぼ無理です。

操作しようする意図のない開かれた空間で、隠された自己の思いや感情を見つけ出し、対話していくことで変化、変容が起きる。

さて、図をもう一度見てください。レベル3は、集合的無意識と純粋意識の場にとても近いんです。

ここでずっと抱えていた否定や抑圧などが解けていったとき、自分がいかにずっと受容のエネルギーの中にいたかということが分かるんですね。

ので、もしご本人さえ、自分の深い所と向き合う準備さえあれば(←これがとっても大切)、深いレベルの苦しみは、実は真実にもとても近いんです。

長くなりました。でも、説明したいことのまだまだ10分の1にも満たない感じ。

とりあえずOADのリーフレットはこちらです。

また、今までOADのセッションを受けてくれた方々の感想はこちら

ぜひご覧になってください♪

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感情解放のツールとして抜群♪

恐れは愛の変形バージョン♪

幼い頃より親に虐待を受け、心に傷を受けたままの人がいます。そういった幼い者への痛みの経験には、必要であった意味付けなどありはしないと思いますし、裏返しても、その経験を愛ととることには当事者にとっては無理があります。いかなる救済も及ばない。届かない。いま、わたしが立つこの現状をどのように捉えて開いてゆけるでしょうか。

というコメントを頂きました。ありがとうございます!(*^_^*)

さて、直接的なお返事ではありませんが、どんなに心の傷を受けた人でも、必ず癒しに辿りつき、愛を感じられるというのが私の信念なんです。

それはもちろん、スピリチュアルや非二元を持ち出して、すべては愛だから~と言い放って頭で納得させるものでは決してありません。

すべては愛だけれども、じゃぁどうやってそこに帰還するのか? それが一番難しく、そして最も大切なところだと思うのです。

一見話は逸れますが、心が苦しいときや人生に悩んでいるときにどこに行ったら良いのか分からないという大きな問題が社会にあるかなと思います。

例えば、病院や学校、著名な心理学者やお医者様など、思いつくところはすべてあたって、それでも解決しない場合、宗教やスピリチュアル、または自己啓発や私たちのような市井の“怪しい”セラピストのもとへ行くしかないような状況です。

また本を読んでも、分析は盛りだくさんでも、実際の解決方法となるとあまり書いていなかったり。

一体誰が良いのか?どこが良いのか?または何をしたら良いのか?

文明はいろいろと発展してはきましたが、心の分野はまだまだ未開地だと思うのです。

その理由として、社会があまりに物質主義的な考えにはまってしまっていることがあるでしょう。なので、心の問題も脳の神経やホルモンのアンバランスといった、結局“体の問題”として見てしまったり。

または心理学的な「理論」や「考え方」で解決しようとする「思考至高主義」もある意味物質主義の産物だと思うのです。

そのために、目に見えないものや意識上に捉えらないもの(抑圧された感情や思い)、または私たちの本質といったものがほぼ完全にスルーされてしまいます。

ですが、私たちの本質が物質を超えたものであるなら、物質主義の中に救済を見出すことはできないですよね。なので、現代社会を見渡すとあたかも救済などないかのように見えるでしょう。

では、どうやって愛へと帰還するのか? もちろんブログの一記事で書ける内容ではありません。

でも、長い間癒しに携わってきて、以前よりもいろいろと見えてきたものがあります。

その一つとして、「恐れ」に対する見方です。以前は、恐れの感情を取り去れば、愛が見えてくると思っていました。

ところが、恐れを癒すとそれはもともと「愛」だったという体験を重ねていくうちに、本当の意味で恐れというものは存在するのか?と思うようになったのです。

例えば、虐待されているとき、幼い心なりに自分を守ろうとその瞬間心を麻痺させたり、体を縮めたり、無意識にしているものです。もちろん、怖い!という感情でいっぱいになっているはずです。

また、自分は無力だ、人は自分を痛めつけるとか、ネガティブなビリーフも出来上がってしまうでしょう。

でも、幼い心なりに自分を守ろうとする自己愛がまずあって、そしてネガティブなビリーフの下にいつも「無力な自分なんて嫌だ!ほんとうは違う」という愛である自分に戻りたい声があるんです。

