誰かのことで苦しいときは・・・

私たちが誰かについてあれこれ考えているとき、心配していたり、腹が立っていたり、気にしていたり・・・。

当然、私たちはその人について自分は考えていると思っているわけです。ある意味その通りですよね。○○さんは、ああで、こうで、そして・・・といろいろ思いを巡らすわけです。

ですが、ああで、こうで、そして・・・の部分は、100%自分の考えです。

それは分かっているさ、と思われるでしょうが、ここがミソなんです。とりあえず、「自分の考え」と手のひらに書いてみてください(笑)。

では、その自分の考えはどこから生まれたのでしょうか?

もちろん、自分です。

自分から出てきたものです。

つまり、相手について思っている、語っていると私たちは思いがちですが、実は自分はどうか?という「自分のこと」を語っているんです。

まだ分かりにくいかもしれません。ちょっと例を挙げてみましょう。

“○○さんは、どうしても自分の思い通りにしないと気が済まなくて、ほんといつも振り回される。他の人の気持ちを考えられないし、それに気づいてもいない。そして・・・・”

こんなとき、私たちは完全に○○さんについて考えていると思っているでしょう。でも実際は、たとえば、

“私は思い通りにされるということに非常にこだわっている。正直大嫌いだ。というのも、普段感じないようにしている、ほんとうは無力な自分が刺激されるからだ・・・・”
(これは一つの例です)

などといった「自分はこうなのだ!」という話が無意識のレベルにガツッとあるんです。

その人が、思い通りにしようとする○○さんのことを力を込めて話をすればするほど、聞いているほうは、“なんかよく分からないけど、この人、そこにこだわりがあるんだな”と感じたりもするかもしれません。

または、

“娘が東京でちゃんと一人でやっていけているか不安だ。変な詐欺や事件に巻き込まれないだろうか。きちんと食事はとっているのだろうか?”という思い。

この場合も娘についていろいろ考えているように見えますが、たとえば、

“私は娘の自立を信頼できない。もっと言えば、私は自分を信頼できない。信頼できるものが何もないから、いろいろなことが不安だらけだ”
(これも一例)

などという「私はこうです」という話だったりします。

こんなふうに、自分は他者について考えていると思っていても、実際は「自分のこだわる点はどこか?」という話だったり、「私はこういう人です」という話だったりするんですね。

で、何を言いたいかと言うと、“○○さんは、どうしても自分の思い通りにしないと気が済まなくて・・・”と考えているとき、私たちはおうおうにして、それは100%相手の問題だと思ってしまっているということです。

でも、誰かについて思いを巡らしていて、怒りや恐れ、不安や心配、嫉妬やねたみなどが出てきて苦しいのなら、それは「自分のこだわり」「自分の心の傷」「自分の恐れや不安」などなどが発動しているからですね。

なので、実際は相手は関係なくて、自分のこだわりや心の傷、恐れの中に私たちはどっぷりつかってしまっているわけです。

かつて、夫が浮気性だということでかなり苦しんでいる方のセッションをしたことがあります。パーティーへ行くと夫が女性の肩に手を回したり、楽しそうに話したり、自分をほったらかしにして楽しんでいるということで、離婚寸前の状態でした。

セッションルームでは、夫への怒りがすごく、夫がいかにひどいかということを必死に私に説得しようとしていました。

クライアントさんが求めていることは、自分への賛同や理解だというかことは分かるのですが、同意をしてしまうと、「相手が悪い」ことが決定されてしまいます。

なので、私はこういうとき、「謎の微笑」という武器(笑)でイエスともノーとも言わず、いつもかわすようにしています。

ただ、あまりに相手が悪いというエネルギー(思い)が強いとき、自分を見てもらう方向へ持って行くのは至難の業です。それよりも、ひどい相手によって傷ついた私を癒して欲しい、という気持ちが強いんですね。

でも、この方向では決して楽にならないんです。癒しとは、相手は悪者ではなかったし、自分も悪くなかったと、自分の中に悪者がいなくなったときに本当の意味で完結します。

ということで、もし誰かについてあぁだ、こうだと考えが止まらなくて苦しいとき、手のひらの文字を思い出してみると良いかもしれません。

自分の頭の中から相手が消えて、自分がスルーしていた自分の声を聞き始めたとき、それだけでもだいぶ心が落ち着きます。

そして、自分の中にあった恐れや怒り、不安などが癒されたとき、内側に優しくて、前向きな健全さが感じられるはずです。

それでも相変わらず相手の言動は不愉快かもしれません。平気になりましょうという話ではまったくありません。悪者じゃないけど、言動は好きじゃないというのもぜんぜんOKですし、相手にそう伝えても良いわけです。

ただ、もう苦しんでいないし、自分の心の中が変われば、そこから出てくる言葉や言い方、声のトーンなども自然と変わりますね。それが相手への変化を起こすかもしれません。(または、起こさないかもしれません。相手次第)

そして、どっちもOK♪

さて、今日からまた気仙沼でメンタルケアプロジェクトを開催します。熊本でも素晴らしい出会いがいくつもありました。親しい顔たち、新しい顔たち、またお会いできるのが楽しみです♪

 

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誰かのことで苦しいときは・・・」への4件のフィードバック

  1. 深いですね~、なるほどです。気付かせていただきました。
    ありがとうございます。

  2. ときどき質問させてもらっています、ななちぶしといいます。よろしくお願いします☆

    ちょうど今日、相手を責めてしまう出来事がありました。
    お世話になった方にお礼を言って握手をしたときに相手があまり私に関心がないように感じて、なんだか面白くない気持ちになってしまいました。
    私の中に「相手は私と同じくらい私自身に関心をもってもらいたい」という気持ちがあったのだと思います。
    私自身に価値のない気持ちがあったのだと思います。そんな思いの投影なのですね。
    投影については関心をもっているのですが、いざとなると相手を責めることが多いです。「自分の考え」と手に入れ墨を掘っておきたいくらいです笑

    相手も自分も悪くないと感じたときに本当の癒しがあるということ。今後のために心に刻みたいです♪

    あと、私、障害福祉関係の相談員をしていまして、相談者との面談のときのために「謎の微笑」という武器」を私も会得したいと思っちゃいました笑 相手の話すことを受容と共感していますよというメッセージのあるスマイルなのでしょうね♪こんどあゆかさんの謎の微笑みの写真のアップ期待しています笑

    いつも、気づきをありがとうございます!!

  3. 久しぶりにあゆかさんのブログを拝読いたしました。やはりグッときます。

    私の場合、仕事を休んだところ上司に「あんまり休むと目立つ、穴が開いてるように見える」と言われ、そのときかなり胸の辺りがぎゅっとなって黒い塊ができた感覚になりました。そのとき「精神状態を疑われてる、休むなってことか」と解釈して帰宅してポロポロ泣きました。

    その後あゆかさんの記事を読んで、ハッとしました。私も上司も誰も、良くも悪くも無いんじゃ?私が、確かに認めたくないけど、そんなにキツくないのに休んでたことに後ろめたさがあって、その上司の言葉が私にとって、触れられたくないボタンで、それを思いっきり押されちゃいましたーって感じではないか。

    ボタン押されたら胸の黒い塊がぎゅっと反応したのかもな、と、何かちょっと切り替えができました。

    こういうコメントを書くのも昔は「そうじゃないんだよ、あなたの解釈間違ってる」と言われたらどうしようと躊躇ってたのに、今はどうだっちゃいい、ただ、あゆかさんにありがとうと伝えたいだけなので、衝動で書いちゃいました。あゆかさん、楽になりました、ありがとうございます!

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