賢者の言葉よりも聞きたい言葉♪

この仕事を始めてから、例えばフェイスブックでシェアされている感動的な言葉に複雑な気持ちを抱いてしまったりします。

例えば今日たまたま拾ったのは、イギリス人の友人がシェアしていたものです。(日本語訳しました)

一日でも後悔しないでいこう
良い日は幸せを与えてくれ
悪い日は経験を与えてくれ、
最もひどい日はレッスンを与えてくれる
そして、最良の日々は思い出をくれるのだから

個人的にはおぉ良い言葉だ~、トイレに貼っておきたい!と思ったりします。

じゃぁなんで複雑な思いになるのかというと、美しくて正しいと感じる言葉ほど、抑圧の道具にも使われやすいからなんです。スピリチュアルやノンデュアリティのメッセージなども。

ひどい一日だった・・・という本当の思いを抑圧して、“でもこれはレッスンを与えてくれているのだから”とか、“起きていることが起きているだけ”とか、良いことにしてしまうというような。

でも実際は“ひどい一日だった、もうたまんない、やっていられないわぁ~~~”と本心を認めてあげるほうが楽になる早道ですね。もちろん、単に愚痴って叫べば良いということではなく、きちんと本心を深く見ていってあげるということです。

すると、やっていられないわ~~の叫びの下に、“誰か助けて”という声が隠れているかもしれません。その声をちゃんと受け止めてあげたとき、本当の意味で気持ちが落ち着きます。

でも実は単に気持ちが落ち着くだけではないんです。で、それはもう少し後で触れることにして、他には説教系?のようなものもみかけます。

例えば、 “人と比べることは愚かなことです。”とか、“怒りは人を苦しみの牢獄に閉じ込め、許しは人を解放し、心を温める。”(By あゆか 今、でっちあげました)みたいな類です。

まったく無自覚に人と比べていたり、ただただ誰かを悪者にして怒りを抱いている場合は、これらの言葉にハッとするかもしれません。それはそれでお役目を果たしているでしょう。

しかし、人と比べないように頑張るとか、怒りを持ちながら無理やり許そうとするとか、失敗が目に見えていることをチャレンジしてしまうと逆に不幸です。

これも、どうしても人と比べてしまう理由や怒りが手放せない原因をちゃんと見てあげたほうが、逆に早道です。

ので、私がこういったメッセージをもし書くとしたら、

“賢人の言葉よりも、自分の中にある言葉に耳を傾けよう”

となるかもしれません。(そのまんまだ)

でも、この違いは実はとっても大きいんですね。

前者は、他者の言葉を頭で捉えて、頭で納得し、それを自分の考えとして採用するという、すべてが思考レベルでの試みになります。

誤解して欲しくないのは、もし、どの言葉でも自分が楽になる、心が晴れるということでしたら、とりあえずガンガン採用してください。ポイントとしては、ただそれだけでどうにかしようとしないほうが良いかも~ということです。

話を戻して、一方、自分の中にある声を聞くというのは、思考Aを思考Bに変えるのではなく、気づかずに信じ込んでいた思いからの同化がはずれるんです。

自分の中の声を聞くには、なるほどそうか~と頭のレベルだけで終わらず、自分の感情にも寄り添っていかないといけせん。そしてそのためには体に寄り添うことになり、思い、感情、体と三つのレベルでワークすることになります。

で、よくあるのは、誰か助けてという声の下に、どうしたら良いか分からないという声、そして例えば目隠しして歩いているような自分のイメージ、さらにその下に、“分からない私でいるのは嫌だ!私はほんとうは違う!”という真の声・・・・。

いくつもの声が抑圧されたまま、思考のレベルでなんとかしようとしても、それはとても浅い試みとなってしまいます。

ちょっとここで私の大好きなエックハルト・トールの言葉を借りたいと思います。

“自分の中にネガティブな状態があると気づいても、それは失敗ではない。それどころか成功である。それに気づかない限り、内面の状態と同一化したままであり、それがエゴとの同一化なのだから。”*「ニュー・アース」P130

つまり、抑圧された思いたちに気づかない限り、私たちはそれらにすっかり同化し、エゴに同化したままだということです。それはある意味思考の催眠状態にいるのと同じです。

ですが、隠れていた思いや感情がきちんと認識されたとき、もうそれらに同化することは難しくなります。もちろん、このレベルの思いは気づいても、感情がついている限り、セラピーなどを使わないと外れない場合が圧倒的に多いです。

