間違いや失敗はぜんぜん悪くなく、悪いとしたら・・・

かつての私にとって、間違いや失敗を指摘されることは死刑宣告みたいなものでした。

なので、何かを発表したりするときは、どこか間違いを指摘されるんじゃないかと、おどおどドキドキ。

あまりにそれを恐れているので、万が一何か指摘されると、言い訳という防衛か、怒りという攻撃(あなたのほうが間違っている!)ばかりしていたものです。

が、この道に入って自分を癒していくうちに、だんだん自分の深い投影から目覚めて正気に戻り(笑)、息をするようにスムースに間違いや失敗を認めることができるようになりました~。

超~~楽♪

昔なんであんなに怖かったのかというと、やはりそれは、周囲の目だったのだと思うのです。

ただ、周囲の目って自分の目なんですが。

間違えたら、人は私をとことん許してくれない、もう絶対信頼してくれない、あいつはダメだって一生思うに違いないと思い込んでいましたが、単にまったく同じことを自分が自分にしていただけでした。

だから、人が許してくれないように見えたり、感じたりしただけ。

でも、実際に誰かが間違えたり、失敗したりすると、それを怒る人、批判する人、非難する人はたくさんいますよね。

だからみな、間違いや失敗はしてはいけないと思ってしまうのでしょう。

仕事の内容によっては、“少しのミスも許されない”とか言ったりしますよね。

でも、私はここで“間違えるのが人間なんだ”キャンペーンを張りたいと思うのです。

ついでに言ってしまえば、

間違えること
失敗すること
迷惑をかけること
人を傷つけてしまうこと

ぜんぶ“人間だから~~”キャンペーンを張りたい。

これらは何一つ悪いことではなくて、私たちがどうしても人生の中でやってしまうこと。

でも、悪いことがあるとしたら、それらをなかったことにすること、否定してしまうこと、隠してしまうこと、それらと向き合わないことだと思うのです。

間違えたことをなかったことにしたとき、正されていないものをベースに生きることになるから、どんどん歪みが生まれる。

不祥事を隠してしまえば、関わった人たちのなかにいつまでも傷として残り、それが人生の喜びを覆い隠してしまう。

誰かを傷つけたことを否定したら、傷は2倍以上に大きくなって、隠したはずの罪悪感が相手だけではなく、自分とのつながりも断って心に穴が開いてしまう。。

でも、

そもそもなぜ人間は失敗したり、間違えたり、人を傷つけてしまったりするのだろう?

答えは簡単♪

完ぺきじゃないから。

じゃぁ、間違ったり、失敗したりしたとき、私たちは一番何を学ぶべきなのだろう?

二度と同じ間違いをしないようにすること?

そう考えて自分に力をくれるならきっとそう頑張る価値もあるでしょう。でも、そう考えて体が緊張してしまうなら、ここにもっと良い方法があります。

それは、そんな自分を許すこと。

周囲が許さなくても、まずは自分が自分を許す。許したつもりの開き直りとか、頭だけで許すのだ!と決めて努力するのでもなく、真に許すこと。

とはいえ、心理セラピストですから、それがどんなに難しいことかよ~く分かっています。

でも、自分を“真に”許す方向に向いたとき、私たちは否定やなかったふりはもうできないですよね。自分が何をしたのか?どうだったのか?・・・・がどうしても出発点になります。

でもそれは自分を責める旅ではなく、自分を許す旅。

この旅の途中で、かならず自分の気づかなかった傷に出会ったり、思い込みや抑圧された声、感情たちに出会うでしょう。

許すのは、こういった傷や声、思い、感情たち。

なぜなら、それは誰もが持っている私たちの不完全さの証。

そして、一つ一つの思いはいつも、“怖かった”、“分からなかった”、“愛が欲しかった”という愛らしい声たち。

このとき、一番必要だったのは、許しじゃなくて、癒し(=幻想から目覚めること)だったのだとわかるでしょう。

これらが明るみに出て、受容され、許されることで、私たちは愛を知っていく。愛が力をくれるから心から謝ることもできる。

そして、批判、非難している人たちの問題も見えてきて、自然と境界線も引け、どこまでが自分の問題で、どこからが周囲の問題か分かるようになるはず。

愛はものごとをクリアにしてくれるますよね。

究極的に人生は私たちが愛(目覚め)を知るための材料で満ちているのかもしれません。

不完全を完全にすることではなく、不完全を許し愛せたら、私たちは生きる深さを学び、もっと生命の本質と触れあえますね♪

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間違いや失敗はぜんぜん悪くなく、悪いとしたら・・・」への9件のフィードバック