そして癒しの現場では、この恐れと愛は決して分離しておらず、表裏一体で、緊張や感情がほどけていくと、そのまま自然に愛の姿に戻っていくんですね。

つまり、恐れとは愛が歪曲したもの、愛が抑圧されたもの、愛が硬直してしまったもの・・・というように愛の変形バージョンだと思うのです。

それは大海が水(愛)で満たされていて、ときには荒波(苦しみ)になったり、穏やかな波(平和)になったりするのと同じように。

とはいえ、幼いときの虐待(複雑性トラウマの記事もご参照に)は、人間が最も刷り込まれやすいときに行われているため、愛への帰還もそれなりに時間がかかり、簡単ではありません。

次回の記事でご紹介したいと思っている「オープン・アウェアネス・ダイアローグ(OAD)」では、まず今一番自分を苦しめている思いや感情を入り口にして、その人の心の状態、自我の構造を見ていきます。

今自分が生き辛いのは、子供の時に虐待されたからだ・・・・というのは、今自分が風邪を引いているのは、昨晩湯上りに薄着をしていたからだ・・・・と言っているのと同じぐらい役に立ちません。

喉が腫れているのか、熱が高いのかなど、実際に体の状態を知らないといけないように、その人の心の状態を丁寧に見ていく必要があります。

で、心の状態をしっかり見極めて、セラピーを使って緊張や抑圧、硬直した思い、乖離した感情などを受容し、変化、変容させていきます。すると、荒波も水(愛)だったと実感できるんですね。

正直言えば、これらのプロセスができるようになるには、それなりの努力と時間がかかります。まして傷ついている当人が自分でどうにかするのは、かなり無理があるでしょう。

でも、お伝えしたいのは冒頭に書きましたように、すべての人が愛へと帰還できるということなんです。

ということで、社会そのものが本質を思い出し始めるといいなぁと心から思うのです♪

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インテグレイテッド心理学講座開催

東京:5月20日(土)、21日(日)10時~17時 2日間(キャンセル待ち募集♪)

大阪:5月27日(土)、28日(日)10時~17時 2日間(キャンセル待ち募集♪)

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わたし目線♪ あなた目線♪

ときどき、悟り系のセミナーやお話会は、無料か低額でするべきみたいな意見をみかけます。ノンデュアリティのブログを発信するようになってから、私のところにもたま~~~にそんな声が寄せられます。

ちなみにイギリスではほとんどそういた話を聞いたことがなく、価値観がずいぶん違うなと思ったりもします。

ただ、私自身が心理セラピストなので、どうしてもこういった議論?を心のしくみから見てしまう癖があります。ということで、このテーマを心の観点から見てみたいと思います。

つまり、自分が「わたし目線」でものを見ているか、「あなた目線」でものを見ているかということです。

説明させてください。

例えば、ときどき“自分の地域でもセミナーを開催してもらえないか?”といったような声を頂きます。それはもちろんとっても嬉しいことです。

で、その理由が、自分が開催して、友達にも聞いて欲しいから~であれば、「わたし目線」なんです。“私がやりたい!私が動きますよ~”という自分主導型でハートベースの開かれたエネルギーです。

一方、遠い所に行くのは自分にとっては大変なので、あなたがこちらに来てやってくれませんか?という場合は、「あなた目線」です。 “私の都合に合わせて、あなたが努力して、あなたがどうにかしてください”という無力な私(恐れ)からの発想です。

例えば、「わたし目線」の人が、セミナーの開催場所や受講料を見て、自分にとって高過ぎる、遠すぎると思った場合、たんにあきらめるだけです。シンプル。

一見、あきらめるという引っ込んだエネルギーに見えますが、それは誰の問題か?という健康な境界線が引かれているんですね。料金を決めるのは相手の問題であって、自分ではないし、行く、行かない、または行ける、行けないは自分の問題だとはっきり分かっているんです。

他者を変えようとしたり、人のせいにしなくて良い、自分の土台に立った、とっても楽な位置です。

一方、「あなた目線」の場合は、自分は、たちまち遠い開催場所、高い(自分にとって)受講料のせいで参加できない犠牲者になってしまいます。開催者を恨むかもしれないし、自分の不運を恨むけかもしれません。

ちなみに、自分を不運だと思っていれば、やっぱり自分は世界や運命の犠牲者になりますね。

そして、相手や世間がどう変わるべきかというストーリーが始まり、“あなたがいけない、あなたが変わるべき、あなたはひどい人だ”と、超「あなた目線」になってしまいます。

