子供がいる人生、いない人生

ロンドン周辺もやっと木々が緑になり、花々が顔を見せ始めました。さて、今回はブログのコメントへお返事させてください。コメントありがとうございました!

私は子どもを望んでいますが、授かれません。<省略>妹が妊娠してから「私は両親を喜ばせられない(能力が低い)」「私は妹と違ってくよくよしやすい。性格が悪いから妊娠できないんだ」という気持ちが吹き出してきました。また小さな頃から母が「子どもがいない人は奥行きがない」と口癖のように言っており、それは母の姉(独身)が社会的に大成功し人気者なことと関係あるのは薄々感付いているものの、心のどこかでその母の言葉を肯定している自分もいます。もちろん、ただただ赤ちゃんや子どもが好きで、かわいがりたくてたまらない、というのも本音です。<省略>

こんなにも赤ちゃんを望んでいるのに、授からないのはどうしてですか。深いところで妊娠や出産を嫌がっているのでしょうか。心身一如といいますから、メンタルの問題ですか(検査したら肉体的に問題はありませんでした)。前世で私や夫が何かしたのか…と思うことすらあります。煩悩まみれの悩みで恐縮ですが、心が楽になる方法があったら教えて下さい。

コメントの方がおいくつなのか分かりませんが、まだまだチャンスは十分おありな年齢なのでは、という気がします。さて、どうして子供に今のところ恵まれていないのか、または、万が一一生恵まれなかったとして、その理由は何か? 思考はどうしても理由を求めてしまいますね。また、そういった欲求に応じて、それらの問いに答えようとする人たちもけっこういます。

でも、それらの答えがほんとうにそうなのかどうかは結局分かりません。大切なことは、ご質問の通り、心が楽になることだと思います。あきらめてリラックスしたら、赤ちゃんに恵まれたという話もたくさん聞きます。

私たちは人生に何かが足りないと感じると、常にうっすらとした不幸感がつきまといます。そして、その足りないものを刺激される事柄が起きると、それは苦しみに変わっていきます。

私も実は子供が欲しいと強く願った時期がありました。アルコール中毒の親が子供を怒鳴り散らしている光景を見ると、なんでお酒を一滴も飲まない(飲めない)、こんな愛情深い私(←恥ずかしいけど、真面目にそう思っていました)に子供ができなくて、あの人に・・・・と思ったりし、深いため息と憂鬱感に浸っていたものです。

そして、私はほとんどの人が持っているもの、ほとんどの人ができる経験なしに一生を生きるしかないんだ。この欠けた感覚とは、一生付き合っていかなければいけない・・・と思っていました。

ところがずいぶん前になりますが、インナーチャイルドを癒す自己ワークをしていたとき、癒されたインナーチャイルドがはしゃいでいるイメージを見て、ふと、“私は、あなたが望む大人になっている?”と尋ねてみたのです。

すると、涙がぶわ~~と溢れ、子供がいないとか、まだ他にもいろいろなことで自分が自分と自分の人生を否定していることが分かったのです。こんなに自分を否定していたとは、気がつかなかったと思いながら、出てくる感情をよく感じていると、どこからか“あなたは、昔も今もずっとあなたを愛していた”という声(思い?)が出てきたのです。

そこで、また涙がどっと溢れ、今度は本当は自分はいかに自分を愛していたのかを思い出したのです。そして、その声に従って、ただその声から感じられるエネルギーを胸で感じ続けました。すると、だんだんと欠けている感覚がなくなり、あぁ、ほんとうに欠けていたのはやっぱり自己愛だったんだと体験したのです。

私にはなぜ子供が恵まれなかったのか、もしかすると私が気がついていない深いレベルでの恐れや抵抗があったのかもしれません。生まれる前に魂の計画があると信じれば、子供がいないという計画だったのかもしれないし、反対に魂の計画から逸れてしまったのかもしれません。

ただ、それらはすべてストーリーであって、一番大切なことは、今自分にどれだけ愛があるかだけなんですね。また、もし例え間違った道だったとしても、その道を選び、歩んだ自分を無条件に受け入れ、愛することができれば、結局真に求めていたもの(無条件の愛)に出会えます。

