解体される心♪

現在、今年で最後のロンドンカウンセラー養成講座開催中です。ロンドンといっても、昨年からはロンドン郊外の修道院が会場です。(タイトルの上の写真) 14434996_10154100585874862_5857191209468420873_oシスターも親切で、空気も食事もおいしく、いろいろな意味で素晴らしい環境です。

ロンドンでのコースは10年目の今年で最後となり、来年以降は東京での開催とすることになりました。10年も同じコースをロンドンでできたこと自体、本当にありがたく思っております。

何でも5年以上続くときは、目に見えない何かが助けてくれていると誰かが言っていましたが、本当に自分の力だけではないことだけは確かだなぁとつくづく思います。

来年から場所を日本に移して、今後どんな展開となっていくのか、そちらはそちらでまたとても楽しみです。

もちろん、10年の間に内容ややり方などはどんどん変化、変容しましたが、その中で変わらずコースのかなめとなっているのが、「インテグレイテッド心理学」です。これは、10年を経た今、ますます重要だなぁと思っています。

インテグレイテッド心理学とは、以前にも書きましたが、いわば「心の解剖学」です。身体の症状に対しては、体の中をきちんと検査しようとするのに、心の苦しみや精神的な症状に関しては、その人の心の中をきちんと見るということはあまりしません。

例えば“亡くなる前にもっと大好きな叔母の世話をしてあげればよかった”と、ずっと後悔している人の場合、これは、インテグレイテッド心理学としては、症状のレベルです。

なので、“人は常にそのときのベストを尽くしているのだから、あなたは十分にやったのだと思います”とか、または“叔母さまは、あちらであなたが後悔しているのを見ても喜ばないと思いますよ”とか、考え方を変えて楽にさせよとするのは、症状をいじっているだけになります。

でも、表に出ている症状ではなく、もっとどんな思いや感情が隠されているのか、心の中を見ていくとどうでしょう?

私は自分なりに作り出した「問いかけ」や、またはフォーカシングやEFTなどのセラピーを使って心の中を見ていきます。体の症状でいえば、レントゲンやスキャンみたいなものですね。そうすると、ご本人が見えていなかった、後悔を生み出しているほんとうの思いや感情が見えてきます。

ちなみにインテグレイテッド心理学は、私や誰かの理論や説、または研究でもなく、人間すべてに共通している心の作用をまとめたものです。と、書くと大げさに聞こえますが、「奇跡のコース」や悟りのマスター達が伝える自我の機能をまとめただけです。(でも、やっている人がいない)

自我は自我の働きにはまっているため、自我目線で自我の働きを見ることは非常に難しいでしょう。しかし、自我目線を超えた視点からは、自我の働きが手に取るようによ~く見えます。

誰か一個人の考えや洞察ではないから、もっと普遍性があり、また思考を通さず、あるがままの人の心を描写しているだけなので、もっとも解剖学に近いとも言えるでしょう。解剖生理学に個人の考えや理論は要りませんから。

で、話を叔母の罪悪感に戻して、

自我は最終的に「自己価値の死」と「肉体の死」をいつも恐れているため、基本的にものすごく自分中心主義です。

なので、一見、叔母の世話をしてあげればよかったと、叔母に対する思いのように見えますが、ほんとうに苦しみを生んでいるのは、自分自身についての思いなんです。

で、心を切り開いてみていくと、例えば「私はいつも中途半端だ」といったようなビリーフが見えてきたりします。また、思いだけではなく、「最後まできちんとやり切れなくて、固い表情でたたずんでいる自分」みたいなセルフイメージももれなくついてきます。

本人はたいてい完全にスルーしていますが、常にこの思いやイメージを抱えているんですね。ですから、いろいろな人生の場面でこのビリーフは現れていますが、特に大好きだった叔母の死がこの思いを強く刺激するわけです。

そして、ここでセラピーを使って、このビリーフを解放したり、シフトさせたりします。すると、叔母への罪悪感も一緒に消えていくんです。

そのとき、罪悪感という眼鏡ではなく、今度は愛やなつかしさで叔母との思い出を振り返ることができるようになるでしょう。

ただ、解放といっても、自分を苦しませるビリーフはさっさと捨てよう!ということではありません。ネガティブなビリーフが生まれたとき、そこにはそれを信じてしまった自分がいますよね。例えば、「お前はなにやってもものにならないな」などと言われ続けた自分、傷ついてずっとその言葉を信じてきた自分です。

解放とは言い換えれば、忘れられていた傷ついた自分を救い出し、受け入れるということです。これによって変化が起きるんですね。

そして、その変化は本質の流れに沿った、ご本人にとって最も自然な状態となります。このツールとして、私はやっぱりマトリックス・リインプリンティングを使っています。

例えば、咳が出て止まらないとき、自分の体に中で何が起きているのかが分からないように、精神的に苦しんでいるときも、私たちは自分の心の中で何が起きているのかほとんど分かっていません。

なので、叔母の死のように、私たちは出来事や他者が自分を苦しめていると勘違いしてしまうんですね。

ですが、人間関係や仕事、家庭の問題、恋愛などから、鬱や依存症といった特定の問題まで、苦しみや症状を生んでいるのは、自分が気がついていない何かしらの思いを信じ込んでいたり、自分の一部を切り離していたり、抑圧したり、抵抗したり、または否定していたりするからです。

人の心は、体のように切り開いて目に見えるものではありませんね。見えないだけに、それを見ていくことは簡単ではありません。私もまだまだ見えないことがたくさんあります。