当然、「あなた目線」で生きていると、あらゆることが他人次第になるので非常に苦しいです。自分が正しいと信じ切っているのに、他人は決して自分の思い通りにならないし、不満が永遠に終わらない・・・。

なので、境界線も超えまくります。相手が決めることに不平不満の嵐になり、こうすべきだ、ああすべきだとなり、言われた方も反発するので、人間関係がどんどん悪くなり・・・・。(経験済み)

また、「わたし目線」で生きている人と、「あなた目線」で生きている人の見えている世界があまりに違い過ぎて、基本、両者ともまったくお互いが理解できません。

「わたし目線」の人からすると、「あなた目線」の人は、ごちゃごちゃ言ってくる面倒臭い人に見えて、「あなた目線」の人からすると、「わたし目線」の人は、つけはなす冷たい人、みたいに見えたり。

では、この目線ってどうやって作られたのでしょうか?

おぎゃ~と生まれた赤ちゃんが、何か特定の目線を持っているでしょうか?

そうです。なんらかの理由で否定や抑圧を意識的にも無意識的にも強いられた環境で育った場合、どうしても「私は無力」「自分は弱い」「私は犠牲者」といった思い込みが出来上がっていきます。

自分への否定が多いほど、当然、自分は小さくなっていきますよね。で、小さい自分が生き残るには、周囲がちゃんとしていないといけないわけです。

だから、目線がどうしても「あなた目線」になってしまう。

しかも、そのちゃんとして欲しい周囲も、「小さい私」というフィルターを通して見るので、優しくて、受け入れてくれる人たちというよりは、自分に危害を与えてくるような人たち見えてしまいます。

なので、「あなた目線」の世界の中は、虎視眈々とした、弱肉強食的な風景や人々は自己中心的で他者への思いやりを知らないような風景が広がっていたりします。

反対に、自分の存在が喜ばれ、自分らしさを表現することが許されていて、なんだかんだ言って、親は自分を愛しているという確信が持てる環境で育つと、「私は大丈夫」「私はやれる」といったビリーフが出来上がっていきます。

そんな「わたし目線」の世界は、個人、個人がやりたいことをやっていて、助けを求めれば誰かがいて、いろいろ起きるけど、基本、自分も周囲もつながっている風景が広がっているでしょう。

たとえ同じ家に住んでいたとしても、目線が違えば、経験しているものはまったく違います。

でも決して、「あなた目線」を批判したり、良くないと言いたいのではありません。「あなた目線」の胸の中には、健気な自分や愛おしい自分がたくさんいるんです。

一生懸命自分を守り、固く縮こまっているけど、なんとか必死で生きてきた自分。絶望感を感じないように死んだふりした自分。そして人を攻撃することで自分を見ないようにしている自分。だって、もし自分を見てしまったら、どんなにひどい自分がいるか分からないし、立ち直れないかもしれないから。

「あなた目線」が癒されるということは、これらの自分に光が当たっていくということです。最終的に、「わたし目線」も「あなた目線」も、一つの生命から現れた現象です。

そして、「あなた目線」の胸の中にある抑圧が解けるということは、生命が自らの抑圧から目覚めるということでしょう。

そんな目覚めの美しさはいつも感動的で、あぁ~、多くの人に体験して欲しい~と思うのです♪

 

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よく観察してみれば、私たちの行動のかなりは感情に支配されていますよね。

恥ずかしいからやらない、叱られると怖いからやっておこう、食べていけなくなるかもしれない(不安)から、とりあえず仕事は続けよう、将来が不安だから貯金しておく、あいつは嫌いだから昇進させない、気に入ったからサポートしてあげよう・・・、などなど。

私たちは人生の大半といっても良いほど感情に支配されているにもかかわらず、感情はなぜかいつも二の次にされているものです。

自分では理性(頭)でものごとを決めていると錯覚し、なぜかスルーされやすい感情。

ということで、そもそも感情って何?というのを見て行きませんか?

