アダルトチルドレン

クリスマスが近づいてきましたね! ロンドンはオリンピックの盛り上がりがあまりにすごかったためか、クリスマスがなんだか静かに感じられます。さて、今回も質問、リクエストシリーズ第2弾です!(前回の記事へのご質問等は、先ほどちょっとお返事しておきました)

あゆかさん初めまして。私はずーっと生きづらさを抱えていたのですが、あゆかさんのブログと著書のおかげで、驚くほど重荷が下りました!特にセルフラブがまったく無く、自殺未遂も何度もしている状態でした・・・出会えたことは本当に神に感謝しています!いろんな記事を印刷して、持ち歩いたりしています!すみません、ダメもとで記事またはQ&Aリクエストなのですが、アダルトチルドレンまたは共依存について、取り上げていただけたらと思います。

素晴らしいご報告を頂き、ほんとうにありがとうございます!この仕事をしていて一番嬉しいお言葉です♪

さて、リクエストのほうですが、私自身は、カウンセリング、セラピーの現場で、その方がアダルトチルドレンか、または共依存にはまっているかという見方はまったくしないんです。

ですが、ちょっと私の考えを書かせていただきますね。アダルトチルドレンという言葉(定義)自体は、カウンセリング、セラピー先進国のアメリカで生まれたものですね。イギリスではまったく使っていない定義です。ちなみに名前から誤って想像されがちですが、「子供ぽい大人」という意味ではなく、機能不全(アルコール中毒、暴力を振る、またはニグレクトなど)の家庭で育った人たちを指します。(詳しくは、グーグルでご検索を)

このような家庭に育った子供は、潜在意識のレベルで「世の中で一番愛してくれるはずの親が、自分にこんなひどいことをするのだから、自分はよっぽどダメな人間に違いない」という思いを持ちがちです。

ですので、無意識、意識の両方のレベルで自己否定がとても強くなります。しかし、アダルトチルドレンといったような概念を知ることで、「あぁ、自分が悪いのではなく、自分の環境が今の自分を作っているのだ」という認識ができます。むやみに自分を否定した状態から理由が見えてくることは、ある意味とても助けになります。

しかし自分に役に立っているのであれば、もちろん別ですが、ある程度理解が進んだあとは、「自分はアダルトチルドレンだ」というレッテルには、あまりこだわらないほうが良いと私は思っています。「アダルトチルドレンの私」という新しいセルフイメージが、自分の中で歩き始めてしまう可能性があるからです。

例えば、健全に機能している家庭(という定義もあいまいですし、基本的にあまりないですが)で育った人とアダルトチルドレンの私といった世界観を作ってしまうかもしれません。そして、この思い自体が、癒しを遅らせてしまう可能性もあります。

それよりももっとも大切なことは、自分の中で何が起きているか?ということを見ていくことだと思います。例えば同じアルコール中毒の親に育てられても、兄弟によってまったく捉え方、傷つき方、苦しみ方が違います。

ですので、セラピーの現場では、なにもレッテルがない状態で、純粋にその方の潜在意識にアクセスし、どんな思い(“自分は汚い”、“自分なんかいなくなれ”などなど)や感情、感覚(緊張、ショック、恐れ、怒り、無力感などなど)が押し込められているのかを見つけていきます。

イギリスで教えているクラスでも、時々“でも、虐待された人にも同じセラピーができるのか?”などといった質問を受けることがあります。虐待やレイプなどは、重度のトラウマだからなにか特別なことをしなければいけないと思っている人が多いんですね。

私はそんなとき、ストーリーに入り込まないように、ストーリーがどんなに悲惨だからといって、難しいと思わないようにと言っています。その方のお話は、もちろん全身で聞きますが、“なんてそれはひどいんだ!、そんなことされて立ち直れるのだろうか”などなどといった思いで話を聴くことはまったくしません。

そうではなく、その方の話の中から、その人はどの感情や感覚を抑圧しているだろう、どの思いが一番その人を苦しめているだろう、という観点でお聞きします。これは例えば、強迫観念症、パニック障害、摂食障害などすべて同じです。(見方、やり方は違いますが、レッテルを取り去って探るという意味で同じ)

