非二元(悟り)の心理学

写真:山村琴美

写真:山村琴美

先週の金曜日からパリでのルパート・スパイラさんのミーティングに参加しておりました。パリもロンドンも東京も、歩きスマホだらけで街の風景も変わりましたね。

ということで、今回も「非二元」(目覚め、悟り)について書いてしまおう!と思います。と、その前に「インテグレイテッド心理学」について、どの系統の心理学かというご質問を頂きました。同じ疑問を持っている方もいらっしゃるかと思いますので、少し説明をさせてください。

インテグレイテッド心理学は、現代の非二元書(悟り、目覚め)としては、欧米ではもしかすると最も知られているかもしれない「奇跡のコース」をベースにしています。ですので、いわゆる大学などで教えるような心理学の系統には属していないんです。

なぜ「奇跡のコース」をベースにしたかというと、ある晩、グルジェフの教えの講義を聴くという夢を見たのです。そのときはグルジェフという名前も知らなかったのですが、調べてみると“潜在意識を見つめなければ、人は機械のようにただ反射的で、眠った状態だ”というようなことを言っていると知りました。長い話を省略して、そこで潜在意識のしくみを知りたいといろいろ模索していたところ、「奇跡のコース」に出会い、目から鱗がぼろぼろ落ちた・・・という経験があったからです。

さて、多くの人が悩みや苦しみを思考のレベルで解決しようとしているでしょう。何か今まで自分が気がつかなかったことを知って、それを実践してなんとかしようという感じです。ですので、アドバイスや正しい答え、違う見方、考え方を求めている人がとても多いですね。というのも、それが今まで私たちが教えられてきた解決方法だからです。

知って→実践して→解決、という感じです。

見方、考え方を変えて楽になることはもちろんありますし、狭かった視野も広がり、それ自体はとても良いことだと思います。ところが、この思考レベルの理解と実践でも楽にならないこともとても多いんですね。経験上、思考レベルで楽にならないから困っている人のほうが多いと感じています。頭では分かるんだけど、でも・・・・という状態です。そこで、潜在意識の思いや感情を見ていく必要が出てくるんですね。ここが、インテグレイテッド心理学の出番なんです。(基礎と中級講座の内容)

人の意識の約96%が潜在意識であるのに、これを一切無視するというのは、かなり無理があります。仕組みを知ると、グルジェフがなぜ「人は機械のようにただ反射的だ」というのかもよく分かります。しかし、前回の記事に書いた潜在意識の声(隠された声)を癒せば、思考のレベルで見方を変えようと頑張らなくても、自然に変化が起こります。そしてこの段階では、

探って→解放して→変化、という流れになります。

解放には体もともなったほうが最良なので、セラピーを使うことを私はやはりお勧めしたいです。ただ、何を解放するか的確にわかっていないと、セラピーも効果が出ませんので、掘り下げることとセラピーを使うことは、私は両方とも大切だと思っています。

さてでは、もっと欲張って苦しみに完全に終止符を打つには?となると、潜在意識のレベルでもどうしても不十分です。なぜなら、まだ私たちの中に個としての「分離感」があるからです。

では、根本的に分離感を癒すには?となると、「非二元」(悟り、目覚め)にどうしても辿りつくでしょう。(上級講座の内容)

さて、「分離感がある」と書くと、そういう感覚がなくなることが目覚めなのだ、悟りなのだと思う方もいらっしゃるかもしれません。ですが、ここには微妙な罠があるんです。それは自我が「私」が分離感がなくなることだと思ってしまうことです。自我は、自分が分離感がなくなって、ワンネスを感じたときが悟りだと考えてしまうんです。最後まで自分がいるんです。

でも、あなたという個人が分離感がなくなる日は絶対に来ないんです。そうではなく、「自分は存在しない」ということを真に見抜いたとき、今まで背景だったものが前面に出て、分離の幻想から抜け出せるんです。または、すべては自分だったと気づくのでも良いし、すべては自分ではなかったと気づくのでも良いんです。どちらにしろ、「自分が不在」になります。

