自分ワールドだけがあるということ

さて、いきなりですが、私たちは世界をどう把握しているのでしょうか?

考えたり、見たり、聞いたり、感じたり、匂ったり、など、これらの経験によって把握していますよね。

ちょっと振り返ってみれば、世界や自分や他者を把握するすべてが、この経験のみで成り立っていることが分かるでしょう。というか、これらの経験がなくなれば、世界は消えてしまいますね。熟睡しているときのように。

と、ここでノンデュアリティの話へ行きたくなりますが、こちらのブログは心のしくみ?癒し?の観点に留まりたいと思います。

では!、みんな同じことを経験しているのでしょうか? まさか~。そう、それぞれ違いますね。同じ場所で同じものを見ていても、考えること、感じることは人それぞれ違います。

なので、み~んな違う世界に住んでいるんですね。つまり、

経験のみでしか世界は把握できない
経験はいつも個人的
よって、
私たちは個人的な世界しか知らない

なんか回りくどい感じがしますか? でも、とっても大切なんです。さっと読み飛ばさず、じっくり見つめてみると大きな世界観のシフトが起きるかもしれません。

というのも、私たちは、自分の経験と関係なく世界が中立に存在していて、自分は世界と個別に関わり合っているだけ・・・というように感じていたりするからです。

中立した世界が自分と分離して存在しているという錯覚をみんなシェアしているんです。でももし、中立した世界があるとしたら、観察者が一人もいなくても、地球がくるくる回っていないといけません。

あっ、やっぱりノンデュアリティに少しなってしまった・・・、とりあえず癒しの観点に留まり続け、もう少しだけ続けると、

例えば、二人の人間が屋根の上にいる猫を見ているとした場合、猫がどう見えているか、そこにどんな思考が横切るか(猫は身軽でいいなぁ、子供のとき猫が買いたかったのに・・・、etc)、鳴き声がどんな風に聞こえているかは、それぞれ違うでしょう。

つまり、猫を見るというシンプルなことでも、二人は違う経験をして、違う現実に生きていますね。隣の人に猫がどう見えているかなどわかりませんので、唯一分かるのは自分の個人的な経験だけです。

さて、では、やっとポイントに入っていきます。

例えば、私は会話が下手だ、自分は何もとりえがない、ありのままの自分は受け入れられない、といった悩みを持っている人にとっては、それはとてもリアルで、それが現実であって、それがまさしく自分が生きている世界ですね。

そして、あたかも他の人も同じ世界をシェアしていると感じているはずです。もし、それが完全に自分だけのワールドだと分かっていれば、そもそも悩みにならないでしょう。

他の人も(または他の人が)ありのままの自分はダメだと思っているから、例えば、会話が上手になって、会話の相手を楽しませたい、そして受け入れられるようになりたいと強く思ったりするわけです。

でもくどいようですが、その世界は完全に自分に属してるだけで、会話している相手も、他の人もそんなことはまったく知りもしないんです。

例えば、電車で隣に座った人が、どんなビリーフやセルフイメージを抱えていて、どんな世界に住んでいるかなど知りようもないですよね。

でも、もしかすると隣の人は、“自分はどこにも属さない”というビリーフを持っていて、孤独感満々で座っているかもしれません。そして、その人にとって、例えば“世界は冷たいところ”というのは現実なんです。

ところが前に座っている人は、“私は人生の勝者だ”というビリーフを持ち、ちょっとした優越感を感じながら座っていて、例えば“世界は自分に奉仕するところ”が現実そのものだと思っているかもしれません。

この二人はまったく違う世界に住み、まったく違う世界を経験して、それ以外の世界を知りません。でも、両者とも世界という中立なものが自分の外にあって、自分は関わっているだけだと思っているんです。

インテグレイテッド心理学では、この自分だけの世界のことを“投影”と呼んでいます。その人の投影ワールドは、ほぼ間違いなくその人がスルーしているビリーフで作られています。

