「今ここ」に現れでているもの

イギリスに戻ってまいりました!すべてがスムースに行くドリームランド(日本)から、現実に戻ってきたなと感じます。さっそく“運転手がどこにいるか分からないので、いつ発車できるか分かりません”と普通にアナウンスする現実にぶつかり・・・。16年住んでいますが、未だに運転手がいないという意味が分かりません。

さて、今回はコメントにお返事させてください。コメントありがとうございます!

数ヶ月前に子どもが誕生し、現在は育児の真っ最中で自分の時間のほとんどが赤ちゃんのお世話に費やされ、私の意識も常に子どもに向いています。自分の身体を感じたくても今までのように集中できず、これも「母は子どもに常に目を向けるべき」だったり、「子どもの要求に応えなきゃ」などという思考の思い込みのせいなのでしょうか?

それと同時に、私が子どもに上手に対応してあげなければ、私が幼いころに経験したように、子どもが将来癒したいと思うような悲しい感情など、なにか子どもにとってマイナスな状況を作り出してしまうのではないか、という漠然とした不安もあります。母親というアイデンティティと、ありのままの自分(「私」でも誰でもない、いまここにある自分)とがうまくやれていない感があるのですが、自分の中の愛や自分の身体にもっと集中したいです。

まずは、赤ちゃんのお誕生おめでとうございます!生まれたばかりの赤ちゃんは、100%お母さんの注意が必要ですから、お母さんの意識が常に子供に向いているのは、当然なことだと思います。

スピリチュアルな教えは、こういった当然の営みに反するものではないんですね。また、自分と赤ちゃんを分離した見方で、自分の中の愛、自分の身体と「自分、自分」とやるものでもないんです。

今起きていることは、「子供に意識がすべて行っている」というとても美しい出来事です。そして、「真の私」は、それに対して何も抵抗せず、気がついている存在ですね。

「ありのままの自分」をどう捉えていらっしゃるのかいまいち不明なのですが、文面から「真我」として捉えていると推測してしまいますね。(間違っていたらごめんなさい!)で、その場合、決して母親としての私VSありのままの自分ということには、ならないはずなんです。なんとなく、「アイデンティティを持たない誰でもない人」になろうとしているように感じられなくもありません。

つまり、母親としての私(自我)とアイデンティティがない誰でもない私(これも自我)がうまく噛み合わないとおっしゃっているような・・・、または、アイデンティティを自分が持たなければ、真我としてのありのままの自分になれると考えていらっしゃるのかもしれません。

誰でもない状態になろうと頑張るのではなく、母親という役割をしているときでも、真の私は、なんのアイデンティティもないと認識していることがポイントなんです。

真の私は、あらゆる意識、感情、思考を許し、それに対してなにも批判も判断もしません。“赤ちゃんばかりに意識が行ってはいけない”とか、意識や思考を操作することもまったくせず、ただすべてに気がついています。ですので、なにかと噛み合わないとか、バッティングするようなことはないんですね。

こう書くと、自我によっては自分がそうやれば、悟れるのだと勘違いし、判断も批判もしないようにしようとか、思考を操作するのを辞めようとかしてしまったりしがちです。しかし、自我自体が思考なので、この試みは絶対失敗します。

真の自分は自我ではなく、あらゆるすべてに気がついているほうの意識だと、100%認識することです。なにかしようとする必要はありません。

なのでもし、ありのままの自分に近づきたいのであれば、赤ちゃんの泣き声にストーリーをくっつけず、泣き声に反応して出てくるシンプルな思いとシンプルな行動に従ってみると良いかもしれません。そこには、きっと純粋な愛が存在しているはずです。

育児にしろ、仕事の大切なプロジェクトにしろ、人生は私たちが思考の中に埋没してしまう出来事であふれています。思考の中に埋没していまうと、ストレスが高まり、考え方も狭くなり、周囲のことも目に入らなくなります。

「子供に意識がすべて行っている」というのは、もしかするとこういった状態をおっしゃっているのかもしれません。そうだとしたら、赤ちゃんを抱き上げたとき、1,2秒でも良いので、赤ちゃんの吐息、抱いた感触、重みに100%意識を持っていってみるのはどうでしょうか?