そして、今まで背景だったもの(真の自分)が前面に出てきたとき、自分はあまねくすべてに浸透しているから、真の自分から逃れるとか、離れることなど不可能だと気づきます。無限で尽きることのない自分に欠乏とか、恐れとか、そういったことはあり得ないとも分かります。

ですので表面上では人と口論したり、車の故障を心配したり、仕事に追いまくられてバタバタしていても、深いレベルでは穏やかで静かな川がいつも流れているのを感じるでしょう。私たちの真の家です。

今回のパリの滞在で、かつて外国を一人旅した自分を思い出しました。当時は、言葉が分からないこと、地理やその国の交通事情が分からないことで、楽しんではいるものの、とても緊張し、不安も大きく、夜は心細くなっていたことを思い出したのです。言葉が分からないということが、孤独感や分離感を強めていたなぁと思います。

だまされないように、へんな行動をしないようにとか、店員さんが自分をどう思っているのかとか思考がうるさく、気づかぬうちにものすごく疲れていたと思います。ルパートさんのセミナーでは参加者のうちに英語を話す人が少なく、ランチタイムではフランス語の中に囲まれていました。

かつてであれば、私がいて迷惑じゃないだろうかと気にしたり、みんなと一緒に笑えないことに寂しさを感じたり、ご飯のおいしさも感じられていなかったと思います。でも、そういった思考がないと、ときどき誰かが努力して英語で話しかけてくれることに喜びと感謝が沸き、体を満たしてくれます。

深いレベルで自分を守る必要がないとき、今までずっと手綱を引いていた手をリラックスできるような大きな安堵感と楽さを感じます。今まで背景だったものが前面に出てくると書きましたが、本当は呼吸より近い前面、360度にいつもあったのに、見過ごしていたと書いたほうがもっと正確かもしれません。

真の自分を探す必要も、つながる必要もないんです。まずは、「個の私」が真の私を見つけるとか、つながる、または何かを心がけて真の自分に近づくといった発想を捨て、なぜいつも常にある真の自分を見過ごしてしまうのだろう?という発想に変えてみませんか?

ということで、今回も日本滞在中に「非二元」について語る会をやろうかなと考えております。ただ、今回は少人数で、またゲリラ的に(気が向いたときに)開催したいと思っています。ですのでブログではなく、フェイスブックにて開催を告知しようと思いますので、ご興味がある方、お友達申請歓迎です♪→☆

☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆セミナー情報☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆

インテグレイテッド心理学

基礎講座、中級講座ともキャンセル待ち募集、上級はまだまだ大丈夫です♪

この二日間で多数のお申し込みがあったため、同じ新宿住友スカイルーム内の広めの会場に変更いたしました。昨日まで(2月13日まで)に申し込まれた方はご参加頂けます。
多数のお申し込み大変ありがとうございます!

非二元(悟り)の心理学」への14件のフィードバック

  1. ルパートスパイラさんの講座はパリで定期的に開催されているのでしょうか?もしルパートさんのHPなどがございましたらご教示いただけたらと思います。

    • コメントをありがとうございます。たぶん定期的にやっていらっしゃると思いますよ。奥さんのエレンさんもパリで定期的に瞑想会をやっていらっしゃいますが、こちらもお勧めです。彼女はヨガと呼んでいますが、体に意識を持っていき、自分は体には制限されない存在だと経験する瞑想です。

      HPは、こちらです。↓

      ルパートさん:http://non-duality.rupertspira.com/home
      エレンさん:http://www.ellenemmet.com/

