豊かさを生み出すもの♪

Youtubeで日本の貧困に関する動画を一つ見たところ、次々に貧困関係の動画がお勧めに出てきてしまい、結局日本、アメリカ、イギリス、オーストリアの貧困系の動画をたくさん見てしまいました。(いわゆる先進国の貧困問題)

個人的には、社会のシステムや経済のシステムは変わったほうが良いと思うし、ベーシックインカムも賛成しています。

ですが、たくさん見ているうちに社会のシステムを変えるだけではなく、個人のメンタリティが変わることもやっぱり大切だなぁとつくづく思ったのです。

つまり、人が貧困から抜け出すには、システムというハードウェアとメンタリティというソフトウェアの両方の変化が必要だよね~というある意味とっても普通な結論に着地しました。

とはいえ、そのシステムを作っているのは誰か?といえば、人の心であって、やっぱり心ははずせない要因です。

とりあえず、日英の両方の貧困動画が見て、一つ感じたことは大多数の人が雇用者メンタリティであることです。それは会社員だけではなく、個人事業主の人でもそのメンタリティの人が少なからずいるなぁと感じます。

例を挙げると、一つは日本でバブル景気のときにある業界(←忘れました)が業績が良いので、会社を辞めて独立した。会社の経営はうまく行っていたが、バブルがはじけたとき破綻し、その後家族が病気になったり、今では生活保護でギリギリ生活。

またはイギリスでは、大手の発注に頼っていた個人経営の会社が、その大手の支払いがストップしたことで、一気に業績ゼロ。幼い子供たちがいるのに家を手放すはめになり、就職先を探している・・・。

前者がなぜ従業員メンタリティかというと、バブルがはじけてすぐさま破綻してしまったということは、時代のトレンドから仕事をもらっていたようなものだからです。

後者は大手企業がある種雇い主のようなもので、そこが雇わなくなる(発注しなくなる)と一気につまづくという、やはり自分でビジネスを作り出していないんです。

あとは、就職難で非正規雇用にしかつけない若者たちとか、自分が仕事を生み出すというより、仕事を見つけるという発想の人がほとんです。

話はずれますが、日本も他の先進国もみんな社会環境があまりにそっくりで、グローバリズムの負の側面が見て取れるようでした。

さて話を戻して、人類の歴史を振り返ってみると、人口の大多数が雇われる側で、今もそれは続いています。なので人類の集合意識には、従業員メンタリティが強く刷り込まれていると思うのです。

で、これを少し心理的な面から見てみると、「雇われる私」と「雇うあなた」という対立構造が心の中にあるはずです。で、ほとんどの場合「雇われる弱い立場の私」と「雇う強い立場のあなた」になっているはずです。

また、歴史的に雇われる側が搾取されてきたケースも非常に多いため、雇い主に対して弱くて「無力な私」といった思いがおそらく多くの人の中に無意識にあるでしょう。

そしてこの私と他者、私と世界という二項対立的な世界観、つまり分離の世界観は、分離しているだけにどうしても限界があります。

また、「弱い立場の私」というのは、被害者意識も含んでいて非常に強い分離意識です。豊かさが全体だとしたら、分離意識はどんどんその豊かさから離れた視点になってしまうということです。

つまり、どんどん自分中心の見方しかできなくなり、視野が非常にせばまります。社会やものごとの流れが見えなくなり、正しい判断もできなくなります。ので、一度貧困に陥るとなかなか抜け出せないのは、社会のシステムだけではなく、せばまってしまった視野、固定された世界観、弱い私という自己像なども大いにあるなぁと思うのです。

ちなみに、自己責任みたいな観点とはまったく違います。人と社会はお互いに支えあっているわけで、社会のサポートが絶対あったほうが良いと思っていますし、そのために税金を使って欲しいと切に願っています。

さて、弱い立場の私の観点で書いてきましたが、では経営者メンタリティはどうでしょう? もちろん分離意識がバンバンで自分さえ利益があれば良いのだという経営者もいますよね。

最近言われているブラック企業なども、社員から絞るだけ絞りとり、自分は豊かに暮らすのだ・・・・みたいな。

でも、この場合、もしかすると人より多いお金が入ってくるかもしれませんが、ほんとうに豊かで、そこに持続可能な自然な循環があるのかどうかというと、限りなく疑問なわけです。

普通に考えて、ものごとが一番安定する形とは、分断されているよりもつながっていることですよね。一人で暮らすよりも、みんなで支えあうみたいな。

また自然を見回しても、すべてはつながった循環の流れで生命は存在できているわけで、強い分離意識は循環を乱し、そこに持続性はなくなっていきます。

ということで、そもそも、ほんとうの豊かさって何なのでしょう?