鍵はいつも潜在意識のレベルにあるんですね。例えば誰も好きで出かける前に火の元を何回も確認したりしません。潜在意識にある思いと感情、感覚がそれをせざるを得ない衝動を生むわけです。

潜在意識のレベルでは、トークセッションではなく、EFTやマトリックス・リインプリンティングといったセラピーを使います。こういったセラピーは、こちらでは「エネルギー・サイコロジー」と呼ばれていますが、潜在意識のレベルでどんな心理が働いていて、何が起きているかを探り、解放するものですね。

共依存もまったく同じです。誰が誰を精神的に支配してきたのかということになりますが、その関係のなかで、潜在意識になにが抑圧されているのかがやはり鍵になります。

話を戻しますが、アダルトチルドレンの共通した一番のチャレンジは、自己価値をどう回復していくかだと思います。以前に“親に愛されたことがない人は、愛された感覚がないので、どうしたら良いのでしょうか?”という質問を受けたことがあります。

しかし、どんな環境に育ってもハートがなくなることはあり得ないんです。感情としての心は、抑圧されたり、傷ついたり、感覚が麻痺してしまったりなどしますが、真の自分のハート、実は自分と一番近いところにあるハートは、まったく無傷です。

感情としての心、また育った環境で思い込んでしまったこと(私は価値がないなど)は、必ず癒し、解放することができます。なぜなら、それらはすべてエネルギーだからです。エネルギーは動く、変化するというのが性質です。

どんな感情、どんな思いも自分がパワーをあげる(信じる)ことを辞めれば、変化していきます。一日のうちでも、私たちの感情や思いはころころ変化しますね。しかし、真の自分のハートは、真の自分に属しているので、ころころ変わったり、変化するものに影響されることがありません。

苦しみには必ずストーリー(思考)がついています。そしてストーリーにはいつも感情がついてきます。または、強い感情には、必ずストーリーがつけられます。そして、ストーリーがついたとたん、感情は私たちのなかに留まります。

しかし、潜在意識に抑圧された感情が解放されていくうちに、ストーリーも解放されていきます。このように癒しが進むほど、過去に愛されたことがないとか、今自分を愛してくれる人がいないとか、そういったことはまったく関係なく、真の愛を感じることが必ずできます。そして、もちろん自己価値も勝手に上がっていきます。

そして最終的に、このプロセスで、自分がどんなに多くのことを理解し、体感し、経験からくる知恵が身についたのかが見えてきたとき、育った環境のチャレンジは、実は贈り物だったと見えてくるでしょう。

(注:そう思えないのに、頭でむりやりそう思い込もうとしないように!)

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アダルトチルドレン」への17件のフィードバック

  1. 共依存~アダルトチルドレンという~自らの思考のワナにはまらないように~ということですね^^このカルマの思い癖は~はるか昔のご先祖様であるとか~前世のカルマのメッセージだと感じています。このカルマというものも~思考のワナでもありますしね。コインの裏の裏は表。。。。表の表は裏。。。。そんなメッセージと捉えてます。いつも愛のあるあゆかさん~感謝してます。私もあゆかさんのように~大勢の方々にこの世の仕組みに気付いてもらえるよう~活動しています。そういう意味であゆかさんとはソウルメイトですね(笑)これからも末永くブログよろしくです^^

  2. 「ストーリーに入り込まないように、ストーリーがどんなに悲惨だからといって、難しいと思」
    この言葉ってすごくいいですね。
    個人的なことですが、自分の出産、家族の病気など一気に状況が変化してきていて、本当にいま大変です。
    ですが、家族のことに関しては、悲しいということをしっかり認めたら、だんだんと落ち着いてきました。
    大変な状況は変わらないし、これからもっと大変だろうけど、ストーリーに入り込まないって楽ですね。
    自分が煮詰まったりピンチだと思われるときにブログを見ると、必要なこと・ヒントになることが書いてあって心が落ち着きます。
    また次回の記事も楽しみにしています!