こう書いてくるとたまに、思考が現実を作るとか、自分の気がつかない思いを見せる人が現われるとか、そういう考えと同じだと思われがちです。

が、ぜんぜん違います。今回はスペースがありませんので、詳しいことはいつかの機会に。

もちろん、ビリーフを抱くようになった過程がありますので、カウンセリングやセラピーなどでそこを見ていき、ビリーフを解放したり、ポジティブなものに変えたりします。

なので、一つの癒しの段階は、ネガティブな投影ワールドからポジティブな投影ワールドに変えていくことでしょう。

ただ、ほとんどの人が今悩んでいることさえ解決できれば良いんですね。ので、このレベルの癒しを求めている人は実は意外に少ないものです。なので、過去をいくつも癒しても、ほぼ同じ投影ワールドのなかにいます。

でも、もし根っこからごそっと癒しを求めるとしたら、それは、投影ワールドそのものから抜け出してしまうことでしょう。

これもある種の目覚めと言っても良いかもしれません。人によっては、ここで悟った!と思ってしまうことさえあります。それほどインパクトが大きいんですね。

でも、最終的には投影ワールドの中にそもそも住民などいなかったと知ること。個人的な経験とやたら書いてきましたが、経験している個人など存在しないこと、投影という概念そのものが消えること。

それが、真の目覚めの始まりであって、分離の終焉、究極の癒しかもしれません♪

自分ワールドだけがあるということ」への27件のフィードバック

  1. あゆかさん、はじめまして!今年に入っての新春、本屋さんでふと手にとったあゆかさんの『さとりセラピー』を読み、ブログも拝見する中で、すっごくこころがほっとする感じというか、あ〜、そうだったのだな!と腑におちる感覚がするというか、そんな、言葉にするのは言葉がついてこれないような深い体感を味わっています。本当にありがとうございます。
    わたしは去年、引き寄せの法則にはまり、本やセミナーで学んだことを実践として繰り返してきました。
    でも途中で激しく疲れ果てて、もうや〜めた!ってなりました、笑。頭がすっごい、超疲れたんです。
    その前後に、ふと、あ!二人のわたしがわたしの中にいる、という感覚が降ってきた瞬間があり、その前から、瞑想は好きでやっていたので、その二人というのはきっと、自我と真我なのかなあ〜って、うっすら感じてはいました。
    瞑想をしてきた中で、確実に自分の中に、静けさや穏やかさ、あたたかさや安らかな場所があることを体感しました。でも、日々、いろんな思いが沸き、感情にのみこまれ、振り回されてる自分もいて、しかも、思考をストップすると、何だか物足りないんです〜!笑 これが自我の罠ですね!笑
    わたしはとにかく、正直な自分の感情や思いを思考でねじまげまくってきたので、ハートを中心にするという感覚や、ハートの声もまだまだわからないのですが、あゆかさんがおっしゃっているように、体で自分の感情をとことん味わうことをしてみたら、なんとまあ出てくるわ出てくるわで、苦しさ
    、疲れ、寂しさ、悲鳴、あとは実際に体の面でも、腹痛、背中痛など、ここ2週間はその現象をたのしんでいる自分がいます。
    いまわたしは、闇におちることがなんか、すきです。安心して、どこまでもどこまでも深い闇や水の中に沈んでいって、そこに、実はこんな思いがわたしの中にあったのか!と、気づくことがだいすきです。安らかな感覚がします。
    あとは、これまで、手放す、諦める、っていったことがだいきらいで、自分の思い通りにならないことに対し、いつも頭にきてイライラしていました。でも、あ〜あたしはこれがいやだったんだな、と気づいて、思いが通るときもあれば通らないときもある、と自分をゆるめたとき、なにか、なんともいえないあたたかさ、切なさ、安らぎを感じることが最近でてきました。
    まだまだ思考でどうにかしよう、って思っていると思うけど、でもこのこころの安らぎの旅はまだまだ始まったばかり、と思って、これからも自分のこころを観察しながら、その先の、実は自分はいなかった、ってことを、頭ではなく実感として気づける日がきたら、とってもうれしいなあ〜って思っています。
    あゆかさんの本、ブログに出会えて、本当にしあわせです。大きな気づきを本当にありがとうございます。もっともっと知りたいので、講座に行ってみたいと思っています!
    ありがとうございます!!

