すべての人に用意されているもの♪

家族が健康で笑っていること、仕事が順調に進んでいること、心が通った友達とともにいることなどなど、こういった状態を私たちは幸せと感じるものでしょう。

人の笑顔はとても素晴らしいし、ほんとそれに越したことはありません。

しかし一方で、人生はいつもそんな風に行くとは限らず、自分か家族が誰かが病気になったり、仕事につまづいたり、失業したり、親しい友達を失ったり・・・などなど、幸せな状態、状況とはとても言えないこともたくさんあります。

こんなとき、私たちはまず状況を改善しようとしますよね。で、もちろん、そういった必要に応じた努力はもちろんしたほうが良いでしょう。

でも、問題は努力でどうにもならない事情や状況などもたくさんあるわけです。

そうすると、私たちの中に悲しみ、怒り、不安、焦り、罪悪感、無力感、嫉妬といった、様々な感情が生まれます。また、もちろんそこには様々なストーリーもありますね。

私たちの多くは、状況がすべてだと思っているので、「状況が変えられない=終わらない苦しみにいる自分」と捉えがちです。

または、こんな自分はダメだ、自分も変えられない・・・という絶望に陥ることもよくあります。

でも、この変えられない状況、変えられない自分は、ほんとうに不幸でいるしかないのでしょうか?起きたことが起きただけで、はい、終わり、なのでしょうか?

そしてまた、私たちが真に望んでいること、求めていること、「幸せ」というイメージの中に求めていることは一体何なのでしょう?

その答えは、やはり私たちの「本質」にあるのではないかと思うのです。つまり、「普遍の愛」です。(無条件の愛とも同じ)

「普遍の愛」・・・、なんだか崇高そう? 高い次元? 遠い感じ? 悟った人だけのもの?

いえいえ、自分の中にある思いや感情を受け入れていくことで、私もクライアントさんも何度も普遍の愛に触れ、包まれ、文字通り癒されてきたなぁとつくづく感じています。

なので、私たちの一番の問題は、自分の中に普遍の愛があること、そしてそこに触れていくことで癒されるということが、あまり知らされていないことじゃないかと思うのです。

“神様は乗り越えられない試練を与えない”という言葉をしばしば見かけます。試練とか、与えられたとか、そういう言語はあまり好きではないのですが、一つ言えることは、神を愛と訳せば、愛はどんな試練も癒せるというのは真実だと思うのです。

どうして私に?(悲しみ、怒り)
これからどうなるの?(不安)
あの頃は良かったのに(悲しみ)
ああしておけばこんなふうにはならなかった(後悔)
親に苦労をかけて悲しませている(罪悪感)
どうにかできるかもしれないのに分からない(焦り)
どうにもならない(無力感、絶望)
元気な人たちを見たくない(嫉妬)
自分はもう夢を持てない、持っても無駄だ(怒り、悲しみ、絶望)

こういった思いや感情に加え、過去にあった出来事、今起きている出来事のストーリーがさらにくっつき、そしてそれらに完全に呑み込まれたとき、私たちは、とにかく人生大っ嫌い、人も嫌い、自分も嫌い!状態になったりします。

この状態からどうしたら普遍の愛を感じられるようになるのでしょう?

で、もちろんこれだけの感情や思いが消え去ることは、簡単なことではありません。ただ長年癒しの仕事をしていますが、簡単ではない一番の理由、同時に唯一の理由は、実は本人がそれらのストーリーや感情にしがみついているからなんです。

私たちはとくにストーリーにしがみつくものです。ただほとんどの場合、無意識なので、自分の感覚ではとにかく早く楽になりたい!・・・となっています。

ということで、簡単とは言えませんが、もちろん解放することはできます。自分の中にあるうずまく感情を一つ一つ抱きしめるように受け入れていくことで、それらの感情は本質へと戻っていきますね。

または、単純に感情解放のセラピーを使ってしまうのも手です。(EFTやマトリックス・リインプリンティングなど)これらのツールはいつの間にか自分の内側へどんどん入っていけます。

そして、これらの感情が解放されるにつれ、自然と今まで忘れていた優しさ、もろさ、繊細さが顔を出してくるんですね。

私はこの段階で勝手にありがとうという言葉が出てくることもよくあります。何にありがとうというより、「すべてがあること」にただありがとう、という思いです。

どうにもならない状況もすべて含めてありがとうになっているんです。自然に。そして、これはすべての人に用意されている愛です。

なぜなら、小波(自我)は大海(普遍の愛)でもあり、大海の外に行くこともあり得ないからです。なので、どんなルートを辿ろうと、自分の中に深くもぐり、すべてを受け入れていけば、たどり着くところは同じ場所です。

