ザ・投影~あなたの心の風景~

日本に戻り、引っ越しをしていたのでなかなか更新ができませんでした~。イギリスと日本と両方に家(日本は仮の家ですが)があるとけっこう大変です。毎年冬コートを持ってくるのを忘れ、買う羽目になり、冬に帰ってイギリスの家にコートがやたらたまったり・・・。

さて、「投影」について、改めて書いてみたいと思います♪

というのも、誤解しているかも?という人が多いような気がするからです。

ということで、

例えば、自分が見ている世界は投影である。これはたぶん皆さん理解しているかなと思います。

ので、

例えば、“あの人は傲慢だ”も事実ではなくて投影ですね。

多くの人がこの後に、自分の中に傲慢さがあるというふうに考えてしまいます。だからそれが外に投影されたのだと・・・。

が、少し違います。

まず、相手が実際に何か言ったこと、やったことがあり、それに自分が“傲慢だ”とレッテルを貼っているわけですね。

例えば、相手は“自分にはもう教わることはない”と言ったのかもしれません。その人にはその種の発言が多いとします。それを“あの人は傲慢だ”と解釈して、レッテルを貼ったとします。

ちなみにこうやって書いていくと、解釈だと分かっても、私たちはたいてい自分がレッテルを貼ったことを忘れてしまい、「あの人は傲慢」が事実として動き出しますよね。

で、もうそういう目でしかその人が見れなくなる・・・・。

投影の話に戻すと、傲慢だとレッテルを貼ったのは自分ですが、じゃぁ、自分が傲慢なの?というと、そういう単純な話でもないんです。

説明しましょう。

自我はレッテル貼りマシーンですから、それ自体は別に悪いことでもなんでもありません。

ところが、あの人は傲慢だ、厚かましい、自己中だ、噂話好きだといったレッテルは、プチ苦しみが生まれますよね。人によってはすごく苦しいかもしれません。

また、例えば自分に直接関係なくても、誰かが傲慢に見えて腹が立つこともあるでしょう。例えば、上司が同僚に取っている態度に無性に腹が立つとか。自分はまったく関与していないのに。

このように自分に関係あるなしに関わらず、腹が立ったり、プチ苦しみが生まれる場合は、いつも自分にとって何かがマズイからなんです。

なので、もし“なぜあの人は私にあんな傲慢な態度を取るんだろう?”とプチ苦しむ場合、何か自分にとってマズイことがあるんです。

で、見つけたいことは、何が自分にとってマズイのか?なんですね。なぜその人はそうなのか?とか、自分にも傲慢な要素があるのか?などではなく。

例えば、相手が傲慢な態度を自分に取ってきたと思ったとき、自分がバカにされているような気がした・・・とします。(自分が関与していない場合は長くなるのでまたの機会に)

この「気がする」「思える」「感じる」「聞こえる」を投影用語と私は名づけています。というのも、そう聞こえる(ダメだと言っているように聞こえる、感じる、思える)のであって、相手は実際にそう言ってはいないからです。

で、バカにされているような気がするとしたら、相手は何と言ってバカにしているの?と探ってみるんです。で、もしその声が“お前なんか取るに足らない存在だ”と言っていたとしたら、

ここが超重要ポイントです。

ので、踏ん張ってください。

自分が気がついていない自分の思いは、相手が持っている思いのように見える。

これが投影という意味です。

自分の「私は取るに足らない存在だ」という思いにあまり気づいていないと、あたかも相手が自分のことをそう思っているように見えるんです。

例えば、上司が“あの仕事どうなっている?まだ?”と聞いてきた場合、自分の中に“私は能力がない”という思いがあれば、“仕事が遅いと言っている”ように聞こえたり。

一方、私はやれていると思っている人であれば、どれぐらいはかどっているかを普通に伝えるだけですね。

さて、これはほんの序の口。ほんとうに大切なことは、この思いを抱えている自分、そして周囲や社会がその人の心の中でどんなふうになっているのか、その人の心象の風景を引きだしていくことです。