ここまで分離、分離と書いてきたので、お分かりかと思いますが、それはやはり、分離を超えた視線にあるのだろうと思うのです。

分離を超えた視線とは、存在そのものが自分であるという本質の目線で、「増えもしないし減りもしない存在(不増不減)」が自分であるという地平線です。

金持ちとか貧乏とか、お金が多いとか少ないとか、そういった二項対立的な世界を超えて、存在しているもの(←ものではありませんが)、現象を生み出し、現象そのものであって、全体そのものの自分。無尽蔵で無限である存在そのもの。

分離意識が欠乏を感じているとき、それはあたかも小波が大海の中で水不足を感じているようなものですね。

でも、おそらく分離意識があるうちは、私たちは豊かさの中で豊かさを見過ごしていくでしょう。

じゃぁ、悟らないといけないの?という話でもなく、私たちの中に常にあるもの、つまりハートをよく感じてみれば(思考を静めて)、そこには限界や分離もないはずです。

そのハートから出てくるもの、例えばすれ違った人に微笑むだけでも、そこに分離がぐんと減ります。ハートからの経験を増やしていくだけで、私たちは豊かさを感じられると思うのです。

微笑むという小さな行為も、自分が外に生み出した創造の一つです。そして、ハートは大海を思い出す直通のパイプですね。毎日何度でも感じてみると良いかもしれません。

そして、感じられるようになってきたら、私は今ハートから何を生み出せるかな?と問うことで、与えてもらうという従業員メンタリティから、「私が生み出す」というメンタリティにシフトしていくでしょう。

ということで自分で書いていて、知らない人に急に微笑んでみたくなった♪

 

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豊かさを生み出すもの♪」への30件のフィードバック

  1. あゆかさん、いつもありがとうございます。

    私も昨日、分離感を薄めるために、人に対して “Bless You!” と言う(思う)ことを思いつきました♪
    なんか、シンクロしてるなぁと感じたのでコメントします☆

  2. ブログを読ませていただいて、元気が出ました。ありがとうございます。
    学がないので、難しいことはわからないのですが、すれ違った人に微笑むだけなら私にも出来そうです!
    分離感がここのところ強くなっているような感じがして、胸が締め付けられる思いでしたが、今の私に出来ることを無理をせずやってみようと思います。

    • 秋山さん、こんにちは♪

      胸を締め付ける感覚に寄り添ってあげられるといいですね。はい、無理なく今できることがいつもベストだと思います。

  3. 大衆社会の分析で有名な、哲学者・思想家のハンナ・アーレントを思い出しました。

    きっかけは、どんなことも、心/ハートを開いて、見れば/感じれば・・

    自らが造っていた隔たりや、分離感を取り除くことができるということですね。

    • isseiさん、こんにちは!

      いつもありがとうございます♪

      恥ずかしながら、ハンナ・アーレントを知りませんでした。検索してみたら、すごく面白そうですね。ぜひ著書を読んでみようと思います。

      ハートと気づいている意識は、実は同義語だと思っています。否定や恐れがハートを固くしてしまいますが、それらの声を聞いてあげるとゆるみ、つながりを回復していくなぁといつも感じています。

      • >>「ハートと気づいている意識は、実は同義語だと思っています。」

        おそらくそうですね。「胸/ハート」が締め付けられたり、共感したり、激しく振動したりする感覚の印象は、

        ただ在る「意識」の状態への“味付け”が起こっているか、

        「意識」そのものが(気づいた事への影響を受けて、振動の変化により?)変化・変容しているとも、感じられますね。

        ハンナは、いつも大衆や集団の中で、一人だけ“気づけてしまう”ような人だと思います。

        そういうことは、大昔から変わらず、世間の人たちは性質的に、気がつきませんし、

        基本的に、取り合おうともしませんので、

        あゆか先生でも、ハンナの著作は、退屈してしまうかも知れませんよ。

  4. 欠乏感を超え、分離を無くして、フラットになる。そしてその先に本当の豊かさがあるのですね。すべては自分の心の中にあるんですね。モヤモヤが晴れました。ありがとうございます。