とはいえ、ブログの記事としての限界があるので、結論を先にどんどん書いてしまいます。

で、感情とは、あるエネルギーに名前がついたものです。つまり、エネルギーです。エネルギーなので変化、変容するのがその性質です。

そして、エネルギーとは生命のエネルギーですね。一つの生命のエネルギーがあらゆる形となり、感情もその一つです。

ですので、私たちが感情を押し殺してしまうと苦しいのは、生命の流れを止めてしまっているからです。感情も出口が欲しいのに、様々な理由で私たちは蓋をしてしまいます。

で、私たちは感情を押し殺していると思っていますが、実際は、その感情を持っている自分を押し殺しているんです。だから、感情を押し殺せば殺すほど、本来の生命としての感覚がどんどん薄くなっていきます。

一方で思考は活発化していきます。でも、ネガティブループの思考になってしまうので、生き辛いし、不満だらけで、自分も世間も大嫌い~な感じになってしまいます。(大投影ワールド)

また少し前は、ポジティブ思考とか波動を挙げるという名の下に、ネガティブな感情にたくさんの蓋がされていたかもしれません。または、ノンデュアリティや悟りも立派な蓋になりえます。

イギリスのサイトか本で、ネガティブな思いや感情が入ったつぼの蓋の上にアロマを焚いて瞑想をしている図をどこかで見たことがあります。でも、ネガティブな感情の匂いも蓋からもれていて・・・・。

基本、私たちはネガティブな感情の付き合い方が分からず、蓋するか、逃げるかしかやらないものです。

私自身もこの仕事を始める前は、自分が感情を押し殺していることも気がつかず、なんでこんなに生き辛いのだろう?とさっぱり分かっていませんでした。

さて、話を戻して、では、感情の役割とは何でしょう?

いくつかありますが、スペースの関係上、最も大きなものだけ書いてしまうと、

じゃん、「思考をリアルにすること」です。

例えば、“明日のプレゼン、失敗したらどうしよう”という思いに何も感情がついていなかったら、まったくリアル感がない、ただの文字づらですね。

EFTでは感情のレベルを図りますが、もしこの思いにレベル10(マックスに高い)の不安がついていたら?

自分が失敗するイメージが沸いてきたり、みんながしらける顔が見えてきたり、まだ何一つも起きていないのにものすごくリアルなはずです。

では、不安のレベルが3ぐらいだったら? 少しドキドキするけど、大丈夫!なんとかなる!など、自分を奮い立たせることが恐らくできるでしょう。

感情値が高くなればなるほどリアル感が増して、頭では“そんなことはない”と分かっていても、感情にくっついてくるストーリーに私たちは呑み込まれてしまいます。

で、このマックスに高い感情(エネルギー)を押し殺すのに、私たちは実はかなりのエネルギーを費やしているんです。

ちなみに英語で、欝のことをdepression(下に押す)と言いますが、エネルギーが抑圧することに使われ、息ができなくなり、活力がまったくなくなってしまう状態です。

また、感情と一言で言っても、感情には深さのレベルがあります。どのレベルの感情なのかによって、簡単に解放できたり、なかなかできなかったり。

例えば、深いところで“私はなにもできなくて弱い”というセルフイメージがあれば、そこにかなりの恐れがあるかもしれません。で、そのためどこかで “人に依存している自分”という罪悪感もあったとします。すると、依存している相手が少しでも自分について不満を言うと、罪悪感が刺激され、怒り!となって現われたりなどです。

この場合、この怒りをどうにかしようとしても、根っこにある恐れがドン!とある限り、どうにもなりません。つまり、一つの感情を他の感情や思いが支えていることもとっても多いんです。

EFTを使っている方は、最初の感情から違う感情へと移っていく体験をしていますよね?(ちなみにEFTでは、これを「エネルギーを追っていく」と言います)

なので、こうやれば感情解放できます~♪みたいな簡単な方法はないんです。

簡単な方法はないのですが、一つ言えることは、自分の感情にきちんと気づいているということがものすごく大切です。

現代人はあまりに思考型になりすぎていて、自分の感情に気づいていない人、思考と感情の区別がついていない人が非常に多いです。

そして気づいたら、それを嫌がったり、持っていてはいけないとせず、どんなエネルギーなんだろう?と“好奇心”を持って眺めてみます。

そして、眺めながらも、徐々に眺めている自分(気づいている意識)のほうにより寄り添い、しばらくそこにあってみましょう。

実は、これだけでも脳がDefault mode network(ネガティブのループ)からPresent centered mode network(緊張が解け、ポジティブモードになっていく)というのに変わるとMRIの実験で分かっているそうです。

対処療法ですが、根深くないものなら、これでけっこういけるかもです。でも、いつもある感情や繰り返し出てくるものは、できれば自分を見つめて根っこから癒すのがお薦めです♪

 

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