今起きていることに100%意識があるとき、あなたは「今ここ」にいます。思考が静まり、ほんの1,2秒でも、そこに愛と平和を感じることができますね。

このところずっと書いているような気がしますが、スピリチュアルな教えは、一人で時間があるときにだけ実践できるというものではありません。しかし、次から次へと「するべきこと」がある日常の中で、一日数回でも「今」起きていることに100%意識を注げるかが、ある意味あなたの「スピリチュアル力」となるでしょう。

自我は常にストーリーを流しています。それはまるで、オフスイッチがないラジオかテレビのようなものです。また、自我は常に何かを求めています。人から認められること、安心できる何か、今と違う状況、今と違う自分、相手が変わること・・・。常に求め、求め続け、そしてそれが手に入っても、安心するのはつかの間で、次は失うことを恐れ、さらに安心を求めます。

自我の流すドラマにはまり、求めることに疲れ、不安や怒りで体が緊張してくると、私は深呼吸をし、すべて(自分の内側も外側も)に意識を広げ、ただそこにいます。

すると、すぐに平和が広がり、私はすべてを愛していたことを思い出します。悲しみや憎しみのドラマでさえ、「今ここ」の中では、愛に包まれ、大丈夫なのだと見えてきます。

カウンセラー&セラピストとして、自分のストーリーを癒し、他者のストーリーを癒すことに喜びを感じながら、同時に自分もみんなもほんとうは大丈夫だと分かっていることは、私に逃げない慰み、安心感を与えてくれます。

何もしなくても、真の私はすでにアイデンティティもなくすべてを受け入れています。それを認識しながら、今、自分の人生にお母さんという役割が現れ、起きていることを受け入れ、楽しみ、誕生したばかりの小さな生命に十分に意識を注いであげてください♪

「今ここ」に現れでているもの」への12件のフィードバック

  1. あゆかさん、今回は長い日本滞在お疲れさまでした。よっし~@ロンドンコース生です。
    毎週末セミナーがあったのでお疲れだったのではないでしょうか。

    そして、今回の記事もありがとうございました。
    いつも、勉強させてもらい、あゆかさんの切り口や思いに感心しています。

    今回の記事を見て、あゆかさんから教わったすごく大切なキーワード、「本当に自分に正直になる」を思い出しました。
    お子さんに対する愛ももちろんあるけれども、子育てはきれいごとではなく、「めんどくさい」「うざい」「自分の時間が欲しい」「私ばかりやっている」「うまく子育てが行かない」「子どもにも私と同じような思いを持たせたくない」…などいろんな思いが出てくると思います。
    愛のある自分もいるし、一見ひどくみえる自分もいる。
    でも、自分の思いなら、両方とも自分の思い。両方あって、トータルな自分なんです。
    無理に片方の自分になろうとすると、余計ひどい自分の思いにフォーカスされる。抑圧→投影の仕組みですね。
    だから、自分の両方の気持ちを正直に感じてあげて、両方の思いを大切に尊重する。
    かといって、ひどく見える思いを行動に移せばいいというのではなく、思いをきちんと見つめて大切にしてあげれば、ハートの愛の思いが自然に出てきて、自然にハートベースの行動になっていく。
    そんなふうに解釈しました。

    前回のコメントのお返事、ありがとうございました。うれしかったです。
    新しいウェブサイトをつくりました。よかったら見てください。名前のところをクリックしてください。
    ここで、あゆかさんから学んだことを広めていきます!

    • よっしーさま
      >両方あって、トータルな自分なんです
      この一言に救われました。両方あってOKなんですね。
      >ひどく見える思いをきちんと見つめて大切にしてあげる
      これがうまくできないのですが、どのように大切にしてあげればよいのでしょうか。

      あゆかさま
      >深呼吸をし、すべて(自分の内側も外側も)に意識を広げ、ただそこにいます
      これはできます。何も考えない、思考を働かせないままでいられます。でも、
      >すると、すぐに平和が広がり、私はすべてを愛していたことを思い出します
      こうはならないんです。ただ静かなだけ、愛とか大丈夫とかの境地にはなれません。何度もやれば(何度もやっていますが)そうなれますか?

