思考の催眠から目を覚まそう!

現在ロンドンでのカウンセリングコースの再中です。私のブログでしか募集しておりませんので、それぞれの個性、目的、課題は違っていても、似たような考えに共感している人々が集まっているのが、ものすごくありがたく、そしてとても楽しいです♪

さて、つくづく思考とはパワフルなものだなぁ・・・と思います。それは、思考が現実を生むという意味でのパワフルだということではなく、私たちを真実から眼をそらし、眠りに閉じ込めておくパワーがすごいという意味です。

たとえば、「私は他の人のように振舞えない」という思考は、何一つ真実を表していません。他の人って誰? 他の人はみんな同じように振舞っているの? などなどと突っ込んでいけば、一体何と比較しているのか、まったくあやふやになるはずなんです。

事実は、“いろいろな人がいろいろな振る舞いをしている、終わり”ですね。ところが、「私は他の人のように振舞えない」という思考を心底信じていると、だから、「自分はダメだ」、「そんな自分は、人から受け入れられない」、「他の人に迷惑をかける存在だ」、「変わらなくてはいけない」などなど、といったような思いのループに落ち込んでいったりします。

つまり、「私は他の人のように振舞えない」という思考の催眠に陥り、生き辛い~となるわけです。

「私は、人より劣っている」
「私は、無能だ」
「私は、つまらない人間」
「私は、みんなみたいに気軽に話ができない」→「私はダメだ」
「私は、無力だ」

などなど、私たちを思考の催眠に落し入れる思いは、いろいろとあるでしょう。それがどんな思いであれ、パワーがすごいという意味は、その人の一生を支配してしまうからです。

私の頭のなかでは、その人が1ミリも変わらなくても、ただ思いだけが変わり、「自分はいけている」と思って笑っている姿、または「優劣なんてどうでも良い」と思って、リラックスしている姿、どんな姿でもイメージすることができます。

ですので、“苦しい、いつになったらこの苦しさから抜け出せるのか?”と聞かれると、 “その思いを信じるのを止めたとき”と答えたくなります。(カウンセラーとしては、もちろんそうは言いませんが)

基本的に私たちの多くは、思考崇拝主義者です。思考は、感情よりもものごとを正確に捉えている、思考は、間違っていることもあるが、おおむね事実を正確に言い表している、何よりも自分が考えていることはほぼ正しい・・・、というように。

たとえば、「あれは雲です」、「これは犬です」といった思いは、思いというよりは事実だと誰もが思うでしょう。では、雲という言葉の代わりに「ぽこぽん」という名前にしたとします。「あれは、ぽこぽんです。」

みんながそれが何を指しているのかが分かれば、どんな言葉でも良いわけです。雲にしてみれば、自分が雲であろうが、ぽこぽんであろうが、名前がついていなかろうが、何一つ変わりません。そっちが事実です。思考のほうではありません。

この世からすべての概念を取り去っても、何一つ変わるものはないんです。思考が一切なくなっても、世界は消えないし、ただありのままの姿が見えてくるだけです。「空」という概念がなくなったからといって、空が消えるわけではありませんね。

何が言いたいかというと、世界は思考がなくても何の問題もなく存在できるということです。

で、私たちも同じなんです。男だとか女だとか、自分の名前とか、「私は人より劣っている」などなどといった思いがなくなると自分が消えてしまうわけではありません。これらのレッテルがない「ありのままの自分」がいるだけなんです。

「人より劣っている」自分がいるのではなく、「人より劣っている」という思いを持っている自分がいるだけです。「私の思い」と言うように、思いは持つもので、あなたではありません。

“いやいや、私は学校の成績が悪かった”、“仕事が下手で首になった”、などなど「事実」があるから、これは思いではなく、「事実」を語っているだけだと思う方もいるでしょう。

しかし、これらは何の証拠にもならないんです。では、質問です。“誰もが納得する「劣っている人」の定義をしてください。” どうでしょうか? もし何人かで話し合えば、みんなが主観的なものさしで言い合うだけになるということが、すぐに分かるでしょう。

もちろん、思考排他主義になろうと言っているのではありません。思考は、私たちが人生を創造するための優れたツールです。ただ、ツールではなく、絶対視(信じ込む)すると、苦悩が始まりますね~という話です。

一般的に癒しとは、「私は人より劣っている」という思いが出来た原因(出来事かもしれないし、育った環境かもしれません)を探し、感情を解放し、思いを変えていく作業です。これは、とても有効です。

しかし中には、何か分かりやすい原因があるわけではなく、たとえば「なにか自分は人と違う」という感覚から、こういったネガティブなセルフイメージを作り上げている人もいます。

いずれの場合にせよ、根本的な癒しを求めるのであれば、思考の催眠から目を覚ますのが一番です。それには、まず「レッテルや思いがなくても自分はいる」というところに目を向けて見るのはいかがでしょうか?