  3. ハートは、どんな状況で育ったとしてもなくなる事はない…
    なんだか、とても勇気づけられる記事でした。いつもありがとうございます。

  4. あゆかさんこんにちは、
    今回の記事のリクエストを希望した者です。
    とても尊敬しているあゆかさんに記事で取り上げていただいて・・・感激です!
    内容を読んで、、ほっとしました。
    あゆかさんのブログや著書は、自分自身で癒しを行えるようになれますから、
    私は、なんというか・・道が見えた・芯ができたみたいに感じています
    ありがとうございました!

  5. >このような家庭に育った子供は、潜在意識のレベルで「世の中で一番愛してくれるはずの親が、自分にこんなひどいことをするのだから、自分はよっぽどダメな人間に違いない」という思いを持ちがちです。

    私が出会った中ではこの説明が一番ストンと腑に落ちました。

    私もアダルトチルドレンでした。(←多分過去形で大丈夫。)すごく生きづらくて、でもその生きづらさの原因は自分にある、自分がダメだからなんだ、とずっと思って来ました。

    アダルトチルドレンという概念に出会って、生きづらさの原因はこれだったのか!と思ったものの、それからは親に対する恨み辛みが増えるだけで生きづらさ自体は少しも解消されず、原因がわかったら楽になるはずじゃなかったの!?と苦しさが増すばかりでした。幼少期のトラウマを思い出せば今の苦しさが解消されるという理論が根拠でした。でもこれも

    >「アダルトチルドレンの私」という新しいセルフイメージが、自分の中で歩き始めてしまう可能性があるからです。

    という説明に納得。まさにその通りでした。「私はアダルトチルドレンなのだ」という自覚が、かえってアダルトチルドレンである自分を強化していた感じです。

    マトリックス・リインプリンティングや他の方法(キネシオロジーの感情のワーク)を使って何度か過去の自分を救出し、あるとき自分自身が統合されたように感じました。なので多分アダルトチルドレンを卒業したのだろうと思います。

    >アダルトチルドレンの共通した一番のチャレンジは、自己価値をどう回復していくかだと思います。

    本当にその通りだと思います(実感)。私はとにかく自己価値を否定していました。自分(の価値)を100%否定できたときに初めて自分がこの世に存在することが許されるのだ、くらいの勢いでした。ほんのわずかでも自分はこうしたいとか何かを不愉快に感じることがあればそれは自分が傲慢な証拠にすぎず、自分がまともであればそうした思いや感情を持つはずがない、とすら思っていました。意志も感情もなければどれほど楽になれるだろうと思っていました。意志と感情を持っているから苦しむんだ、と。そんなものを持ってはいけない存在のくせに、と。

    でもそこから抜け出せたら世界が変わって見えました。あれだけ徹底的に自分を痛めつけていたのに、ハートの私はちゃんと存在していたのですね。私を見限ることもなくずっと待っていてくれた。エネルギーも失われていなかった。それどころか、ハートの存在に気付いたことでとても大きなエネルギーを私に返してくれています。

    以前はアダルトチルドレンなんて一生アダルトチルドレンだよ!と思っていましたが、まったくそんなことはありません。かつての自分は自分の一部としてすやすや寝息を立てています。とても安心した表情で。やっと自分の中の居場所を見つけたのかな。

    時々起き出して「でもやっぱXXだよね~」ってつぶやくこともあるけれど、それはそれでいいかと思っています。それが自分のすべてではないのは感じているからです。

    • けいさん、こんにちは!

      >でもそこから抜け出せたら世界が変わって見えました。あれだけ徹底的に自分を痛めつけていたのに、ハートの私はちゃんと存在していたのですね。

      おぉ、素晴らしいです!私もなんだかとても嬉しくなります。

      >以前はアダルトチルドレンなんて一生アダルトチルドレンだよ!と思っていましたが、まったくそんなことはありません。かつての自分は自分の一部としてすやすや寝息を立てています。

      ほんとうにその通りですよね。このことを多くの人に知ってもらいたいなぁと思います。そして、かつての自分が穏やかに統合された様子の描写がとてもきれいで感動しました!