それでも、無意識に同化している状態に比べれば、はるかに楽。

ですので、気分が落ち着くだけではなく、自我の幻想を崩すことになるため、もっと根本的な癒しになるんです。楽になるだけではなく、物の見方、感じ方がぐんと変わります。

思考に同化している限り、本当の意味の変化を知ることはできないでしょう。

なので、思考を観察する状態に自分を持っていくこと。そして、できれば、心の奥深くにある思考を観察できる状態になること。

なぜなら、気がついていない思いほど私たちは強く信じ、同化しているからです。そして、それを通してものごとを判断し、反応し、人生を体験しています。

では、どうやったら、自分の心の奥深くの思いを見つけられるのか?

正直言って、簡単ではありません。自分がスルーしている思いに自分で気づくのは至難の業です。ヒントは、とりあえず本心をきちんと把握し、そこにある感情、感覚の声を頭で考えずに拾っていくことです。

こういう授業が義務教育であったら良いなぁと妄想します。

とりあえず、自分の声(言葉)も忘れずにね!というご提案でした♪

 

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賢者の言葉よりも聞きたい言葉♪」への4件のフィードバック

  1. あゆかさん

    昨年、インテグレイテッド心理学の初級から上級まで受講したものです。

    昨日、夫がわたしに「まりちゃん(わたし)のロングスカート姿好きだよ」って言った後、すこし間をおいて、「でも、ミニスカート姿も好きだな」と言ったのです。
    書いていると、恥ずかしくなってくるくらいノロケっぽいのですが(笑)、でもわたしはこの時、「きっと彼は、ロングスカート姿は本当に好きなのかもしれないけど、その後すこしの間があったから、ミニスカート姿が好きっていうのは、どうせとってつけたように言っただけで、本当はそんなことなんか思ってもないくせに」って、ちょっと腹立たしく感じたんです。
    なので、思わず、「ほんとにそんなこと思ってんの~??嘘でしょ~!」って、切り返してしまったんですね。

    わたしたち夫婦の間には、わたしからのこういう発言がとても多くって、一方的にわたしが切れることが多くありました。そういう時いつも彼は「俺は本心を言ってるよ。どうしてまりちゃんはそう受け取るの?」って困っていました。

    インテグレイテッド心理学を受講して、つくづくわたしは、いつも結構、事実と解釈がぶっ飛ぶなあ~、ってことに気づき、気づけただけで緩んではきていたのですが、昨日は彼に、わたしのこの「事実と解釈のぶっ飛びよう」を初めて説明しました。
    すると彼は「あー、その話聞いて、まりちゃんのことが分かった気がする。解釈がいつも飛んでるだね~。それだと毎日疲れるでしょ??人にも気をすっごい使うと思うから、まりちゃんが人といるの疲れる、っていうのも分かるよ」って言ってくれたんです。まるで、彼からカウンセリングを受けてるみたいでした(笑)

    その後、改めて自分の解釈の歪みをみていった時に、夫との間で最大限心に引っかかって苦しんでいる「わたしが金銭的に大変な状況だった時、夫はわたしを助けてくれなかった。わたしは夫が困っている時、助けたのに」という部分の、事実の確認を夫にしてみました。「あの時、あなたはわたしを助けたくなかったの?もしかしたら、単にあたしの解釈が歪んでいて、事実じゃないことを信じてるだけなのかな?」と。
    そしたら夫は、「あの時、俺は最大限なんとかしようといろんなアクションをとったんだよ。でもまりちゃんの思いにはその時は応えられなくて、その説明もちゃんとしたのに、まりちゃんは超怒って、手がつけられなかった」と話し、わたしはようやく「あ~、やっぱり、この件でもわたしの解釈はぶっ飛んでいたんだなあ~。事実は、彼は会社に給料の前借りを頼んだけど断られた。友人にお金を借りようと頼んだけど断られた。なので、わたしにお金を貸せなかった、っていうだけで、彼はわたしを助けてくれない、っていう思いこみは、幻だったなあ~」ってことに気づけたのです。
    気づけた後、心臓のあたりでガチッと固まっていたものが緩んだのを、体の感覚で感じました。
    すると、彼のことがより好きになりました。