あなたが微笑みを浮かべてルンルンと歩んだのか、涙をためて悲しみを抱えて歩んだのか、エゴにとってはそれこそ大きな違いで、悲しみの道などは、絶対避けたいものです。ですが、自分が歩んだ道を100%受け入れてみると、どんな道でも結局良かったのだということがよく分かるでしょう。(受け入れたフリや、頭で無理やり受け入れるのではなく)

カウンセラー&セラピストとしては、もし、この方がセッションにいらっしゃれば、この状況において一番自分を苦しめている思い(潜在意識にある)を見つけ、それに付随する感情を解放するワークをさせていただくと思います。

また、子供を持つことへの抵抗(潜在意識)があるのか(子供がいないことのメリットなど)を探ったり、子供がいる生活や反対に一生いない生活をイメージしてもらい、そこにある思い(潜在意識の思い)も探ってみたいものです。

しかし、子供に恵まれない(今のところは)という問題を解決しないと、この方は幸せになれないとはまったく思いません。

エゴは欠けている感覚は、外から埋めなければいけないと説得してきます。なぜ子供がいる人生が良くて、いない人生は惨めなのかとか、とうるさく語りかけてきます。赤ちゃんにさえ恵まれれば、私は親を喜ばすことができる良い人間になれる。そして、赤ちゃんが生まれたということは、なんだか知らないけど、私はうまくやれているということだ。悪いカルマもないし、ネガティブなものを引きずっていない、健康で勝ち組になれる・・・、といったように。

でも、純粋に子供をかわいがるという経験ができないのは寂しい、これは欠けた感覚とは関係ないでしょう・・・とエゴは、まだたたみかけてくるかもしれません。しかし、ここで私たちが真に求めていることは何でしょう? 赤ちゃんをかわいがるとき、自分が真に得られる感情は何でしょう?

深く感じてみれば、恐れを抱かずに安心してオープンに、無条件の愛を与えることができる、感じることができる、といったものが見えてくるはずです。人はそれを求めながら、無条件に誰かを愛することに密かに恐れを抱いていたりするものです。ただ、私の言葉を鵜呑みにせず、よ~くご自分で探ってみてくださいね。

先日、ホームで電車を待っているとき、駅員さんが赤ちゃん連れのお母さんに話しかけ、自分のスマホで赤ちゃんの写真を撮っていました。赤ちゃんは、私たちの周囲の中でもっともエゴが感じない存在ですね。もちろん、赤ちゃんなりに性格はありますが、しかし、単に小さくてかわいいというだけではなく、そんなエゴのない状態が、私たちの心をつかむのかもしれません。

私たちを苦しめるのは、いつもストーリーです。無条件の愛には、ストーリーがなく、だから無条件に自分を受け入れることで、私たちは真我(真の自分)と出会えます。

社会はエゴで出来ていて、ほとんどの人はストーリーを語り、ストーリーを信じ込み、また、自分のストーリーを信じこませようとしてくるでしょう。その中で、真の幸せを求めるのなら、今自分にどれだけ愛があるか、ストーリーではなく、ハートに寄り添うことですね♪

子供がいる人生、いない人生」への10件のフィードバック

  1. あゆかさん、こんにちは。
    いつも大切な記事をありがとうございます!

    ちょうど今、不妊外来に通っているところでじっくりと読みました。

    私は世間では高齢出産に入る年齢です。
    そうするとどうしても、妊娠という分野では医学的な意味で
    「老化」を強く意識させられることも多く、気持ちが沈むことも多々あります。
    このまま不妊治療を続けて、ほんとうに子どもが授かれるのか?
    先が見えないけどタイムリミットは迫る年齢に息苦しさを感じることもしばしばです。

    ただ、今回のあゆかさんのブログを読んでいて、とてもハッとした部分がありました。
    「恐れを抱かずに安心してオープンに、無条件の愛を与えることができる、
    感じることができる〜それを求めながら〜」という部分です。

    私は確かにそうすることを求めている、と泣きそうな気持ちで思いました。
    なぜか「無条件に愛する」なんて「そんなことが自分に出来ると思うのは思い上がり」
    だと私は思わなきゃいけない!と、強く感じていたようです。

    子どもを授かりたい、でも、ほんとうにほんとうに私がしたいのは
    「エゴもあって時々それに翻弄されつつ、それでも私なりにせいいっぱい
    無条件の愛を誰にはばかられることなく注ぎたい」ということなのかな…と思います。

