増税と目覚め

写真:山村琴美

写真:山村琴美

今日から1週間ほどハートサークルのプロジェクトで東北に行って参ります。さて、今回もコメントにお返事をさせてください。

うーん、難しい~(;-ω-)ウーン二歳の子供のいる専業主婦です。実家が遠いのと保育園の空きがないのと夫の転勤の可能性があるので働けません。しかし日本は増税増税、配偶者控除もなくなるといいます。近隣諸国との領土問題や少子化問題、この国はどうなってしまうのだろう、と漠然と恐ろしいです。恐ろしい気持ちを押し込めて、花見に行ったりしています。中々「私という現象はないのだ」と言われてもぴんとこないのです。ハートが歌うように生きたいけれど…

ある意味、一番多くの人の思いを代弁してくださったコメントかなと思います。そして、それはそうですよね。精神科のお医者様に「私はいないって、分かりました」と話したら、どうなるのだろう?と考えると、一般的な感覚からはかけ離れている話だと思います。

とはいえ、今自分が置かれている状況が絶対的な真実ですべてだと思ってしまうのも、息苦しいものです。増税、領土問題、少子化問題・・・などなど。このコメントの方がどうかは分かりませんが、もともと自分の中に不安が大きい人は、ネガティブな情報にとても敏感なので、不安要素ばかり拾いがちです。

私はたまたまイギリスに住んでいるので、日本とイギリスを行ったり来たりすると、同じ惑星に住んでいても現実が随分違うなぁと感じます。ちなみに、イギリスの消費税は20%で、リーマンショック以来子供手当てもカットされ、税率はもともとイギリスのほうが高いです。

では、福祉が行き届いているのかというと、国民健康保険は完全に破綻していますし、高齢者の貧困問題は深刻化しています。

でも、日本もイギリスも世界トップクラスの先進国で、なんて恵まれた環境にいるのだと私はいつも思うのです。日本だけに住んでいると見えにくいかもしれませんが、日本は個人の自由がかなりある国です。

例えば女性が自分が好きなことをやろうとしたとき、闘わなければいけないことが山ほどある国もまだたくさんありますね。特に日本は安全さもピカ一なので、私は日本に来るとものすごくリラックスできます。なので、日本に生まれて不安に縮こまって生きるのはもったいないなぁと思うのです。

とはいえ何度も書いておりますが、社会やマスコミ自体が不安ベースなので、心配を煽るようなトピックのほうが取り上げられやすいですね。基本的に私たちには知恵も力もあるのだ、対処できるのだ!と感じさせるより、心配や不安を煽るエネルギーのほうがあると思いませんか?

先月、独裁政権を倒したチュニジアで、すばらしい憲法が成立しました。長い独裁政権から人々のパワーが勝ち取った素晴らしいニュースだと思ったのですが、BBC放送も日本のメディアもどこも取り上げていませんでした。

ですので、周囲の話やマスコミの報道に真剣に耳を傾けるほど、不安要素ばかり拾って恐れが増幅していくと思います。地球の魂ガイアもニュースのヘッドラインは、ほとんど正しくないといっていましたね。

また基本的に不安材料というのは、どの場所のどの世にもいつもたくさんあるのだと思います。さぁ、私たちはもう安泰だ!と国民全員が思っている国はなかなかないでしょう。

もちろん、マスコミの報道を無視し、増税対策もしなくても良いし、ただハートだけに従いましょうといっているのではまったくありません。それはそれで、現実逃避になりかねません。

しかし、自分の目に見えるもの、知っていること、マスコミなどの報道だけでこれが現実だ、世界だと思ってしまうことで、私たちは全体的な目を失い、自ら可能性に目を閉ざしてしまうと思うのです。そしてまた、真の平和は、心のなかにあって状況の中にあるのではないですね。

そもそも分離した個人である「私」ベースで生きている限り、基本的に不安材料がなくなる日は来ないでしょう。なぜなら、私(=自我)がそもそも不安の根源だからです。それでも、自分の中に自己愛が高まっていくと、「どうにかなるさ」感も高まっていきますね。

思考は未来を予測して、それがあたかも今の問題かのように捉えます。そして出来事や現象にフォーカスし、良い悪いと判断し、あぁだこうだとストーリーをつけていき、物事を複雑化します。そして基本的に「今」にいることを非常に嫌います。