    長文になりましたが、わたしは本当に、あゆかさんの著書に出会い、インテグレイテッド心理学も受けて、よかったなあ~って感じています。昨日のこのエピソードのように、ゆっくりひとつひとつ、心の固まっている部分があったかく緩んで広がっていき、大海に還っていく感覚を味わっています。怒りや苦しみや不安も、潜っていけば静かで穏やかであたたかい一面に包みこまれて、何も恐れることはなく、全て還っていく場所があることを教えていただいたことに、感謝しています。

    本当にありがとうございます。

    • まりちゃんさん、素敵なシェアをありがとうございます。

      事実はとても優しいのですが、私たちの解釈がドラマや苦しみを生み出しますよね。でも、それをしてしまう理由は、そこにいろいろな感情や思いがあるからで、そこもケアしてあげることで、私たちは自分を苦しめる幻想から抜け出せ、正気に戻れますね。とっても清清しいエネルギーをありがとうございます☆

  2. あゆかさんの言っておられる意味とは少し違うとは思うのですが、「自分の心の奥深くの思い」は本当に難しいです。自分でありながら、もう自分が全く分かりません。

    私は9月に、「開業して1カ月経つが、お客が1人も来ない」というコメントをさせていただいた者です。
    その後、ポスティングしたチラシの成果で、ポツポツと5人のお客様に来ていただくことができました。
    しかしそれから3カ月間、再び全くお客様が来ていません。

    素人丸出しのチラシを一旦止め、集客コンサルタント(有料)の指導のもと、お店のブログやHPを数カ月かけて一生懸命強化しましたが、全く反応がないままです。
    お客が途絶えて2か月経った辺りから、これではいかんと期間限定で思い切った割引メニューを作り、そのチラシをポスティングしていますが、それでも何の反応もありません。

    前置きが長くなりましたが、本題は、仕事が怖くなってしまったということなのです。
    私のお店は道具を使った治療系の手技(しかも、数種類)なので、これだけ長い間お客が来ないと、技術に自信が無くなってします。ですから、「自分の道だから、ワクワクする」どころか、正直、逃げ出したい気分になってしまいました。
    (技術維持のため、家族や友人に練習モデルを頼みますが煙たがられ、殆どできていません)

    それでも今でも、店舗の設備を過ごしやすいように改良したり、チラシのポスティングをしたり、ブログも毎日更新しています。

    実は、こうして開業するのは、3回目です。
    1回目はサロンとして居住用マンションを借りて、挫折。
    2回目は自宅サロンでしたが、数年間でお客1人のまま廃業。
    3回目の今回は、店舗を借りて内装にもお金をかけて、開業しました、、、

    金銭的にも精神的にもダメージを受けるのに、私の本心=運命は、『「清水の舞台から飛び降りて死ぬ」ことを繰り返すことなか?』と、いよいよ自分が分からなくなってしまいました。

    商売に障害はつきものだとは、分かっています。
    あゆかさんも、修行や下積み期間が長かったと、伺いました。
    でも、ワクワクを維持できなかったり、怖くて逃げだしたくなったり、やる気が萎えたりするようでは、自分の本心の道ではなかったのでしょうか?

    本当に、どうしたら「自分の本心=自分のワクワクを維持できる道」を見つけられ、すんなりと生きられるのでしょうか?悲しいです。

    • イギリスうさぎさん、こんにちは☆

      お客さんが来ないとやはり不安が広がってしまいますよね。私はビジネスに関してはど素人なのですが、私なら、自分の恐れや不安にワークするかもしれません。

      不安や恐れがやはり私たちを混乱させますので。焦りや不安が大きいと、マーケティングをやってもあまり効果がないのかなぁと思ったりします。

      よくある思考が現実化するみたいな話ではまったくなく、自分が中心にあるクリアさというか、自己愛みたいなものというか。

      私の場合は、ワクワクというより、癒しへの好奇心と探究心がずっとやまないで今に至るという感じです。結果よりも、そちらへの情熱があることに心地よさを感じているのかなと思います。

      極端な話、お店はうまくいかなくとも、美容というテーマにつきない興味があるかどうかじゃないかと思います。

      まったくお役に立てるコメントではなくて申し訳ありません。

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