      いつも素敵な記事をありがとうございます。

      • NANAさま
        ありがとうございます。
        ここはあゆかさんの大切なブログなのでコメントしていいか迷いますが、今回限り返信します。
        あくまでボク自身が思っていることなので、あゆかさんの考えと違うかもしれないことをご了承ください。

        ひどく見える思いが、自分の中にあることを認めてあげてください。
        その思いも、自分の大切な一部。だから、あるんだと認めてあげてください。
        まずはそれが最初のステップ。
        次にそれができるようになれば、その思いを身体で感じてみてください。
        ただひたすら身体で感覚を感じます。
        次にそれができるようになれば、その思いが何を自分に伝えたいのかを感じてください。直感で感じてください。

        それだけでもだいぶ楽になると思います。一度にこのステップをやる必要はありません。
        癒しの道は長いので、少しずつ焦らず、好きなときに、やりたいようにやるのが大切だと思います。
        ボクも癒しの道の途中で、一生かけて楽しみながらやっていきます。

        • よっしーさま
          思わず質問してしまいましたが、ここはあゆかさんのブログでしたね。
          申し訳ありませんでした。
          ひたすら身体で感覚を感じる、というところまではできました。
          身体の外に溢れんばかりのエネルギーを感じます。
          その思いが自分に何を伝えたいのか、というのはまだわからないのですが、
          これからも続けてみます。
          どうもありがとうございましたm(_ _)m

    • よっし~、今回もナイスなフォロー(長島監督のしゃべりみたい)をありがとうございます。その通りです!もし、子供を愛せない自分がいるなら、その心に正直になることで、初めて癒しのステップが踏めます。けっこう勇気がいることです。

  2. ロンドンカウンセリングコース二期生のあらたけひろみです。

    あゆかさん、日本滞在お疲れさまでした!今回はお会いできてとっても嬉しかったです!

    今回のコメントにはとっても共感したので、おもいきってコメントさせて頂きました。

    まず、ご出産本当におめでとうございます!私も現在三歳の娘の育児をしながら、二度めの妊婦生活を送っています。

    私も初めての出産が終わってすぐのときには、コメントの内容と同じ思いを感じていました。ホルモンバランスも崩れているし、体調も戻らない中、初めての育児に終われる日々、本当に大変ですよね~!何もかもが初めてで、不安だらけでした。今でももちろんそうですが、やはり初めての出産からまだ時間がたっていないときは特にいろいろな面で大変でした。

    子育てをしていると、本当にいろんなことがありますが、そのたびにいつも『自分を愛する』ことの大切さを思い出します。

    子どもは本当にいとおしく、自分のこともそっちのけで子どものことばかりに意識がいっていることもしょっちゅうです。

    ですが、だからこそ、子どもの幸せってなんだろう。子どもの幸せのために私ができることってなんだろう。と、ふと立ち止まってみると、親である私が幸せなこと。これはとっても大切なことなんだと感じます。

    日々忙しく大変なことも多いですが、たまに少し立ち止まって、自分を大切にすることを意識してみること、とても大切だと感じています。

    子どもと母親はびっくりするくらいつながっていると日々感じます。私自身も、何度も私の変化が娘に影響することを体験しています。

    子ども達の幸せのためにも、お母さん達がどんどん幸せになっていく、そんなことを心から願っています!

    • ひろみさん♪ こちらこそ、久しぶりにお顔が拝見できてとても嬉しかったです。

      そして、素晴らしいコメントをありがとうございます!その通りですね。付け加える必要なしです。体験から話される言葉は、もっと説得力があると思います。これからも遠慮せず、ナイスなフォロー(←まだ使っている)をよろしくお願いいたします!

    • あらたけひろみさん、

      コメントありがとうございます!