      素晴らしいシェアをありがとうございました。きっと他の方の役にも立つことかと思います♪

    • 私もけいさんのコメントに感激しました。けいさんの美しい言葉が輝いて見えます。

      「自分(の価値)を100%否定できたときに初めて自分がこの世に存在することが許されるのだ」
      ↑ そう!そう!まさに!本当にそう思い込んでいましたよ~(^^)☆
      いや~見事な表現です。感嘆のため息とともに笑いがこみあげました。

      私もかつて徹底的に自分を攻撃し傷めつけていましたが、癒され回復した私は、けいさんの書かれたことと全く同じで、ハートは無傷のまま存在していて、それどころか莫大なエネルギーで私を満たしてくれました。

      一生私は薬漬けだろうし、そもそも自分の性格が弱いんだからもうダメだ、と思っていましたが・・・暗黒だったあの時期は、今は織物の一つの模様であり、愛おしい大事な柄となり、良い味になって全体にアクセントを加えてくれているみたい。

      こんな日が来るなんて、ね。
      山越え谷越え、とうとうこの場所に辿り着いたように思っていたけれど、この場所に既に居たということに気づいたんですね。

      自由で優しさに満ちた不思議な世界で、生きていけることが嬉しいだけの毎日です。豊かな幸せが溢れて止まることのない日々。

    • あゆかさん、きらこさん、お返事をありがとうございました。

      私の体験をシェアしよう!という気持ちよりも先に勝手に指が動く感じでした。なのに素敵なお返事をいただいてとても嬉しいです。

      あゆかさんのブログに出会ったのが5年くらい前だと思いますが、当初は自分の置かれている環境とあゆかさんの環境を比べて、私にあってあゆかさんにない環境(こんな環境は嫌だと私が感じていた環境)を思っては「そんなこと言っても・・・」と心の中で呟いていました。でもあゆかさんのふわっと包み込むような雰囲気にひかれて読み続けてきました。目の前に光が差したように感じたのも一度や二度ではありません。反発しそうになっても必ずフォローの言葉が続いているし。

      今ならわかりますが、最初は頭で理解していただけでした。書かれていることに納得して「そうか、そう考えればいいんだ!」と目の前が明るくなったような気がしてもすぐに挫折してしまって。(「納得」とか「考える」という言葉自体が単なる思考でしかないことを示していたんですけど 笑)。すると次のブログに「危険なのは頭で理解して行動に移そうとすること」ということが書いてあって「そっかー・・・そうだよなー・・・」とショボーンとなりながらも、なぜ自分が挫折したがわかってホッとしたり。

      意を決してセミナーに出席したのが3~4年前でしょうか。半引きこもり状態だった私には大きな決断でしたが、行ってよかったです。100人を超える聴衆のひとりでしたが、あゆかさんの優しさに包まれ続けてとても幸せでした。心がどんどん溶けていく感じがありました。

      あゆかさんも何度か書かれていますが、ブログにはどうしても限界がありますね。セミナーには「場の雰囲気」もありますし・・・。でもウェビナーや動画を使えばブログより伝わるのではないかと思います。

      長くなりましたが、そんな経緯をたどりながら今にたどり着いた私です。アダルトチルドレンは卒業したかもしれないけれどエゴは相変わらず健在(笑)。ま、エゴの声とは一生つきあうしかないでしょうから、いかにうまく手綱を取るかだと思っています。ハートの声に耳を傾けることさえ忘れなければ大丈夫♪と。

      きらこさんも同じように思っていらしたのですね!私の回りにはそんな私を異常だ、ちょっとおかしいという人しかいなかったので、苦しんでいたのは私ひとりじゃなかったと嬉しくなりました。

      > ハートは無傷のまま存在していて、それどころか莫大なエネルギーで私を満たしてくれました。

      そうそう、そうなんですよね!あれだけ傷つけ抑えつけたはずなのに。ハートのしなやかさ、100%愛でできている感じは本当に嬉しくなってしまいます。こんなものが(モノよばわりはハートに失礼かも 笑)私の中にあったなんて・・・と驚くと同時に、よくそこにいてくれたねって感謝の気持ちでいっぱいになります。

