頭で分かるか体験で分かるか~禅と心理学

鈴木大拙の「心理学から見た禅」という講和がとっても面白い♪

実は4歳のころ、ある事情から新興宗教の施設で両親とともに身を寄せていた時期があり、そこで起きたことから、けっこうな宗教トラウマがあります。なので、宗教はなるべく避けて通ってきたのですが、昔から禅には非常に惹かれるものがありました。

人を食ったような問答や説教臭さがないのも好きでしたが、丸、三角、バツ、終わりみたいなシンプルな禅の芸術は眺めているだけで不思議と宇宙を感じたものです。

で、なぜこの講和が面白いのかと言うと、ちょっと長文ですが抜粋させてください。

「結局のところは、やはり、自分が出発点となり、合わせて帰着点となるのである。-中略- それで禅宗とは、どんなものかというと、これは哲学では断じてない、その基礎は心理学の上におかれているものと言って良い。この心理的体験というところに、禅の生命がある。これが禅の根本である」(禅とは何か? 鈴木大拙著)

ここで鈴木大拙が言う心理学とは、いわゆるフロイトやユング、アドラーのような理論ベースの心理学ではなく、心理的な体験を言っています。

同本によると、中国の仏教の歴史において「主知主義」、「形式主義」といえる理論や形式を大切にするものが非常に盛んであった頃、達磨がそれに反対して出てきたのが中国での禅の始まりという説があるそうです。

理論や形式ではなく、理論以外のところに人間生活のいきた原理をとらえなければならぬ・・・ということで、不立文字(真実は言葉では語れない)、教外別伝(理論の外に別に伝えること)が禅の主張となったそうです。

長々と書いてきましたが、こうやって見ると、ある意味、理論VS体験みたいなものだなぁと思うのです。

もちろん両方必要だと思いますが、最終的にどちらがより真実を掴めるか?と真剣に考えてみれば、明らかに体験のほうです。

真実とは言い換えれば、愛、受容、静けさ、純粋意識、いまここ、etcです。

では、愛を知るには、体験と理論とどちらが分かるのか?と考えれば、愛のしくみを理論で知ったところで、真の理解にはなりません。また、愛について100冊の本を読んでも、やっぱり分かり得ないでしょう。

でも、例えば無邪気な赤ちゃんの笑い声に触れたときにすべて理解できたり。これは体験的理解ですね。

では、体験的な理解を進めたいと思ったら、どうしたら良いか?

当然自分から始めるしかありません。他者の体験を深く掘っていくわけにはいかないですから。

自分が体験していることを見つめていく。これは実はノンデュアリティの「ダイレクトパス」そのもの。ダイレクトパスは、またの呼び名をダイレクトエクスペリエンス(直接な体験)ともいいます。

やっぱり、禅ってノンデュアリティだな♪

と、このままいくと非二元の話になりそうですが、こちらは癒し中心のブログなので、心の話をさせてください。

というのも、心のしくみ、心の苦しみ、といったものも理論ベースではなく、体験ベースで見ていくほうが良いなぁとつくづく思っているのです。

“今自分が苦しい”というのは直接体験ですよね。頭で自分は今苦しいのだろうか?と判断しているわけではないはずです。

その直接体験を理論という実体から離れたところに持って行かず、そのまま見ていくほうが、苦しみのありようがよく見えるからです。

ちなみに私は「気づきの問いかけ」というものを使って、自分やクライアントさんの心のありようを見ていきます。

多くのクライアントさんが、例えば、私が苦しいのは小さい頃のあの体験だと思います・・みたいなご自分の解釈をたくさん載せてきますが、最初はすべて無視いたします。

頭で見つけた原因は一見辻褄が合うのですが、ほんとうにそうかどうは分からないからです。というか、経験上半分は違っています。

そもそも苦しみって何?と考えれば、究極的には「幻想に深く入り込んでいる」状態です。

もちろん、幻想に深く入り込んでしまう理由自体は、実際に起きたこと、育った環境、他者からされたこと、またはしてもらえなかったことなどです。

ですが、それに対して自分がどう解釈し、どう世界や自分を見るようになり、どんな信念を持ち始めたか?というのは、“幻想”の部分なんです。

例えば私の場合、4歳の新宗教の施設で体験したことによって、ものすごく大きな愛の飢えと恐れ、そして自分や人生への決断を無意識下に作りあげていました。

両親とほとんど一緒に過ごせなかったため、見捨てられた感、不安、愛への飢え、一人でずっと過ごした孤独感などなどです。

ある意味4歳の子供が出来事から自然に持つ感情ですが、では、“見捨てられて孤独な私”というのが、私に関する真実か?と言えば、これは出来事から生まれたストーリーですね。

感情と体(脳、自律神経)を巻き込んだリアルなストーリーです。

ですが、4歳の私と会話しながらセラピー(マトリックス・リインプリンティング)をすることで、4歳の私は自分の決断、自分の思い、感情が単に身にまとってしまったものだと理解し、手放すことができます。

これはすべて受容の中で行われ、無理なく、自然に変化が起こせます。自然に起きるというのは非常に大きなポイントです。

というのも、自然に起きる=生命が動かしている、だからです。頭で無理やり納得させたものは、生命そのものには触れていません。

体験をありのままに見ていく良さは、それは生命の動きにダイレクトに触れ、そして生命(=本質)の働きによって癒されるからですね♪

 

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頭で分かるか体験で分かるか~禅と心理学」への5件のフィードバック

