自営業精神~みんなすでに豊か~

急に暖かくなりましたね♪ このまま春になるといいなぁ~。

さて、先週末は大阪で「あゆかの(大)部屋」を無事終えました。お越しくださった皆様ありがとうございます!そこでお金のご相談を頂き、セミナー後もいくつかコメントを頂いたので、今回はお金について取り上げてみたいと思います。

とはいえ、皆さんもご存知の通り、どうしたらお金が儲かるのか?収入が倍々になるのか?という話は、私の専門ではありません。ただ、自分自身の経験も含め、周囲を観察していると、お金が入ってくる人たちとそうでない人たちは、姿勢がとても違うなぁということは気がついておりました。

何が違うかというと、お金が入ってくる人たちは、実際は入ってくるというよりは、生み出しているということです。つまり、自分がお金を生むという感覚を自然と持っているんですね。なので、どうしたらお金が入ってくるか?という考え方よりは、どんなふうにお金を作りたいか?自分は何がしたいか?といったような発想になっていると思います。

例えば、日本滞在中は、よく“○○○(←場所の名前)でスピリチュアル心理学はやらないんですか?”といったお言葉を頂きます。もちろん、興味を示してくださることは単純にとても嬉しいので、“いやぁ、人が集まらないと思うので・・・”などと答え、わ~い、知りたい人が多いんだなどとはしゃいでおります。

なので不満ゼロですが、そのときに思うことは、その後 “じゃぁ、私が開催します!”と言ってくださる方は滅多にいないなぁということです。ちなみに、今週末の名古屋での「あゆかの部屋」は、その希少なケースで、開催の準備、集客、告知すべてやってくださったため、名古屋でも「あゆかの部屋」を開催いたします!(詳細は、前回の記事のコメントへ→

そしてもちろん、あちこちで私のセミナーを開催して欲しいという話では、まったくありません。“○○○でスピリチュアル心理学はやらないんですか?”と尋ねる方は、基本的に「私の都合にあなたが合わせてくれませんか?そうしたら参加しますから」と言っているわけです。つまり、「あなたがやってくれたら」という発想で、「自分がやるから」という発想ではないんですね。

もちろん、小さなお子様がいたり、介護が必要な家族がいたりなど、それぞれの事情は様々でしょう。しかし、その場合でも、「自分がやる」という姿勢の人は、参加をスッキリとあきらめるか、または、どうにか参加できるよう工夫できないかなという意識になるはずです。

また、セミナーなどに参加している方々の姿勢を見ていても、「セミナーに出て、私は座っていれば、講師の先生が目からウロコの話をしてくれるだろう」(あなたが教えてくれる)という思いで参加している人と、「ここで私は何を学び取ろうか、私はこのセミナーで学んだことで何がしたいのか?」(私が学ぶ)という思いで参加している人では、得るものもずいぶん違います。

前者の人は、“あぁ、面白い話聞いた”で終わってしまいがちですが、後者の人は、学んだことが人生に活かされ、真の意味で自分のものになっていきます。

お金に関しては、多くの人が、欲しいと意識上で思っている割には、潜在意識のレベルではかなり強くノーと言っています。(詳しくは、拙書「まうは思い込みを捨てましょう」をご参考ください)そういう意味で、お金に対する思い込み、そして自己価値(私は高額の収入に値する)などを見ていくことは、とても有効です。

しかし観察していると、お金に対してネガティブな思い込みがそれなりにあったとしても、「私がやる」精神の人たちは、お金がちゃんと入ってきていることに気づきます。

この「私がやる」精神とは、単純に作業を私がやるという意味ではなく、「これが私がやりたいことなので、だからやります。以上。」といったクリアな目的と恐れのない心が無理なくあることです。

セミナーでは、「自営業精神」と「雇用者精神」という言葉を使いましたが、「自営業精神」は、「私がやる」「私がお金を生む」という思いで、「雇用者精神」は、「会社がやる」「私はお金をもらう」という思いです。

会社に勤めている人の中でも、自営業精神を持っている人もいれば、自営業を営んでいるのに「雇用者精神」の人もいると思います。なので、単純にサラリーマンか自営業かということではありません。

話は大きくなりますが、人類の歴史を振り返ると、ごく少数の地主に対して多数の小作農といったように、多くの人間は「雇用者」側で人生を送ってきました。そのためか、私たちの意識の中に「お上がやってくれる」「力あるものに従う」という精神が深く刷り込まれているなと思うのです。

しかし、これは逆に言えば、「私は無力だ」という思いにつながるため、この姿勢からお金を生み出すのは、難しくなりますね。もちろん、お金だけでなく、自分らしい人生そのものが難しくなります。

なので、精神的に苦しんでいる人ほどお金もないという状況をしばしば見かけます。とはいえ、お金がある人は、苦しまないともいえないので、お金と心の状態は比例しないということですね。

さて、以前に“私たちは豊かさのなかで不足のゲームをしている”と書いたことがあります。例えば、机の上にあるもの、ペンやはさみ、また、部屋のなかにあるもの、そして、自分自身を含め、存在するすべては、同じものから生まれています。

すべてを生み出す大いなる生命は形を変えますが、それが終わるとか、それが不足するということはあり得ませんね。“大いなる生命が最近不足気味なので、宇宙は小さくなります”、ということは絶対にないんです。