例えば、取るに足らない自分は隅っこの方でしゃがんで縮こまっている、他の人たちは大きく、威圧的な表情をしている、社会はグレーで冷たく感じる・・・・などです。

というのも、この心象の風景を常に周囲に投影して私たちは生きているからなんです。心の風景で周囲がいつも大きく見えていれば、実際に見えている風景がどんなであれ、どこに行っても緊張してしまいますよね。

実はここに書いたのはまだ浅いレベルで、その人の心象の風景はもっともっと引きだすことができます。なぜそもそも自分は取るに足らない存在と思っているのか?抑圧されているその人のナチュラルな姿は?などなど。これがOAD(オープン・アウェアネス・ダイアローグ)がやっていることなのです。

なぜダイアローグなのか?というと、クライアントさんがこの心象風景の中の縮こまっている私と対話し、理解し、受容していく(タッピングをしながら)ことで、心象風景が自然と変化していくからです。

この自然の変化は非常にパワフルで、一度変化した後はそのまま恒久的に変わりません。ので、意識的な努力をしなくても、自然にリラックスできるようになるんです。

OADは、一般の人生の問題(仕事、人間関係、恋愛、自分についてなど)だけではなく、いわゆる特別な問題(依存症、強迫観念症、うつ、トラウマ、摂食障害、パニック障害など)にも有効なんです。

もともと奇跡のコースといういわば非二元のテキストから生まれたため、OADは基本的にあらゆるものを本質に戻すことを目指しています。それがイコール癒しになるなぁと常々実感しています。

ということで、来週10月11日からOAD心理セラピスト養成講座の募集を始めます♪

良い週末をお過ごしください☆

 

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★★★

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ザ・投影~あなたの心の風景~」への21件のフィードバック

  1. あゆかさん、こんにちは。
    まるで今の私にとても必要なことがあって感謝しています。ありがとうこざいます。

    例えば、実際に相手が私にむかって、
    あなたはダメなやつだ、
    あなたを見てると腹が立つなど
    と発言を言ったとしても、
    相手はその言葉の羅列を発しただけで
    その言葉の羅列に意味をつけたのは自分であり、そこを掘っていく感じですよね。
    ややこしいこといつも書いてごめんなさい。
    あゆかさんを困らせたくないのですが、気になって書いてしまいました、

    • ななさん、こんにちは♪

      相手が実際に“あなたはダメなやつだ”と言った場合、それは相手が自分にレッテルを貼っているわけですよね。言葉の羅列というふうには私は見ていません。相手が自分に投影してきているんです。人間関係は投影合戦ですから(笑)。

      基本ネガティブなレッテルを貼られたり、ネガティブな投影をされるとかなり気分悪いものです。ので、それは怒って良いかと。

      ただ、それがどれぐらい引きずってしまうかが問題です。気分が悪くても、数時間後に忘れているようであれば、そこに自分のボタンはないですよね。でも、ずっと考えてしまうようであれば、“ダメなやつ”という言葉に強く反応する自分の思いがあるということです。

      自分にも“私はダメな人間”という思いがあれば、一番ヒットして痛いかと思います。ので、そのダメな人間と思い込んでいる自分と対話するんです。

      ブログでは掘り方などやり方は一切書いておらず(書けないので)、実はかなり難しいです。ので、自分でやって限界がありましたら、個人セッションなどをお薦めいたします♪

      • あゆかさんは言葉の羅列としてはみていないんですね。わかりました。
        あゆかさんが講師の時ではないですが前にインテグレイテット心理学学んだときに、言葉の羅列としてみることを言われた気がしたので、ずっとそう思ってるのは苦しかったんです。怒っていいんですね。私の勘違いならよかったです、

        • ななさん、お返事ありがとうございます。

          確かに、言葉の羅列だという説明の仕方をするときもあります! なるほど~、勘違いさせてしまってすみませんでした。

          ただ言葉の羅列というのは、実体がないよね~という説明のためにしたのだと思います。実際にそう捉えようとするのは、かなり無理があり、ワークでは決してそういうふうにはやらないんです。というのも、そこにはものすごく感情がくっついていますので、それを先に解放する必要があるからです。