そして、この愛に触れたとき、状況とは関係なく、私たちの心は落ち着いてきます。

ただ、自我とは、思考に囚われ、形に囚われ、守りを固め、恐れのほうへより傾く性質があるため、なかなか抜け出すのは容易ではありません。

でも、感情をため込まず、一つ一つ丁寧に向き合って、受け入れ、本質に戻してあげる(=感情の解放)ことで、自我は普遍の愛を知ることができます。

人の愛情、動物の愛情ももちろん私たちを癒してくれるでしょう。

しかし、すべてを生み出す「愛」は、出来事を超えた、存在の根本から癒してくれると思うのです♪

すべての人に用意されているもの♪」への7件のフィードバック

  1. いつも、いつも 本当にいつも ありがとうございます。
    真剣に自分と向き合い 驚きの毎日です。
    知らなかった本音が こんなにもあったとは。と
    本当に長いこと気づいてあげられなくて申し訳ない気持ちで一杯になりました。
    愛しくて愛しくて 抱きしめて抱きしめているうちに
    普遍の愛という言葉が本当にピッタリの これと出会いました。
    普遍の愛はここに在り
    ポケットの中のダイアモンドです。
    そのとき 私はいませんでした。
    ただただ どこまでも限りなく開かれた これがあるだけでした。
    さらに目の前のテーブルともジューたんともライトとも分離はありませんでした。

    不思議だなぁ〜と思いました。
    私はいない のときも
    また自分と向き合っていっても
    たどり着くのは これ
    自我が消えても
    自我が内に向かって行っても
    たどりつくのは これなんですねぇ
    本当に分離はないのですねぇ。

  2. あゆかさんのブログを読みたくなる時って、不思議なくらいにそのときの状況に寄り添った内容が書かれていて驚きます。

    今回も、数年ぶりの感情爆発で自分を止められなかったのですが、やはりピンポイントのメッセージが私の中を貫通しました。

    『どうにもならない状況もすべて含めてありがとう』

    このことばが、土に雨が染み込むようにじんわり自分の中に広がっていっています。

    これまで、たくさんの学びの場を与えて下さったからこそ吸収出来る言葉なのかもと思います。
    それ以前の意固地な自分なら、きっと突っぱねていただろう(笑)と。

    今日も笑顔で一日楽しみます! ありがとうございます。

  3. あゆかさん、わたしはどうしても誰かと暮す中では難しいと思うのです。
    一番近くにいるものに毎度毎度痛めつけられます。
    ここから自然にありがとうというところまでいくのにも大変で、
    そこまで言った時に、また同じところで始めるということが大変なのです。
    「わかりました。この状況も全て感謝します。」
    そうなった時に、相手がそうではない場合、どうしたら良いのでしょう。
    待つのでしょうか。また、ツライ感情が戻ってくるのではないでしょうか。
    そんな事を何度繰り返せば良いのでしょう。
    疲れました。消えたいです。
    こんな感情、本当に自分を見つめ続けることで癒されていくのでしょうか。
    一体、いつこの感情から解放されるのでしょうか。
    この人生で何度も何度も同じところで止まります。
    わたしには、もうこの課題を乗り越えられそうにもないように思います。
    結局は最後にはひとりになるように感じます。
    いっそのこと、人と関わらずに生きていく方がずっと楽なのではないでしょうか。
    次から次へと押し寄せる苦しみに疲れました。
    もちろん楽しいこともあります。それは苦しみから目を背け
    偽りの時を過ごしている時です。
    トントン、手放す、、、そんな事で本当にこの苦しみが去ることがあるのでしょうか。
    本当の意味で、人を許せることが本当にできるのでしょうか。
    自分を愛したら本当に人を許せるのでしょうか。
    今は、ただただ今までまぼろしにすがって生きて来たわたしはバカだとしか思えません。
    苦しくて、苦しくて消えてしまいたいです。
    溜め込んでいるとくるってしまいそうです。
    根本からの愛を感じる時は、一般的に普通と言う生活をしてないのではないでしょうか。
    ただただいろんなことに矛盾を感じています。
    今までわたしが生きて来た経験すら無意味のようで
    何のために生きているのかさえわからなくなってきました。
    こんな事をつらつら書いてしまって申し訳ありません。
    わたしは何もわかってないです。
    生きることはそんなにすばらしいものなのでしょうか。

    • えみこさん、こんにちは☆

      コメントを拝見させて頂いて、一番苦しい状態にいらっしゃるのかなと感じます。今、癒した後のことを想像することすら無理があるかもしれません。または今、癒した後の状態を実践しようとするとさらに苦しくなるでしょう。

      記事はどうしても短くまとめるので、簡単ではないと書いても、トントンと手放せるかのように読めるかもしれませんね。しかし、その過程は複雑で決してたやすいものではないですよね。

      もしかするとすでに、それなりにワークをしたり、セッションを受けていらっしゃるのかもしれません。ただ、それでもこれだけ苦しいということは、まだいろいろな思いや感情に縛られているのかなと思います。

      でも、えみこさんのような状態から楽になった方も大勢いるんですよ。(何年かかかりましたが)