    • こんにちは♪

      言葉のあやかなと思いますが、フラットになろうとすると難しいかもなので、自分の中にある自分を否定している声を理解し、受け止めていくことで、つながりが戻ってくると思いますよ。(=分離感が薄れる) モヤモヤが晴れてよかったです♪

  5. 何時も素敵なブログをありがとうございます。毎回楽しみにしています。
    豊かさって不思議ですよね。
    私は63歳で勤めていた会社を辞め、その後年金暮らしをしている現在65歳の爺さんです。
    退職後は収入が激減したものの、やりたい事はどうしてもやってしまい預金残高も激減していき、毎日「お金がない」「お金がない」とイライラしていました。
    この世は心の在り様がスクリーンに映し出された様なものだとはよく言われます。
    「お金がない」とイライラしていた時は知人などから「お前は年金をいくらもらっているのだ。私はいくらいくらだ。いいだろう!」みたいな話が次々に聞こえてくるのです。
    そうなれば私のイライラは頂点に達します(爆)
    妬み、ひがみ、被害者意識がムクムク頭を持ち上げ、意識の中は最悪です。
    65歳になって年金が満額支給になった今は、ほぼ収支が均衡したこともあって、気持ちも落ち着いてきました。
    そうすると不思議なことに、あんなにイライラさせられていた「私はお前より収入が多いというお金の話」が、聞こえてこなくなったのです。
    今では「あの話」は自分が作ってスクリーンに映し出していたものの気がしてなりません。少しばかり収入が多いと大いばりしていた知人達も、実は彼ら自身がお金が足りないとイライラしていたから行った行動だとの理解も出来ます。
    大金があれば、超豪華ホテルにも泊まってみたいですし、ベンツにも乗ってみたい。
    その気が無い訳でもないのですが、「お金」「お金」と思っていると、気持ちが荒んできて豊かさから離れていく気がします。
    「お金」自体は求めれば求めるほど「お金」から離れていく、豊かさが得られた時に「お金」は後からついてくるものなのかも知れませんね。
    やっぱり豊かさはハートの中にある気がします。
    インテグレッド心理学を受講させていただいた時に、あゆかさんは「心のフィールドワーク」という言葉を使っておられました。
    そうだ自分の心の中を自分で探していくんだ~と、感動しました。
    自分の心が作り出したスクリーンの映像に対して微笑んで受け入れていきたい、そう思いました。
    ここまで書いておきながら、でもやっぱりベンツにも乗ってみたい爺さんがいます(笑)
    ヤレヤレ…

    • 番爺さん、いつもありがとうございます。

      私も番爺さんのコメントはなにか読み物みたいで読んでいてとても楽しいです。そして、インテグレイテッド心理学を受講してくださっていたのですね! なぜか急に恥ずかしくなりました。あはは。

      お金を求めること自体が欠乏感を刺激するので、ストレスになりますよね。私は貧乏留学生時代、できるだけ歩いてバスにも乗らずに節約していたのですが、今はビジネスクラスで飛んでいます。(←唯一の贅沢)ところが、幸福感、満足感がまったく変わらないので、ほんと関係ないなぁと実感しまくっています。

      とはいえ、年をとると足を伸ばせるのはやっぱり楽・・・・。

  6. あゆかさん
    こんにちは。
    私も自分を見つめたくて
    セラピー通いましたが、
    セラピストさんの顔色が気になってしまったり
    あんなこと話さなければよかった(余計な話だった)と恥ずかしく思ったりしてしまいます。
    こんな思いをひきづらないコツありますか。
    きっとあっちも迷惑だと思うだろうなと考えたりしてしまい、通うことをためらい
    正直、転々とセラピストさんを変えてしまっています。

      • ななさん、こんにちは♪

        セラピストさんの顔色が気になるというケースは、非常に多いですよ~。クライアントさんがへんなこと言ったのではないか?とか、そういう心配を払拭するのもセラピストの仕事だと私は思っています。