でも、セラピストの判断や推測、意見、アドバイスなど一切なしに、クライアントさんの心の中に何があるのか?だけを真摯にただ見ていく、そんな仲間をさらに増やしたいなぁと思うのです。

そして、自分の中に葬り去れていたものを表に出して受容していくことで、私たちの中に愛、受容という本質がどんどん顔を出していきます。

もともとあるけど、隠れていたもの。

自分を癒していくうちに、いつの間にかそっちが自分の土台になっていく・・・。これが癒しの醍醐味ですね♪

 

☆☆☆ お知らせ ☆☆☆

MRJ主催1日フォーカシング講座

私も自己ワークにセッションに乱用しています♪

ハートレジリエンス協会のショートセミナー

「お金と仲良くなろう~!お金の不安から脱出するセミナー」

*来年の心理セラピスト養成講座の募集は10月上旬から中旬を予定しております。

案内は近日中に「一般社団法人ハートレジリエンス協会のサイトにアップの予定です。案内を希望の方は、hhclondon@yahoo.co.jpまで。(現在講座中のため、返信が少し遅れ気味となりますが、ご了承くださいませ。)

解体される心♪」への4件のフィードバック

  1. すごいなぁ・・・すごいなぁ・・・と感じながら
    この文章読ませていただきました。 合掌

    自我を解剖し、しっかり見たからこその文章です!
    すごい!すごすぎる *\(^o^)/*

    自我は、肉体の死と 自己価値の死を
    いつもいつも恐れているものです。

    という文章は
    ぎゃおーーーーってな感じで
    その通り!というのと
    うぎゃーーー見破られた!!!というのと
    うおぉーーほんとだーーー
    これさえ知ってたら今後もう!何もこわくないじゃん*\(^o^)/*
    みたいな諸々が 同時に出てきました *\(^o^)/*

    さらには

    自我目線を超えた視点からは
    自我の働きが手に取るようによーく見えます。

    これも まさしく*\(^o^)/* って感じで
    ここに非二元がでてくるけど
    これさえも ちゃーんと文字にして説明できちゃうあゆかさんに

    すごいなぁーーすごいなぁーーしか出ません *\(^o^)/*

    自己価値の死 ⬅︎ これを怖れ頑張って頑張って頑張って倒れて

    さらには でも、この立場なんだからしょうがないじゃん!なんて言いながら不満を抑え、怒りも飲み込み
    それでも これが正しい道?とか信じちゃって。。。

    あ~~あ~~~ ってな感じの自我です *\(^o^)/*

    でも今は

    あるがままの自我を描写しながらも
    ⬆︎
    (これを癒すというんですねぇ~~)

    ゆーーっくり、まーーったりと 普遍の愛のなかに たーーーっぷりと
    うーーっとりと在る毎日ですので
    (これ⬆︎冷静な恍惚感とガンガジさんが書かれていました。ピッタリすぎる言葉に感動しました)

    楽どころの騒ぎではない 超自然体の、うーーっとりした毎日となりました。
    それでもそれでも癒していきます *\(^o^)/*

    感謝!感謝でございます。

  2. あゆかさん。
    いつもありがとうございます。

    あゆかさんが写ってるEFTの動画を見たりして
    本を読んだりして
    自分一人でタッピングしているのですが、
    タッピングしていると身体がブルブル震えが止まらなくなったり、感情が荒ぶって足をジタバタさせてしまったり顔をぐるぐる動かしてしまったりして手が止まってしまいます。

    でも、動画ではみんな静かに座られて穏やかにタッピングされています。そこが不思議です。
    やっぱり何かコツがあるのでしょうね。

    身体が動いちゃうのは、
    私が下手くそなんでしょうか

  3. あゆかさん。こんにちは。
    何度も顔出してしまい すみません。 ( ´Д`)y━・~~

    前に書いてくださっていた怒りの解放なんですが
    怒りは痛みをかくまっている!と、どなたかも書いてくださっていて
    よし!と 決行することに決め真剣にしてみました。
    汗が出るほど しっかりさせていただきました 。
    形相、言葉、とんでもないものばかりでしたが
    徹底的にしてみました!

    すると ちゃーんと最後に痛みが出てきてくれました。
    自分が気付いていない痛みや苦しみばかりでした。
    しっかりわかってあげて、しっかり癒してあげることができました。
    とんでもなく軽くなり 苦しいと感じていたのは
    この くすぶったものだったんだ!痛みを感じきってあげてなかったからなんだ!と
    わかりました。 感謝

    で、怒りを これでもか!とクッション相手に出している最中に
    「これってまるで藁人形に釘さしているみたいだなー
    本当に大丈夫かな?」なんていう思考が出てきて
    すかさず、これはただただ行き場のないエネルギーを出しているだけだから!となり
    しっかり出し切ることが出きたのですが
    「憎むことはいけないこと!」という間違った思い込みがあると
    この怒りを感じきる!もできなくなるなぁ〜〜と、わかりました。

    ただのご報告です。
    いつもながら 気づかせていただき ありがとうございます。

    感謝

  4. あゆかさん、はじめまして。いつも、本当にうなりながら(笑)読ませていただいています。

    自我が恐れているものが「自己価値の死」というくだりに、今回もうならせてもらいました。

    自己価値を死なせないように、自我は日々せっせと働いているんですね。嫌われないように怒られないようにダメな奴と言われないようにする言動すべての理由が、そこにあったんだぁ。

    自己価値は他人に決められものではない、何かをしてもしなくても私には価値がある、という世界に抜けていく時、自己価値の死なんてものが幻想だってわかるのでしょうね。

    あゆかさんの書かれる文章が、とても心地よくて大好きです。これからも、楽しみにしています。

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