自我にとって最も魅力のない提案♪

さて~、今日は頂いたコメントから思ったことを書いてみます。100%癒しのお話し♪

で、そのコメントとは、“コメントに返事をもらえない人はショックを受けるので、どうせならすべてのコメントに返事をしないほうが良いのでは・・・”といった主旨のものです。

ちなみに、私がコメントにお返事する基準は“そのとき時間があったか”だけです。(あっ、あと締切りが迫った仕事があるときも、なぜかこまめに返事がしたくなる)

返事はしなくても、ありがとう♪とか、もしかすると勇気を出して書いてくれたのかな、とか、大変そうだなぁとか、いろいろと勝手に思ったり、感じたりしております。

さて、内容は違いますが、このような“私がどうするべきか”を提案してくるコメントは、今までそれなりに頂いております。またはそういった話はあちこちで見たり、聞いたりしますね。

で、いつも思うのが、他者がどうすべきかを論じている間は苦しいだろうな~ということです。

ということで、立場をちょっと逆にしてみます。例えばもし私自身が誰か大好きな人のブログにコメントを残したとして、私だけ返事がもらえなかったら・・・? 

たぶん、がっかりするでしょうし、なぜ私だけ?私のコメントはつまらない?くだらない内容だった?とか、様々な思いが走り、そして、なぜ~~さんは返事してくれないのだろう?取るに足りないと判断したのか?とか推測が爆走するかもしれません。

また、いかに相手が間違っているかという論争が頭の中で展開されることもあるでしょう。

そして自我的には、相手は自分の期待通りにふるまうべきなので、そうしないあなたは「悪者」となり、もし、思う通りにしてくれれば「良い人」となります。

ということで、普通にしていると私たちは当然、相手にあなたがどうするべきかを要求します。自我にとっては、相手や状況が変わることが一番良い解決方法に思えるんですね。

ですから、引き寄せとか思考が現実を作るといったものにとっても惹かれるでしょう。

ただこの状態は、相手が自分の期待に応えてくれるまで「私は幸せになりません」と言っているので、基本的に被害者意識です。

なので、相手を説得するために「正論」を持ち出す人も多いでしょう。ですが、私自身はいわゆる正論にはまったく関心がありません。ど~でもいいです。

それよりも、何が自分の心を平和にしてくれるか?という考え方に立ってみたいのです。

なぜなら、どんなに持論が正しくあっても、他者や周囲が変わらないといけないと思っている限り、上に書いたように犠牲者意識に支配されてしまうからです。

つまり、幸せを握るカギ、パワーは相手が持っているんです。しかも、皆さんもご経験あるように、他者はなかなか自分の思うようには変わってくれません。

また、他者もいつもその人が思うようなことをしてあげられないこともあります。それに本来そうしてあげる必要もありません。(境界線:自分の感情をケアするのは自分の責任)

となると、他者も状況も変わらず、私は苦しいまま・・・となってしまいます。で、それをどうにかしようと状況や相手を変えよう、コントロールしようとすればするほど、疲れ、苦しみ、私たちは力を失います。

でももし、他者がどうすべきかではなく、 “自分はどうしたいか?”をしっかり見つめて、その視点に立ったら?

このとき無意識に他者に譲渡していたパワーは自分の中に戻ってくるんです。

例え、 “あなたのコメントを答えるに値しないと思った”と本人から直接言われたとしても、大切なのはやっぱり私がどうしたいか?なんです。

まぁ、そうはっきり言われたら、その瞬間はショックかもしれませんね。でも、そのショックの気持ちをケアするのは私であって、その人ではないんです。

ここをはき違えてしまうと苦しみのストーリーへまっしぐらです。

じゃぁ、どうやって自分のショックをケアするのか? 自分の感情のケアは自分の責任と頭で納得すること? いえいえ、

ここで癒しが役立つと私はと~~っても思うのです。基本的に自己価値の低さや自己愛の欠如によって傷ついてしまうわけですが、その中身は個人個人ユニークです。

ある人は母親との関係かもしれないし、ある人は幼い頃の特定の出来事に原因があるかもしれないし。そこに向き合って癒してあげることで、もともとあったけど隠れていた愛が顔をだしてくれるんです。