        とはいえ、セラピストもサイキックではないので、分からないときも当然あります。ので、

        一つは、いつもセッションの後心配になってしまう・・・・とセラピストさんにそれ自体を相談し、それをテーマにワークをしてもらう。

        または、あんなこと話さなければ良かった・・・恥ずかしいという思いと感情を受け入れてあげる。恥ずかしいことは悪くないよ~、大丈夫だよ~と、できれば、深呼吸をときどき入れながら、鎖骨の下あたりを軽く指でトントンしてみる(EFT的なやり方)、というのはいかがでしょうか?

        ご本人と対面しておりませんので、これで効果あるかどうか分かりませんが、最悪の場合でも時間の無駄になるだけですので、やってみても損はないかもです。

        • あゆかさん、
          わたしはあゆかさんのEFT講座参加しました。(ノ_<)
          2年前でしょうか…。
          経験いかせてなくて恐縮です。
          感情が感じているのに
          まだまだ解放とまでいかず…
          アスペクトが絞れないです。
          ただタッピングするだけでもまいにちやろうと思います

          また書いて質問失礼します。
          skypeと対面は効果変わらないと確かおっしゃってたとおもうのですが、
          やっぱり対面の方がエネルギー?を感じられやすかったりしますか?

          • ななさん、お返事をありがとうございます♪

            EFT講座を受けてくださっていたのですね♪ ありがとうございます!!

            年に4回ほど復習会?勉強会?を少額で開催しておりますので、良かったらご利用くださいませ。ただ、関東圏じゃないと難しいですね。オンライン復習会もやろうかなぁ・・・。

            スカイプと対面とでは、まったく効果は変わりません。ただ、人によってスカイプ自体が苦手な場合があり、そうでもない限り、出かけなくて良いし、セッションの後ぐったりしてもすぐ横になれるので、個人的にはスカイプのほうが好きです♪

  7. 分離感強い人達で成り立っている世界に身を置き生きれば、
    どんなに悟っても、 引き戻されると思う。

    仮にハートと繋がり愛が溢れると世界は一つになる。
    でも、その軽やかさで分離感のままの人たちの中に入れば、
    その人達と分離します。
    異質な存在と感じとられ敵視される。
    (分離してるんだからそうなる訳です)
    分離感に生き、気付きたくない人たちが無意識に結束して集団で押し切ろうと来ますと、
    その窮屈さに、
    つい自分も
    「私には分かる。みんなは分かっていない。」などの優越感にしがみつくようになり、
    結局、自分も のまれて、また分離しちゃうでしょう。

    どう、悟っても、他の人たちとどう交わり統合するんだか。
    そこが、わからないですよね。

    • 涼さん、こんにちは♪

      異質な存在と感じとられ敵視される。

      う~ん、私の経験は違います。つながりを感じるほど、周囲が優しく感じれます。(自分の内側が外に投影されるから。←思考の現実化とは違います)

      また、例えば、もし私がアジャシャンティやルパート・スパイラさんが非二元のティーチャーだと知らないで、たまたまパブで会ったとしたら、ただの気の良いおじさんか静かなおじさんにしか見えないと思いますよ。(実際、お二人のサットサンは何度も行っていますが、とっても普通です)

      もし話をしたとしても、異質な存在とはとても感じないでしょう。その人の内側がどんな状態かは、外からはほとんど分からないと思います。

      なんか周囲をとても怖い場所と捉えていらっしゃるのかなぁ~とやはり感じてしまいます。

      ただ、個の私が悟るというより、悟りとはある意味個の私から目覚めることなので、悟った私というのはそもそも自我の勘違いですね♪

      • つながりを感じるほど、周囲が優しく感じれます。(自分の内側が外に投影されるから。←思考の現実化とは違います)

        ↑確かにそうなると思います。
        この状態は、素敵な人である訳で私もそんな人が好きですが、
        職場などでは、「この人なら面倒を押し付けてもいいや」になると思います。

        分離感の強い人は、
        悟ってる人のことを理解できないので、 お花畑の人、とかひ弱とか、低く見ているのですが、
        こちらは繋がりを感じていて幸せなので、返ってこれに気がつけないで、
        良くない視線に長く晒されて居てしまうと思う。