          しくみを知ることと実際のやり方はかなり違いますので(ここはななさんに限らず多くの方が混乱しているかも?)、しくみそのものを実行すると苦しくなるかもです。とはいえ、説明の仕方をこちらももっと工夫して、誤解のないようにしていきたいと思います♪

  2. あゆかさん、こんにちは、です。
    あゆかさんの影響で、エックハルト・トールのニューアースを読みました。すごく感銘をうけました。しかし、「あなたの内なる目的は、まことにシンプルだ。目覚めること。あなたはこの目的を地上のすべての人と分かち合っている。これは人類の目的だからだ。・・・(278P)」とあります。このことに対して、特に反対ではないのですが、はたしてこういいきってしまっていいのか疑問に思います。これ自身エックハルト・トールの投影か、まはた私自身の投影ではないかと思ってしまうのですがいかがでしょうか。

    • 奥野さん、こんにちは♪

      ニューアースを読まれたんですね。ほんと~に大好きな本です♪

      さて、その部分ですが、私的には100%賛成です。これは自我が深層の部分に共通にもっている目的だと思います。自我のままでいることは、密かな苦しみであって、どの自我の中にも必ず目覚めへの欲求があると思います。

      つまり、愛と全体へ戻る欲求です。ただ、日常生活の中でそれはほとんど認識されず、それは例えば、仕事の成功、恋愛成就、夢の達成といった表面的な形で現れることが多いと思います。

      どんなに成功としても、自分の中に愛がなく、欠けた感覚があればどうでしょう? 深く見つめれば、誰もが自分が真に求めていることは、愛と全体(満ちていること)への帰還かなと思っています。

  3. あゆかさん、ブログいつもありがとうございます。
    非二元を知り、恐れ・分離は幻想と知って自分でも驚くほど行動的になりました。(多分失敗して恥かいてもいいやと手放すことができるようになった)さらに奇跡のコースやあゆかさんを知って、こう感じる、などが自分の中にある癒されていない部分の投影であり、怒りや悲しみがわいても嫌がらず、自分に嘘をつかず受容し、人と接する時にはできるかぎり先入観をもたないようにしていたら、以前よりとても楽になりました。(自分の中の価値基準が大幅に変わったかもしれません。人より秀でなければという気持ちが強かった。)
    流れに任せる、なるようになるという考えにも救われました。
    不安を抱えながらも、一歩一歩恐れを手放せていけたらなと思っています。

    • はたさん、こんにちは♪

      嬉しいコメントをありがとうございます!!

      自分にウソをつかないというのは、意外にとても難しいですし、自分の価値基準もすごく正しく思えてしまうので、手放すのはなかなか難しいですよね。いろいろな面で素晴らしいなぁと思います♪

  4. あゆかさん、こんにちは。
    いつもブログありがとうございます。

    私はいつも心のどこかで落ち着かないところがあります。なかなかリラックスできないのです。

    これも投影が関係しているのかと、探ってみたら、こんな自分をなんとかしようと非二元を探求したり、いろいろやってみてはうまくいかず長年ジタバタしている自分のことが「めんどくさいやつ」という思いがあることに気づきました。

    確かに、現実でも、しつこい人とかめんどくさい人を突き放してしまうことがあり、そんな冷たい自分をまたダメだと思ったり。。

    なのに、自分が尊敬している人には好かれたい気持ちが強いのです。ここで、いつもこんな(めんどくさい)私は相手にしてもらえないのではという恐れがあり、不器用なコミュニケーションとなって結果あまり相手にされません。
    あげくにこんなだからと、みんなに置いていかれるという焦りもあります。

    今回、自分のことを「めんどくさいやつ」と思っていることにはっきりと気づけたのは発見でした。
    めんどくさい自分やそんな自分に対する焦りが無くなったら、きっと現実も違うように投影されるのかな。
    こんな私もOAD有効でしょうか?
    ちなみにそれはどこで受けれますか?