  6. けいさん、キラコさんのコメントを読んでいたら、涙がでてきました。
    自己否定の仕組み?も、幻想であることも、文章としては、理解しているのですが、現実は、私はまだまだ、自己否定から抜け出せない一人です。
    自分で自分を癒せないのは自分がいけないから。とか、
    主人は、自分の鏡だから、主人がどんなに自己中だと私が感じても、主人を責めてはいけない。
    なぜなら、私が至らないせいで、主人を自己中にしてしまったから、自分がいけない。とか。

    おかげさまで、少し、希望が見えてきました。

    他人にネガティブな悩みを話したり、相談したりしないようにしているのですが、(なぜなら自分がいけないから。という答えが、自分の中にあるせいで。)
    でも、自分がいけないという答えは、とりあえず脇においといて、もう、ストレスがたまって、仕方がないので、書き込みさせて下さい。

    私の主人は、いわゆるアダルトチルドレンで、ネット依存で、一日中何もしないので、私が働いています。主人は、いつも、「早く自分の親が死ねばいい」と言って、「親が死んだら働く」と言っています。親に相当な恨みつらみがあるのは、わかるのですが、そのうえで、私は、どうしたらいいのかわからないのです。

    主人が、嫌いだとか、別れたいだとか思っているわけではないのです。あきらかに、主人は不健全なのが、心配なのです。
    生きづらそうな感じ?生き生きしていない感じが、ずっともう何年も続いています。

    私自身は、セミナーや、セッションなど、受けて、都度、自分を愛せるように少しは成長してきた部分もありますが、主人を見ていると、私は、まだまだ駄目な人間なのかな、もっと頑張らないと。と、思ってしまいます。でも、何をどう頑張ったらいいのか、わからなくなりました。
    主人は、主人なりに、心の葛藤があって、親に恨みをもったり、ネットに依存したりして、心のバランスをとっているのだと思うと責めることもできません。

    • ミントさん、いつもありがとうございます♪

      >主人は、自分の鏡だから、主人がどんなに自己中だと私が感じても、主人を責めてはいけない。

      もし、自分の心を見つめて、ご主人様を責めたい気持ちがあれば、まず、その気持ちを大切にしてあげたほうが良いでしょう。そして、EFTなどを使いながら「いい加減にしろ~!」とか吐き出してしまったほうがきっと楽になりますよ。

      自分の鏡という意味は、自分も同じ要素を持っているかどうか見てみましょう、という意味で、相手の態度や人生は、自分のせいであるという意味ではないですね。ご主人様は、ご主人様の思いや感情、人生に責任があります。

      「相手がそうであるのは、私のせいだ」という思いは、境界線越えで、共依存のパターンになります。頑張るのを辞めて、自分の気持ちを一番大切にすることから初めてみるのはいかがでしょうか?

      • アドバイスありがとうございます。
        主人に対して、何かの不安を投影してしまい、「私はダメな人間だ」関連のテロップが流れ、それに対して、
        テロップが流れてる・・・だけだ、だけだ、だけだ!と無理やり思って、思えば思うほど、かたくなに思ってしまいました。

        他の視点から自分を和らげることができない状態になっていました。

        自分の鏡とは、そういう捉え方であることは、全く考えたことがなかったし、
        「共依存」という言葉は、昔は嫌いで、受け入れたくなかったけど、今は、あ、本当だ。と思いました。何か抵抗なく、なるほど、共依存だったのか。と思いました。むしろ、気づいて嬉しい気持ちさえ湧きました。

        昔から、自分の恋愛関係は人から共依存だと指摘されるほうで、その都度
        共依存の私=自立できない私=あなたは駄目人間ですと言われてる気分で、
        指摘してくる人を「敵」くらいに感じていました。同じ言葉を言われたのに、今回は、感じかたが違います。
        共依存で、不幸になるからやめなさいでなくて、
        共依存のパターンになります。というちょっと自分を客観的に捉えられるような言い回しと、共依存をやめることから始めるという無理なことではなくて、自分のきもちを大切にすることを一番に始めるという提案に、温かさを感じました。

    • ミントさん

      > 自己否定の仕組み?も、幻想であることも、文章としては、理解しているのですが、現実は、私はまだまだ、自己否定から抜け出せない一人です。
      > 自分で自分を癒せないのは自分がいけないから。とか、