そうやって未来を中心に今を生きることで、今がどんどんおざなりになっていきます。ところが、私たちができることは、今この瞬間をきちんと生きることだけなのですね。すべての人がいつも「今」しか経験をしていないのです。

そのシンプルな真実に目を向けて、今やりたいことは何?というシンプルな問いかけで十分なのです。将来にこうなるかもしれないことに脅えるのではなく、今この瞬間にあなたにとって最も大切なことは何でしょうか? 自然が与えてくれる美しさを堪能し、小さなお子さんとの時間を目いっぱい楽しむこと?

また、二歳のお子さんにどんなことを伝えたいでしょうか? 世界はどうなるか分からない恐いところ? それとも可能性を秘めた場所? どちらも真実なのですね。私たちがどちらにより目を向けるのかだけです。

ハートはとてもシンプルですね。思考ワールドにはまりさえしなければ、ハート中心に生きること自体は、そんな大げさなすごい話ではまったくありません。そして、ハートは、本当の自分である「気づきの意識」にとっても近い場所です。

そして、「気づきの意識」である本当の自分から増税を眺めると、それは「必要に迫られたときに対処すべきこと、終わり」です。そこに「これからどうなってしまうのだぁ~~」という恐いストーリーはくっついてこないのです。

起きている現象に対して、思考が尾ひれはひれをつけないシンプルな世界です。その分、今を十分楽しみ、生命のエネルギーともっと深く触れることができます。

「私というのは現象であって、分離した私というものは存在しない」という話は、真実であるけれども、私たちの多くにとっては過激で、遠くて、分かりにくいし、ぴんと来ないことでしょう。

ところが、真実は自分の呼吸よりも近い話なのです。自分を癒しつくした果ての話でもなければ、すべてのカルマを清算したり、不安を消し去って愛だけになるとかそういう話ではまったくないのですね。自分がいまこの瞬間に経験していることをただ正直に見ていけば良いだけなのです。

ところが、思考にとってそれは地味でつまらないことで、ほとんどの人が考え始めてしまいます。すぐ思考ワールドに戻ってしまうのです。

このコメントの方はまったくそうではありませんが、ときどき「増税など生活が大変なときに、目覚めなんてのんきな話はしていられないのだ」とおっしゃる方もいます。しかし、将来どうなってしまうのだ!と思考にはまっているときのほうが、私たちは現実(今)を生きていないんですね。

今(真実)という場所にきちんと立ったとき、現実逃避になることもなく、また思考にのっとられることもなく、クリアに現実が見えてきます。そしてシンプルに生命のエネルギーに寄りそえば、やるべきことが自然と見えてきて、ものごとはなるようになっていくのです。

生命のエネルギーとは、ほんとうに偉大です。そして、それが本当のあなた♪

 

 

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インテグレイテッド心理学

キャンセル待ち多数につき、募集を締め切りました。

多数のお申し込みありがとうございました♪

増税と目覚め」への11件のフィードバック

  1. わあ、取り上げていただいてありがとうございますヽ(*´∀`)ノ

    はい、不安要素ばかり取り上げがちです、そして「他人に共感する力」が強いのかも…

    だからそういう自分を変えたい、ポジティブになりたいと思い、あゆかさんの本や、バイロンケイティ、バシャール、ホオポノポノなど読みあさってきたのですが…
    なにせ子どもがイヤイヤ期だし家からなかなか出られないし単純に物理的に鬱屈してるのもあると思います。

    「今を生きる」を心がけます!
    取り上げていただいて本当に嬉しかったです、ありがとうございますヽ(*´∀`)ノ

  2. あゆかさん、こんにちは。いつもブログを拝読し、ハートがなんだか、
    ポッ♡と、させていただいております。

    私も、海外と行き来している生活(年のうち3分の2が
    アジアの途上国で仕事をしています。)
    なので、ちょっと、思ったことが・・。日本にいると、

    ●母語(日本語)で報道内容が全部わかってしまう、
    ●停電なんか原則なくて、いつでもテレビやネットにアクセスできる、
    ●基本的に、「備える体質」の人が多い社会で「将来に備えなきゃ!」って
    ムードが蔓延・・・。

