“無条件”の幸せ♪

クリスマス&お正月の時期は、家族がいない人やシングルペアレントにはプチ痛いシーズンかもしれません。

かつてロンドンで貧乏留学生をしていたころ、外国での一人クリスマスは日本にいるときよりも一人ぼっち感が刺激され、心痛かったものです。

しかし、アンソニー・デ・メーロの“知っている?クリスマスって頭の中にしか存在しないんだよ”という言葉に良い意味で打ちのめされ、そうだよ、ただの火曜日じゃないか!と、人類が創り上げているクリスマス幻想から目覚め、それ以来あらゆる行事がただの日になってしまいました。

と書くと、まるで楽しみがなく、季節感もない人生になってしまったように聞こえるかもしれません。

ですが、その当時、世間がクリスマスを楽しく過ごしているのを横目で見ながら、私の頭の中にも“私もこんなクリスマスを過ごすはず、過ごしたい”という絵が強烈にあり、それが実現していないというか、ない、ゼロ、“無”である現実とのギャップで心痛めていた身には、それこそ福音だったのです。

というのも、ここにないものを求め、得ようとするエネルギー、それがないことを悲しむエネルギー、それらのエネルギー量の多さを真に自覚することができたからなんです。

しかもすべて頭の中で起きているだけ・・・・・。

こうやって人は膨大なエネルギーを自分の頭の中で過ごすんだ・・・・。

それは膨大なエネルギーが伴う欠乏のストーリー。

目に見えたわけではありませんが、見えたかと思うほど、それをはっきりくっきりと感じたのです。これにはまっていたら苦しいわけだと・・・。

ちなみに世の中には、苦しい、苦しいと言いながら、この欠乏のストーリー(またはどんなストーリーでも)がもたらすドラマに密かに深く魅了されている人もそれなりにいます。(潜在意識のレベルです。)

ですが、それは悪いことではなく、ドラマに飽きるまで経験しつくしても良いんじゃないかと思うのです。

さて、このブログは今、家の近くのミスタードーナツで書いています。というのも、隣が全面リフォームとやらで壁を叩く音、機械音がすごいため、逃げているからです。

ミソフォニア(嫌音症、HSPの人に多い。他人がご飯を食べる音、上階の足音、パソコンを叩く音などに異常に嫌悪感を頂く。ただいま自己ワーク中)の私としては辛いのですが、ここは天国♪

ロイヤルミルクティーはおかわり自由だし、カウンター席は人が少なく、行きかう人をみながら仕事ができてしまう・・・。ドーナッツに抗えないことだけが難点。

でも、100%満ち足りていて幸せな気分♪

とはいえ、もちろん多くの人の人生がそうであるように、家族の病気や仕事のトラブル、人間関係のすれ違いなどなどつきです。

かつて私は幸せとは、そういうものがない状態だと勘違いしていて、しかもそういう状態が続くべきだと思っていたものです。

ですが夢から覚めてみれば、幸せとは心の平和と、そして生命の息吹(人生の様々なドラマを経験できていること)なんだなぁとつくづく思うのです。つまり幸せとは、本当はいつでもどこでもあるというか。

アンソニー・デ・メーロはまた、“人はみな無条件に幸せになることを拒んでいる”(正確な言い回しは覚えていない)とも言っています。

あの問題が解決されたら、

私がもっと癒されたら、

状況が変わったら、

夢が叶ったら・・・、

などなど、ある条件がクリアにならない限り、私は幸せじゃない。あぁ~、なんてその通りなんだと当時これまた納得。

とはいえ、当時はまだ夢への渇望が大きすぎて、どうしても夢が叶って欲しいという条件を外すことができませんでした。

そして叶わなかったとき、お決まりの苦しみコース♪

しかし、幸いなことに癒しおたくであったため、自分のあれこれを見つめ、癒していくうちに夢への渇望もどんどんマイルドになり、叶わない夢もほろ苦さを持ちながらも愛おしいものとなっていきました。

そしてはっきり見えてきたことは、幸せは渇望(欠乏感)に隠されていただけだったんだなぁということです。

幸せは得るものでも、なるものでもなく、いつもあるもので、隠されてしまうものなんだと。

人生の起きることが悲劇であればあるほど、幸せは隠され、あたかもないかのように思えてしまうでしょう。または、もう二度と手に入らないもの。

かつてロンドンのアルコール依存症回復センターでセラピストのボランティアをしていたとき、クライアントさんの話はどれもこれも悲劇的かつ悲惨なものが多く、私はまったく手が出せず、無力感を感じていました。

