愛されていないという悪夢から目覚める

今日のイギリスはとってもさわやかなお天気です。というか、すっかり秋の気配を感じています。

さて、私たちの多くはおそらく、自分が相手から好かれているか、受け入れられているか、愛されているかということが気になるものでしょう。

分離した個として生きている限り、受け入れられること、愛されることは生き残っていくためにもとても大切なことです。受け入れられている、愛されている、自分の居場所がある、自分は求められている・・・、これによって分離している世界の中で私たちは温かみ、安心、つながりを感じることができますよね。

でも、もし好きな相手が冷たかったら、別れることになったら、周囲の人がとげとげしかったら・・・。自分の居場所がない感じ、自分の存在が忘れられた感じ、孤独、世間は怖くて危険な場所にとたんになってしまいます。

つまり、自分の安全、幸せは相手や周囲次第ということですね。

そこで無意識のうちに私たちは相手をつなぎとめておくため、周囲に受け入れられるために自分を磨いたり、役立つ存在になろうとしたり、相手が喜ぶことをしたり、いろいろと頑張ります。

私はありのままの自分はつまらなすぎて、人が相手にしないと深く信じ込んでいた(こう信じ込んでいたことも気づきませんでしたが)ため、友人関係を続けるためには、相手のニーズに答え続けることだと無意識に信じていました。

ので、友達に頼まれたことはすべてやり、ノーと言うことをまったく知らなかったのです。もちろん嫌だなぁと思うときや疲れるときも山ほどありましたが、人間関係ってそんなものと思っていたのです。

小さいころにニグレクトを経験していたため、とにかく一人ぼっちになることを避けていたんですね。しかし、問題は一人ぼっちを避けていたその下に、愛されたい、必要とされたい、いつも私を見ていて欲しいという大きな飢え(=ニーズ)があったことです。

問題と書きましたが、もちろんニーズあることが悪いわけではありません。ほぼすべての人にあり、ニーズができた状態をよく見れば、そこに誰も悪い人はいなんです。

ただ私の場合、その後その飢えが刺激されるたびに、死にたくなるほどの苦しみを何回も体験し、また普段もどこかで薄っすらと生きづらさを抱えていたなぁと思うのです。

さて、このニーズが大きいほど、私たちは愛、受容、安心安全を強く求めます。当然ですよね。そして、愛されていると感じれば、恍惚の嬉しさを感じ、病みつきになります。(ストーカー問題はここにあり)また、他者や世界をその目を通して解釈していきます。

相手が自分に何を言ったか、どんな振る舞いをしたか、相手や周囲の動向に敏感になります。そして、いちいち解釈するんです。

その解釈も自分のメガネを通しているので、彼が~~って言ったということは、私のことを考えていなからだ・・・、仕事を割り振られなかったのは、私の仕事ぶりが信頼されていなんだ・・・などとたいていネガティブになります。

自分の解釈ですが、私たちのほとんどは、それが自分の解釈というより、“実際に起きていることだ、事実だ”と思ってしまうものです。

私は最近、「誰も人生なんて生きてなくて、みんな自分の思考を生きているだけ」と少々乱暴なことを言っています。実際、ほとんどの人が自分が解釈したことを事実としてその世界に生きているだけなんです。言い換えれば、事実ではなく、自分の思考(解釈や意味づけ)を無条件に信じて生きている。では、人生を生きるってどういうこと?事実を生きるということ?

それはおそらく一瞬、一瞬が真新しい瞬間であって、一瞬、一瞬に生命の匂い、エネルギーを感じて生きるということでしょう。自分の心の傷や過去の出来事によって生み出された古くて繰り返されている思考ではなく、生命が送ってくれる愛から来る思考で人生を創造していくこと。

じゃぁ、その区別はどう分かるの? 生命が送ってくれる愛ベースの思考は、ニーズや期待がなく、ありのままを愛している思考です。

私自身のニーズはいくつかのトラウマともつながり、幼い私は怯えきっていて、一人ぼっち、そして世界とのつながり(愛)と完全に分離していました。セッションを受けたり、自己ワークしながら地道に癒しを繰り返し、最終的には非二元の理解の中で幼いトラウマの私は癒されていきました。(やっぱり癒しと非二元の両方って良い♪)

ニーズが癒されると見えてくるのは、愛とは愛されることで手に入るものではなく、人を無条件に愛することで知るものだということです。そこでほんものの安心安全と平和、無くならない愛を得るんですね。

だから、ほんとうに大切な問いは、私は愛されているか?ではなく、私は人を無条件に愛せるか?だなぁとつくづく思うのです。愛される私になるのではなく、愛することができる私になっていく。

さてそれじゃぁ~と、いきなり無条件に人を愛そうと頑張る前に、まずは、自分が条件をつけてしまうところを見ていくと良いですよね。なぜならそこに自分のニーズ、心の飢えが隠れているからです。

ということで、まずは自分のニーズと出会い、受け入れ、理解していくことが第一歩でしょうね♪

すべての人が十分に愛に支えられている、自分は一人ぼっち、愛されていないという悪夢があるだけ。

追伸:今回のテーマもインテグレイテッド心理学オンライン講座で詳しくご説明します。ご興味がありましたら、ぜひPC越しに交流いたしましょう。

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