    • まりこさん、こんにちは☆

      >いまわたしは、闇におちることがなんか、すきです。安心して、どこまでもどこまでも深い闇や水の中に沈んでいって、そこに、実はこんな思いがわたしの中にあったのか!と、気づくことがだいすきです。

      わぁ、素晴らしいですね!そうなんですよ。私も大好きです♪ これが理解してもらえて大変嬉しいです。闇もきちんと(笑)落ちきったら、そこには愛しかないことも分かりますよね。

      皆さんにぜひ体験して頂きたいものですね!

  2. あゆかさん、愛の沈黙と、サイレント・ボイス、ありがとうございます。(こちらからの投影ですが。。)

    「四の五の言わないで、やればいいんだ!」との、ここの視野に対するマインドの《センター・指導係》が、

    よく内面(本当は、内も外も無いですが)の視界にあらわれてくれるようになって、

    何だかだいぶ、“ありのままとか、現実”に、“腰が据わって”来ました。

  3. あゆかさん、いつもありがとうございます。

    私とは空っぽで、そこに持ち主はいなかった。
    さらには、エゴそのものを自分だ!と思い込んでいた。

    とわかっても

    よくわからない苦しみがありました。
    これはいったいなんなのかな?と
    じっくり見ていました。
    もちろん!エゴの言い分も聴きながら

    すると漠然としていた苦しみ?が
    萎縮感だ!とわかりました。

    私、実は産道から出てくる時の記憶もありまして
    閉塞的な恐怖は、これだ!とわかってから平気になったのですが
    この萎縮感だけがわからずにいました。
    これって不思議なもので、理由がわかると
    苦しみも消えますね。

    トラウマとか言われているものも
    子宮内で既に誕生している可能性も
    あるのかもしれませんねぇ。

    • ひとみさん♪

      >トラウマとか言われているものも、子宮内で既に誕生している可能性も
      あるのかもしれませんねぇ。

      はい、バーストラウマといって、お腹の中にいるとき、生まれたときなどにけっこうトラウマができます。このあたりの研究や勉強会などもたくさんあるんですよ。私は、マトリックス・リバーシング・リインプリンティングというのを使っています。すっごく効果が高くてとってもお薦めです♪

  4. ありがたい!
    一言に尽きます!

    実は「生まれてくること自体を強烈に嫌がっていた記憶」も
    ありまして・・・
    だから生きづらかったわけですが・・・笑

    さっそく調べさせていただきました。
    この「ますみさん」に連絡させていただいたら
    いいのでしょうか?

    なにからなにまですみません。
    よろしくおねがいします。

    • >「生まれてくること自体を強烈に嫌がっていた記憶」

      エニアグラムはご存知でしょうか? エニアグラムのタイプ4の方は、トラウマがまったくなくても、かなりの割合でこの思いを生まれる前(?)から抱いていて、私のセッションでも何度やらせて頂いたことか・・・。ぜんぜん違うかもしれませんが、ひょっとして思い書いてみました。

      万が一そうだとしても、マトリックス・リバーシング・リインプリンティングも有効です。ますみさんhttp://healing-space-mamy.net/も良いですし、下記のお二人もリバーシング大好きセラピストです。(スカイプでも充分にできます)

      http://kopisusu.web.fc2.com/
      http://ameblo.jp/aoimikako/

  5. 横からすみません(汗)
    ↑の方への返信にある、エニアグラムのタイプ4、まさに私がそれです。

    >かなりの割合でこの思いを生まれる前(?)から抱いていて

    そうなんですね。
    それがわかっただけでも、「ああ、そうなんだ…」とホッとします。

    私は予定日から2ヶ月近くも超過したあげく帝王切開で出されたので、よほど生まれたくなかったのだろうか…と思いがありました。

    子供の頃から地上の生活に対する意欲が薄く、大人になった自分というものを全く想像することができませんでした。(と言いながらもずいぶん長く生きてますが)

