ネガティブがくれるもの

今回もロンドンカウンセリングコース(Integrated Counselling Diploma Course)卒業生の癒しのジャーニーをご紹介したいと思います!

癒しのジャーニーと聞くと、「ネガティブな感情を解放する」というイメージを抱く人も多いかもしれません。なんとく、黒いものを解放していって、光だけのぴかぴかの私になる・・・みたいなイメージを漠然と抱いている人もそれなりに多いでしょう。しかし、癒しのジャーニーの多くは、ネガティブな感情とどう向き合い、受け入れていくかが実は鍵を握っています。

怒り、悲しみ、無力感、恐れなどなど、ネガティブな感情は、まず体感としてとても不愉快です。なので、私たちはすぐに“嫌だ!取り除きたい”と感じてしまいます。また、多くの人がネガティブな感情=良くないことと思ってしまっているので、“ネガティブな感情、または感覚があるということは、私はうまくやっていない、まずいことになっているのだ”、などと思ってしまい、もともとのネガティブな感情の上に、さらに恐れ、批判、否定などネガティブな感情を増やしてしまいがちです。

セッションでも“どんな醜い自分と出会うのかが怖い”、“ネガティブな感情に向き合いきれなくて、自分が崩れてしまうかも”、“ネガティブな感情に向き合ったら、私は死んでしまう”、“ネガティブな感情を持つ自分は嫌い”などなどといった、潜在意識の思いに今までたくさん出会ってきました。そしてこのような思いで、ネガティブな感情はすっかり抑圧されてしまいます。

抑圧していると、それらがあたかもないかのように感じられるので、しばらくはそれなりに過ごせます。しかし、なくなったわけではないばかりか、解放されるチャンスを失ってしまっているため、余計それらの感情は大きくなっていきます。そして、それを抑圧するためにかなりのエネルギーが無意識のうちに使われているんですね。

なので、そのうちに、漠然といつも疲れている、不幸感がある、イライラする、不機嫌だ、やる気が出ないなどといった状態になりがちです。また、感情自体を感じないようにしてしまっている人もいますので、そうすると楽しい!ワクワクする!といったようなポジティブな感情も感じづらくなってしまい、特に苦しくもないけど、楽しくもないといった状態で生きている人もいます。

セラピーの観点から言えば、ネガティブな感情は、癒しのメッセンジャーです。ここに癒して欲しいと願っているあなたの一部分がいますよ、という合図です。ですので、嫌なもの、すぐさま解放すべきもの、という扱いではなく、メッセージを聞き、それを受け入れることが癒しの始まりです。

また、目覚めの観点からすれば、ネガティブな感情も真我から生まれ、真我でできています。真我は、怒りは持ってはいけないとか、恐れはないほうがいいとか、そういったことを一切言っていませんね。

前置きが長くなりました。いずれにしても、鍵は「受け入れる」ことなんですね。ということで、今回の癒しの旅の主人公は、ニューヨーク在住のコーチ青木理恵さんです。

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ロンドンのカウンセリングコースでの最も大きな学びは、「自己を見つめること」の大切さに気づかされたことです。私は、母親として、コーチとして、ピアノ教師として、責任感を持って人を育て成果を出すことに、誇りとやりがいを持って生きてきました。ところが3年前、娘が過食症になってしまったのです。そこで私は、娘の本当の気持ちを知ろうと、カウンセリングや心理学の本を読み漁りました。しかし、学びを深めるうちに、ふと、「私は自分自身の感情を大切にしてきただろうか?」という疑問が湧いてきたのです。

そこで、その疑問と向き合うことにし、1年経ってようやく、私は常に他の人の幸せと喜びのために奮闘していたということに気づいたのです。「では、さて、自分の喜びは?」と振り返ってみると、なんということでしょう!わからないのです。自分は何が好きで、何が嫌いなのか、何をやりたくて、何をやりたくないのか、ぽっかりと穴が空いたように、まったく分からないのです。これには、ほんとうに唖然としました。そして、これが私の大切な気づきの第一歩だったのです。