先日終わったマトリックス・リインプリンティングなどは最適なツールだと、今回も講座を開催して再確認しました♪

相手を悪者にしていた間は決して目を向けてもらえなかった心の飢えが、気づいてもらえ、そして愛で満たしてもらえるんです。

そうでない限り、心の飢えを感じないようにするために、ずっと相手の言動をコントロールし続けないといけないし、また相手の言動にいちいち心が振り回されてしまいますね。

しかし、自分で満たした愛、心の平和は誰も奪うことはできません。あぁ、楽チン!

自我にとって、“他者も状況も変わらないけど、自分を見つめよう♪”という呼びかけは、たぶん最も魅力がないものでしょう。

でも、ここにこそ本物のパワー、愛、智慧、平和があるんです。

さて、このようなことを書くと、ぜんぶ自分に原因があるのだから、相手に何も言ってはいけないのか?とか、暴力を振るわれてショックな場合も抵抗するべきではないのか?といったようなご質問も頂きます。(どっちが悪いかという問題ではありません)

で、もちろんそういうことではありません。自己愛を高めるには?がいつも目安ですね。

相手を悪者にし続けて自己愛は育つ? 暴力をただ受け入れていて自己愛が増える?

自己愛はまた、加害者VS被害者を超えた愛があることに気づかせてくれる、分離の幻想から私たちを導き出してくれる道しるべでもありますね♪

自我にとって最も魅力のない提案♪」への14件のフィードバック

  1. ものすごーくよくわかります。
    読みながら、ぶわっと愛があふれる気持ちになりました。
    あゆかさん大好き♡
    ありがとうございます!

  2. ものすごく優しいですね。
    癒されるとそう思えてくるんですね。
    素直になればいいのに
    つい最近まで
    自分が正しい!といつも押し付けわめいていた過去の自分が恥ずかしいです。σ^_^;

    • みんな(私を含めて)同じことをやっていると思いますよ。でも、ほんと癒しのおかげで楽チンです。(*^_^*) 

  3. こんにちは。あゆかさん
    今を頑張って、生きても、

    昔の自分を知っている人に
    昔こういうやつだったよなとか
    噂されるのが
    言われるのが怖いし、
    ギュッとされた気持ちになります。
    そういっても今は過ぎていくのでやることをやるしかないのですが、

    そこまで、みんな自分に興味ないって思うかもしれないですが、
    いつまでも、考えてしまいます

    でも、あゆかさんのブログを読んでいて、それは頭の中の妄想なのかもしれないと思うようになります。でも起こることが起こるだけだから、それは起こるのかもしれないと思うと気が沈みます。
    こういう予期不安もセラピーで扱ってもらったらラクになって、どうでもよくなるのでしょうか。

    • はい、それは100%妄想です。(*^_^*) ふふ。ただ、それがリアルに感じられるのなら、セラピーも良いですよ。予期不安でもありますが、それよりも昔の自分のことをご自分がすごく否定なさっているのかなと思います。

      • こんにちは。お返事ありがとうございます。そうです。誰よりも自分のことが許せないでいます。だから他人からの攻撃に反応してしまうんですね。。。。

  4. 先生は現在、後進の育成や養成に力を注いでいらっしゃられて、

    個人のカウンセリングをされていないと、伺っておりましたのて、とても残念な気持ちでしばらくおりましたが、

    こちらのブログの記事を幾つか拝見しているだけで、

    “わたし的にはですが、まるで、カウンセリングを受けているような気分になってしまって、とっても!ありがたいです。

    先生の、ハートフルでいらっしゃるのに、八方美人ではなく、キリっとした態度だとか、

    気取られない表現だとか、率直につっこまれるとか、謙虚さの見え隠れとか、とても自然なことに感じて、嬉しく、

    “わたし的には、異なる記事を読む度に、

    やっぱりなんか、カウンセリングをされているみたいだと、

    感謝の気持ちと共に、思いました。(カウンセリング料を払わないのにすいません‥(_ _))

