自我は自動操縦♪

今回も癒しと非二元が限りなく混ざったお話です♪(だんだん、ブログを分けた意味が・・・、まぁいいや)

さて、般若心経のなかに五蘊というのがありますね。自我を構成している5つの要素です。実は私は英語で理解してしまったので、英語でここに書くと、

the body, feelings, perceptions, mental formations, consciousness
体、感情、知覚、思考、意識(←変化する意識作用)

となります。

これが、個としての「わたし」を構成しているんです。くれぐれも私に自我があるのではなく、「個のわたし」=「自我」です。

さぁ、この5つの要素の中で自我的には足りないものがあるはずです。あってしかるべきものがない!

そうです。それらの5つの要素の「所有者、主」です。主体であり、思いや感覚をコントロールしている存在です。

で、下記のご質問を頂きました。

“身体”や“感情”、“思考”をすべて無くしてみたとき、その中心にあると思っていた“私”というものは存在しないということですが、それはとりもなおさず(←えっ!そんな簡単にスルーしないでください!笑)、ある特定の“身体”や“感情”、“思考”というものの統合されたものこそが、“私”ということ他ならないいうことではないでしょうか?

その通りです。それが「個の私」ですね。でも、ポイントはやっぱりそこに主体はいないということです。自我はこれらの統合されたものが、あたかも主体であるかのように強く錯覚しているんです。

でも、きちんと自分の経験を見つめてみると、

思考は沸いては、去っていくものなので、主体になれません。もし、思考が主体でしたら、思考が去ったときに主体も去ってしまいます。また、一体どの思考が主体なのでしょう? 体も独立した意思を持っているわけでもなく、また感情も沸いてくるだけです。

脳みそが主体だ!というのが、現在の物質主義の考え方かもしれません。でも、そうであれば、私の脳という言い方は間違いですね。“私は脳だ”ということになります。

また、最近の科学では、次に何が起きるかを心臓の波動のほうが、脳よりも早くキャッチしている(HeartMath Institute)とか、私が今はまっているBernardo Kustrapというオランダの科学者なども、脳じゃないよ~という発表をしています。

ポイントは、普段私たちは、

「私」が私の体をケアする
「私」が私の思いをポジティブにする
「私」が私の感情を解放する

という感覚でいます。

でも、五蘊の要素にも、自分の直の経験を見つめても、その「私」はいませんね。所有者がいないんです。

“身体”や“感情”、“思考”というものの統合されたものが私だ、という強い思い込みがあるだけなんです。

私の言葉を信じるのではなく、ご自分の体験をよくよく見つめてみてくださいね。

さて、これは言い換えれば、運転手なしに走っている車です。自動操縦です。車にはそれぞれ特定の色やデザインやモデルがありますね。で、ちょっとイメージして頂いて、車の機能に高精度のナビ(思いや感情)がついていたら、車は自分が操縦していると勘違いしてしまうかもしれません。

もちろん、人間はただの機械にすぎないと言いたいのでは、まったくありません。また、すべては常に変化していますから、人間も車も固体というより流動体です。

ちなみに量子的にも、物質の99%(だったかな)は空間だそうです。

では、例えば「私は無能だ」というビリーフが誰かにあるとします。車の例えに戻ると、それがナビに表示されたわけです。本来ならば、運転手がそれを読むのですが、読む人は不在で、ただナビに表示されただけです。

つまり、思考も感情も、持ち主なしにただ流れているだけなんです。ただナビには、「それは私の感情だ」「それは私の思いだ」という情報が、デフォルトとしてセットされています。

ので、あたかも「わたし」がいるような錯覚が生まれるんです。でも、ぜんぶただの思いです。

しかし、思いには感情や体感がくっついてくるので、実体感、リアル感が強いんですね。

エックハルト・トーレが彼の著書で「ペインボディ」という言葉を使っていますが、私はこの言葉は見事だなぁと思います。「傷ついた私」はいないんです。ただ、ペインボディだけがあるんです。

つまり、誰かがペインボディを持っているのではなく、私たちが苦しんでいるとき、私たちはペインボディなんです。

さて、なまの自我は車の例えなんかよりも、ずっと複雑で脈々と変化する生命体です。なので癒しも、そう簡単にはいきません。

でも、思いや感情は本来誰のものでもない、ということが知識でもわかっていると、癒しには役立ちます。少し緩むんです。思いや感情が「わたしのもの」という思い込みから解放され、動きやすくなるんですね。

体もそうです。「私のもの」という思い込みから解放し、生命のもの、源のものとして扱ってあげると、心なしか体が喜んでいるように感じます。

そして、ペインボディも、そしてもちろんヘルシーボディ、ハッピーボディもみな、気づきの意識、生命のエネルギーから現われ、100%受け入れられています。

ですから、自我は決して真実を防ぐ邪魔者ではありません。パラドックスですが、自我を超えるには、自我の要素を受け入れる(愛)ことなんです。

でも、受け入れるのが難しいと感じるときは、その難しいと感じる心を受け入れてあげてくださいね♪ (そんなときは、セラピーがお薦め)

 

☆☆☆ お知らせ ☆☆☆

地球ひろしさんのearth-TVに6月20日(土)夜9時より出演します!
当日質問をしたい方は、アフリカTVの無料アカウントで入るか、FB、ツイッターでチャットに入れるそうです。

自我は自動操縦♪」への4件のフィードバック

  1. 思考は難しくするのが仕事です。
    説明するのが大好きなんです。
    そうやって私は上手に生き延びています。

  2. 思いや感情が誰のものでもない・・・重要なことのように思うのですが、いまいち、深く浸透していないのが正直なところです。すぐに忘れてしまいます(^^;)

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