そこで、今まで他人に向けていたエネルギーを自らに向けて、本気で自分と向き合い、自分を受け入れてみよう、自分を知ることからスタートしようと決めたのです。最初の取り組みは、自分の「感情」に目を向ける練習です。観察してみると、私の感情の多くはポジティブなもので、ネガティブな感情が著しく少ないことがわかりました。一見良いことのように思えますが、なぜ、こうなっているのかと考えてみたとき、親や先生から言われ続けてきた「ネガティブな人=ダメな人」という思い込みが、私を縛っていたことが見えてきたのです。

ああ、私は、長いことネガティブな感情を持つことを自分自身に許していなかったのだ・・・そのことに気づいた時、自分が心底哀れになり、涙が流れました。また、嫌なことや辛いことがあると、瞬時にそれを学びに変換する癖がついていたことも分かりました。それは、効率や成果を求めるコーチングの影響があったかもしれません。

このような偏ったポジティブ思考の私ですから、娘の悩みや辛い気持ちをキャッチできる訳がありませんでした・・・、しかも、娘の過食症には、私自身も関わっていたのです。その事実を心から認め、受け入れた時は辛かったです。3日間もの間、食べることも眠ることもできず泣き続けました。

でもその後、不思議なことが起きました。(受け入れたことで)心が緩み、温かさが心に広がっていったのです。癒しが起きた瞬間でした。そして、今からでも遅くない。ネガティブな感情と仲良くしてみようと、私は立ち上がったのです。

そこで、ネガティブな感情がよぎった瞬間を逃さず、その感情を捕まえて手の平に乗せ、目を合わせ、じっと耳をすませて観察することからやってみました。最初のうちは、かすかな囁き声で「いやだ」「つかれた」という声が聞こえてきても、自分がそんな感情を持っているなんて・・と意外に思ってしまい、すぐに否定したくなったりもしました。

正直言って、私にとっては自己を見つめる作業は、苦しく辛いものでした。でも、その苦しみの中には、自分の価値観を新たに構築するという喜びもあります。頑なで小さく固まっているネガティブな声に耳を傾け、寄り添い続けることで、私は、徐々に自分自身の本当の感情と仲良しになっていったのです。

3年経った今では、ネガティブな感情こそ、大切だと感じています。自分を大切にしているという実感は、自己愛を満たしてくれますし、未熟でダメな自分って可愛いなあ~と思える日々は、人生をカラフルにしてくれます。カウンセラーコースに3年連続で参加し続け、やっと自分自身の思い込みに気づいた遅咲きの私ですが、今後はカウンセラーとして、多くの人の癒しの旅をご一緒したいと願っています。

ICF国際プロフェッショナルコーチ青木理恵 公式ホームページ

 

ネガティブがくれるもの」への12件のフィードバック

  1. こんにちは。よっし~@ロンドンコース生です。
    理恵さんとは同じ期(理恵さんの2年目)に学ばせていただきましたが、とっても素敵な人です。
    ネガティブな感情を許してなかったという気づきに心が打たれました。
    娘さんの過食症は理恵さん自身に気づかせるためでもあったのかもしれませんね。
    理恵さんとロンドンでお会いしたときはもうネガティブな感情を受け入れたあとなんでしょうね。輝かれていらっしゃいましたから。
    ほんと、理恵さんがおっしゃるように多くの人の癒しの旅をご一緒したいですね!

  2. 青木理恵さんのシェアとてもよいですね。

    自分のことのようにも思えて、涙が出てきました。

    自分も同じように思っていた(つもり)ですが、こやってあらためて経験されたお話しを聞くと、まだまだネガティブな自分を拒否しているということに気づきます。

    ポジティブでもネガティブでも、それ以外でもOKと思えたら、また違った感覚になれそうです。

  3. 青木理恵さんのジャーニーを読んでじわーっと涙が出てきました。(最近、涙もろいんです) 

    重なるところがあったみたいで、自分の中で小さな反応がありました。すぐに消えるかな?と思ったらそのまま続いたので、自分の中の何かが共鳴しているんだとわかりました。

    > 私は常に他の人の幸せと喜びのために奮闘していたということに気づいたのです。「では、さて、自分の喜びは?」と振り返ってみると、なんということでしょう!わからないのです。自分は何が好きで、何が嫌いなのか、何をやりたくて、何をやりたくないのか、ぽっかりと穴が空いたように、まったく分からないのです。

    、まずこの部分でした。

    私の場合は「受け取ったものはシェアしなければいけない」というエゴに振り回されてきました。背後にあったのは、「独り占めしてはいけない」という気持ち、「シェアして誰かの役に立たなくては」「シェアすることで誰かの幸せと喜びに貢献しなくては」という気持ちでした。