    このブログの名称は『魂のケア』となっていますが、

    ○機会がありましたら、先生の『魂』の“定義”などを教えて下さい。

    『奇跡のコース』などは、<魂>を<肉体を超えて、あらゆる時空間に繋がっているもの>とか、解釈をしていらっしゃるのでしょうか、

    私は、世間的にも、様々な神秘家にしましても、宗教家たちにしましても、おそらくは、その存在や居所を、ほんとんど漠然的に“あるだろう”と、

    思われてる『魂』の、●在りかとか、●形とかを、とうとう見つけられませんでした。

    これは、あくまでも、この私の、“私のこの方角の視野や、知覚”、その他‥などなどの傾向性‥だと思いますので、

    先生の『魂』に関する認識と、見解をお聞きしたいです。

    • 宜しければ、ぜひ「あゆかさん」とお呼びくださいませ。(*^_^*)

      私が現在セッションをやれない理由は、おっしゃる通りのことと、日本とイギリスを行ったり来たりしているため、継続してやらせて頂けないからです。

      でも、読むだけでも少し楽になっていらっしゃるようでとても嬉しく思います。

      さて、魂という意味ですが、精神性という意味で私は使っています。精神性とは、目に見えないものですし、大きさや場所が分かるものでもありませんよね。でも、そこに私たちの本質があり、歴史があり、思いや感情が蓄積されています。また、精神は、時間を超え、深いレベルでは人類の精神史につながっていくように個を超え、またもちろん肉体を超えるもののように感じています。

      そんな意味で使っていますが、正しい定義というつもりではなく、超個人的な解釈です♪

  5. ご質問のお答えをすぐに頂けるなんて、なんて、私は💙ラッキーなんでしょう?

    率直にお答えいただき、ありがとうごさます。

    『あゆかさん』、あっいけねぇ!

    “ここから”見えるもの、あらゆるものが、<先生>なのは承知しておりますが、

    >私<に拘れば、やっぱり『あゆかさん』は、先生です。

    面識も無いのに、短絡的かも知れませんが、先生が(先生というのは、これで最後に致しますが)、

    お答えいただきました、<精神性・魂>に、通ずるものが、今も、“たくさん”感じられているからだと思います。

    私に、“ここ”に去来して振る舞いたがる“本質”の私に精神性があるかどうかは別にして、

    『あゆかさん』が居られるのが、人生の楽しみになりました。

    ありがとうごさます。

    過去の苦労話も、胸にグッと来ました。

  6. 初めまして。
    溝口さんの事は、じゅんころさんとお話されている動画などで拝見させていただきました。
    実は、最初の頃は、溝口さんに抵抗があったのです。なぜなら、哲学的で難しそうだなぁと
    感じていました(;^ω^)
    しかしながら、じゅんころさんとのお話を聞いているうちに、
    それは私の先入観であったことに気づきました。
    そして、googleであゆかさんのブログなどを検索していたらたまたま
    「溝口あゆか 病気」と検索ワードに出てきた、そこから病気に関する
    ブログを読ませて頂きました。

    ここで話はそれますが・・私には息子がいて、
    産まれた頃は健康優良児でしたが、生後半年頃、突然死にかけました。
    それは原因不明で心臓の病気に感染?したためでした。
    入院しましたが、その時の薬の副作用で脳死状態になり、気がつけば、
    元気だった子が、植物人間のようになっていました。
    今は退院出来ましたが、脳のダメージは大きく、言葉を話したり、
    理解をする事は出来ません。オムツのままですし、感情の抑制も出来ないので、
    毎日こちらの耳が痛むほど大声をあげて叫びまわる時もあります。