    この地上ではないどこかへ「帰りたい…」という思いがいつもまとわりついていました。
    それもエニアグラム4の特徴といえば、そうなのかも知れません。

    ともかく、何かひとつ腑に落ちた感じです。
    ありがとうございます。

    • 今日、初めてこちらへ訪問した者ですが、じつは、私もタイプ4なんです。

      >子供の頃から地上の生活に対する意欲が薄く、大人になった自分というものを全く想像することができませんでした。(と言いながらもずいぶん長く生きてますが)

      この地上ではないどこかへ「帰りたい…」という思いがいつもまとわりついていました。

      この部分、全く同じで、おどろきました。
      私が持っているエニアグラムの本では、タイプ1という逆方向へ動くこと、
      そして、最終的には、神への委託によって、タイプ4の歪みは修正されると書いてある
      のですが、この世での活動意欲がうすく、どうしても上記引用部分の感覚が消えません。「生まれてくること自体を強烈に嫌がっていた記憶」はないのですが。。。

      かなりのrealizationだったので書かせていたただきました。
      失礼いたしました。

  6. エニアグラム 調べてみました。
    笑ってしまいました。
    私は、どうも改革派タイプです。
    でも、すべてのタイプともいえます。笑

    ははぁ〜 エゴのタイプがこんなにもあって
    完全に調和がとれているんだあ・・・と
    納得できました。全体ってすごいなぁ と。

    さらには、上記で書いてくださっているまりこさんの
    闇の中に浸かってみる!
    これ私も大好きで最近こればかりさせて頂いていました。
    まるで地獄温泉に浸かる感じ♩

    なので母体の中にも浸かってみました。
    最初は怖くて怖くてたまりませんでしたが
    それでもそれでも浸かっていると
    はじめは怖い!そのものだったのが
    じゅわじゅわしてきて蒸発していきました。

    あゆかさん!
    はじめてみます!
    たのしみです。

    お世話になります!
    よろしくお願いします!

    感謝

  7. あゆかさん おはようございます。

    ほんとうになにもないって
    ほんとうになにもないんですね。

    今朝 目覚める瞬間
    この ほんとうになにもないところに
    わたし という何かが ぼこ!っと
    現れました。
    それを見ちゃいました。
    現れる瞬間を見てしまいました。

    そのうち 現れたわたしに
    あのわたしの記憶が徐々に徐々に戻って来ました。

    あの、生まれるのが嫌だ!という気持ちも
    理解できます。ビックリするのが嫌だったみたいです。
    あのボコッと現れる瞬間がドキッとして
    驚くのが嫌だったみたいです。

    でも・・・
    とても不思議でした。
    なぜなら深い深い闇なのに
    明るく軽い闇だったからです。
    まるで静謐な茶席にいた、あの大好きなおばあちゃんの雰囲気そのままでした。
    温かくてひろくておおきくて、そしてとてもこまやかな
    そうです!
    まるで大いなる存在そのままでした。

    まるで葡萄酒みたいだと思いました。
    あの樽の中みたいな。
    発酵(発光)し続けている、あの樽の中は
    きっと、こんな闇なのではないでしょうか。

    あゆかさん
    苦しみは全く怖いものではなくなりなした。
    闇から光が現れるように
    止まるから動が現れるように
    苦しみからは愛が生まれているんですね。。。

    いつでも、なんでもALL OKに
    なりました。

    ほんとうに
    ほんとうに
    お陰様です。

    感謝

    ひとみ

  8. 何度もすみません。

    いやぁ〜〜 とうとうボスエゴと対峙せねばならぬときをいただき
    やりました!

    何が苦しいの?
    何が悲しいの?
    と粘って粘って粘って・・・
    いやぁ〜〜見たくないものを見てしまいましたよーー
    鼻持ちならない奴。
    臭くて臭くて嫌味たっぷりで
    上から目線そのもので
    私は、この私を認め許す作業を
    避けて避けていたんですねぇ・・・

    私が反応する相手は
    まさしく私そのもので
    私が許せない!と感じる相手は
    まさしく私そのものでした。はぁー( 溜息 )

    あゆかさん
    長年の疑問
    長年の苦しみ

    しずかにしずかに溶けていってます。

    とんでもない奴でした。
    傲慢で高飛車で鼻持ちならない奴
    それが私でした。
    その私を守っているわけですからね〜〜
    そりゃあ嫌われて当たり前ですよね。