    中でも「独り占めしてはいけない」という気持ちが大きくて、受け取ったものをしっかり抱きしめて、味わい尽くして、、、そしてシェアしたいと思えばシェアする、というステップではなくて、受け取ったんでしょ?味わったんでしょ?じゃ、シェアね!のパターンだったように思います。(頭の中のシェア監視人に見張られながら味わおうとしているんだから、しっかり味わえるはずもありませんし)

    青木さんと同じように、自分が何が好きで、何が嫌いで、何をやりたくて、何をやりたくないのか、わかっているつもりで全然わかっていませんでした。

    > また、嫌なことや辛いことがあると、瞬時にそれを学びに変換する癖がついていたことも分かりました。

    ここにははっきり共感しました。私もいつ頃からか、「この嫌な思い・出来事・経験から学べるものは何?」と瞬時に発想を転換させる癖がついてしまい、それはそれで良かったのですが、そのときの感情を十分に味わうこともなく切り換えをしている自分にどこか違和感を感じていました。

    > でもその後、不思議なことが起きました。(受け入れたことで)心が緩み、温かさが心に広がっていったのです。癒しが起きた瞬間でした。

    すてきですね。。。私はまだここまで到達できていない気がします。でも、きっといつか同じ体験ができるだろうな~と思っています。

    ロンドンに3年通われたのですね。すごいなー、そういう参加の仕方もあるんですね。
    一方で7年もぐずぐず悩んできた自分がいますが、人それぞれなんだしと最近は思っています。

    もしかしたらロンドンには行かないかもしれない。でも、それでもできることはあるんだってわかってきました。今年はお試しが来ているみたいで(この課題をどう乗り越える!?という経験のことです)まだ結論が見えていませんが、自分のハートの声も聞きながらロンドン行きにもしっかり向き合おうと思います。

    シェア、ありがとうございました!

  4. あゆかさん、私もう成長したくはないと思っています。人が成長する時って、時として苦痛を伴う試練を通らされるでしょう?もう、それがしんどくて・・・もうさんざん苦労はしているので、もうこれ以上傷つきたくないというのが本音です。それに今のありのままの自分でOKだとしたら、成長する必要はない気がするんです。だって今の状態で完璧なわけだから。
    抑圧・投影で自分に原因があるから傷つくんだ、自分の中にある癒されていない感情があるからムカつくんだと思い、自分の心の中を探りました。それでなんとか原因となる感情や思い込みがわかりましたが、
    どうもそれだけではすまされない気がしてならないんです。傷ついたという表現自体が、そもそもの原因は相手にあるっていう感じなんですが、自分の心の傷を教えてもらったと思えば、傷つけられたという感覚はなくなるのでしょうか?とはいっても、なかなかそういう心境に”今のところは”なれないのですが。どうも「おりこうさんの考え」っぽくって、支持できないです。(涙)
    多分当の本人も私を傷つけたとは思っていないでしょうね。だから余計に腹が立つのかもしれません。
    でも一方では、相手が私の気持ちに気がついていない分、なんか一人芝居やっているように見えて、ばかばかしく思えたりもします。(笑)
    すみません、なんかまとまりのない文章で。セルフ・ラブの観点からみると、この場合どうやったら自己愛増やせるんでしょう?こういう場合、相手を許しなさいというのは、よく言われることですが、とてもそういう心境になれない苦しい時は難しく感じます。自己愛が増えれば、無理なく相手を許すことができるのでしょうか?今のところは「なるべく相手との距離を置く。」ことで、心の負担を軽減している状況です。(泣)
    ご意見をお聞かせいただいたら、ありがたいです。m(_ _)m

    • コメントをありがとうございます!

      なんとなく、きちんと癒しが起きる前に、思考ばかりが先行している、または思考がとても邪魔しているという印象を受けます。癒しとは、たとえば成長したり、相手が許せるようになるために頑張るものではなく、自分の中にあった隠されていた思いと抱きしめ、癒してあげること、ただ、それだけです。

      成長や許しは、その副産物としてついてくるものですね。そして、それが素晴らしいですよ、楽ですよ、という話で、そういうふうに考えましょうとか、そういう人になりましょうと提案しているのではないんです。

      癒しに関するイメージを手放して、もっとシンプルに感情に寄り添ってみたらいかがでしょうか?