    そしてふと、それを自分自身にできているだろうか?と思いました。
    縁あって、今、すでに私のそばに居てくれている人達や物事にも。

    どうして人は「愛する」という素敵なことに恐れやジャッジが入りがちなんでしょうね?
    あゆかさんが愛について書いてくださると、なんだか気負いなくホッとします。

  2. いつもブログが心の栄養になっています。

    「違い」について質問させて下さい。
    私は人と自分の感じ方や解釈の違いにすごく驚き・心が傷ついてしまいます。

    もちろん違いは良い面もあり、気づきがあったり成長につながることもあるのですが
    日常生活で出会う違いには本当に悩まされます。

    どうしても分かり合えない人
    (向こうは自分の信念を持っておりそれに基づいてこちらを判断してくる)
    とはどう接したらいいのでしょうか?

    「この世にはそんなに悪い人はいないだろう」という考えで
    基本的に何でもOkとして受け入れるタイプだからか

    人が些細な(と私には感じる)事で怒ったり、悪口を言ったり、批判したりしているのを見るとすごく驚き
    攻撃されたりすると頭を殴られたようにショックを受けます。

    まさかそんなに悪意のある解釈をしている人がいるなんて!ガーン!
    といった感じです。

    のほほんと南国のような頭でいる私にとって、それは
    いきなり斧で割って入ってこられるような?感覚です。

    みんな私が人を受け入れているように・許すように、感じているとは限らないのだ。と気づいてからは
    人が無性に怖く感じるときがあります。

    もしかしたらすごくけなされているかもしれないし、良く思われていないかもしれないのだ
    など心の中でなにを思っているか分からないと思うと
    自由に振る舞えなくなります。
    みんなそれぞれのルールや価値観があり、それに合わせるのは消耗します。

    心から愛していた彼氏は今まで出会った中で最も感性や価値観が同じでしたが
    やはり、決定的な感覚の違いがあり、それにお互い我慢できず傷つけあって別れに至りました。
    自分の中の世界(価値観や考え)が他者には決して分かってもらえないのだというショックを感じ
    今も尾を引いています。

    職場では各々の価値観で人が人をジャッジしているのを見たり、私自身がされたりすると
    とても疲れてしまいます。

    この世界で違いは当たり前だし、それをどうとらえるかがポイントだと思うのですが
    様々な「違い」が争いをうんでいるのが見られます。
    どうすれば違いを乗り越え、愛を持って違いと接し、臆することなく人とかかわれるでしょうか。

    まとまりのない文章ですみません。
    何かヒントが得られたらと思いコメントさせて頂きました。

  3. あゆかさん

    この度は私の質問にお答え頂き、どうもありがとうございました。
    何度も何度も、ときに涙しながら一文一文を噛み締めました。

    エゴが畳み掛けてくる下りは「まさに! なんでこんなに私の考えが分かるの?」と驚くやら可笑しいやら(笑)。
    人生がそこそこうまくいっているときだと「私は光であり、愛であり、神の一部。この世は壮大なゲーム。楽しもう!」と思えますが、ちょっとうまくいかないと「この世は闇よ。助けてくれる人なんて誰もいない」と毒づきたくなる体たらく…。なんて情けない私。
    でも、こんな自分でも愛していきたいし、またそれ以外にすべきことなんてないんですね。

    赤ちゃんに恵まれたら価値ある人生、価値ある人間。恵まれなかったら…その逆。
    いつの間にか、そんな思いに支配されていた自分に気付けました。
    赤ちゃんがいてもいなくても、欠点が多くても、私には揺るがない価値があるし、私らしく人生を楽しむことができる。
    たまにエゴの声にへこむことはあるでしょうが、素直にシンプルに、それを信じていこうと思います。

    最後になりましたが、あゆかさんのあたたかいメッセージが、多くの不妊に悩む女性やカップルに届きますように。
    そして不妊治療や妊娠・出産をめぐる問題が発展的に解決していきますように。心や魂のケアが注目され、その恩恵にあずかる人が増えますように。

    本当にありがとうございました。

  4. こんばんは。いつも役立つお話をありがとうございます。
    「子供」や「恋人」なら、それがあってもなくても幸せは変わらない・・・というのは理解できます。ですが例えば、生理的な欲求や本能に関する部分はどうでしょうか。例えば「性欲」や「食欲」です。時々私は、パートナーがいないときに「性的なパートナーがいない自分は不満だ」と思いがちです。でもこれは、本能の欲求で自然なことと思うのですが、こういう場合も真我の自分から見ると、乗り越えられるものでしょうか?是非教えてください!お願いします。