    苦しみとは有難いですね
    ほんとうに有難いです。

    気づきなさい気づきなさいという
    愛そのもでした。

  9. あゆかさん

    自分に「ありがとう」が
    心の底から
    言えました。

    それでもそれでも愛してくれてありがとう。
    それでもそれでも守ってくれてありがとう。
    それでもそれでもがんばってくれてありがとう。
    それでもそれでも見捨てないでくれてありがとう。

    自分に「ありがとう」

    今まで一度もしたことがありませんでした。
    申し訳なかったです。
    辛かっただろうと思います。
    悲しかっただろうと思います。
    だからこそ「漠然とした苦しさ」として
    浮き出て来ていたのだと思います。

    やっと、分かり合えました。

    あゆかさん
    ありがとうございました。

    感謝

    ひとみ

    • ひとみさん、自分の中でまず分離が消えていった感じですね。いつも感謝のお言葉をありがとうございます☆ 

  10. 初めまして、いつもブログを読ませて頂いています。

    >思考が現実を作るとか、自分の気がつかない思いを見せる人が現われるとか、そういう考えと同じだと思われがちです。

    >が、ぜんぜん違います。今回はスペースがありませんので、詳しいことはいつかの機会に。

    何が違うのか…時間を置いても分かりませんでした。
    もし大丈夫であれば次の記事でこの違いを扱って頂けると嬉しいです。

    今回の記事の最後に書いてある、そもそも誰もいないに気付くがヒントになるのでしょうか、、、

    • mさん、こんにちは!

      長くなりますので、ここはヒントだけで失礼いたしますね。

      ヒント1:現象が先に起きるのか、思考が先に起きるのか?
      ヒント2:自我はいつも自分中心に地球が回っていると思っている

      です。

      こちらもご参考に↓
      https://ayukablog.wordpress.com/tag/%E6%80%9D%E8%80%83%E3%81%8C%E7%8F%BE%E5%AE%9F%E3%82%92%E4%BD%9C%E3%82%8B/

      そして、非二元的に見ても、主体もなく(私はいない)、従って自由意志もないのに、一体誰が何を作りだすのか?と見ていくこともできますね。(自由意志があるという考えは、前提にそれを行使する人がいることになります)

  11. はじめまして。
    少し前に、ちょっと落ち込んでます、とコメントした、コタツです。

    以前の記事など読み返したり、いろいろ考えて直したりしているところなのですが、やっばり、自分の経験と関係なく世界が中立に存在している、と感じてしまいます。
    なぜなら、誰かが死んだとき、それでも世界は続いていたからです。
    だから、絶対に自分が死んでも世界は続くであろう。中立な世界があってそこに、ちょっとづつ関わっているのが、私たちなんだと。

    私と別の誰かが、感じ方が違って、別の世界を経験している、というのはよーくわかります。だから、人と人とは最終的には、孤独な存在なのかも、と考えてしまう自分がいます。
    ↑これが、自我の言葉なのはわかっていますが。。。

    その一方で、自分だけの世界がただの自我の感覚で思っている世界であって、世界はもっと温かくてワクワクするはずなんだと、いう思いもあります。
    (これも自我の思い?、でも、そう思わなければ、辛くてこの世界を生き抜けない気がします)

    ただ、これで今の所うまくいってません。
    最終的にぜんぜん癒されてないので。

    今の所、この辺りをぐるぐる回っています。

    あと、私の前にコメントしてくれて、mさんの質問と、それに対するあゆかさんの返信もまるで、理解できてないです。

    こんなこと書いてしまい、申し訳ないです。

    自分の個人的な思いを綴ってしまいましたが、どうして、世界は中立なものがないのでしょうか?
    どういう道をへて、あゆかさんは、そこに行き着いたのでしょうか?

    • コタツさん、こんにちは!