      今後もぜひブログを参考にしてくださいね♪

  5. まさしく、シンクロです。昨夜、傷付いて、大声で泣きたい私がまざまざと感じられ、
    泣きじゃくりました。ネガティブな自分の感情を意識的、無意識的に抑え込んで来た事に改めて気付きました。そんな感情に寄り添い、受け止め、感じ切ってみようと思いました。

  6. あゆかさん、こんばんは。
    最近、私は、自分からどんな思いが出ても、許します
    許しますと、やっていたら、ずいぶん楽になりました。
    どれだけたくさんの制限を、自分の思いにかけていたか
    ということに気づきました。
    昨日、ある人からもらったメールに、すごい嫌悪感を感じました。
    その人は、私のことを思って、書いてくれたことなんですが、

    とても嫌なことだったので、思う存分自分に嫌がることを
    許したら、心?胃から黒井小さな塊みたいなものが、
    口か出ていくのを感じました。
    その出来事のことが、出て行ったのか、今まで溜まって
    いたものが出て行ったのか、今の私にはわかりませんが…
    シェアをありがとうございます。

  7. あゆかさん

    今、足元が崩れ落ちるような気分にあります。

    うまく伝わるか不安ですが書いてみようと思います。

    子供の頃からなぜか人間関係がうまくいかなかったり、傷つきやすかったり、器用に適当に計算できなかったり
    ずっと生きづらく、それでもなんとか「普通」に生きようと努力してきました。
    (↑今思えば、これがさらに苦しみを生んでいた訳ですが。)

    そして、生きていくのも大変な中、あゆかさんや様々な教え、セラピーにたどり着き、
    少しずつセッションを受けたり、取り組みました。

    ずいぶんセッションも受けたのですが、でも、全然楽にならないんです。

    私は人が怖いので、
    たとえセラピストといえど、かなり緊張しますし、
    なかなか心が開けません。

    そして自分自身も信じていないので
    どうせどんなセラピーを受けても私はだめと、どこかで感じていて
    そのセラピー自体も信じていないのかもしれません。
    そのセラピーやメソッドを信用していなければ効果は出ないとも言われて愕然としました。
    意識上は信じているつもりだったからです。

    全然よくならない私に慣れているとか
    メリットがあるからなどかもしれません。

    実生活に支障をきたしている状態ですが
    セラピストが怖いのでは
    もうどこから取り組めばいいのかわからなくなりました。

    頭でこれを信じようと思っても、ただの思考ですし、
    委ねる感覚もわかりません。

    私が幸せになることを選択しない限り、
    いくらセッションを受けてもだめだとも言われました。

    どうしたらいいのかわかりません。

    • こんにちは!コメントをありがとうございます。

      人が怖いということですが、人が自分に何をしてきそうだと思っていらっしゃるのか、お教え頂けますか? 例えば、セラピストが自分に何をしてきそうなのでしょうか? 批判してきそう? 否定してきそう? 何をしてきそうだから、怖いのかが分かれば、なにかお返事できるかもしれません。

  8. 素敵なシェアリングをありがとうございます。
    私達は一つだけれど(本来は)、この世では肉体があり個々がそれぞれの旅をしている…ように見えます。
    だから孤独を感じることもありますが、旅の有り様をシェアすること、励ましあうことで、一体感を取り戻せる感じがしますね。

    LONDONのカウンセリングコースに参加したいです。が、すぐには難しいな…。
    LONDONだからこその良さがあるのだとは思いますが、日本で同じ内容の講座を開催して頂きたいです。熱望しています。

  9. 誰かに攻撃されるのが、本当に辛いです。

    セラピストに責められる、拒絶される、そういうことが怖くて、緊張します。
    ひとは私を受け入れるというより、いじめたり、無視したり、文句いったり、攻撃してくるというイメージがあります。これまでの出来事から。

    セッションを受けているとき、人と話しているとき、
    相手が、理解できない、それではだめだ、あなたが悪いということをあらわすとキュッと恐怖を感じて、萎縮します。

    受け入れられていない感じがする態度に変わると、本当に感じていることを言えなくなります。

    自己価値が低いの一言につきる状態です。

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