  5. あゆかさん、いつも色んな記事をありがとうございます
    迷ったときは過去記事をさかのぼって読み直し、改めて自分の心と向き合っています。
    (最近は境界線の記事を読み直し、自分の心に平穏をもたらす事ができました^^)

    長年のなぞがあるので、教えて頂きたいのですが
    どうして他の人は、さらりと結婚しているのだろう、専業主婦になりたいんだろう、という謎です。
    私は、今、未婚のアラサーで、両親が不仲だったせいか、結婚にあまりいい印象がありません
    かといって、結婚しないで平気かと言われればそうではありません。
    周りもみんな結婚していくなか、親からのプレッシャー、焦り、不安、色々あります。

    付き合っている男性はいますが、もし結婚したら、私は家事や仕事で大変な思いをして、相手と喧嘩して、子供に当り散らした挙句離婚する気がします。
    どうしても、私がうまくいくというイメージができません。

    友人などは、専業主婦に憧れていたりするのですが、
    (子供とも向き合えて、家事の時間もしっかりとれる専業主婦は羨ましくもありますが)
    もし、私が専業主婦になってしまっては、生活を旦那の稼ぎでさせてもらうという
    下の立場になってしまい、相手との喧嘩の際強気に出れない、
    離婚したい時、金銭面がネックで踏み切れないなどの理由で、私は怖くて主婦になりたいとは思えません。(思い込みなのでしょうが、他に方法がおもいつきません)
    かといって、今現在のようにバリバリ仕事をして、さらに子育てまで出来るような人間でもありません。。

    幸せな結婚がしたいという思いと、そんな事は無理という思いと色々交錯し
    時間ばかりがすぎて行きます
    私のネガティブな結婚観を変える方法はないでしょうか?

  6. いつも拝見しています。
    結婚して10年以上不妊に悩んだので思わずコメントしたくなりました。
    私も授からない間、どうしてなんだろうと何度も悩みました。
    何か悪いことをしたのか、性格のせいなのか、夫と結婚したのが間違っていたのかなど
    いろいろ考えましたし、ねたみや醜い感情も何度も味わいました。
    自分の人生であんなに追い詰められていたことはないように思います。
    (妊娠できる年齢にはどうしても期限があるので)

    悩みに悩んで10年目にやっと授かりました。
    今思い返せば、私の場合は「すごくほしい」という気持ちと「子供を持つのがこわい」という
    相反した気持ちがありました。
    10年ずっとほしいと思っていたけれど、あるきっかけで心の底から「私は子供を産んでみたい」とある日思いました。それまでもずっと思っていたのですが、そのときはまさに心の底からの気持ちで、思考ではなくハートが叫んでいたんだと思います。
    それから、自分で一生懸命体質改善をし、授かることができました。
    このブログにもよく書いてありますが、ハートが本当に望んでいるときには、いろいろな道を見つけられるんですよね。

    私の場合は、結婚して2年くらいたっても子供ができないと「もう自分は子供ができない体なんだ」という
    思い込みが強くなってしまったんだと思います。
    妊娠というのは、若ければ若いほどいいという風潮ですし(実際そうなのかもしれないですけど)、それにも
    巻き込まれて「絶対自分は妊娠できない」と思いこんでいました。
    その思い込みが解けた時妊娠できたんだと思います。
    ちなみに妊娠したらしたで、病院の先生などには「高齢出産だからリスクが高い」と言われましたが、安産でした。

    妊娠する、しないというのはいい悪いことでもなく、その人その人の問題だと思います。
    でも、もし世間で言われていることや自分の思い込みから抜けて楽になるのも大切なんだなと自分の体験を通じて思いました。
    自分の体験をつらつらと書いてしまいましたが、こういう例もあると知っていただきたいなと思ってコメントしました。

  7. 人それぞれ不足感がいろいろあるのだと思いました。

    ・子供がいない
    ・お金がない
    ・能力がない
    ・パートナーがいない
    ・etc

    「不足感がない自分を経験したくない」

    ってことないのでしょうね。

    私達は心地よさを求めて、不快を毛嫌いしてしまいます。

    受け入れればいいのに(笑)。

    >これらはすべてストーリーであって、一番大切なことは、今自分にどれだけ愛が
    >あるかだけなんですね。

    本当にそうですね。自分次第。

    >また、もし例え間違った道だったとしても、その道を選び、歩んだ自分を無条件に
    >受け入れ、愛することができれば、結局真に求めていたもの(無条件の愛)に出会えます。