      私が書いていることを分からないなぁ~~と思っている人はたくさんいると思いますよ。

      で、自分ワールドがあるだけなんですが、分離はないんです。幻想です。自我の目線で捉えるか、全体の目線で捉えるかなんです。ややこしいですよね。分かり辛いのもとっても理解できます。

      ただ、ブログの記事を読んですべて理解したとしても、決して楽にはならないとは思います。なぜならぜんぶ、思考レベルの作業になってしまうからです。

      ので、記事を理解しようとするよりも、自分の心の光が当たっていない部分、否定している部分、抑圧している部分を見つめ、向き合い、受け入れていく作業のほうが良いかなと思います。

      とりあえず、誰かが死んでも世界は続く・・・というのは、観察者が誰もいなくても地球がくるくる回っているというのと同じ見方ですね。

      で、これが現在地球上のほとんどの人の見方と同じです。つまり、世界や人間は物質でできているという物質主義の見方です。これは言い方を変えれば、分離主義の見方なので、やはり孤独な世界観になりやすいですね。

      ただ、思考を通さず直に経験を見つめていくとその世界は物質でできているということが当てはまらない・・・というのが非二元や量子学で語られていることなんです。

      で、もしすべてはエネルギーだとしたら、世界と個人は大海と小波のような関係です。(これは比喩です)中立した世界があるという見方は、小波と大海は物質で、分離して別々に存在しているという見方と同じなんです。

      まぁ、こういうことを頭で理解したところで癒されるわけではありませんので(経験として見えれば別です)、余計なお世話かもしれませんが、先に書きましたように自分の中を深く見つめてあげてみるのが良いのかなぁと思います。

  12. あゆかさーん
    いつもありがとうございます。

    「自分の中でまず分離が消えていった感じですね」

    これ↑
    ん?って、ちゃ~んと反応しまして
    そして整理がはじまりました。笑

    あくまでも「始まっただけ」ですが、書かせてください。

    高いプライド と 低い自信
    この二つが同居しているのが「あのわたし」でした。
    最後まで残っていたのが「自分を許せないわたし」でした。
    なんだかもう面倒臭くなったので 笑
    えい!っと受け入れました。
    これも、4人の我が子や夫が、本当に色々としでかしてくれたおかげです。
    家族は、それでもそれでも受けいれるお稽古をさせてくれてたのだと
    気付かせていただきました。
    そして1番受け入れてあげてなかったのが自分でした。
    笑っちゃいますね。
    最後の最後は自分を丸ごと受けいれれるようになったのだと思います。

    すると
    あゆかさんが書いてくださった
    「自分の中でまず分離が消えていった感じですね」
    なんだと思います。

    今朝・・・
    ただただ、ふわふわと落ちてくる雪を
    だまーって、しずかに見ていました。
    なんと地球は凄いなーーと強く感じましたし癒されました。
    すでに降り積もっている雪が、真新しい雪を
    ちゃ~んと受け入れて、そして一体になっていく姿に感動しました。

    このきめ細やかな美しさと愛を感じる暇もなく
    走ってきて、そして倒れて 笑
    そのおかげで「今ここ」を感じられるように
    やっと、なりました。
    今までの苦しみも誤解がとけて
    ちゃ~んと報われ
    よろこんでよろこんで
    まるでダンスを踊っているかのように
    飛び立っていきました。

    いつも大地は在る。
    いつも一部の隙間もなく「ぴったんこ」に
    一体で 在る。

    いつも空気は在る。
    いつも一部の隙間もなく「ぴったんこ」に
    一体で 在る。

    すでに母体の中だったのに・・・
    すでに一体だったのに・・・
    「わたし」は孤独でひとりぼっちで
    頑張らなきゃ大変なことになる!と必死でしたね。。。
    分離意識そのものでした。
    この分離意識の「わたし」にも感謝して100%感謝して手放したとき
    「自分の中でまず分離が消えていった感じですね」
    になったのだと感じます。

    以上 整理おわり♪です。

    静けさを感じられますか?

    ありがたーい言葉です。

    今日も北海道は、しずかにしずかにふわふわと
    雪たちはダンスしています。
    あゆかさんとわたしもダンスしています。

    感謝

  13. あゆかさん、ヒント有難うございます。
    正直さらによく分からなくなってしまいお礼が遅くなってしまいました。

    観察者がいない時は地球はくるくる回っていないって事でしょうか。
    観察した時だけくるくる回ってる。
    わたし、ブログはほぼ読んでいるのに本当に何も分かってないみたいです。

    でも分からなくても別にいいんですよね?
    今の感情だったり経験してることをよく見るようにするって、、、
    やってみたら、いいんですよね?