    私としては、こんな状態になって、何の生きる希望があるのか、
    生きていく意味なんてあるのか と、散々塞ぎ込みました。
    何の本を読んでも、誰の話を聞いても、上っ面の軽々しい言葉に聞こえ、
    誰の言葉もそこから救ってくれるような人はいませんでした。
    そうこうしていたら、スピリチュアルと出会いました。もともと好きな分野では
    ありましたが、雲黒斎さんという方のブログを見て、目から鱗が落ちました。
    「誰も産まれていないし、死にもしないとか言ってる!!!何それ??」と驚きました。
    そこが発端となり、阿部敏郎さん、エックハルトトール、osho、山川ご夫妻、奇跡のコース、
    バシャール・・・スピに関する本は100冊近く目を通していました。
    しかし、読んで頭で分かった気になっても、「悟り」の体験をしていない以上、
    心から理解できたような気持ちにはなりませんでした。

    そんなスピ探求を続けている中で、体が突然不調を起し始めました。
    とにかくお腹が痛むのです。激痛で、2,3日寝ていることもしばしばでした。
    何か病気になったのかもと思い、病院を転々としましたが、全く原因が分かりません。
    内科、外科、婦人科、胃腸科の診察や、MR,CT,PET検査、鍼に、整体に、気づけば
    30か所近く病院や検査を続けて転々としていました。
    気づくと行きついた病院は「心療内科」でした。そして、医師から「心身症」と
    言われました。

    私はスピの話も沢山聞いてきたし、この世の本当の仕組みも知ってきた。
    その私が「心」が原因の病気になるわけがなく、そもそも心因でこんな激痛が起こるはずはない と、頑なに考えを曲げませんでした。
    「心因性なんて、んなあほな。スピを探求してきた意味ないやん!!」です(笑)

    どれだけ「何があってもokとか、「今ここに生きるようにしよう」とか、「自分はいない」とか、なんだかんだと聞いてきたけど、こうやって心が原因で体が病気になる事があるなんて、
    今まで聞いてきた事はいったい何だったんだろう・・・」と。

    正直、もう、自分がさっぱり分かりません(笑)
    そしてあゆかさんの病気ーに関するブログを読んでいて、ふと思いました。
    「自分をみつめてみよう。ようわからんくなっているなら、カウンセリングを受けてみよう」と。
    この世の仕組みを頭では分かっているつもりでも、
    体が分かっていないと、こんなことになってしまうわけですね(;´・ω・)
    なんとも理不尽です・・・。
    でも、人によっては腹部ではなく、腰痛だったり、脱毛だったり、言葉が出なくなったり。
    ストレスによって様々な病気が発症する事も知りました。
    (私自身はストレスを抱えている意識は未だに皆無ですが・・・やっぱり、現代医学では
    分からない超難病なのかもと、考えてしまいます(;´∀`))

    長々書いてきて、最後に何が言いたいのか分からなくなりましたが、
    スピという目に見えない分野に救われて、もっとわかりたいと探求を続けて
    きましたが(続けてきたというか、無意識に止まらず・・・)
    現実の自分の心 に目を向けてみよう と思わせてくれたのは間違いなく
    あゆかさんがきっかけです。
    あゆかさんが、非二元論と、カウンセラーの両方の分野で二足の草鞋をはいていた
    からこそ、「病気は自分が発端ではないのか?」と、思わせてくれるきっかけになりました。

    今後私自身、回復するのかは未知数で、未だに不安が一杯ではありますが、
    暫くは、自分の心と対話をしてみたいと思います。
    長々と失礼しました。ありがとうございました

    • こんにちは!

      はい、私、実は哲学とか大好きです。しかし、知識は癒しにも非二元にも役に立たないことも、実体験上よ~く分かっております。多くの人が忘れてしまいがちなのが、感情の解放です。癒しに必要なことは、何かを増やす(知識とか気づきとか)よりも、減らす(無意識の思い込みや抑圧された感情)ほうが、うんと楽になります。

      ということで、お役にたつかどうかは分かりませんが、こちらを次回のテーマに書かせて頂きますね。

  7. エゴは、減らすほうが楽。
    エゴがないとつまらないかも。
    このブログも、強烈なエゴでは?
    エゴは、個性、感性、主張、信念、自分の視点、魅力…

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