    同感です。

    どんな自分も受け入れることさえできるなら、心や安らかです。

    本当の意味での癒しとか救いとかは、受け入れることかと思います。

    理不尽なことや経験したくないようなことは避けようがないです。

    どうしても不足感を補おうとして頑張っても、それは、可能なこともあるし、不可能なこともある。

    自分も受け入れられない時には、苦しみを感じます。

    で、結局、受け入れるしかないんです。

    だとしたら、早めに受け入れる方がいいと思います。

    どんな苦しみも過去ですから。

    今は、今。

    (^^)。

  8. 辛いですよね(u_u)子供さえいれば…,私もそう思って、若い時を過ごしました。若い時、子供は授かれるんですが、産めない境遇にあり増した。死ぬほど、辛かったです。
    今は子供を産めて、日々幸せを感じてます。
    ですが、今度はパートナーに出会えない事で苦しんでます。子供がいない変わりに、旦那さんは優しくて、仲が良いんじゃないですか?
    親からの愛情、友達に恵まれる、旦那
    からの愛情、子供に恵まれる、全てもってる人もいるでしょう。逆に全てない人はいないと思います。何かしら、神様は与えてくれると思います。
    与えられた愛せるものに、愛情を注ぐ事が今あなたのするべき事ではないかと思います。
    もし、神様があなたに子供が必要と判断すれば与えてくれるはずです!

  9. ないもの ねだりでしょうか⁉️
    私は子供いますが、なんの為に子を産むのか悩まされた事が何度かあります。

    子が問題をおこすと親のせい。
    苦労して育てた我が子が結婚、当たり前の話しなんですが、結婚したら他人みたいになる。
    母子家庭で苦労して育てたのに、お腹を痛めて産んだに、いずれは離れていく子いても、いなくっても、同じだと私的には思いますよ。
    もう一度、人生があれば好きな男性と気ままに生きたいです。
    今時の子は、やってあげた事は忘れ、自分の欲しい物を買ってあげないと、最低な親だと ののしり、さようなら、とメールが届きました。
    こがいて良かったのかな⁉️いても変わらない気がします。
    16才で出産 し、お腹を痛めて産んで苦労して育てた娘なのに、むこうの後継を産んで、むこうの家族になる。むこの後継を産む為に、、、私は娘を産んだのか⁉️なんだか!気がおちてきて、なにも やる気も起きない。
    もぅ〜、私の役目は終わりました。このまま、永遠と眠りにつきたい。

    子が、いなくっても人生をエンジョイできると、私なりの回答ですが、間違えてたらゴメンなさい。
    私の友達は、高齢出産をしましたよ。忘れた頃に できたから不思議がっていましたよ。
    そういう方も、います。リラックスした気持、、、大切ではないかと考えます。
    なにも、参考に、ならないかも ですけど私の思いを伝えたかった。子いただら、いたで精神苦労が永遠と続きます。どっちが良いのでしょうかね?
    ないものネダりです。あまり、深く考えないで、明るく生きるがイイみたい。
    自分を、見失わないで下さいね?自分を攻めないで、心傷めないで、シリア難民に比べたら贅沢な悩みだと、私はいつも、考えなおす。
    落ち着く家がある、布団に寝れる 好きなだけ食べれる。
    私、しあわせ、だと感謝する事。考えすぎると脳がつかれます。
    リラックス リラックス リラックス精神を忘れないで、前向きにね?

    • こんにちは!

      ご意見を述べたいだけということですが、なんとなくお返事してしまいます。余計なおせっかいですので、スルーして頂いてもぜんぜん結構ですよ~。

      例えば、ご自分が出産なさったときに周囲から十分に精神的にケアしてもらっていたのか?、自分が子供の頃、親から愛されていると実感していたか? また、子供のケアをしなくてはいけないからということで、自分のケアが二の次になっていなかったか? 周囲から子育てのサポートや愛あるサポートをしてもらったりしてきたか?
      というあたりを振り返ってみても良いかもしれませんね。

      子供がいるかいないかではなく、自分の中に愛があるかないかで、同じ状況でもずいぶん見え方が変わりますよね。

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