      多分、ですけれど、自己否定から抜け出せた人も同じような道をたどっているのだと思います。私もミントさんと同じ言葉で自分を責めたこともありました。でもね、そのプロセスがないと次に行けないんだと思います。

      ちなみにアダルトチルドレンは卒業したかな?と思いますが、自己否定から100%抜け出せたわけではないんですよ~。自己否定も含めたエゴの声はこれからも聞こえてくると思いますが、手綱の握り方はわかったかな?という感じです。

      生きづらそうで生き生きされていない感じのご主人をそばで見ていらっしゃるのは苦しいだろうなと思います。状況や様子は違いますが、私も夫に同じように感じることがあり、共感しました。

      夫に対して、もっとこういう見方をすればいいのにとか、ハートの声に気付けばいいのにとかいろいろ思いますが、でもすべては夫の問題であり(解決の鍵は夫が持っているという意味です)、私がどうにかできることではない、と自他の健康的な境界線を引くように気をつけています。

      以前公開の場であゆかさんに質問したことがありますが、そのときのお答えは「(境界線越えになるので)できることはあまりないだろうね、せいぜい自分が変わっていった経験を話すくらいかな」というものでした。やはりそうかと思いましたが、改めて、自分のハートの声に耳を傾け、癒されていない自分をたっぷり癒し、ハートの声に従って行動すればいいのだと思いました。

      最近思うのですが、そういう夫を見て苦しくなるのが苦しい、というのが一番大きなポイントかな、と。その意味で、やはり自分を見つめることが大切で、一番の近道かもしれないなぁと思っています。

      • 自己否定から抜け出した人も同じプロセスをたどっているのですね。
        周りの友人とついつい比べてしまうのですが、小さいころから自分を愛することを知っていそうな人が多いような気がして、そういう人は、年を重ねるごとに、人生や、趣味や仕事に輝いているように見え、自分だけ「良くない日々のこなしかた」をしてなんだか、一生そんな気もして、幼稚園生であれ、自己愛を知っている子もいるだろうに、私はまだわからない!!なんて、心がキツキツになって悲観的になっていました。

        コメント欄に、書き込んで良かったです。セラピーや、セッションも、楽になるので、好きなのですが、今回の場合、誰かに話をきいてもらいたかったのと、優しい言葉がほしかったのが、大きかったかもしれないです。ありがとうございます。

        公開の場でのあゆかさんへの質問、具体的で、とても参考になりました。
        会場の感じが伝わってきました。そうですよね。何にもしなくていいのですよね。何だか焦りと怒りでいっぱいでした。 自分自身のプロセスであれば、焦っても焦らなくても、そのうち通過しますものね。

  7. 私も、皆さんと同じように、最近、やっと楽になりました。
    あゆかさんのブログと本に出会ったのが、大きいと思います。
    ありがとうございます。

    一番身近の人が、信用できないので、
    人の信じ方がわからず、人が怖くて、
    2重、3重にもバリアをはって生きてきました。
    絶えず言いようのない不安感があり、
    いつも生きづらいという思いがあり、
    いつの間にか世の中の人を敵か味方で見るようになっていました。
    最近、気付いたのは、敵はどこにもいなかった。
    敵を作り出していたのは、自分だったと。

    いつも自分は、変わらなきゃいけない、変わらなきゃいけないと、
    どこかで思っていたけど、心の底では、私は、私のままでいたいと
    ずっと思っていて、絶えず、葛藤がありました。
    やっと本来の自分に戻れて、変わらなくて良かったんだと思いました。

    私は、あゆかさんのブログ、本に出会って、大きなきっかけをいただき、
    そして、あゆかさんのお弟子さんのカウンセリングを受けて、
    ずいぶん楽になりました。

    その後、ネット中毒になり、個人情報が漏れたと、パニックになって
    、親に無理やり精神病院の隔離病棟に1ヶ月程入院させられました。
    まだ、親に感謝までは、出来ませんが、
    相当ショックだった入院の経験は、良い経験だったと、思えるように
    なりました。いろいろな人(職員の方・患者さん)に出会って、
    話をたくさん聞いてもらい、人の信じ方を自然と教えてもらい、
    医療従事者の方のお仕事(介護も含む)を近くで見ることが出来ました。
    入院は、最後の仕上げだったように思います。