  1. あゆかさん
    こんばんは

    私は、物心ついた頃から(記憶にあるのは小学校2、3年くらいでしょうか)
    よく、非難や文句、身に覚えのないことで一方的に責めらます。
    あゆかさんの講座に参加し、いろいろ試しましたが、心は少しは強くなりましたが、
    現状変わらず、
    嫌われやすいのか40も半ばにもなっても、職場で、きつく言われたり、怒鳴りつけられたり
    同じことしても、私だけ怒鳴られたり非難されたりします。
    若いころも辛かったですが、いまだにこのような状況でもう情けなく、私がこの世や特に職場に存在しているのが迷惑だろうなと思います。
    職場は公務員なのでクビとかはないのでなおさらです。わたしなんか、いたら迷惑なんだろうけど、クビにもできないし、私自身も自分を食べさせるために辛いけど職場に行ってる状況です。が、養う子供もパートナーも友人もおらず、本当に自分自身の存在が苦しいです。
    こんなに嫌われて、誰からも必要とされず。
    なんで私はここにいるのだろう。。。

    • ladyluck さん、こんにちは♪

      物心ついた頃からそうだったということで、そのへんの感情やビリーフなどがまだ生きているのかなぁと思います。

      また、たぶんそれがアイデンティティになってしまっているので、なかなかシフトができないのかもしれませ。文面からだけの推測なので、間違っているかもしれませんが。

      いろいろ試したということなので、マトリックス・リインプリンティングも学んで頂けたのかなと思います。

      本当は潜在意識のアイデンティティになってしまっているセルフイメージにマトリックスをいくつものアスペクトからワークしていくとか、そういうのが望ましいかと思います。

      とりあえず、今自分がしている自己否定の中で一番強いものを見つけ出して、それをEFTやマトリックスでワークしてみてはいかがでしょうか?

      根本的な解決にはならないにしても、私だけが怒鳴られるとか、私がいたら迷惑なんだ・・・とか、そういった思いが緩むといいなぁと思います。(インテグレイテッド心理学も昨年受けて頂いていいたら、事実と解釈のエクササイズもぜひやってみてくださいね。)

      例えば、私だけが怒鳴られるは、解釈ですね。もちろん事実だと思っているからこそ苦しいのはちゃんと理解しております。

      でも、ここを踏ん張って、とりあえず解釈としてみてください。

      同じようにされても、私だけ怒鳴られたという解釈をしない人もたくさんいるんです。

      例えば、“機嫌の悪い奴がまた怒鳴っているよ~”と他人事として捉える人もいます。もちろん気持ちはよくないのですが、ストレスはこちらのほうが低いです。同じことが起きても解釈は人それぞれなんです。

      とりあえず、事実は実際に相手はなんと言ったのか、声のトーンはどんなだったのか? ほんとうに他の人には一切なにもその人はその口調で言っていないのか?

      そして、苦しいと感じたのは、言った内容なのか? 声のトーンなのか? 自分だけという部分なのか?

      一見、重箱の隅をつっつくように見えますが、ほとんどの人がざっくりしすぎたワークをしていて、一番痛いところを見つけられていないんです。

      コメント欄では限界がありますが、そのうちEFTやマトリックスも復習会をやりますので、やり方が分からない場合は、復習会やまたはフェイスブックグループで質問を投稿してみてくださいね。

      必ず楽になるやり方はありますので、深呼吸してトントンとりあえずしてみてはいかがでしょうか?

  2. 心理学 に送信されます。
    追伸です
    もう早くも新しい部署に異動して
    私が打てば響く人間ではなく、年齢もありどんくさいからか上司に嫌われた感じで
    怒鳴られます。
    これから先の一年私は職場でどのようにすればいいのか。。。
    何をやっても嫌われる経験しかしたことなく、どのようにしたらよいかわかりません。

  3. あゆかさん
    ありがとうございます。
    マトリックスまでは講座を受けましたがインテグレイテッド心理学は受けていないように思います。
    「ノンデュアリティ」頭が硬直しそうですが、インテグレイテッド都合が合えば受けてみたいと思います。昨年までは多少休みやすい職場にいましたが4月から連続した休みは取れない職場に変わりましたので、特に慣れるまでは暫くは断念しなければならないとは思いますが。
    とここまで書いてる途中であゆかさんが言われたEFT のことを思った時にふと気づいたのですが、EFT をして楽になりたいととても思いますが、一方気にならなくなったら、私はもっと傍若無人になるのではないか、もっと周りから嫌われるようなことをしてしまうのではないかと心配になりました。
    今は、嫌われるからと周りに気を使い不快感を与えないことに厳しく気を払ってます。嫌われるという危機感、恐怖がなければ、私は傍若無人な迷惑人間になると。
    そういうふうに言うと、バイロンケイティの「それはほんとうですか?」と言われそうですが、私の答え99%「yes 」になり、、、カウンセリングでもいつもグルグル堂々めぐりして終わりという感じでした。
    次は「EFTをしたら傍若無人になる」若しくは「そうなる恐怖」をまたEFTしていくというようになるのでしょうか?

  4. 非二元で苦しみからの解放など無いです。
    私はいない、と気付いても周りは 「気付いた人」として一目なんて置きません。
    人は投影と思い込みで勝手に人を決めて見て、世界を見て働きかけて、そこは同じですし、トラブルは何も解決しません。
    その中で、愛に溢れて自分に歓喜しても、それは、ドラックでラリってるような物だと思う。
    本当に幸せになりたいのなら、病的に拗れた人の不幸に喜ぶ歪んだ人と付き合いをやめ、尊敬できる懐の大きい人を見つけメンターにして、毎日チャレンジの行動する事だと思う。
    非二元も必須では無い、向き合いも長くは要らない。
    コアビリーフは、行動を変え結果が変われば、上書き保存のように変わります。

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