      私が元気で笑顔だと子どもも嬉しそうで、そんな子どもをみて私もますます元気になり、あわただしく過ぎていく時間の中に余裕が生まれます。ひろみさんの変化がお嬢様に影響したとのことですが、具体的にどのようなものなのだったのか気になり、ぜひお話をお聞かせ願いたいところなのですが、ここはあゆかさんのブログですので遠慮します。

      ひろみさんがおっしゃるように、親が幸せであることが子どもの幸せにもつながるのでしょうね。産まれてからの最初の一カ月は余裕もなく精神的肉体的にも追い詰められ本当につらかったですが、今はだいぶ心の中にもゆとりが生まれ、育児も楽しめるようになってきました。

      話は逸れますが、心にゆとりが生まれたのと同時に、腰痛など身体への負担は増えはじめました。心のケアだけではなく、心身ともに自分を大切にすることを意識してみます。

  3. あゆかさん、こんにちは。
    私のコメントを取り上げてくださってありがとうございます。

    >「子供に意識がすべて行っている」というのは、

    例えば、瞑想(?)なんかをしているときに、「そのうち赤ちゃんが泣きだすんじゃないか?」だったり、
    「途中で泣かれてワークが中断してしまうのでは?」などといった考えが頭の中をぐるぐるしてしまうということです。
    前回書いたコメントでうまく説明できずにすみませんでした。

    私の質問に対してたくさんのことを解説してくださってありがとうございます。
    あゆかさんが書いてくださったことのひとつひとつをじっくり何度も読んで自分の中に取り入れたいです。

    私はいろいろなことに関して、ついつい頭(思考)で感じ、
    違和感を感じたりするときにはその違和感に対して原因を探したり、理由をつけたりしてしまいがちです。
    まさに、おっしゃるように、「思考の中に埋没」している状態なのだと思います。

    >今起きていることに100%意識があるとき、あなたは「今ここ」にいます。思考が静まり、
    >ほんの1,2秒でも、そこに愛と平和を感じることができますね。

    なるほど!とハッとさせられました。どうしても日々日常を通して流し続けている「ストーリー」にどっぷり浸かってしまい、過去や起きてもいない未来に意識が飛んだりしてしまい(勝手にまた別のストーリーや番外編なんかを作ったりして)、「今」に100パーセント意識が向いていないものですね。「今」を意識しているようで、実は全然違うことを考えたりしてしまっています。。。

    これからは一日数回でも今起きていることにに100パーセント意識をしてみます。
    そして、母親という役割が現れたことや起きていることを受け入れ、宝物の子どもとの日々を楽しみます!

    ありがとうございました。

  4. あゆかさんこんにちは!
    もう5年以上、勝手にお世話になってます。今回の記事は私も共感できることだったので、コメントさせていただきます。

    私にも3歳になる娘がいてシンママしてます。
    あらたけさんが仰るように産後(2年ほど)は感情剥きだし状態でした
    子供の成長の過程で家族だっていう愛情や母親という認識が徐々に感じられますが、最初はとにかくお世話をするのが精いっぱいな日々だったことを思い出します。
    そして、私も同じように
    >私が子どもに上手に対応してあげなければ、私が幼いころに経験したように、子どもが将来癒したいと思うような悲しい感情など、なにか子どもにとってマイナスな状況を作り出してしまうのではないか、という漠然とした不安もあります

    これを感じて恐れていました。
    反抗期になるとつい理性を失い、真実も忘れて「わたし」と同一化して怒ってしまうこともしょっちゅうですが、最近この思考(上記)を持っていると、エゴの巧妙な罠に陥ることに気づきました。子供が経験する悲しい感情はいけないと判断してしまい、それを子供にしてしまう私はいけない人!とことあるごとに罪人扱いしてしまいます。

    思考は「可哀想な子供」と「酷い母」と創り上げますが、思考を取り外すと子供は全く傷ついていないんですよね。イライラして子供にあたって傷つけてしまっても、その都度観て気づいていけば良くて、抱きしめたらいいんだって思えてから力が抜けました。