当たり前のことを書いていると思われるかもしれませんが、私は、これがほんとうに腑に落ちたとき、こんなに無限の豊かさなの中に毎日いて、なぜ今までそれに気がつかなかったのだ!と愕然としました。

そして、あたかもお金だけが豊かさの象徴であるかのように、お金の量で安心したり、不安になったり、窮屈に感じたりしていたことが、とっても狭く、息苦しいものに感じられたと同時に、生存の不安(将来お金がなくなったらどうしよう・・など)から真に解放された気がしました。

もし、すべての人がこの真実に気がついたら、ビジネスや政治の形態も変わるだろうと思います。足りないものを補う、または不足しないように頑張るのではなく、この無限の豊かさをどんな形で具現化したいか?という発想になっていくと良いなぁと思います。

大いなる生命は無限で、決して終わることなく、永遠に存在し続け、そして、真の私たちは、まさにこの瞬間もその大いなる生命なんです。これが、教えや説ではなく、真実であるということは、なんて素晴らしいのだろう・・とつくづく思います♪

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自営業精神~みんなすでに豊か~」への4件のフィードバック

  1. 今回の記事も深いなぁ。
    なんで毎回こんな心打たれることを書けるんだろうかって脱帽します。
    当たり前に生きているけど、無限の豊かさに生きているんだよなぁ。
    お金は一つの形であるけど、ボクたちはそれにとらわれすぎてて、当たり前のものが見えなくなってますね。
    よくよく考えれば、生きてることやいま何かモノがそこにあることって奇跡ですよね。
    今日の夏日のような降り注ぐ太陽の日差しも。
    あらためて気づかせてくれたあゆかさんに感謝。
    次回の記事も楽しみにしています。

  2. ボットンボットン! ← 目から鱗が落ちまくっている音です(笑)

    お金に対するスタンスの違い、すっごくよくわかりました。お金についてはいろんな人がいろんなことを書いているけれど、こんなによくわかったのは初めてかも。

    そして、そうか、あゆかさんを呼んだっていいんだ!と初めて気付きました。何年か前にも名古屋で超ミニセミナーが開催されたのを知って、きっとあゆかさんと特別にお知り合いの方が頼まれたのだろう、だから実現したのだろうと勝手に思っていました。何の根拠もないのに、です。はい、完全に思い込みです。

    偶然ですが、先日、地方の小都市にお住まいの方のブログでも似たようなことが書かれていました。その方は、そのサイズ・その場所なら「普通は」いくら待っても来ないだろうと思えるような人をお招きしてイベントを開いていらっしゃるそうですが、人には「いいですね~、いろんな人が呼べて」と言われるけれど、「あの人に来てほしいと思うから、どうすれば来てもらえるかを一生懸命考えるだけ。試行錯誤しながら手探りでやっている」というようなことが書かれていました。

    同じですね~。何自分に制限かけてたんだろうって思います。

  3. あゆかさん、こんばんは。夜遅くにスミマセン…
    お金のことでちょうど悩んでいるところでした。

    私は若い頃から精神的に不安定で障害年金をもらうまでになっていたんですが、
    数年前から少し状態が良くなったので、生まれて初めて外に出て週数日働くようになりました。
    外といっても家族が始めた会社なのですが…。

    すると、働け出した結果なのか、先日障害年金がおりない認定になったことを知りました。
    私としては、かなり年もとってきて、今働かないと次はない、と家の生活はないがしろにして、
    とにかく仕事にだけは2日程度は行かないとと頑張っていました。
    前と比べるとお風呂も入る気力も出ず、洗濯もサボって同じ靴下を何日も履くような
    情けない状態で続けたお仕事でした。

    お仕事をして、自信も、普通の人並にできないことへの不安も生まれました。
    その中で、今の精一杯の頑張りでも年金ほどには稼げず、
    家のことと引き換えのようにこなしている仕事をこれから広げていけるのだろうか…と不安があります。
    家のことができなくなるのに、働いていたこと自体が無茶だったんじゃないだろうか、
    と後ろ向きにもなります。

    上に書いたことがまるで心の制限の典型のように私は感じます。
    自分がお金を生む…今の私にはすごく遠い言葉です。
    自分は何がしたいか?も、何なら出来るか、でずっと考えてきました。

    今でも、何かを頑張りたい、と思います。
    自分を追い詰めるやり方ではなく、広げる頑張り方がしたい、と思います。
    なのに…実際に思いつくのは、無理でも働く日を増やす、です。
    どうしてそうなるんだろう…とため息です。

  4. 私は、今回の記事を読んでハッとし、「ここ数年仕事に関して思うようにならない状態が続いているのは何故か?」の答えがここにあると思いました。一言で言えば「自分が(豊かさを生み出す)当事者」となろうとしていなかった、ということです。その覚悟も無く、そのような立場で仕事に関わったことがないので、自分にはそのような力は無いのでは、という恐れを持っていることに気付きました。そして、この「自分がやる」姿勢のなさや無力感は、豊かさ(お金)のみならず、私が抱える他の問題にも深~く関わっているのでは、とも。 あゆかさん、ありがとうございました!

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