    これだけ、たくさんの記事とヒントをくださっていて何も分かってないのが申し訳なくなります。

    • mさん、こんにちは!

      基本的に、コメント欄で質疑のやりとりの範疇をはるかに超えていますので、ぜんぜん分からなくて当然です。よく考えてみれば、私こそ短絡的にヒントを書いてしまってすみませんでした!

      ただ、余計分からなくなること自体は悪いことではないと思います。とにかく今までの自分の見方(または、地球上の大勢の人の見方)を抜本的に捨て去る必要があり、それ自体がまず難しいですよね。

      いずれにしても、なんだかんだと記事を読んでくださっていて、心より感謝いたします♪

      • あゆかさんへ

        気付きのダンスの記事も読みました。
        関係する記事を書いて頂いて心から感謝します。
        あれから引き続き、ブログや動画を見ていました。

        本当に何となくですが理解したように思います。
        それぞれの世界が全く別々にあるけれど
        例えば地球がくるくると回っているらしい
        という情報は共有しあっている。
        持っている情報や見ている景色が似ているから、
        中立した世界があるように感じる。
        でも実際は違う。
        地球はずっとくるくる回ってない。
        そういう情報を持っているだけ。

        .ヒント1:現象が先に起きるのか、思考が先に起きるのか?

        この答えは今も分からないです。
        何となく知識で答えるなら同時という言葉が出てきますが
        よく分からないです。

        ヒント2:自我はいつも自分中心に地球が回っていると思っている

        私は何も起こしていない。
        私が思考しているわけじゃない。
        私が現象を作っているわけじゃない。
        だから、思考が現実化しているわけじゃない。
        持っている情報が投影されているだけ。

        これで間違っていたらもう笑うしかない感じですが(笑)
        最初に抱いた疑問に関してはだいぶスッキリしました。
        どうしても頭で考えてしまうのですが、見ることを
        もっと意識していきたいです。
        いつも丁寧な解説をありがとうございます。
        本当に心から感謝しています。

        • mさん、こんにちは!

          コメントをありがとうございます。

          こういう熱心さ、けっこう好きです♪

          分離の錯覚に陥っている自我の視点から、中立の世界などないという本当の意味を理解するのは、残念ながら限界があるかもしれません。つまり、気づいている意識(純粋意識、全体、それ、etc)の視点にシフトしていくことですね。

          ヒント1現象が先か、思考が先か? たった今、思考がなくなると世界は消えてしまうでしょうか? これは細かく観察するだけで自明になってきますよ。

          ヒント2は、そうそうそんな感じ♪です。

          それでは、今後もぜひブログのほうお読みくださいませ~☆

          • あゆかさん

            今朝は思考がグルグル回り始めていたのであゆかさんのコメントに愛を感じて
            胸がジワ〜ンと熱くなりました。
            返信ありがとうございます。

            気づいてる意識の視点にシフトをしっかり意識したいと思います。
            ヒント1も細かく観察します。

            そして、これからもブログを読みますね(^ー^)
            本当にいつもありがとうございます☆

  14. あゆかさんへ

    こたつです。

    「自分の心の光が、当たっている部分、否定している部分、抑圧されている部分をみつめ、向き合い、受け入れていく、作業のほうが良い」

    この言葉を、何回も呟いてみました。
    ちょっと、涙がにじんでしまいました。

    今、私は自分のことが嫌いで(自分の思い通りの自分でないので)、それが嫌で嫌で、そこから逃げたくて、仕方ないです。
    抑圧している部分をみつめるどころか、そこから、離れたくて仕方なかったんですね。

    よし!これから、みつめる作業します!!
    と、言いたいのですが、まだ、とても、怖いです。そして、苦しいです。

    まずは、頭で考えてるのを少し減らして、心を緩くすること、始めたいと思います。

    たくさんの言葉、ありがとうございます。

  15. ピンバック: “なにものでもない”視点 | 気づきのダンス

コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中