    でも、これらのことって、「日本ってすごいなぁ・・」って、思いになるんです。
    「大丈夫?」って思わなくていい気がするんです。

    途上国にいて、自分の母語(日本語)を知らない人たちと彼らの母語や
    互いの第2外国語である英語で仕事も生活もしていると、

    ●その国の報道内容がよくわからない(でも、私も私の周りも平気)、
    ●計画停電(ほどんど計画より長め、笑)のため数か月の間、半日おきに停電。
     テレビもネットも遮断・・(でも、私も私の周りも平気)、
    ●町の関わっている人たちみんな(私を含む)が「今」、「今日」を
    生きることがとっても大切(でも、私も私の周りも幸せ♪)、。

    でも、私、どっちの国で生きていけてます。どっちの国も素敵だと思ってます。
    そして、どっちの生活も好きですし、どっちでもやりたいことやって
    ”うれしいな”、”いいなぁ”って思えているし・・。

    日本って、多数の日本人が思うほど、不安でないし、
    大丈夫な国だと思ってます。

    みんながやれることちょっとずつ、ハッピー♪にやっていればいいと思います♪

  3. 今日も素晴らしい投稿を有難うございます!
    今、一人暮らしをしていますが、家族が遊びに来て帰った時、ひとり家にいると淋しさと不安と恐れに見舞われてしまい、それから逃れるためにスピリチャル系の本にすがりたくなる衝動に駆られる自分がいます。また、家計簿をつけていると、将来の金銭面での恐れ、不安からくるストーリーが頭の中をぐるぐる回り始めてしまいます。
    まさに、私は、不安要素がもともと多く、ネガティブ情報をピックアップしやすいのだなぁ、と気付かせて頂きました。
    あゆかさんの投稿を拝見し、自分の中心軸に意識が戻ったような安定感を覚えています。
    今回のインテグレイテッド心理学の講座には出れずに残念ですが、次回に参加できますように、それまでブログを通じて学ばせて頂きます♪
    改めまして、素晴らしい投稿、アドバイスを、本当にどうも有り難うございました。

  4. 先日ソファーに寝そべってテレビを見ていたら突然「思考も、私も幻想なんだ」と、気付いたというか、そう感じたというか、腑に落ちたというか(よくわからなうのですが)、その時とんでもなく軽くなったような、いままで経験したことのないような安心感のなかにいました。
    でも、しばらくするとまた以前の状態(私と言う個人が不安や恐れを感じている)に戻ってしまいました。
    あれは何だったのかと、今でも不思議です。
    また、思考も私もない安心感のなかで生きていけていけたらどんなに楽だろうと思ってしまいます。
    そのようになることは出来ますか、どのうようにしたらそうなれますか?
    よかったらご意見お聞かせください。

  5. あゆかさんこんばんは
    今日は読書は
    ・アニータ・ムアジャーニ『喜びから人生を生きる! ―臨死体験が教えてくれたこと』
    ・ルパート・スパイラ『プレゼンス―第1巻 安らぎと幸福の技術(覚醒ブックス)』
    ・エベン アレグザンダー『プルーフ・オブ・ヘヴン–脳神経外科医が見た死後の世界』
    を読んでいました 共通する内容の多い3冊です
    気分で読む本を変えながら読んでいます
    この3冊を完全に理解したいです

    僕は「心と他者」とかの哲学の本は
    「それは脳が健全に機能していて高い論理的思考力を保有していることを土台として認識できる真実だ
    脳に異常がある統合失調症患者からするとそれを真実とするための脳の論理的思考力が統失患者は損なわれているから
    統失患者にはその真実はそれとして認識できないことになる 
    それは本物の真実じゃない気がする」
    と思っていたのです
    でも『プルーフ・オブ・ヘヴン』は脳幹以外の脳機能が停止した状態での臨死体験による真実なので
    僕は脳が機能していなくても認識できる真実 これこそ本物の真実ではないかと思うのです
    それは脳機能が低下している統合失調症患者でも共感でき理解できる真実です

  6. 初めまして。
    以前から伺っていたのですが、初めて書き込みします。
    私は日本のムードに押し流されやすいので、
    頭では分かっていつつも、すぐに不安に逆戻りしてしまいます。
    なので、海外在住の方の客観的な意見は、とても有難いです。
    これからも時々お邪魔します。