        あゆかさんのおっしゃる通り

        また、例えば、もし私がアジャシャンティやルパート・スパイラさんが非二元のティーチャーだと知らないで、たまたまパブで会ったとしたら、ただの気の良いおじさんか静かなおじさんにしか見えないと思いますよ。(実際、お二人のサットサンは何度も行っていますが、とっても普通です)

        ↑確かにそうです。しばらく、気のいいおじさんに映ると思います。
        でも、その人間性の価値と深さは全く理解されないので、やがて、
        お人好しの利用しやすい人、怒れないから何してもバレない、という見方になり、実際されると思います。

        自分と繋がって穏やかになると、その柔らかい豊かさがどれだけすごいか溢れて来ますが、その歓喜を共有して分かち合える人は居ない上に、
        負を投影され粗末に扱われやすくなります。

        心は幸福でも、職場では、こういう状況と位置ずけだと思います。

        だんだん何が素晴らしいのか 分離感の強い人たちの真逆の価値観に囲まれて
        分からなくなってしまいます。
        悟り方向に行くほど、一般の周りとは合わなくなる、と思います。

        • 悟りには、色々あります。遊びや勉強をして悟る事や、生活や仕事をして悟る事もたくさんあります。

          あなたの知られた事、経験された事も、当然一種の「悟り」を知識と、体験を生み出します。

          しかし、人や、人間社会、世界や、自分も含めましまた世界という現象やその感覚をも含めました「悟り」は、まだ手に入れていらっしらないように見受けます。

          こちらの方のブログを観て下さい。

          https://abetoshiro.ti-da.net/e10660833.html

          今の「悟り」の状態のあなたの不快感?に、お役に立つかも知れません。(_ _)

  8. issei 様、ブログをご紹介頂きありがとうございます。
    「人生観」と「まっすぐにものを見る人」の記事、もう本当に共感します。

    仮に 悟った状態であるとして、その在り方で分離感満載の世界に暮らし生きるって、
    逆にしんどいと思うんですよね。
    母国の文化を持ちながら他国に馴染んで住む、みたいな国際人的感覚でいけばいいのかなあ。

    • 私も同じような日々を過ごしていますので、お節介をしてしまいましたが・・少しでも、お役に立てればよろしいのですが・・。

      興味が続くようでしたら、過去記事もご覧ください。今のあなたの捉え方(投影)で気になされている案件を題材された記事なども、何度も投稿されています。

      そして、あなたの理解度と許容量の問題でもありますが、あなたが接している物事への捉え方の一例として、人間や動物の意識で言うなれば、「親」としての立場になれたり、そのような気持ちになれれば、不安やストレスが軽減されたりもするのでしょうが・・。

      もう一つ、これはあくまでも、あなたのその身体と脳や、マインドの分析行為や、その情報だということもしばらくは・・忘れないほうがいいかも知れません。

      でないと、肉体と脳のシステムや、マインドの情報分析に振り回され続ける事になるかも知れません。(これも余計なお節介ですが・・)

        • はじめまして(^-^)
          涼さんとisseiさんのやり取りを拝見し、堪らなく?なり初コメさせて頂きます😆
          まず、涼さん、誰しもが通る過程を過ごされている気がします。自分だけ、わかってる、周りは皆レベルが下に感じる、みたいな感じでしょうか?isseiさんは、的確なアドバイスだと感じあたたかさも感じました。涼さん、辛いとは思いますが、また時を経て、今のご自身をいとおしく感じる時が必ずきますよ♪この世界には、実は、あなたしかいなかった、、と、わかる時がきたら、楽になりますよ♪何処に行っても同じです、いつか必ずわかると思います。焦らずに。。。
          私もそういう時がありしんどかったです(*´∀`)今は、安らぎしかありません。
          生活も人間関係も全て、愛だったなんて、、……
          涼さん、お会いして、抱きしめたい位いとおしく、切ない気持ちになりました。
          数年前のまるで私、です。
          頑張らずに、できるだけ、だらけてお過ごし下さい(*´∀`)

          • 申し訳ないんですが、

            自分だけ、わかってる、周りは皆レベルが下に感じる、みたいな感じでしょうか?