    • そらさん、こんにちは♪

      ご自分のことを「めんどくさいやつ」と思っているという発見をできたことはかなり良い線行っていますね♪

      ちなみにこれは思い込みであって事実ではないので、ほんとうはめんどくさい人間ではないですよね。もう少し細かく深く行けるかなぁと思いますが、とりあえず、どうしてそう思い込み始めたのかを探っていっても良いかもです。

      そして、もちろんOADセッションで、ぜんぜんできますよ~。

  5. あゆかさん、いつも楽しみにブログを読ませていただいております。

    投影に関して、これまで分かる様で分からないことが多かったのですが、(相手に感じることはあなたにそれがあるから、、、と目にしてきたので. ) どうしても納得出来ない部分があったんですね。

    でも、あゆかさんのブログを読んで、そうかぁ、そういう事かぁ、それなら納得できる、、、と思ったんです。

    本当はあゆかさんのEFTの個人セッションがあったら、直ぐにでもお願いしたいのですが。

    いやー、シンクロと言いますか、あゆかさんのブログにあったような自己対話を今日していたんですね。

    内容は、男性からセクシャルな要求をメールやテキスト、対面はもちろ、私は必ずと言っていいほど、”男性は自分の欲求のために私を利用する。”という概念が出てきてしまって。リレーションシップがうまくいかないんですね。

    そこは長年の課題というか、解決したい楽になりたいことでして。

    今日その思いをずっと探っていったんです。

    もともと感じていたのは、「私の思いを無視して、男性は自分の欲求だけ叶えようとする、」というものです。

    もちろん、その概念を持つきっかけとなった性的な出来事というか、心の傷はあります。それをEFTでいつか解決したいと思っていたんですが。

    ふと、待てよ、この思いはその時が始めてだったのだろうか?とまた深く自己対話。

    結論から言いますと、出てきたのは、「私は私の本当の願いや思いを無視して、人の要求に応えてきた。」そして、ゴールは「私は自分の要求や願い、思いを無条件に叶えていい。無条件に受け入れたい。」というものだったんです。

    いつもどこかに私は大切にされない、、、という概念があって、私が探ったことに対しても、親や男性、友達が私のことを大切に扱ってくれない、私の存在を無視する、と思ったんです。

    でも、その奥の奥に出てきたのは、自分の本心や要求を私自身が認められず、相手の要求ばかりに応えてしまう自分が嫌、そんな自分が認められないというものだったり、本当は私が私の思いや願いを無視して人に合わせてきた、というものだっんです。

    投影の今回の記事に合致しているか疑問ですが、投稿させていただきました。

    でも、また同じようなシチュエーションになった時に、相手に対してどう感じるか、同じように拒絶を感じるのか、それとも本音を言えるのかはまだ分かりませんが。

    まずは、シェアしたくて投稿させていただきました。

  6. Mikiさん、こんにちは♪

    上手に掘って行かれていますね~。皆さん、良い感じ♪

    私は私の本当の願いや思いを無視して、人の要求に応えてきた。

    ここからビリーフやセルフイメージが見つけられるかなぁと思います。それをやる理由(メリット)が必ずあるはずですので。

    これが男性との関係につながっているかどうかは、コメントからでは推測できないのですが、これはこれで大きな気づきには間違いないですね。(^_-)-☆

  7. どっぷり投影動画の現世にハマり込んで、知人のちょっとした言葉にイライラしていました。
    「バカにしやがって」そう思って怒っていました。
    でも、見ている世界は自分の投影だと思い、自分の中に知人をバカにする気持ちがあるのでは、と思い探って見ると、正直に言うとあるような気がして、だからこう見えるのかとため息をついていました。

    あゆかさんのブログの言葉、「自分が気がついていない自分の思いは、相手が持っている思いのように見える。これが投影という意味です。」「自分に関係あるなしに関わらず、腹が立ったり、プチ苦しみが生まれる場合は、いつも自分にとって何かがマズイからなんです。」は、凄いですね。投影の意味を完全に誤解していました。

