降伏という名の癒し

すごい!イギリスは、まだ夏が続いております!青い空はやっぱり良いですね♪ さて、今回もロンドンのカウンセリングコースの卒業生の癒しのジャーニーをシェアさせて頂きます。

自我(普段の私という感覚)にとって大切なことは、自分が出来事をコントロールしていること、自分は何か出来ると感じることです。これによって、自分が生き延びることができ、そして自己価値も保てるわけです。

自我がネガティブな思考と同化しすぎると、自分を見失い、自分で自分をコントロールするのが難しくなり、無力感が強まります。しかし、思考から自由になるにつれ、自分を取り戻し、ハートとつながり、“私はやれる”“私は大丈夫”という感覚にシフトしていきます。これは、とても大切なプロセスで、カウンセリングやセラピーは、基本的にこのシフトをお手伝いするものです。

しかし、いくら自我がコントロールを取り戻しても、または、自分はやれると思っていても、最終的に自我は、自分の思いやコントロールを超えて、物事はただ起きているということを真に知るときがやって来ます。そのとき、皮肉にも私たちは最も深いレベルで「無力感」から解放され、真我(真の私)の大きな愛に出会います。無力感を癒し、自分を取り戻し、そして、自分を手放す旅です。(この順番で、目覚めに至るということではありません。)

また、私たちは、いわゆる“ネガティブ”な出来事に遭遇すると、すぐに意味付けをしようとするでしょう。しかし、その思考の誘惑ではなく、出来事に真に降伏したとき、私たちはネガティブな感情でさえも、苦しまずに感じることができます。それは、生きることを深く豊かにしてくれるものでしょう。

今回の旅の主役は、イギリス在住の看護師、伊佐奈津子さんです。

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私は先日流産しました。妊娠8週にしての流産。月曜日の勤務中、患者さんに食事介助をしているところで、何かが下りてきた感じがあり、念のためトイレでチェックしてみると、量の多い真っ赤な鮮血が下着についていました。つい先日近くに住む友人が流産した時の話と妙にかぶり、かなり動揺しました。震える声ですぐにマネージャーに報告。幸運にもその日お休みだったパートナーに迎えに来てもらい、その足で救急外来へ向かいました。検尿、採血の結果、感染症、その他血液系の問題はないということで、翌日のエコーの予約と共に帰されました。翌日火曜日のエコーで、あの子の心拍が確認できた時は、本当に嬉しかった。

そして水曜日、朝また出血がありました。鮮血ではなかったので迷いつつも、救急外来を訪れたところ、結果として「鮮血でない出血は予測範囲内」との見立てで、私自身もその可能性が高いと思っていたこともあり、ある意味安心して帰宅しました。しかし午後になると、おなかの張ったような感じが強くなってきました。ベッドに横になることに決めて、本を読んだりして意外にも心穏やかに過ごしました。しかし、夕方6時ごろトイレに行くと今度は鮮血の出血。時が経つにつれ、座っていてもたらーっと流れ出るのが分かるようになってきました。夜10時過ぎ、救急外来を再診しました。

待合室で6月末にしては冷たすぎる空気を感じながら、ただただ重くなる出血を体でまざまざと感じ、そんなことをしても無意味とは分かっているのに、血ができるだけ身体から流れ出ないように体勢を変えました。お願いだからおなかの中に留まって、と願うと同時に感じる、痛みを伴う子宮の収縮。まるで私の身体は私の意図に反してこの子を排出しようとしているようで、それに対して何もできない自分に、得も言われぬ無力感を感じました。

何度も繰り返される収縮に、必死に外に出ようとするこの子を私の身体の中に閉じ込めようとすることが理不尽に感じられ始め、「もういいよ、もうそんなに頑張らなくて出てきていいよ」と言わざるを得ませんでした。そう言いながらも、もちろんこの時点で心から納得なんてしておらず、涙が滝のように流れました。

そのとき、10歳の私が一緒に泣いているのが分かりました。この子は自己ワークとカウンセリングの中で出会った子で、小学校5年生くらいの頃、ホームルームで先生に言われた「人間所詮一人。みんな人に頼らなくても生きていける人間になるんだぞ。」という叱咤激励の言葉を、頭での理解とは裏腹に恐怖とともに抱え込んできた子でした。

彼女はこの言葉を知る前は、人はみんなつながっているという温かい世界に幸せに暮らしていましたが、先生のこの言葉で、「人とは分かり合えない、だから、みんなを繋げておくためには私が頑張らなければならないのだ」と無意識のうちに決心し、それ以来ものすごいスピードで生きてきたのでした。

そのため、それまでウキウキと始めたことでも、なぜか途中から続けることが苦しくなったり、体調を壊して、ドクターストップまでかかったりしました。また、ありのままの自分ではダメ(ありのままの自分ではみんながバラバラになってしまうから)だから、ありのままではない私を強固に固める必要があり、そのために私が選んだのは、看護師というアイデンティティーでした。看護師を辞めても看護師であることにしがみついていたのも、この10歳の私が、みんながバラバラになって、私が独りぼっちになってしまうことから守るためにしていたことだったのです。それが分かったのは、ここ数か月のことでした。

私の意図とは裏腹に私の身体がこの子を排出しようとする不条理とも言える無力感と、あの10歳の私が感じた「私にはどうすることもできない」という無力感が私の体の中で完全に一致しました。そう、私が真に恐れていたのは、本当の意味ではあの子を失うことではなく、失いそうになった時に何もできない無力感だったのです。何かを得るために遮二無二頑張ることを続けてきた私にとって、得るどころか、失なうことを防ぐために何かすることもまったくできないという状況こそが、無力の極みだったのです。

