愛へと降参する

降参ということが本当に分かるまで、
自我は自分の過去の選択に悔やむだろう。
違う選択ができたはずだ、
私はもっとやれたはずなのに、

降参ということが本当に分かるまで、
自我は、将来への決断に緊張し続けるだろう。
先々で後悔しないように、
間違った決断をしてまずい状態に陥らないように、

でも、
自己の不在をほんとうに見抜いて、
そして、自分が何だったかを思い出したとき、
降参は静かに近寄ってくる。

降参は静かに、でも耐え切れないような恐れも運んでくるだろう
あなたは恐れの中にうずくまり、
死にたくないと何度も叫ぶ、

そしてふと気づく、
死にたくないと叫んでいるのは自我であることを
あぁ、死にたくないんだね
自分の夢、自分のストーリー、自分の愛するものを
手放したくないんだね。

そして再び気がつく
いつの間にか握り締めていたものがなくなって、
降参が自分をすっかり覆っていることを
降参と愛は同義語だったと知り、
一度死んだ自我はふたたび生まれ変わる。

でも、今度は生命が主役だと知り、
生命を信頼して、過去や未来よりもハートを求める
ハートの歌はいつも“いまここ”にしかなく、
その心地よさに酔いしれる。

自我(私たち)は、何かをして何かを得るという発想に深くはまっていますよね。そのため、降参によって愛を知ると聞くと、必死に降参しようとするかもしれません。でも、降参はするものではなくて、起きるものですね。

じゃぁ、ただボーッと待っていればいいの? 何もしないで普通に暮らしていて、突然来るの?と思うかもしれません。

自我の望みが悟りや真実についてくる“おまけ”や“おみやげ”である場合、例えば、ずっと平和な心の状態でいられる、苦しみが消える状態になる、特別な能力がつく状態などであったら、それは降参の真反対な動きになってしまいます。

私がこうなる、私の欲望、私の目的、私の・・・。自我は無意識にいつも今より良い状態を求めているので、単にそのパターンを繰り返し、強化することになるんです。

でも、自我の望みが純粋に“ただ真実を知りたい、なぜなら私は真実何なのか分からないから”であれば、自我は降参の方向へ向かっていくでしょう。

でも、自分の望みが、“ただ真実を知りたい”であっても、真実を知る、理解する、理解しようという方へ向かうとまた迷子になるでしょう。

なぜなら、自我は理解する、理解できた、分かったということに喜びを見出すからです。そしてまた、分かろうとする行為も“理解を得る”というgo and get(外に探して得る)といういつもの自我のパターンにはまっているだけだからです。

でも、“真実を知りたい”が、ただそこに留まって、今あるものを深く見ていく行為になれば、それは勘違いや思い込み、幻想を落としていく作業になるでしょう。

まずは自分に関わる様々な間違った思い込み(私は無能だ、私は汚い、私は罪深い・・・)を見つめ、そしてそこにまつわるストーリー(=ファンタジー)を見つめ、分厚い緊張のエネルギーを解体していきます。

こうやって外に向かっていた意識が内に向いて、自分の中のファンタジーが溶けていくと(自己の不在への目覚め)、同時に外の世界のファンタジーも薄まっていき、世界は自分が思っていたほど実体のあるものではなかったと気づくでしょう。

そして、だんだん降参が静かに忍び寄ってきて、ある日自我は生まれ変わり、真実の手の中に転げ込むのかもしれません。

そこではすべてが許され、受け入れられ、そして慈しまれていて、思考はすっかり頭を垂れる♪

 

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愛へと降参する」への5件のフィードバック

  1. ありがとうございます!
    あゆかさん(^-^)

    そうなんですね✨

    自我が、ゆっくりとほどけるように緩んでいってる感じがしています。

    ゆったりとした気分で全てを委ねられるような感じといいますか。

    自我が、力入れて、頑張って、頑張って来たんだなぁって。
    でも、そんな様子も笑えますが、抱きしめたくなるほど、愛おしく思います(^.^;

    小波が遊び疲れたら、いつか、みんな安らぎの大海へと帰って行くのですね。

    あゆかさんのたくさんのメッセージが、頑固な自我を溶かしながら、優しく手を引いて下さってます(-^〇^-)

    心より感謝を込めて💕

  2. 《 在るが、それ自身を開いていく 》

    これのみなんだなぁ・・・と
    ありがたく勿体なく
    これ以上ない喜びに
    静かに しみじみと 感じ入っています。

    あゆかさんからこぼれ落ちる言葉は
    在るへ在るへとみちびき
    知らぬ間に在るそのものに在るような
    本当にありがたい言葉ばかりです。

    ありがとう あゆかさん。

    静かで 清々しく嬉しいです。

    感謝

  3. 少し前の記事へのコメントを失礼します。いつも楽しく拝見しています。

    過食嘔吐がやめられず、不安感や焦燥感などに耐えられなくなると食べてしまい、それをなんとかしたくて、非二元の教えにたどり着きました。

    自分が小波でなく大海であるとわかったら、それがやめられるか、問題にならなくなるだろう…(結果的に過食嘔吐してるかもしれないけど…)という期待をもって。

    それも、今から逃れて何かを獲得して「より良く」なろうという自我の働きを強めているだけのような気もします。

    小波に飲まれて思考に巻き込まれないようにしたい、不安感や焦燥感や過食嘔吐をなくしたい。

    セラピーを受ければ良いのかもしれないけれど、今まで、何度も色々受けてきて、その時は良いけれどすぐに元に戻る…

    自分のあり方を変えるしかないのだ、自分というものが幻想だとわかるしかないのだと、それが一番近道なのかなと思うようになりました。これも、獲得方向に向かっているだけなのかもしれないですね…

    • みゆさん、こんにちは!

      コメントをありがとうございます。

      >何度も色々受けてきて、その時は良いけれどすぐに元に戻る…

      これはセラピーで表面しか癒していないからだと私は思います。また、本当の原因にまったくたどり着いていない気がします。すこしでも原因を癒していれば、焦燥感や不安感はかなり改善されているはずです。まだ耐えられないレベルで起きてくるというのは、セラピストの勘としては、原因にまったく触れていないと思えるのです。

      多くのセラピーが残念ながら、意識の浅い層しかいじらないんです。たぶん、みゆさんのせいではないと思いますよ。

      私はクライアントさんの症状が改善されない場合は、セラピストとしてまだ見えていないところがあるからだといつも思っています。

      もちろん、最終的にはご本人次第ですが、その場合でも、なにが自分次第なのかをもっと明白になっているところまでお連れしたいなぁと思います。

      • コメントをありがとうございます。原因に触れていない…のですね。

        「何が自分次第なのかを明白に」という言葉が驚きでした。

        私は心の奥底では治りたくないと思っているのではないか…とか、自分が何を望んでいるのかさっぱりわからないと、思っていました。

        またセラピーを受けてみようかと思います(でも時間もお金もかかってしまう…と躊躇してしまう自分がいる(T-T))

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