      文章では助けにならないかと思いますが、苦しみの原因はやはりたまっている思いと感情です。ご自分に合ったカウンセリングやセラピー、または相性の良いセラピストさんなどに巡り合えて、それらが解放していけると良いですね。

      • あゆかさん

        お返事ありがとうございます。
        セッションなど頻繁ではありませんが受けています。
        助言されることは同じようなことです。
        でも、私はその少し先のことについて話を聞きたい。
        そんな思いで、直後は興奮していますが
        数日後には徐々に満足感にかけ始めます。
        「頑張ってください。」「はい!頑張ります。」
        でも、数日後には、「じゃ、どうやって?」
        「やりたいようにやって下さい。」
        でも、それ以上聞いてしまうと自分がセラピストに依存しているようで、
        さらにはもっと依存してしまいそうで怖いのです。
        心もそうですが金銭的にも大変です。
        それでも、地道に歩んでいます。
        で、気がつくと周りとの差が開いている。
        その周りが去っていく。
        孤独になる。
        そんなことを繰り返しているような。
        スピリチャル的に満たされている時
        気づくと現実は壊れかけている。。。
        そんなことの繰り返しです。
        それが嫌で自分が満たされ続けるためには
        孤独に打ち勝つ強い心を持ち
        一人で生きていくのが一番いいのでは?
        そんな結論に達してしまいます。

        あゆかさんのアドバイス通り
        セッションなど自分が納得するまで受けたいです。
        でもそれが依存へとつながりそうで怖いです。
        なので、一人自分を見つめ続けています。
        でも、たった今この時間が辛いのです。

        皆さんは、そんな時どうされているんでしょう?
        もう一度来世で同じことはしたくはないので
        そんなことはしませんが、突発的に、、、の気持ち、
        私にはよくわかります。

        こんな時、
        自分はどうやったらこの感情から解放されるのでしょうか。
        やはり自分を見つめ続けて待つしかないのでしょう。

        • えみこさん、お返事をありがとうございます。(*^_^*)

          私は、イギリスのカレッジと提携してカウンセラー養成講座を毎年開催しているのですが、その中で「助言」はカウンセラーの仕事ではないとはっきり言っているんです。

          深いレベルでため込んだ思いや感情を解放すれば、辛さはかなり和らぎ、自然と考え方も変わり、また自己愛も勝手に増えますので、自信もついてくるはずなんです。(もちろん、そこまでに行くのにそれなりの時間はかかります)

          なので、基本的にクライアントさんに助言する必要はないはずなんです。私はほとんど助言はしません。

          また、カウンセラーやセラピストに助言を求めてしまう、または助言通りにするとなると、依存という問題が出てくるでしょう。

          しかし、本来カウンセラーやセラピストの役目は、苦しみの原因を一緒にご本人が気が付いていないレベルに潜って(笑)探していき、それを一緒に解放し、その人の中にもともとあったハートの声を一緒に聞いていく、サポーターだと思うのです。

          いつの間にかカウンセラー論になってしまいましたね。助言しない、掘り下げていくタイプのカウンセリング、もしくはセラピーを受けてみられると良いかもしれません。宜しければ、こちらのセラピスト欄やハートサークルのセラピスト欄などもご覧になってみてください。

          • 度々のお返事、本当に感謝申し上げます。

            あゆかさんのコメントを読みまして、
            私が今まで受けてきたものはあゆかさんが仰るカウンセリングとは違うものだったと思います。
            そう考えるとセラピーにはそれなりの時間がかかることもよく分かりました。
            何かあってからでは、私の心が耐えられない。
            何かある前から、心の底にある悲しみ、孤独、怒り、嫉妬と
            向き合っておけばよかったです。
            本当は気付いてはいましたが、片目どころか、薄目で生きてきました。
            後悔先に立たずです。
            同じようなことを、20代、30代と直面してきました。
            この数日で、たどり着いたことは
            私には完全に父子愛が欠如しているということでした。
            さらには家族愛です。
            20代の時には、彼らなりの表現で愛されていたんだと
            私なりに納得したはずでした。
            しかし、あゆかさんが仰る通り、まだ下に掘り下げ見つめ直さなければならないものがあるんだと思います。
            私は、側から見れば恵まれた生活をしてきました。
            でも、愛に飢えた私の中で感情がぐるぐると渦を巻き続け、たまに噴火してしまい、全てを壊してしまうということは気付いています。
            知ってはいましたが、その癒し方がわかりません。
            癒せるのかさえも自信がないです。
            でも、こうして辛くて辛くて仕方ないのですから
            そんなことを言い続けてもどうしようもないことですね。
            これより下へ潜って探るにはやはりガイドになってくださる方を探したほうがいいように思いました。自分だけでは難しい。
            今は金銭的にも苦しくうけることはできそうにもありませんが
            ネットやYouTubeを駆使し始めていこうと思います。

            こんな黒い重い気持ちを吐露させて頂き申し訳ありませんでした。
            受け止めて下さったこと、心から感謝申し上げます。
            ありがとうございました。

            えみこ

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