    まだ、昔の癖(生き方)で、集団の中にいると異常に緊張しますが、
    徐々に慣れていきたいと思います。
    今の私には、以前の私以上に、夢があり、その中の一つが、
    いつかあゆかさんのカウンセリング講座を受講することです。

  8. あゆかさん
    こんにちは。
    リアルタイムな内容に、ご相談したくコメントします。
    私は抜群の相性だったはずのパートナーと数年生活し最終的にボロボロに傷付け、傷付けられ別れました。

    それをキッカケにあゆかさんの著書に出逢いました。
    私は現状をなるべくしてなったんだなと感じています。
    今現在、生活を共にしている彼とは2年弱になりますが、当初から彼のウソウソウソの積み重ねで、また傷付けあう関係を築いてしまいました。
    暴言、抑圧、支配、暴力の日々です。
    みかねた周りから助けを受け自立の準備を進めています。

    ですが、彼との先はない!と思う反面、彼の支えになりたい。という思いの方が強いです。
    自分がセルフケアのワークを行ったところで、相手が変わるはずもないと理解しています。
    はたからみれば共依存であることも。

    そこで、今回お聞きしたかったのは、まず自分は現時点で、どんなワークを始めればいいのか?ということです!!

    前のパートナーと生活していた頃すでに自分のココロ(魂)と身体がギリギリ繋がっている状態だと、言われ続けました。
    1ヶ月ほど前にレイキを受け、あゆかさんの著書を何度も読み返しようやく生きている感覚が戻ってきました。
    それからは思考に振り回されながらも、時たまハートがワクワクする感覚が戻ってきました。
    自分をケアしてもパートナーの暴力、暴言、抑圧はエスカレートしています。
    なのでケアしてもケアしても、また傷つくの繰り返しです。
    今まで沢山のカウンセリング、セラピーを受けましたが、セラピーで身体は楽になっても、カウンセリングでしっくりこないのです。
    相性の合うカウンセラーさんに出逢えるまで、探り続けるしかないのでしょうか?
    セルフケアでできる事はあるのでしょうか?
    分かりづらい文章で申し訳ありません。
    何かヒントをいただけると幸いです。

    • あーこさん コメントをありがとうございます!

      さて、彼の支えになりたい理由はなんでしょうか? それによってどんな潜在意識のメリットがあるのかが見えてくると、前に一歩進めるかもしれませんね。

      また、暴力、暴言を吐く人の支えになることに意味がありますか?問題を抱えていない人の支えになる(ある意味、自分を必要としない人)はどう感じますか?

      これからもぜひブログをお読みくださいませ!

  9. こんばんは。いつもとても参考にさせていただいています。
    これまでのコメントと流れは変わりますが、あゆかさんの考えを知りたくて書かせてもらいます。
    良く、スピリチュアル好きな人々が冬至を境に、地球が進化すると話しています。あゆかさんのいう「目覚め」も同じような意味なのだと思っています。(正しいでしょうか?)
    私も密かに楽しみに今年の冬至を迎えたのですが、目には見えないけれど、自分に大きな変化があったように思います。
    仕事のことでものすごく気にしていたこと(コンプレックス)が気にならなくなっていたり。イライラすると思っていた人や状況への思いが、ほとんどなくなるくらいに感じなくなっていました。昔悩んでいたことが、今はもう思い出せないくらいです。苦しいと想い、長年縛られていた出来事も、記憶が遠のいています。クリスマスに恋人がいないことも、気にならなくなっていました。同時に、以前は生きる理由になっていた野心や夢への思いも和らいで、絵への創作意欲も薄らいでいます。苦しみが減ったのは嬉しいですが、夢や野心なくなってきて、目指すものがないのはとても困っていて、これから生きる希望がなくなるのではと少しの不安があります。こういうことって、あるのでしょうか?やはり地球の変化と一緒に人の心も変化していくのでしょうか?是非教えてください!

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