  2. 初めまして。あゆかさんのブログを春頃から読み始め、今回初めてのコメントにて失礼致します。

    いつも深いテーマにヒントを頂き、私には難しすぎるテーマだなも思いつつも、文章にするのが難しいことをこんなふうに表現して伝えられるものなのかと、その中味に幾らかでも触れられることに魅力を感じ、都度 感嘆しながら、これまで読ませて頂いておりました。
    今回、だからこそあゆかさんに質問してみようと思った点があります。
    というのも、今回記事の中で私にとってのドンピシャな事が書かれていたからです。

    【真の自分を探す必要も、つながる必要もないんです。まずは、「個の私」が真の私を見つけるとか、つながる、または何かを心がけて真の自分に近づくといった発想を捨て、なぜいつも常にある真の自分を見過ごしてしまうのだろう?という発想に変えてみませんか?】

    衝撃でした。私はまさに、真の自分を見失っているように感じ、それを見つけよう、そこに繋がろうという視点で日々を過ごしていたからです。その為のワークにも取り組んでいます。

    なので あゆかさんが仰る “発想の転換” には、どんな意味があるのだろうか?と思ったのです。確かにそうだよな、あれあれ?!と、何だかよく分からなくなってしまったのです。
    宜しければ、その辺りをもっと詳しく教えて頂けないでしょうか?
    どうか、是非宜しくお願いします。

  3. いつもブログの更新ありがとうございます。早速Facebook友達申請させていただきました。お話会情報楽しみにしています。

  4. オープンマインドって何ですか?思ったことを言えばいいのですか?ブログやノートに書くのでもいいですか?

    • コメントをありがとうございます!オープンマインドとは、「心を開く」(思いを広げる)を英語で言っただけかと思いますが・・・。一般的には、あまり自分の思いだけに囚われないで、もっと違う考えにも耳を傾けようといった意味で使われているのかなと思いますよ。

  5. はじめまして
    3年ほど前から突然目覚め・悟りに探求が始まり、それから覚醒者の本を数多く読みました。
    (多分100冊ほど読んだと思います)
    そして、阿部敏郎さんや雲黒斎さんの講演を聞きに行ったりしました。
    そして殆どの覚醒者やワンネスを提唱する人は、
    覚醒(目覚め、悟り)は恩寵で自分で何かをして覚醒することは出来ないといいますね。
    また、グル(覚醒者)とともに過ごすとによって探求するのが必要だというう人もいますね。
    でも、私にはお金がなく(借金が有ります)そのような覚醒者が日本に来ても、
    東京にまで言ってセミナーなどに参加することもできません。
    なので、今できること(本を読んだり、瞑想したり)しています。
    確かに確かに、経験と言うか腑に落ちることもありました。
    (訳もなく至福状態になりこのままで何も必要ないんだとか、全ては在るがままで思考を信じると苦しみが起るとか)
    でもそれも一時の経験で、真実を実感しているわけではないように思います。
    何度もこのような探求は止めようと思っても止めることができません。
    全ては在るがままと腑に落ちた時は、しばらくは探求が止みとても軽くなったのですが、
    いつのまにか、また探求が始まり、苦しい時と楽な時が繰り返しているというような感じです。
    確かに思考のほとんどはは自動的起っているだけというのは実感しているので、
    思考にまみれて苦しむことはほとんどないのですが、探求は止みません。
    このようにたったひとりで探求している人も多いと思います。
    そのように一人でも探究できる何か良い方法はなりますか?
    本当は探求する人などいないんです、なんて言わないでくださいね。

    もうひとつ質問なのですが、
    目覚めると、探求している人などいなかったと気付くと言われますが、
    その気付くのは誰なのでしょうか。
    普段、私と感じている表現できない感覚が有ります(思考なのか、エゴなのか、感情なのかよくわかりません、それらとも違うような気もしているのですが)、その私が居なくなって全く新しい私(真我、大いなる自分等と言われている)が現れるのでしょうか、
    それとも普段感じている私が、ああ私は全てなんだと築くのでしょうか。

    長々と瑣末なことを書いてすみません。
    よかったらお考えを聞かせていただけるとても参考になると思います。
    よろしくお願いします。

    • コメントをありがとうございます!熱心に探求なさっているということに、とても共感いたします。ですが、

      >そのように一人でも探究できる何か良い方法はなりますか?