二つと同じ雪の結晶がないように、そこにあるのは、生命のエネルギーが生んだとてもユニークな「あるがままのあなた」です。二度と同じ形で現れることがない、あなたというエネルギーのダンス☆ 変わる必要がまったくないユニークな存在。人と同じステップを踏もうとするのではなく、自分らしいリズムとステップを楽しんでみませんか?

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思考の催眠から目を覚まそう!」への14件のフィードバック

  1. 思考の催眠

    この催眠から抜け出す

    >「レッテルや思いがなくても自分はいる」というところに目を向けて見るのはいかがでしょうか?

    そして~そこから先は~自らの愛~自らの信頼~自らの自信

    エゴ愛ではなくて、自らの愛~自らの信頼~自らの自信

    これが混同されて居る方がなんと多いか(笑)

    この事は大切ですよね。。。。

    催眠から覚める=覚醒

    感謝します。

  2. 初めてコメントさせて頂きます。
    優劣というモノサシ・・・という言葉が適切かわかりませんが、
    たとえば外見の美醜だったり、テストの点数だったり、偏差値だったり、給料の値段だったり・・・という後天的なものと、
    身体的・知的な障害のような先天的なものがあると思います。
    後天的なものは、思考かもしれませんが、先天的なものについては、どのように受け止めればいいのでしょうか?

    • コメントありがとうございます!

      障害がないことが優れていて、あることが劣っているという見方を私たちはしがちかもしれませんが、その見方そのものも、やはりただの思考で、真実、事実を表していないんです。たんに身体機能や脳の機能が違うだけです。

      身体障害、知的障害というレッテル、そして障害を持つ人は劣っているという思いを取り除いて見えてくる姿はどんなふうでしょう? 周囲や自分によって貼られるレッテルで自分は、障害があるから劣っていると見てしまうことに苦しみがあるんですね。

      身体障害があっても、世界有数の数学、物理学者もいますし、知的障害があっても、心の豊かさといった点で、健常者よりも悟っている人もたくさんいます。いろいろな人がいますね。

      どんな障害があっても、すべての人のハートはピカピカです。その人らしさが出ているとき、おそらく優劣を貼ってくる人はいないと思いますよ。

      • あゆかさん、お返事ありがとうございました!
        顔の形が違っていて、それが人によって「美しい」とか「醜い」とか思考に判断されるのと同じように、障害も身体や脳の機能が違うだけ、と言えるのですね。
        もう少し自分でも租借してみます。
        木曜から日本にいらっしゃるのですね。ステキな旅を♪

  3. あゆかさん、こんにちは。
    記事と関係ない質問で恐縮ですが…
    私はこのブログが大好きで友人知人によく宣伝(口コミ)しています。
    その時「だいたいどれくらいの読者がついてるブログなの?」
    と聞かれることがあります。
    もしお分かりでしたらだいたいの人数を教えていただけますか。

    読者が多い=良い記事なわけでもありませんが、気になるのが人情のようです。
    もしおわかりでしたら
    「一日どれくらいの人が読むの?」
    と聞かれることがあるのです。

    • こんにちは! 私のブログを宣伝してくださって大変ありがとうございます!!とても嬉しく思います。

      ワードプレス(このブログのプロバイダー)は、人数という形で出ないようなので(たぶん)、ちょっと分かりません。が、アクセス数は、だいたい一日に1600から2000ぐらいです。多いのか少ないのか、さっぱり分かりませんが、セミナーはお蔭様でいつもほぼ満員になりますので、それなりの人数の方が読んでくださっていると思います。

      これからもぜひお読み頂き、ご友人にもお伝えくださいね♪ 

      • 早速のお返事、どうもありがとうございました。
        これからも友人、知人に伝えていこうと思います。
        ご活躍をお祈りしています☆

  4. あゆかさん、皆さん、こんばは。

    私には、ずっーと「わたしばっかり損をする、なんで私ばっかり」という思いでずーと悔しく辛い気持ちがあり、まとわれています。そのせいか、人と付き合うのもなく、なんのために生きているのか生きがいも感じられず、ただただ生まれてきたから生きなきゃと、必死で働いて生きていますが、こんな状態で生きるのはしんどいです。

