クリスマス難民のあなたへ♪

クリスマスやお正月の時期は、もしかするといつもより人と自分を比べてしまうかもしれません。特に独身者や単身者は、家族でワイワイしていない自分・・・が身に染みる季節かもしれません。

イギリスで貧乏学生をしていた頃、クリスマスの日は電車も一切動いておらず、家で一人で過ごすしかない状態でした。そんなとき、アンソニー・デ・メーロの「Awareness」という本に“クリスマスは、自分の頭の中にしか存在しないって知っている?”という言葉があり、目を開かされたものです。

そのとき、「クリスマスを外国で一人ぼっちで過ごす私」という思考がパラパラと落ちて行ったのです。

とはいえ、それですっかり孤独が癒されたわけではありませんでした。ですが、それなりに楽になったしとテレビを観て気を紛らわしてその日は過ごしました。

その後、どれぐらい経ったとか、まったく覚えていませんが、人と比較されて傷ついたことをテーマに自分を見つめていたことがありました。今振り返れば、このときのワークはその後の私に大きな影響を与えくれたような気がします。

当時他者の批判に敏感だった私がよりにもよって、“~~さんと比べて溝口さんはぜんぜんダメですね。”みたいな分かりやすい比較と否定の言葉に、気持ちがどん底状態に陥ってしまったのです。

で、その晩は眠れない、眠れない。思考は、私にも良い所があるとか、相手は私のことを誤解しているだけだとか、なんとか気持ちを静めようと頑張りますが、やっぱりすっきりしません。

ということで見つめていくと、まず、相手へのものすごい怒り。その怒りを自由にしてあげ、しばらく罵詈雑言を放ち、そして泣いたらかなりすっきり。(当時はEFTを知らなかったので、あるワークショップで習った、怒りを体で表現するという方法をやりました。始めて見たときはかなりひいたエクササイズでした。)

すっきりした~と思ったのですが、なんかやばい感じが・・・・。

これは今ならはっきり分かるのですが、一つの感情や思いが解放された直後にやばい感じがでるときは、基本大物の登場です。

ただ、その当時はそれを知らなかったので、???な状態のまま、そのやばい感じに寄り添うことにしました。で、今でもお気に入りのツールであるフォーカシングをやってみたのです。

すると、そのやばい感じは、暴力的なほどの怒りになり、そこで再び怒りを体で現すということをやってみると、なんと手にナイフを持っているようなジェスチャーで自分の首を何度も刺そうとするのです。

うひぁ~~、エクソシスト?憑依された?殺される~?

恐怖が走る中、とりあえずそのジェスチャーを続け、私は必死にそれが“なくなる”方法を模索していました。しかし、その怒りとジェスチャーはまったくびくともせず、ひどくなるばかり。

詳しい流れは覚えていませんが、何かを問いかけた瞬間、 “そんなに私を嫌わないで”という声が浮かんできたのです。そして、“息も絶え絶えで死にそうなんだから”という声も聞こえてきました。

そこには、すべての人から嫌われていると信じ切っている私がいたのです。そんな自分が自分の中にいたとはまったく気づいていませんでした。モンスターのように思えていた怒りは、死にそうなほど自己価値が落ちて、なんとか生き延びようとしているもがきだったのです。

そのとき、イメージの中でその自分をしっかり抱きしめたい衝動にかられ、気がつけばモンスターはいなくなっていました。

癒しとは、ネガティブな感情を解放してくことだと思っていた私に、これは大きなレッスンとなりました。またなぜ、フォーカシングが「過激な受け入れ」を教えているのかも深く腑に落ちた瞬間でした。

一連のワークが終わった後、例の比較の言葉は楽しくはありませんが、単にその人の考えというニュートラルなものになりました。(今なら、マトリックス・リインプリンティングを確実に使うところ、たぶんもっと楽になります。)

ある意味ほっとしたのは、比較したり、されたりしたときの解決方法は、もっと良い自分になることではないんだとはっきり認識できたことです。

ところが、楽になっていたのは比較されて傷ついた心だけではありませんでした。それまでいつもうっすらとあった孤独感が和らいでいる、というかほとんどない。これは嬉しい副産物でした。

自分の中に放置している自分がいる、否定している自分がいる、見捨てられた自分がいる、これらの自分が「孤独感」というサインを送っていたのです。

自分の中の否定された部分は、孤独を生み出したり、比較されて怯えたり、いろいろな形で出ることも見えてきました。

しかし、おそらくここで私が一番学んだことは、「私は私から逃げなくて良いし、戦わなくても良い」ということだったでしょう。

つまり、「受け入れると良い」と頭では知っていたけど、結局、いつの間にかネガティブな感情から逃げたり(頭で説得したり、納得させたり、何かで気を紛らわしたり)、またはなくす(あっちへいけ!)ために受け入れようとしていたことがよく分かったのです。

真の受け入れとは、ネガティブな感情の奥をよく見ること。その下に隠されている言葉を聞いてあげること。そして、自分の中のすべての自分ともう一度家族になること。(それが私たちの本質だから)

それはもう一つのカミングホームとも言えるでしょう。自分の中の忘れ去られていた自分が「わたし」という家に帰ること。

これは一見、非二元の真実(私はいない)の真逆のように見えるかもしれません。でも、自我が「空」に憧れる大きな理由の一つは、もうこんなうんざりするような感情から逃れたいということだったりします。

でも、「わたし」という家にすべての私を受け入れたとき、「わたし」はわたしをあきらめ、生命にゆだねることがもう怖くなくなるんです。なぜなら、もう守るもの、とどめるものがなくなるから。

そして、本当のカミングホームが起こる♪ (*^_^*)

すべての私にハッピー・クリスマス!