しかし同時に、真我の存在もそこに感たのです。私がこんなに辛い時に「それでいい」って言われても(実際には真我は無言ですが。)と思ったり、また、さらに真我に焦点を合わせと、もっと泣けてきてしまい、「そんなんじゃ何の慰めにもならない!」と不貞腐れてもみました。

それでも、真我の温かさはもう絶対で、全ては私のコントロールの及ばない、私の力ではどうしようもないところで起こっているのだということが、何の矛盾もささくれ立った感じもなく、身体にストンと入って来たのです。「そうかぁ、そういうことだったのか」と大きな安堵感でいっぱいになりました。おかしな言い方かもしれませんが、私は看護師として働きながら、何度となく死への壮絶な無力感を感じ、その度に私の中の大切な何かをすり減らしてきました。しかし、私が無力なのは死を意味することだけではなく、この世に起こる全てにおいてなのだと「分かった」とき、涙と一緒にその無力感が解けて、体の内側から力が湧いてきたのです。

ふっと、私はこんなに辛いことでもなければ、あの10歳の私を本当の意味では解放してあげられなかったということなのだろうか、という思いが横ぎります。刹那的な叱責の声です。でも、そのすぐ後に別の声も続きます。いや、そういうことじゃないんだろう、と。私のこの流産に、何か意味があったかどうかなんて「分からない」と、ことさら爽やかに響きます。今でも私の手帳に仕舞ってある心拍を確認できた時のエコーの写真を眺めると、本当に愛おしく、逢いたかったなーと心から想って涙が溢れてきます。でももう、あの血の気の引くような無力感はくっついてきません。

http://ameblo.jp/mylifeintheuk/

☆☆☆お知らせ☆☆☆

★本年度のIntegrated Counselling Diploma Courseは、満員となりました。

11月にAAMET認定EFTレベル1&2(11月2日~4日)とマトリックス・リインプリンティングのプラクティショナーコース(11月22日~24日)を開催します。詳細は7月後半以降になります。

※プラクティショナーとしての資格が取れるコースですので、マトリックス・リインプリンティングのコースを受けるためには、EFTのレベル1&2を受講していることが必須となります。

11月まで待てない!もっと早くEFTを習得しておきたい!という方は、EFTジャパンでも、今月末と7月にコースが開催されます。こちらのコースの修了者もマトリックス・リインプリンティングのコースを受けて頂けますので、ご都合がつけば、ぜひご参加ください♪(EFTジャパンと私のEFTコースの受講費は同じです。どちらでもプラクティショナーの資格も習得できます。)

降伏という名の癒し」への3件のフィードバック

  1. どうすることもできない無力感を受け入れられたときの文章を読んでいて
    私もその感覚を味わえました。
    読む前までの私が囚われていたのも、自分にはできない、ということを受け入れられないゆえの悩みでした。なんか助かりました。ありがとうございます。

    こう言っていいのか分かりませんが、どこかで
    生まれてこなかった命は産まれてくる練習をしていたんだ。と聞きました。産まれてくるのは大変なことだから練習があるんだよと。

    うまく言葉にできないのですが
    貴重なお話をありがとうございました。
    ゆっくりご自愛くださいな。

  2. おはようございます、記事を取り上げていただいた伊佐奈津子です。

    記事には詳しく書けなかったのですが、体感として初めて「分かった」ことが他にいくつかありました。私自身がこれまで疑問だったことなのですが、感情のエネルギーをどんどんシフトさせて、ボタンがなくなった状態って、どんな感じなんだろう、と。もしかすると感情の起伏のないつまらないところなのかもしれないなー、と。でも、コントロールを手放して分かったのは、降伏することと感情を持つということとはそういう風には繋がっていないようだということです。

    これは記事にも書きましたが、それが分かったのは、エコー写真を眺めたときでした。手放しても、むちゃむちゃ悲しいのです。でも同時に愛に包まれてもいて、引きつるような焦燥感、無力感、絶望感はない。悲しむということがこんなに温かいものだったとは、初めて知りましたが、本来悲しむとはこういう感覚なんだろうなーとも感じました。ボタンがどんどんなくなっていくと、益々その人らしくなっていくという所以はこの辺にあるのかなーとも。

    丁度この一連の出来事の後に読んだあゆかさんの『非二次元って?~人生は即興ダンス~』に、私は自分の体験したことを言葉にしようという動機をもらいました。記事の内容が自分の体験と被っているように感じたこともそうですが、言葉にすることで自分に起こったことをはっきりと自分に知らしめたかったのだと思います。こんなに劇的なことも、過ぎると意外と忘れてしまうものなのですよね(笑)

    今回の私の旅のシェアに個人的なものを含めてコメントをくださった皆さん、本当にありがとうございます。それからこのコメントを書き込もうと思わせてくれた6期の仲間に感謝します。

    今日も皆さん、良い一日を。

    • なっちゃん♪

      素敵な追記をありがとうございます!まさに、そうなんです。感情の起伏がなくなるどころか、降伏(真我)がもたらす平和なエネルギーのなかで、余計な思いや他の感情や感覚なしに、その感情そのものが生(なま)で感じられるんですね。そのとき、私たちは生(せい)の実感を一番感じると思います。

      非二元ではなく、癒しのレベルでも、例えば、愛する人を失った悲しみまで感じないようにしようということではなく、苦しまずに、悲しみを感じきっていくことで、喪失のプロセスをその人なりに歩めるようにすることなんです。

      今回は、ほんとうに素晴らしい記事をありがとうございました!また、自分の最も深いところをシェアしてくださった勇気とお気持ちにも感謝いたします。

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