    今迄意識していなかったのですが、定年後家で2年半プラプラ年金暮らしと金欠病を決め込んできた私は、自分を「もう何もできない男だ」と諦めてがっくり来ているセルフイメージを持っていたようです。ですから知人の言葉に「お前には何もできない」を感じ、怒っていたようです。
    お金になど囚われたくないと思って生きてきましたが、腹の中の私がお金儲け(小遣い稼ぎ)をしたがっています。
    引き籠り2年半の私が、友人の農園の手伝いを始めたり、ヤフオクに出品し始めたりし出したところです。この変化の意味を教えていただいたブログだったようです。
    目から鱗の素晴らしい記事でした。ありがとうございました。

    • あゆかさんも仰っていましたが、番爺さんのコメントはいつも’お話し’の様に引き込まれます。今回も自身に似たような境遇を思い起こさせました。この場を借りてお礼申し上げますm(_ _)m

      ところで、こちらのサイトのコメントではあまりお見受けしない気がするのですが、(マインドのサイトですし)体そのものの異変はどの様に捉えますでしょうか?
      例えば、潜在的に怒りがある→肝臓の機能低下など。。。
      なんか中医学的なので質問の矛先が違うかなぁ、と思いつつ、お訊ねしてしまいました^^:

      • 爺さんのつぶやきにご理解を頂きありがとうございます。
        ええっっ、私へのご質問ですか?
        二つの答えを考えましたが、多分お聞きになりたい事と違う気がしてなりません。
        この際あゆかさんにお聞きになってみてはどうでしょうか?

        • 間違えてあゆかさんへの質問も一緒に書いてしまいました^^;
          考えて下さりありがとうございます。

          最近 ‘腰痛は怒りである’ との本を読み、私は何に対して怒っているのだろう…と思いまして。投影とは違うけれど似た様な事が起きているのかなぁ。

          • 匿名さん、こんにちは♪

            ほんと、番爺さんのコメントはこういってしまったらご本人に失礼かもしれませが、なんか臨場感があふれていて楽しいですね。

            さて、ご質問ですが、心と体がどう密接に結びついているかは、非常に面白いトピックで私はそれが知りたくて、「メタヘルス」とか「NES」とか、いろいろ学びました。ここでは詳しく書けませんが、メタヘルス的には、腰痛は自己価値に関わるショックやトラウマが原因と言われています。それが怒りとなって現れてもぜんぜんおかしくないですが。

            もっと医学がこの方向で進んでいくと良いですね♪

            PS: このあたりも実は投影の考えときれ~いにマッチするんですよ。

  8. あゆかさん、こんにちは!

    投影について質問なのですが、家族や親しい人の病気も私の投影ですか?
    第三者の人たちの関係もそれを見た私の投影ととらえればいいのか、、、。
    ブログで取り上げていただければ嬉しいです!

    • せきんたさん、こんにちは♪

      ご質問ありがとうございます。(*^_^*)

      一つ確認させてくださいね。「思考が現実化する」というのと「投影」はまったく違う話ですが、もしかすると、自分の思考が現実化するという話をしていらっしゃるかも? 

      投影とは、事実をどう解釈してしまうか?という話です。相手は、“早く終わらせて”と言っているだけなのに、自分は能力がないと言われていると思ってしまったり。

      この場合は、家族は健康なのに病気だと思ってしまうということです。ご家族は実際になんらかのご病気でしょうか? それとも健康でいらっしゃいますか?

      • 返信ありがとうございます!

        奇跡講座で言う、自分が目にする世界はすべて内面の投影という意味です。
        実際私は健康なのに、近しい人たちが病気で苦しんでいるのなら、心のレベルで私のなかにも抑圧した同じような苦しみがあるという意味なのか…。

        うつ病 股関節の痛み 胃がん
        です。 

        • こんにちは♪

          奇跡の講座の教えはまさにその通りで、インテグレイテッド心理学の要です。
          が、他者の具体的な病気と自分の内面の思いが関係していることはないかと思います。また、誰かが苦しんでいる、私にも同じような苦しみがある、というのは大雑把すぎるというか・・・。ごめんなさい、質問の意味があまり把握できていないかもしれません。文章でのやりとりは難しいですね。

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