    子供と同じ母歴なので、いっぱいいっぱいになることが多いです。
    でも、子供を産んで気づいた一番素敵なことは子育ては決して一人ではないということです。外に出れば誰かが子供に声をかけてくれたり、レジで会計する間見知らぬ方が子供をあやしてくれていたり、席を譲ってくれたり本当に助けてもらってます。人生がいつも助けてくれてるんでしょうね。

    また、あゆかさんの仰るように気づくたびに一呼吸するだけで、平安はいつもここにあります。
    それが子供と母の一番の癒しにつながってると思います。

    長文でごめんなさい。

  5. こんにちは。

    いつも楽しみに拝見しています。たまにイギリスに行くと、「日本はせかせかしててイヤだな~。イギリスのこのゆるさがいいなぁ~」と思ってしまうのですが、長く住んでいらっしゃる方からすると、日本は「全てがスムーズに行くドリームランド」なのですねー!

    先日、あゆかさんのブログでのコメントをきっかけによっし~さんを知り、マトリックス・リインプリンティングのデモを受けさせていただきました。女性とはまた一味違った優しさと包容力があって、セッションも素晴らしかったです!信頼や安心感がないと、個人的なことを話したり、感情の解放なんてできませんが、よっし~さんのセッションではとっても安心・安全な気持ちになれました。

    素敵なカウンセラーさんを育成してくださってありがとうございます^^ (ご本人は写真より男前ですね❤) あゆかさんのブログから素敵な出会いがあり、とても嬉しかったです♪

  6. あゆかさん、ありがとうございます!今回はせっかく子育てをテーマにして下さったので、この場をお借りして少し私の体験をシェアさせて下さい。

    私も皆さんと同じように、子どもに自分が経験したような悲しい感情やマイナスの状況をつくりだしてしまうのではないか。という不安をものすごく感じていました。これは、このような勉強をしているからこそ感じる不安なのかもしれません。いろんなことにものすごくナーバスになってしまい、とっても疲れますよね。。。

    頭ではわかっていても、やはり不安や恐れは自然にわいてくるので、そのたびに地道に不安や恐れと向き合い続けました。というか、今でも向き合い続けています。

    単に身体の感覚に寄り添ってみたり、余裕があればEFTやマトリックスリインプリンティング、バイロンケイティのワークやシータヒーリングなど、自分が持っているあらゆるツールを使ってこの不安や恐れと向き合います。どうしても自分一人では難しいというときは、信頼できるセラピストさんやヒーラーさんの力をお借りしてこの不安や恐れと向き合っていくうちに、とっても自然にいつの間にか不安や恐れを感じることが減っていきました。

    そして、自分の中に安心が広がっていくと、自分が子どもの人生に過度の責任を持ちすぎていたこと、自分の幸せを子どもの幸せに依存していた気持ちなどに気づき、いい意味で、子どもと自分との間に境界線を引けるようになりました。それと同時に、子どもの人生や力を信頼する気持ちや漠然とした安心感が芽生えてきました。

    私は育った環境から、『心配すること=愛情』というような感覚があったのですが、それとはまた違った愛情の形、安心や信頼という形の愛情を子どもに向けることができるようになったこと、これは本当に嬉しい変化です。

    いろんなことに意識的でいられることは、本当に素晴らしく力強いことだと思います。今私たちはそれをすでに学んでおり、さらに日常生活の中で実践している、本当に素晴らしいですね♪

    私たちは素晴らしい親です!声を大にして言いたいです!!皆さん、本当に素晴らしいです!自分がどれほど素晴らしい親であるか、素晴らしい存在であるか、どうか思い出して下さい。自分がどれほど素晴らしいかを思い出すことができると、子どもの素晴らしさ、旦那様やいろんな人達の素晴らしさにどんどん気が付き、愛が広がっていくのを感じます。まずは、自分の素晴らしさを思いだし、存分に認めてあげましょう。そして、皆さんの愛がどんどん、どんどん広がっていきますように!

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