インテグレイテッド心理学~隠された声たち~

写真:山村琴美

写真:山村琴美

2月に入りました。インテグレイテッド心理学講座の募集を始めます!インテグレイテッド心理学に関しては、いろいろな角度から書けるのですが、今日はその中の“私たちの中の隠された声たち”について書いてみたいと思います。

“私の夫は、パーティーへ行くと女の人とばかり話をするんです。先日は女友達の肩を揉んであげたりしていたんですよ。結婚している人間のすることではないですよね!!”

クライアントさんは、私が絶対賛同するものだという勢いで話をしています。でも、彼女のほんとうの心の叫びは、夫が女友達の肩を揉んでいることや、または結婚している人間がすべきでないことをしていることではありません。

私はいつもどこかで「私は一人にされる」という恐れがあるの。だからあなたがそんなふうに振舞っていると、あなたが他の女性に行ってしまうんじゃないか、私は一人ぼっちになってしまうのではないか・・・、私の中のそんな不安がすごく刺激されてしまう。だから、そんなことをするのはやめて欲しい。私の恐れが大きくなって、抱えきれなくなるからやめて欲しい!

クライアントさんは、次々に夫への不満を話し続けます。結婚記念日の花束がスーパーで買った安物だった・・・。自己啓発の本もスピリチュアルな本もたくさん読んでいるけど、何も助けにならない!

“時間のマネジメントがもっと上手になりたいんです。自分の時間も持てないし、子供のお友達のお母さんたちは、もっと上手にやりくりしているのに私はだらしがないんです。”

彼女の頭の中は、どうしたらもっとマネジメント上手になれるのかでいっぱいのようでした。“朝6時に起きてお弁当作りをして、そして~~”と実現したい理想的な生活スタイルを話し続けます。自分はだらしがない、ダメな母親だと思い込んでいるようです。

私はいつも変わっていると言われ続けてきたの。どこへ行っても自分だけ外れている気がして居場所がなかった。私も居場所が欲しい。今もママ友の中へ溶け込めない。誰か教えて欲しい。どうしたらみんなみたいになれるの!今のままでは、不安で寂しくて嫌だ。早く変わりたい!この不安定な気持ちから早く抜け出したい!

“やりたいことなのになぜかやらないんです。ハートはワクワクしているし、やれば楽しいって分かっているんですけど、どうしても先延ばしにしてしまいます。”

だって、やったところで誰も認めてくれない。それどころか、笑われたり、批判されたりするだけだ。結局のところやってもやらなくても同じだ。私も輝きたい。でも、私の一番大切な輝きを否定されたら私は終わりだ。恐い、前に進めない。

A子さんは、無意識に「私はちゃんと分かっている人モード」で日々を過ごしています。同僚のたわいもない郷土料理の話をしていても、必ず自分が知っていることを言わないと気がすみません。仕事のミーティングでも自分がどれだけ経験があるのかを何気なくアピールします。特に困っているわけではありませんが、他の人が自分のことをどう思っているかつい気になります。

出来る人、分かっている人と思われたい。そうでないと、みんなにどうでも良い人としてあしらわれてしまう。一目を置いてもらわないと対等に扱ってもらえない。できれば尊敬されたい。そうすれば、私は安心してグループの中にいられる。

多くの語られることのない隠れた声たちがあります。ここに挙げた声たちはほんの一握りで、また、この声の下にさらに違う声が隠れていることもとても多いです。この声たちは、隠れているけれど、私たちの人生に色濃く影響を与えます。声がないのに雄弁なんです。これらの声によって私たちは世界を解釈し(投影)、無意識に行動し、そして人生を作っていきます。

インテグレイテッド心理学が目指していることは、私たちの奥底にある隠れた声に光をあて、寄り添い、癒していくことです。隠れた声たちは、エネルギーをもった“生の声”です。

ですので、例えば“なるほど、お母さんがとても厳しくて、褒められたことがなかったのですね。だからあなたは人から認められたいのですね。”といったような解釈、分析的なカウンセリングを私はやりません。ゼロ。

なぜなら、分析や解釈の中になにも生きたものはないからです。知識を否定しているのではありません。ただ、知識を人に当てはめるのではなく、その人の中に実際にあるものを一番大切にしたいのです。なので、インテグレイテッド心理学は別名「現場主義心理学」とも言います。あなたの心という“現場”を推測や解釈、ましてや批判なしに見ていくからです。生の声と出会いたいのです。

さて、この隠れた声を引き出すために、私は少し変わった問いかけをの方法を使います(中級講座)。というのも隠れた声とは、言い換えれば潜在意識の思いですので、“過去にこんなことがあったから、私はこう思っているのかもしれない・・・”などと意識上で考えを巡らせても、結局推測で終わってしまうからです。当たっているかもしれないし、まるで検討はずれかもしれません。そして、それは思考レベル(意識上)の作業です。

多くのクライアントさんと対面していると、中にはとても似たケースと出会います。するとつい、“あ、知っている知っている、これは・・・”と推測してしまうこともあります。それでも、クライアントさんの声を辿っていくと、えっ、そんな声が潜んでいたのか、予想とまったく違った!と驚くことのほうが圧倒的に多いのです。その度に、過去の経験や知識に頼らないということを学ばされます。