            ↑こんなこと思ってませんよ?
            そういうことに押し込めないで。

            私が覚醒した時、人に教える、という行為はしなかったですよ。
            そういう衝動は出ないんです。
            人のことは、わからない、とわかるから。
            自分がそういう風に感じて見ているということだけ意識するだけです。

            教え込みたい衝動の人は、寂しいとかあるんだと思う。
            そこ見たほうがいいのかも。
            境界線越えしているし。

        • お節介をしたのは、私のほうですから、こちらはあゆかさんの記事へのコメント欄でしょうから、涼さんとの共有は、これで最後にします。

          ≫「isseiさんには私がどんな人物に見えているんでしょう?
          そう思いました。」

          簡単に言いますと、困っていたり、人間環境で過ごしつらいのかな?と思いました。

          あと、私は、私の見え方、感じ方、涼さんは、涼さんの見え方、感じ方、ノリコさんやあゆかさんも同じく、それぞれの見え方、感じ方をされて。また、反応の仕方もされていらしゃると思います。

          そして、このそれぞれの世界観や、この世界に対しての悟り方(知り方・情報処理の仕方)でもあると思われます。

          それぞれという立場や、生きて、その者の(その意識の)マインドの世界観や、悟り方に影響を与える環境は、どのように創られ、いったい誰がそれを行っているのか、

          また、様々な立場や、それぞれを創り上げ過程、それらの、根本的な始まりなどを、私は毎日感じてしまい、理解することが行われています。

          そこには意識が、”物事として”捉えるための基準を利用し、この癖のついたマインドを通さなければならないので、嫌悪感もあり。好き嫌いの想念も発生しますが、

          根本的な、世界という現象がどのように為されているのか、それぞれ、それぞれの見方、そのような捉え方がなぜ行われるのかなども、マインドがそれなりに理解していますし、意識のシステムも、それに依存したり、乗っ取られないようになって来ましたので、

          ある悟りに至られて、困っていて、生きずらい?と、私が思い込んで、判断した涼さんに、私が知っていることをシェアしたくなったのです。

          ですから、私のたんなる欲求を表したわけですので、ご理解いただけると、幸いです。

          あゆか先生、この場をお借りさせていただき、ありがとうございました。

  9. 涼さん、isseiさん、ノリコさん、相手を思いやったやりとりが続き、ほんとうに心がほっこりして嬉しく思います。ありがとうございます♪ と、書いたら涼さんのコメントが・・・・。見えない相手との文章のやりとりは難しいですよね。(と、慌てて書く)

    • 涼さん、言葉のやり取りだけではお互いの真意は伝わり難いのを前提に……お会いした人でも解り合えなくて当然だと、涼さんは理解されてますから大丈夫だと思って続けます♪
      現在、人間関係で苦しいとの事、ご自身が悟り、周囲は悟られていないからその分離感が辛いという気持ちだと受け止めました。違ってましたか?
      合っているとして、確かにそう感じる事は辛いと思います。その感覚は多分悟りを求める人なら誰もが味わう辛さかな、と思うのです。私は、ある時からふと、楽チンになりました、進行性乳癌になり、右胸全摘出して、今迄の仕事や生活、人間関係全てを失って、それから楽チンになりました……雨降って地固まりました、苦笑する所でもありますが、全て?失ってもたくさんの愛が溢れ続けていることを知りました。
      大切な仕事や人間関係やそれらを含めた生活から否応なしに切り離されて、本当に必要な最低限の今在るものに支えられて、ようやく心身共に楽チンになりました。病気のお陰で、仕事や人間関係にしがみついていたという事にも気付き、だから苦しかったんだと、今は解ります。私のストーリーはこんな感じです。涼さん、楽チンに生きられますように、涼さんのストーリーの中で♪私は今、病気療養中で、抗がん剤治療しながらですが幸せにのんびりだらだら暮らしていて、46年生きてきて今が一番幸せだなあと感じています。

      • その通りですね。
        皆さんご心配下さり、大変ありがとうございました。
        感謝します。

        今後の参考に、また自分と向き合って行かせていただきます。
        ありがとうございました。ありがとうございました。

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