しかし、今はっきり分かることは、どんな悲惨な経験もそこにある欠乏感、喪失感、絶望感などを癒すことで、私たちはストーリーの同化から自由になれるんです。

それは単純に経験に伴っている感情を癒すという意味だけではなく、その経験の中心人物である自分が握りしめている自分像、世界観、他者との関係性をも癒し、そして解体していくということです。(OAD心理セラピスト養成講座の目的)

すべての経験、そしてすべてのストーリーは解体可能で、それは言い換えれば、経験の中身が何であれ、すべての人が無条件の幸せを持っているということです。

そしてもっと言えば、それが私たちの本質なんです♪

それでは、ただの一週間だよね~と知りながら、お正月幻想を心からお楽しみください♪

 

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“無条件”の幸せ♪」への5件のフィードバック

  1. 私の叶わない夢は
    OAD心理セラピスト養成講座を受講すること。
    …今はまだこの事を愛おしくは感じられず
    どっぷりハマってます…

    • chamさん、こんにちは、

      あぁ~、そう言われますとなんだか辛い・・・・。
      でも、好奇心や興味が続く限り、きっと何かの形でつながったり、または別の形で学べたりするかもです♪

  2. 年金爺さんは時間を持て余し、近くの500m前後の山に毎日のように登っています。
    2~3時間の登山は雑念から解放されて自分自身と向き合うとても良い時間です。
    山を登りながら、私には「私は他人を恐れている」「私は本当は何も出来ないしょぼい人間なのだが、何とか誤魔化しながら生きていかなければならない」「私は病気に殺される」等という自己イメージが入っているのだと改めて気付きました。
    この年になるまで40年も50年もいつもいつもこれらの事を考えて、どうやって逃げようか、どうやって誤魔化そうかと考え続けていましたが、自分がそう考えていることに気付きませんでした。
    今はこの自己イメージを認めて受け入れてあげれば良いのだと思っています。
    これらの思いから自由になりたいと強く思いますが、実は自分で選んでこの思いを抱いてここにいるのかも知れませんね?
    あゆかさんの今回のブログで「それは悪いことではなく、ドラマに飽きるまで経験しつくしても良いんじゃないかと思うのです。」とありました。
    何度もそれらの投影を経験しており、表面意識ではとっくに飽きているのですが、潜在意識ではまだ経験が足りないのでしょうか?
    ただ、この自己イメージを嫌っている限り、囚われて逃げられないだろうことは分かります。この経験はこの経験で良いのだと肩の力を抜いて、ただ見ていても良いのかも知れませんね。

    今年もあゆかさんのブログで何度も癒され成程と目から鱗の思いをしました。ありがとうございました。
    どうか良いお年をお迎えください。

    • 番爺さん、こんにちは♪

      コメントのお返事が遅くなりました。今まで気づかなかったセルフイメージや思い込みに一人で気づかれたこと自体がまず素晴らしいと思います。ほとんどの方がまったく気づかずにいますよね。

      さて、気づいた思い込みですが、その思いへ「気づきの問いかけ」というものを私はやっていきます。

      例えば、私は他人を恐れている→他人は自分に何をしてきそうなの? 何と言って、どんなふにそれをしてきそう? などなどです。他者が“お前は消えろ!と言って、自分を抹殺しそう”だとしたら(←完全にでっち上げています)、それらは自分の思いですね。

      で、さらにどんな自分だから消えないといけないの?と問いかけていきます。そこで出てきた思い(セルフイメージ)を私はいつもセラピーを使って対話していきます。セラピー(EFTやMR)を使う理由は、そこにものすごい量の感情やまたは抵抗があるからです。

      私は心理セラピストですので、こういうワークでストーリーを解体していくんですね。

      なにかそういったセラピーの方法は知っていても損はないかもしれません。とはいえ、自分が惹かれるものがきっと一番合っているのだろうとは思います。

      本年もどうぞよろしくお願いいたします♪

      • ありがとうございます。
        私は他人の何を恐れているのか問いかけてみると、暴力、メンツを潰される、経済基盤を潰される、みたいな過大な恐れが出てきます。そんな酷い目にあったことなどないのに…。恐怖を心に植え付けられているのでしょうか(どこかの映画にありましたw)。 
        最新ブログで「どんなストーリーも解体可能だ」というグッドニュースを書いていただきました。潜在意識にあるストーリー(自己イメージ)を解体して自由になることが今の目標です。今後とも宜しくお願いします。

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