  1. お世話になった方に失礼なことをしてしまったことや、親しかった友人を裏切った形になっていることなどの罪悪感が、傷になつていて何度も自分を許そうとしてきました。
    悪い自分、失敗してしまった自分がいて、それを許そうとしてきました。
    でも、完璧でない人間が当然間違いもやっちゃうわけで、これを普通とみて癒してあげる「人間だから」キャンペーン、これは素晴らしいですね👍
    あゆかさんのブログを見て、もう一度自分を許し癒してあげたら、これとは別に私が裏切られた形になっている友人が、心のなかに笑って出てきました。
    あいつも完璧でない人間なんだよなぁって改めて思え、又これも自分の投影なんだよなぁとも思え、その友人に対して残っていた怒りが飛んで行きました。軽くなってよかったぁ。
    良いキャンペーン見っけ❗
    ありがとうございました。

    • 番爺さま。

      まさしくビンゴ!それも絶妙なタイミングで。
      今、このときにコメント書いてくださり、本当にありがとうございます。

      わたしは、今、高齢の両親の入退院の繰り返しに
      気持ちを全部持って行かれ
      さらには自分の仕事も滞り
      「 いい加減にしてくれー 」という気持ちで一杯になっていました。

      さらには両親とも退院したら一緒に暮らしたい、自宅介護で宜しく!と
      こちらのことを一切考えず、子供なんだから当然だ!というその精神に腹が立って腹が立って、だけど、言えなくて、、、、こっちの気持ちも察してくれーーーみたいになってて、、、、
      私自身が悶々としておりました。
      でも!我が家にも子供もおり、夫もおり、みんなが仲良く暮らしていくには、どうしても高齢の両親を我が家に迎え入れるのは体力的にも精神的にも無理 それに私かあさん嫌い!だし、、、、

      でも!親孝行しなくていいのか?とか、父は好きだけど、どうしても母を好きになるのは無理!とか、、、、さらには、なんで?私はこんなに母が嫌なんだ?とか
      そりゃあそりゃあ私の中は大混乱状態でした。

      なんですが・・・です。
      先ほど私も「 あ!そうか! 母を嫌いだというこの気持ちを受け入れてやればいいんだ!」「 両親とは暮らしたくない!というこの気持ちも受け入れてやればいいんだ!」となり、受け入れてあげました。

      なんだか いまは ほんとーに楽で
      こんなんだったら もっと早く気づけばよかったのに・・・・
      ( 今だからわかることですよね。今がその時だったんですよねー)
      と 相成りました候。

      そんな ちょうど!のときに
      iPadにメールが。。。。。

      そこには番爺さまのコメントの連絡。
      なにげなく 拝見したら
      うわ!私と同じことに気づかれた方が ここにも!と
      ホント 驚きました。
      なんだか神さまが
      「 それで、よろしい~~ 」と番爺さまをつかって教えてくれた気がしました。

      番爺さま。ありがとうございます。
      今後もどうぞよろしくお願いします。

      ありがとうの気持ちを沢山沢山 贈ります。

      感謝

      • あゆかさんの同じ文章を読んで同じように心が軽くなった「ひとみ」さん、何だか同志みたいな気がします(笑)
        他ならぬ自分の感情を受け入れてやると楽になるって、本当に不思議ですよね。
        番爺は調子に乗って、65年間他人には言えずに無かったことにしてきた思いたちを認めて感じて、もっともっと軽くなるつもりです。
        ひとみさんも競争しませんか?
        書き込みありがとうございました。

        • あはは、素敵な競争ですね。(*^_^*)

          オセロをひっくり返すように、否定していたもの、禁じていたものを受容してしまえば苦が楽に~。そして実は周囲もそのほうが楽になるんですよね。

          番爺さんもひとみさんもいつもありがとうございます♪

  2. 🌀完全からもし観ることができれば、不完全でなければ有ることが成り立たないし、存在することができない?と・・いったところでしょうか?

    • isseiさん、こんにちは♪

      完全から見ると、不完全もそのままでちょうど完全な存在としてあるでしょう。(*^_^*)

      • なるほど。おっしゃることはよく分かります。

        何を、どういう状態を、“完全”というイメージにし、その意味づけをしたり、

        “完全”とは?と、、その人の“完全”への理解の仕方によっても、“みえるもの”が違って来ますね。

        💕ありがとうございます。

  3. あゆかさん、こんにちは!
    ブログの内容に関係なくて申し訳ないのですが、
    最近youtubeにあがっているあゆかさんのMRセッションの動画を視聴させてもらってます。
    EFTは以前教わったことがあるのですが、MRは自分の今の生活では予算的に厳しいのでとりあえず動画で勉強してみようと…。(お気を悪くされたらすみません)
    動画を見ていると、自分は全くその経験がないのにも関わらず相談者さんの気持ちに共感?して涙が出てきます。
    これっていったい何故なんでしょう?
    こういう状況はあんまり望ましくないことなんでしょうか?
    ちょっと心配になったもので質問させていただきました。

    • こんにちは!

      直にお聞きしてみないと分からないのですが、一つは共感度が高く、経験は違っても、自分の気がつかない深いレベルで同じような感情を抱いているとそこに響いてしまうかもしれません。エンパスさんかもしれないですね。

      最終的にワークした後にスッキリしていれば大丈夫ですよ♪

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