      このご質問にコメント欄でお返事するのはとても難しく思います。また、“探求方法は、~~です”と言ってしまうと、「~~をして、~~を得る」という二元的ハウツーに慣れ親しんでいる自我が、頑張ってしまう気もします。念のため至福状態が続くとか、すべてはあるがままと感じ続けているとか、あるいわゆる悟った状態がずっと続いていることが悟りの証拠ではないのですが、目覚める、悟るということにどんなイメージがあるのかを教えて頂けますか?

      あまり、「すべてはあるがまま」とか「至福状態」とか「このままで完全である」といった悟り用語(言葉自体は真実ですが)を基準にし、悟った証拠としての目安にしないほうが良いかもしれません。なぜなら、そうすると今とは違うある状態を求めてしまう気がするからです。

      たとえば、音楽を聴いているとき、音と聞くという行為はどこで起きていますか?ここまでが音で、ここからが聞くということ、と区別できるでしょうか? または、聞くという行為とそれに気づいている意識は、どこで起きていますか?ここからが聞くということで、ここからがそれに気づいている意識と区別できるでしょうか?すべては同じところで区別なく起きていませんか? それが真のあなたです。

      >その私が居なくなって全く新しい私(真我、大いなる自分等と言われている)が現れるのでしょうか、それとも普段感じている私が、ああ私は全てなんだと築くのでしょうか。

      こちらは比較的簡単にお返事できそうです。普段常に感じている呼吸よりも近い私という感覚が、自分は体や思い、感情に縛られていない存在だと気づくんです。

      明日かあさってアップする投稿も参考にしてみてくださいね。

      • ご返答ありがとございます。
        とても参考になりました。

        2つ目の質問はず~~~っと気になるというか、引っかかっていたことだったのでなにか気が楽になった気がしました。

        私の悟り、目覚めのイメージは、全ての疑問(私とは何だろう、この世界(宇宙)とは何だろう、等など)が解けて、なにか気が楽になるとういうか解放されるようなものと、
        ワンネスを実感するというか腑に落ちるというか、そのようなものかなと思っています。

        過去の記事を読ませていただいていますが、とても分かりやすく様々なヒントを戴きましたありがとうございます。
        これからも更新楽しみにしています。
        何時かお会い出来ればと思うのですが、東京とイギリスは遠いですね(時間と経済的に)

        • 言葉ってほんとうに難しいですね。

          >普段常に感じている呼吸よりも近い私という感覚が、自分は体や思い、感情に縛られていない存在だと気づくんです。

          これは、正確な表現ではないです。ごめんなさい。“自分は体や思い、感情に縛られていない存在だ”と言っているのは思考です。が、私という感覚が、すべてであり、すべてではないという真実(真の私が)に覆われる感じというか・・・。

          ちなみに疑問が解けるとか腑に落ちたいのは、自我(思考)なんです。思考をまったくなしに世界を見たとき、ただ起きている、ということだけで、逆に今まで知っていることがすべて無意味だと分かり、何もわからなくなります。知りたい、腑に落ちたい、疑問を晴らしたいという自我(思考)が崩壊したとき真実が露になりますね。

          ちなみに、私は東京で年2回セミナーをしております♪

  6. 溝口あゆかさん、ありがとうございます。
    主人との長い結婚生活で、夜のhをされるという行為が、生理的に凄くいやで、行為が汚い事とか、良くないこと、に思えて思えて、きらいです。
    なんか、なくても生きていけるじゃないかと思う私と男である旦那。ひとつになれなくて、結構夜はきらいです。
    清らかがすきな、きっと勘違いですけど、クリアする方法、お願いします。

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