そして、なんといっても隠された声が癒されたとき、それはまるでその人を形成していた器の形が変化するかのように、エネルギーがシフトしていきます。問題が一つ解決しました、というよりは、生きる土台が変化していくんですね。

これがインテグレイテッド心理学の醍醐味だと私自身は思っています。もしかすると、とりまく状況は変わっていないかもしれません。しかし、立っている位置が違うので、心の中の風景がまったく違います。そして、私たちが真に求めているものは結局は、心の安定とか快適感などなどだと思うのです。ただ、状況もいずれは変化します。それが物事の常だからです。

最終的に私たちが「私」から自由になったとき(上級講座)、皮肉にも「私」はもっとも安定した土台を得ます。私が消えたとき、大きな私が生まれる。面白いですね。分離から全体になるからですね。

ということで、書きたいことはたくさんありますが、今回はこのへんにします。ご興味をもたれた皆様、ぜひご参加ください!セミナーの詳細はこちら→☆

 

※早割りの停止にともない基礎、中級講座の参加費用を2000円下げました。

 

インテグレイテッド心理学~隠された声たち~」への6件のフィードバック

  1. 昨年11月のEFT講座でお世話になり、インテグレイテッド心理学基礎講座をぜひ受けてみたいと思い申し込みました。
    私はいままで心理学に興味がありながら大学等で専攻したことはないので、心理学の系統みたいなものはわからないのですが、あゆかさんが教えてくださる心理学は、あゆかさんが学ばれた中から統合され生み出されたオリジナルのものなのでしょうか? べースとなっているのは心理学のどういった分野なのでしょうか?
    というのも、大学等で学んだ友人に話した時に「どういう分野(系統)の方なの?」と聞かれて、ふと私も知りたいと思ったからです。ただ、私はあゆかさんのお話はどれもすんなり心に入ってきて、今まで求めてきたものだったので、どの系統でも構わないのですが、知っておきたいと思いまして。
    その後EFTの自己ワークはたまにする程度になっていますが、自分の感情を冷静に観察する自分がいて、学んで良かった~と思っています。またよろしくお願いいたします。

    • 現在、海外にいるため自分のブログにログインできませんが、溝口あゆかです。EFTの講座にご参加頂き、そして心理学講座もお申し込み頂きありがとうございました! インテグレイテッド心理学の基礎講座は、ほぼ「奇跡のコース」に書かれているエゴのしくみに基づいています。そういう意味では、私のオリジナルではありませんが、教えているのは、私だけです。また、いつも参加者の方に実際にワークさせて頂きますので、具体的に理解して頂けると思います。次回の記事にも少し説明させて頂きますね。

      • あゆかさん
        お返事いただきありがとうございました。「奇跡のコース」、聞いたことだけはありました。
        インテグレイテッド心理学を楽しみにしております!! 

  2. あゆかさん
    早速申し込みました~ 楽しみにしていますね 宜しくお願いします

    私は、周りの人の悲しみや怒りが気になって気になって・・・
    みんな心理学を学べばいいのに・・って思います。
    イライラしている人に出会うと この人は自分で処理するしかない感情を回りにぶつけて 人のせいにしてバカみたいって思います
    それから心配性の人 私は人から心配されるとすごくいやな気分になります
    その人が不安なのは現実ではないし 心配している事柄も現実ではありません
    みんなきちんと自分の感情に向きあってこちらに迷惑かけないで欲しいです 迷惑だと思うんです

    これも私の心の投影だということなんでしょうが
    イライラをぶつけられても平気な人 異常な心配をぶつけられても平気な人
    って現実に存在できるのか不思議に思います・・

    • お申し込みありがとうございます! このようなご質問、とってもウエルカムです。よろしかったらセミナーで是非ご質問くださいね♫

  3. はじめまして。いつも目からウロコが落ちる記事で、楽しく拝見しております。
    ずっと迷っていたのですが、質問させて下さい。
    職場に他者をとても褒める方がいるのですが、その褒め方が少し「?」なのです。
    相手を褒める(否定したくなる内容でも)→「それに比べて自分なんか・・・」と卑下する
    →褒められた人は「そんなことないですよ」と庇う(?)
    →その相手を褒めた内容より、自分は上だと思われることを自慢する。

    と、書いているうちに自分もよく分からなくなってきたのですが、
    必ず最後は自分の自慢になり、相手をしていると疲れてきてしまうのです。
    人によっては最初に褒められたことで、自慢に変わってもそれに気づかない方もいるようです。
    自分は何に疲れてしまうのか。卑下していることか、褒められる内容がコンプレックスと感じていることだからか、いちいち庇うことがめんどくさいのか、自慢されるのが嫌だからか。
    褒めるの中に色々こじれたものが入っていて、自分の癒されていないものがそれら全てなのか、
    何なのかもわからなくなってきました。
    こちらの項目に関しての質問かどうか迷いましたが、こういった一つの出来事の中に色んな感情が隠れているときは、どのように相手と接したり、自分自身を掘り下げていけばいいのでしょうか?

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