  7. あゆかさん こんにちは
    「現実逃避」と未来思考(不安と可能性の両方)とで、もんもんとしております。なぜか?
    現実と向かい合いたくないから・・・。
    頑張り続けて、それでもなおまだ頑張らないといけない「現実」に向かい合うのが嫌になってしまいました。
    いつまで頑張ればいいのか?今、自分を叱咤激励すると燃え尽きちゃいそうな気がします。でも、このままじゃ怠惰な人になってしまいそうで。
    とりあえず、逃避して、未来に希望を見出そうと、歩いていく方向を見定めるべく試みていますが、その間の「今」は、そう、現実逃避・・・。現実逃避という今の積み重ねの未来はかなり怖いかも・・・。
    「今」の積み重ねの結果の未来なのですが、「今」とそのほかのバランスをとるのはコツがいるような気がします。
    なんでもいいので、小さな「今日の一歩」が大事と自分を諭して、日常で試みつつ現実逃避しています。

  8. あゆかさん、はじめまして。

    言葉にすると難解になってしまう事柄を、わかりやすい表現で書かれているので驚きました。

    私は、現在36歳なのですが、大学では哲学を専攻し、その探求は今も続いています。
    ようやく発信側になってみようと思った矢先(哲学は真理を語る行為なので慎重にと自戒していました)、このサイトに昨日出会いました。

    インテグレート心理学、面白いですね。
    あゆかさん、池田晶子という哲学エッセイを書かれていた方をご存知ですか?

    真我と自我、これについてほぼ同じようなことを語っておられます。
    彼女は、デカルトは「我おもう、ゆえに我あり」ではなく「これおもう、ゆえにこれあり」
    (※「これ)はあゆかさんのいう真我に相当するでしょう)という言うべきだったと著書の中で書いています(笑)。
    現代の二元論的考え方がここまで浸透したのはこのデカルトの言を誤解したことから始まったと。

    本題の質問です。
    自我なるものは存在しない。観念的、恣意的な創作という意味であれば、これはわかります。
    真我は存在でしょうか。質問を変えます。
    インテグレート心理学では、個々人は真我の一端を担う存在ということでしょうか。
    その場合、人間と他の生命(動植物)、物質は基本的に同列な存在なのでしょうか。

    興味深いことに、ブログを拝見している限りでは、あゆかさんの紹介されているインテグレート心理学と哲学はすごく近いのでもし返事がいただければ嬉しいです。

    あ、もう一つ質問です。
    以前、2000年代の前半期にある広告で 『Don’t Think, Do Feel 』というキャッチコピーが
    流通しました。納得する半面、違和感もあり消化不良なんです。
    あゆかさんはこのキャッチコピーはどう思われますか?

    突然の訪問ですし、コメントで残すべきか問い合わせにすべきか悩みました。
    が、これも<現象>扱いで笑。
    どうかさらっと過ぎゆきませんように(笑)

    • 二つ目の質問、無視してください。feelが自我の働きなのか如何ですね。
      申し訳ありません。

    • コメントをありがとうございます。

      二元の考え方がデカルト以降に浸透したというのがちょっと理解できないのですが、ここで言う二元とは、主体と客体の二つという意味です。つまり、例えば、私(主体)が音楽(客体)を聞く、などです。しかし、真実は主体と客体は、二つではないということです。(非二元)

      また、長くなりますので、ここでは書けませんが、自我や真我の定義が違うように思えます。

      いずれにしても、私が書いていますことは、ダイレクトパスという直接の体験に基づいているものです。

      ご興味を持って頂けましたら、今後もご訪問ください!

      • わざわざ返信をありがとうございます。

        前提となる定義部分の理解が私に足りていなかったかもしれません。

        ひとつだけ、訂正させてください。

        >二元の考え方がデカルト以降に浸透した
        と言ったのは池田晶子さんではなく、私の感想です。

        今現在浸透しているであろう二元のイメージが、デカルト~カントの系譜的だと私が勝手に感じているからです。
        故人の名誉のため、ここはきちんと。

        ダイレクトパスですね。

        今後も楽しみにしております。
        ありがとうございました。

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