保身に回りたくなるのは?

自分の中に理念がないと保身に回ってしまうだろうなぁ・・・と思う現在の日本の出来事。

英語で「インテグリティ(integrity)」という言葉があります。正直で強い理念があるみたいなニュアンスで、それゆえ言動に一貫性があるといった意味合いです。

かつて、バブルの絶頂期にある企業弁護士さんが、“長年の経験の中で、しっかりした理念を持った会社だけが結局生き残っている”と言っていたのを耳にし、なぜかその言葉は私の心にしっかり刻まれました。

そして今でも本当にそうだなぁとつくづく思います。

強い理念、または明白な理念というのは、その人の基軸になりますよね。言い換えれば、自分がどうありたいか?ということです。

で、ここで突然話は非二元に飛びますが、自我はうすうすどこかで自分の不在を感じているものです。

「私」を構成している思いも体も感情も「般若心経」にあるように、すべて「空っぽ」であって実体のないものであることを。

もちろんそれは、実体がないとか、空っぽだという認識で分かっているのではなく、「生きた証」を残したいとか、自分の存在意義が必要だとか、影が薄いよりも存在感があるほうが心地良いとか、アイデンティティがないと落ち着かないとか、いろいろな感覚として現れ出ているでしょう。

なので、自分をなにか確実なものにしてそれを保持したいという無意識の衝動が私たちのなかにあるはずです。

そして、この自分を確実なものにする手段として人気が高いのが、アイデンティティを持つことですね。

“私は~~である”というアイデンティティは、一見自分の存在を非常に分かりやすく明白にしてくれます。

それは地位や名誉、ステータスを身に着けることであったり、または、活躍する~~な私、優しい母親の私、頼りになる上司である自分などなど、“良い自分”になることであったり。

そして、その自分がめでたく確立されたら、当然それを保持し、守っていきたい。

“私は~~である”というアイデンティティがある意味分かりやすいのに対し、理念は目に見えるものではないので、前回のブログにも書きましたが、私たちは見えないものを見過ごしてしまいがちです。

でも、樹木に例えてみれば、根っこにあたる部分が理念で、樹木がアイデンティティやその人の目に見える行動だと思うのです。

見えないだけに、根っこを育てることを忘れ、私たちはつい一生懸命樹木ばかりを育ててしまおうとしてしまいます。

私の業界であれば、自分はどうありたいか?を忘れ、早く“活躍するセラピスト”になりたいと頑張ってしまったり。

しかし、根っこがないところに必死に樹木を育てようとしても、どこかに焦りがあるため、空回りしがちです。

しかも、もしなれなかった場合、根っこも樹木もない「実体のなさ=こころもとなさ」が露呈し、不安定でしかたなく、なれなかった自己否定も加わり、苦しさへまっしぐら。

一方、めでたく見た目が立派(社会的に地位が高い、お金がある、権力がある)な樹木(アイデンティティ)を育てられたとしても、所詮根っこのないアイデンティティなのでやっぱりとっても不安定です。

ですから、樹木の危機を感じたら、どんな嘘をついてでも絶対守りたい。必死です。

一方、理念(根っこ)があれば、例え樹木が危うくなったとしても、理念で支えることができますよね。つまり、保身よりも理念に沿った言動が出てくるということです。なので、その人の言動にはインテグリティ(一貫性)がでてくるはずです。

ので、インテグリティのないところは、ものごとの辻褄が合わず、ダラダラと問題が続き、インテグリティがあるところは明白で分かりやすいので、解決に進みやすいですよね。

ちなみに、私も自分を守りたくて、嘘をついたり、他人のせいにしてしまったことが何度もあります。ので、理念のない人はダメだよね~みたいに人を裁くつもりはぜんぜんありません。

単に心のしくみのお話です。

さて、ここまで「理念」と言う言葉を使ってきましたが、理念とは頭で作るよりもハートから生まれてくるものだと思うのです。どうありたいか?というハートの声です。

例えば、「真実の発露でありたい」、「大いなるもののしもべでありたい」、「すべての子供の母でありたい」、「表現の羽ばたきでありたい」などなど、なんでもハートに感じる思いです。

自分の中の最も静かなところに寄り添い、そこから自然に出てくる思い。

そして、それを自分の中で育てていく。日々の生活や人生の様々な場面で理念に従っていくと、現実はどうなっていくのだろう? それはある意味人生の予測できない面白さですよね。理念を持ちつつも、あとは生命におまかせみたいな。

またはときに、理念など吹っ飛んでしまうぐらい保身に回りたくなってしまうこともあるでしょう。

でも、そんなとき自分の中の何がこれほど危ういと感じているのだろう?何が攻撃されたと感じているのか?と見ていくと、そこに自分の目線を上げてくれる大きな癒しの宝庫があるかもしれません。

自分はどうありたいか? 

そこに戻れたとき、問題が何も解決されていなくても私の中に安心感が広がります。

自分が寄って立てる場所、本質の匂いがもっとも感じられるところ。

自分の中にそんな場所があると良いですよね♪

 

☆☆☆☆☆☆

ハートレジリエンス協会ショートセミナー

2018年6月23日(土)14:00~16:30
あゆかの部屋(オープンセッション)

心のしくみ、苦しみなどについてのお話し、
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※開かない場合は、アドレスをコピー&ペーストしてください。

☆☆☆☆☆☆

ノンデュアリティと癒しのカフェ (キャンセル待ち募集中♪)
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参加費:4500円
【申し込みフォーム】
https://www.form-answer.com/applications/6BKYH

保身に回りたくなるのは?」への1件のフィードバック

  1. 自分の中に 理念が見つからなくて 凄く 不安感が 湧き出てきて 「なんじゃ こりゃ~」状態です笑
    もうしばらく 色々と 心の動きを観察してみます
    面白いお題を ありがとうございます

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