投影を解体する♪

今週末から「OAD心理セラピスト養成講座第2期(通称J2)が始まります♪

ということでOADの要のインテグレイテッド心理学。インテグレイテッド心理学が他の心理学と違う点は、やはりもともとが「奇跡のコース」の教えに基づいていることでしょう。奇跡のコースは、キリスト教用語が多いため、少し読みづらいのですが、ベースはまったくの非二元(悟りの教え)です。

なので、インテグレイテッド心理学もそこから生まれた癒しのプログラム「オープン・アウェアネス・ダイアローグ(OAD)」も、そのベースは非二元です。

非二元に基づいているというのはどういうことか?というと、誰の理論でも発見でもないということです。ので、私が打ち立てた心理学でもありません。

ただ、非二元の教えを実践的な癒しのワークに活かせるように心理学としてまとめたものです。セッションでは、結果を出すこと、実践的であることが求められますが、単にお話のやりとりではそれはなかなか実現されません。

つまり、めちゃくちゃ実践的であると同時に、一般的に最もわかりにくい非二元の教えをベースにするという、それなりに難しい組み合わせなんです。

個人的な自我のストーリーに深く細かく入りながら、すべては幻想であることをベースにセラピーをしていくという・・・。

では、これを実際のセッションの中でどう実現しているかというと、クライアントさんのお話に深く共感するけど、話を信じないというスタンスになります。

信じないというのは、もちろんクライアントさんが嘘をついているとか、勘違いをしているとか、そういうことではまったくなく、それはありのままに投影された話だとして見ているということです。

自分への投影、他者への投影、風景、状況、出来事への投影。投影だらけ。すべては投影。

自分への投影は、「私がいる」に始まり、私は女だ、男だ、人間だ、日本人だ、何歳だ、そして、私はユニークだ、私はつまらない存在だ、私はできる、私は無力だといったセルフイメージまで。

言ってみれば、自我はフィルムを搭載した映写機が歩いているようなものです。

このときものすごく勘違いされてしまうのが、映写機から映し出される現実は、その人が創ったものだという考えです。

これはある意味ものすごく危険な考えですよね。というのは、映写機が自分がすべての現実を創っていると思い込み、自分は世界の創造主だ、神だと思ってしまうようなものだからです。

映写機がやっていることは、あくまでもすでにある「あるがまま」の人、状態、出来事に自分のフィルムを投射(投影)しているだけです。

そして、お分かりのように映写機自体が生まれては消えていくもので、創造された存在の一部ですよね。

とはいえ、強く願ったものが手に入るみたいなことを否定しているわけではありません。創造物と創造物の関係性で現象が起きることは充分あるでしょう。ただ、それらも最終的には意味づけなんです。

話を戻すと、お母さん映写機から生まれた私たちは、生まれたときからフィルムを搭載しているため、私たちはほぼ「ありのまま」を知りません。

知らないだけに、映写機が投影している世界を事実そのものだと思い込んでしまうんです。物心つく前から、名前を呼ばれ、かわいいねとか、かわいくないねとかいろいろ言われ、フィルムには何千ものイメージや感情やビリーフなどが刷り込まれていきます。

インテグレイテッド心理学が目指していることは、映写機がもつフィルムの分析ではなく(心の分析)、フィルムそのものを解体してしまうことです。

ただもちろん例外はあり、重度のトラウマ、依存症、強迫観念症、摂食障害などはセラピー中心の違ったアプローチになります。

また、前回に書きましたネガティブ・ナルシズムに陥っている場合は、逆にフィルムの内容はいじらず、フィルムと映写機を分けるワークなどやはり異なってきます。

ので、もちろんその人のタイプやテーマによってセッションのアプローチそのものが変わります。(OAD心理セラピスト養成講座ではすべてカバーします)

さて、多くのクライアントさんは、目覚めや悟りを目指しているわけでもなく、スピリチュアルな成長を目的としているわけでもなく、今悩んでいる問題、苦しんでいることを解決することが一番の望みです。

そうであっても、例えば“いつも自分に自信がない”というテーマの場合、なぜ自信がないのか?どうしたら自信が持てるのか?とフィルムにいっぱい書き込みをしていくよりも、そのフィルムそのものが消えてしまうと、そこに残るのは「ありのままの自分」になりますね。

で、それが一番自然で本質に近く、そして楽なんです。

アメリカ人でザ・ワークを教えているバイロン・ケイティもやり方は違いますが、同じこと目指してやっているなぁと思います。

例えば、“お父さんが認知症になりかけて苦しんでいる、それを見ているのが辛いし、自分も将来あぁなるのかもしれないと思うと不安だ”という悩みを、一つ一つ“それは本当?”、“もしその思いがなければ、あなたはどんな人?”などと、思い込みの幻想性を露わにし、剥がして行っています。

これがOADであれば、一番不安に感じていること(=最も投影が濃いところ)を見つけ出し、そこにある感情、ストーリー、イメージを受容しながら対話し(気づきの問いかけ)、EFTやマトリックス・リインプリンティングなどのセラピーを使うことで、それが実体のない幻想であったことに気づいていく・・・・となります。

もっとも濃い投影というのは、たいてい心の深いところにあり、本人もまったく気づいていないものです。なので、頭で“すべては幻想だ~”と思い込ませても、すべては幻想という新しいビリーフを作っているだけであまり意味がありません。

なので、カギは“自分がまったく気づいていなかった思いや感情に出会うまで見つめる”ですね。

最終的に、映写機も生まれては消えていき、当然そこにあるフィルムも現れて去っていくもの、そして宇宙も世界も山も海も常に変化し、形を変えています。

変化するものはすべて起きていて、起きていない、実体のないもの。これがやはり非二元の教えです。

そして唯一変化しないもの、それが気づいている意識であって、それが私たち。

でも、変化するもの(色)と変化しないもの(空)は二つではない。

ここに存在の神秘と真実、そして分離を知らない愛がありますね♪

 

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投影を解体する♪」への1件のフィードバック

  1. >> これはある意味ものすごく危険な考えですよね。というのは、映写機が自分がすべての現実を創っていると思い込み、自分は世界の創造主だ、神だと思ってしまうようなものだからです。<<

    肉体や、その五感では確認されにくい分野の事、スピリチュアルな事に染まってしまっている人、色々の宗教団体の作るその教義に染まってしまっている人とか、

    そういう方が多いかも知れませんね。そして、これからもそういう方々が増えていく。

    私は個であり、全体でもあり、それを起こしているもの・「神」とか「創造主」でもあるとう解釈や投影のされ方も、よく為されているのではないでしょうか。

    では、あゆかさん投影機の解釈では、私たちは皆「投影機」だと写るわけですね

    「探査機」とか、「探索機」というのも云われていますが。

    私の感覚ですと、本来ある絶対的な自由を、ここ(ある仕様の規格物)に「閉じ込められ」、「留められているという印象が湧いてきます。

    しかし、そうでなければ、表現も為されないし、これらの世界・現象や、世界観も為されないわけでもありそうですが・・。

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