 

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2017年1月29日(日)14時~16時半

 

クリスマス難民のあなたへ♪」への8件のフィードバック

  1. あゆかさん、いつも心がザワザワしたとき、このブログで救われております!

    僕もクリスマス、寂しさを感じ、早速EFTを試したのですが、EFT研修に参加した時と同様、自己ワークをしようとすると、とたんに感情や感覚を見失なってしまいます。。。

    その時のアシスタントの方に、フォーカシングを薦めていただいて、やってみてはいるのですが、なかなか状況が変わりません。。

    フォーカシングは本を読んで自分でやっているので、もしかしたら不十分かもですが、こんな自分にも何かよい方法はあるでしょうか?

    もしよろしければ教えてくださいませ!

    • バルバロッサさん、こんにちは♪

      EFTの感情のシートを書いてみましたか? クリスマスに寂しい、だけだと大雑把すぎて感情はつかみづらいかもしれません。

      見失っている状態をそばで見させていただいていれば、もう少し分かるのですが、これだけですとちょっと雲をつかむような感じです。

      思考型なほうでしょうか?無意識の抵抗?意気込みすぎて(さぁ、感じよう!)いる?

      とりあえず、リラックスして体に集中し、一番反応する思いを頭のなかで繰り返してみてください。あとは、練習会などもご利用できる地域でしたら、ぜひ~~☆

  2. 数年前に、ある日突然、モンスターのような怒りが起こりました。
    自分の知らない誰かが飛び出してきたみたいに、大声で泣き叫び
    髪の毛が逆立つような激しい怒りが全身にありました。

    記憶はほとんどなくて、2週間で仕事に復帰出来ましたが、いつも
    その時の事が、心の片隅に引っかかっています。

    カウンセリングを受けてみたいのですが…怖さが先にきてしまい
    ます。カウンセリングの最中に、踏ん張れるか不安です。

    • さっこさん、こんにちは☆

      踏ん張れるようにホールドするのがセラピストの役目なので、大丈夫ですよ。ただ、何がトリガーだったのかを特定しないと、その怒りにアクセスできるかどうかのほうが難しいかもしれません。

  3. 心を打たれました。
    この部分・・・

    >「自我が「空」に憧れる大きな理由の一つは、もうこんなうんざりするような感情から逃れたいということ

    ああ、そうだなぁ。
    まさに私はその理由で悟りに憧れ、解放されたいと思っています。

    「やばい感じ」というの、分かります。

    私は家庭に恵まれ、状況的には豊かとも言えると思います。
    けれど、わたしの心の奥には、切り捨て放置している自分が、確かに居ます。

    気づきをありがとうございます!

    • satokoさん、こんにちは☆

      ありがとうございます♪ (*^_^*)

      空すなわち色(感情、諸々)ですから、感情をきちんと見ていくと、そこは空しかないことが見えてきて(←言葉の限界)、受容、無条件の愛しかない・・というのが見えてくると、もうどんな感情からも逃げる必要はなくなりますよね。

  4. あゆかさん、こんにちは。

    上手にいえないのですが、世間でいうクリスマス難民な私はこれを何回も読んでます。

    以前はクリスマスに何もないことを自虐的に語ってましたが、それがだんだんなくなってきました。

    そのきっかけはよくわからないです。
    ですが、ある人にとてつもなく強い怒りを感じた時、自分の心にずっと寄り添ったら、
    自分の心が氷みたいに冷たくてそれで悲しかった、という経験をした後からのような気がします。

    この冷たさがずっと私の心の中にあるのか、また、怒りを感じるたびにこの冷たさを感じなきゃなのか、とショックを受けたのですが、本当に不思議ですが、その冷たい氷のような感情はあれ以来でてきません。

    本当に不思議です。

    だから、あゆかさんが言っていることってやっぱり体験することが本当に必要だと思います。

    実は、いま仕事でイライラしてしまうことが多いのですが、その根底は自分が認められてない、という思いがあるからです。

    来年は自分を認めてあげる年にしたいです。

    寒い日がつづきますが、あゆかさんも風邪などひかずに年末をお過ごしください。

    • みかんさん、こんにちは☆

      きちんと認識され、感じられたものは、自然の本質に従って変化、変容していきますね。体験することの大切さ?良さ?は強調してもしきれないです。(*^_^*)

      みかんさんもお体には十分ご自愛頂きお過ごしくださいませ☆

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