    あゆかさんを知りブログやセミナーなどで学んで癒そうと8年あ間取り組んでますが、最近、思いが酷くなってまわりに凄く愚痴るようになって困ってます。このままじゃ周囲の人に益々嫌われて孤立します。(私は、愚痴ることも許されません。周囲は私の悪口や、すぐ私を口撃したりしますが、私がそれをすることは許されず、すぐに非難されます)

    マトリックスはワークショップ参加しましたが、私には向かないようでさっぱりダメでした。マトリックス以外で癒す方法ないでしょうか?

    周囲から非難されてばかりという現実から思いが生まれるのか、はたまた非難されるという思いから現実が起こってしまうのかもうどっちがどっちかわからないほど辛い深みに陥ってます。

    • セージさん、こんにちは!

      長年お付き合い頂きまして、ありがとうございます!!

      さて、個人的にお話を聞かずにコメントだけで判断することは、非常に難しいですが、8年間癒しに取り組んでいるにもかかわらず、同じ思いにとらわれているとしたら、それが自分のアイデンティティになっている可能性があると思います。損する私、犠牲者の私、というような。

      また、思考に同化しやすいタイプの方の場合(←被害者意識を生みやすい)、癒しよりも、同化する癖を見ていったほうが良いこともあります。思考にすっかり同化する癖がある(本人はきちんと物事を見ているつもりでも、ものすごく主観的になっている。)と、どんなセラピーのツールを使っても、「損する私が、少し癒された」レベルで終わるか、ワークをしていても思考がものすごく邪魔します。

      「なんで私ばっかり」というのは、なにか実際に起きたことからそう思ったのだと思いますが、これも真実ではないんです。これをどれぐらいウソだと見抜きたい気持ちがあるのか、それとも、苦しくてかわいそうな私を癒したいのか(←成功しません)、それによっても楽になれるかどうかは、変わってくると思いますよ。

      思考と自分を分離させるエクササイズか瞑想などが良いかもしれませんね。いずれにしても、辛いのは、間違った思いにすっぽりはまっているからなんです。

  5. あゆかさん、こんにちは、コース中の忙しい中有り難うございました。

    実際に起こってるのに、どうしてそれがうそといえるのかがわからない世界にしっかりといますので、うそと見破りたい気持ちは、今の私には全く持てていません。事実だと、苦しんでるただ中の人が、嘘だと見破りたいという気持ちを持てるようになる方法は何かありますか?なんとかしたいので、嘘だと見破りたい気持ちを持ちたいです。お願いします

    • セージさん、こんにちは♪

      ほんとうに苦しんでいたら、徹底的に苦しんでいたら、もう心底嫌になっていたら、その思いを手放したくなりますよ。

  6. こんにちは
    セージさんのコメント&あゆかさんのお返事を呼んで、以前にもコメント欄で出ていた被害者意識(ネガティブナルシズム?)がすごく気になり詳しく知りたいです。

    >>苦しくてかわいそうな私を癒したいのか(←成功しません)
    ↑私おそらく思っています。成功しないんですね。。

    被害者意識については、
    きっと心理学講座の中級?でお話されている事なのかと推測しますが
    来年の4~5月に開催との事なので、まちきれません~><
    なので過去記事探ってみました
    そよ風と被害者意識
    http://plaza.rakuten.co.jp/ayukadairy/diary/201105200000/

    この記事では自己愛を増やすことが一番の対策のようですね
    あ、その前に思いに同化しないように、ですね。
    また 被害者意識について記事にとりあげてくださるとうれしいです^^

  7. ご縁があってこのブログにたどりつきました。面白くて毎日少しずつ読んでいます。
    あゆかさんの言葉は読みやすくてシンプルなのでスッとはいってきますね。どうしてこんな飾らないすてきな文章がかけるのでしょうか。こんなふうに私も文章が書けたらと思います。私は本が好きだし、翻訳の勉強もしていますが、つくづく言葉は扱いにくいと思います。それに、言葉って素晴らしいツールなのに、あるときはまったく無力で、ハートが感じていることを言葉にしようと思ったら何もかも大切な部分がこぼれていってしまいます。それでも言葉にしようとして人間は(私を含め)がんばっているのだろうと思います。これからも楽しく読ませていただきます。

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