目覚めと癒しの微妙な関係♪♪

実は、二つのブログ(魂のケアと気づきのダンス)を合体させようかな計画を考えています。というのも、今年から今までやっていた癒しの方法に「オープン・アウェアネス・ダイアローグ(OAD)」という名前をつけ、心のケアと非二元を同時に語れたらなぁと思うようになってきたからです。

とはいえ、非二元のメッセージ自体は人を癒すものではなく、基本的には「太陽は東から昇って西に沈む」みたいなあるがままの真実を語っているものです。

それを人生や苦しみの解消に役立てようというのは、やはり無理があるでしょう。ですが、昔から真実の教えは、人類を苦しみから救う究極のものとして捉えられてきました。

なぜでしょう?

それは“分離は幻想である”というあるがままの真実は、私たちを多くの恐れから解放してくれるからなのでしょう。

つまり、非二元の真実は個人のストーリーを癒すものではないけど、人類の根本の恐れ(=分離)を癒すことはできるのです。

ちなみに非二元とは、アドヴァイタ(アド=not、ヴァイタ=two)というサンスクリッド語を日本語に訳したもので、直訳は「二つではない」です。

非二元という言葉は、人によって解釈が微妙に違ったりするので、一層のこと「二つではない」という言い方のほうがある意味分かりやすいかもしれません。

「二つではない論」。無理があるでしょうか? でも二つではないと聞けば、すぐに思うのは、“どの二つ?”かなと思います。

で、アドヴァイタの教えによると、それは「ブラフマン(個を超えた自分)とアートマン(自分の本質)」の二つではない、「空と色」の二つではない、それらは同じものだよ~という意味です・・・・。(空即是色)

こう聞いてワクワクしませんか? 私は始めて聞いたとき、なんだか鳥肌が立つほどワクワクしてしまいました。やっぱり変態なのかもしれません。(ため息)

さて話を戻して、つまり大海と小波に例えれば、大海(ブラフマン)と小波の本質(アートマン)」は同じだよ~ということです。

問題は、私たちは常に大海(ブラフマン)を忘れ、自分の本質(アートマン)も忘れ、自分はただの小波でしかなくて、大海(世界)とも他の小波とも分離している・・・・という錯覚で生きていることですね。

世界(大海)は恐ろしいところで、なんとか自分を守って生きていかなければいけない、他の小波たちが何を考えているかも分からないし、そしてもし食べていけなくなったら、大海の中で野垂れ死にする・・・・。小波が大海の中で死ねるのかどうかは別にして。

とりあえず、これが通常の私たちの感覚でしょう。

なので、権力やお金で自分を守ろうとしたり、または自己啓発などで“あなたの思いで好きな現実が創れます!”とか、小波がパワーやコントロールを得られるものが流行ったりするのもうなづけます。

でも、そうやって権力、経済力、思考力を鍛えてもやっぱり小波は小波。どうしても頼りなさはつきまといます。じゃぁということで、もっと何かを得よう!、そうだ悟りだ!悟りを得よう!

悟れば、すべてが解決するに違いない!あらゆる恐れもなくなって、それこそ大船に乗った気分で毎日が暮らせるだろう。自分の長年抱えている悩みもちゃらになるはずだ・・・。

しかし、自分の中にある抵抗や無視している部分、否定して嫌がっているものたちをしっかり抱えたまま、大海の自分とか、大海のメッセージを聞いてもどうもぴんと来ません。

この自分の頼りなさ、そこはかとない生き苦しさをどうにかしたいから、大海セミナーに来ているのに、さっぱり変わらないぞ!と焦りと怒りのほうが増してしまったり・・・。

さて、一方で真実を探求していた小波が大海の自分に目覚めたとします。大海としての自分が深く認識され、いろいろな恐れも消えていきました。

ところがしばらくして気がつくのです。大海の自分を認識しているはずなのに、他の波の言動が心に突き刺さる。腹が立つ、悲しくなる・・・・。

小波は混乱します。なぜ?

しかし、大海の自分に寄り添えば添うほど見えてくるのです。小波としてのユニークな自分も消えることはないということが。(現象がなくなることはない)

自分のユニークな性格や素質、才能だけではなく、否定的な思い込みや抑圧された感情も含めてすべてそのままにあることを。

でも違うのは、それらがすべて受容されていることがはっきり分かること。だから、どうであっても自分は絶対大丈夫だということ。

大海の自分とユニークな個の自分。二つはどうしても同時にあって、そしてそれらは同じものだから。

ちなみに、小波の自分の思いや行動がどう沸き起こるのかをよ~く見つめれば、そこに行為者がいないことも見えるはずです。小波が自分で波を起こしたり、波の行き先を決めているの?それとも?

さて、すべては受け入れられていて、すべては大丈夫だけれど、小波の自分を癒したいという欲求も起きてくるかもしれません。

でも、それは悪いものだから癒されるべきだ・・・ということではなく、本質が本質に戻りたいという自然な欲求です。不自然な状態から自然な状態に戻りたいんです。

オープン・アウェアネス・ダイアローグとは、小波が抱える否定や抵抗、抑圧された思いを大海という受容のオープンな場に持ってくること、そしてそれらとダイアローグすることで、握り締めた勘違いをほどといていくものです。

自然の流れの発露であることがきっと私たちの真の欲求だから♪

 

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