“もう知っている”の落とし穴

新しいメニュー(目覚めについて)を加えました!宜しかったら、ちょっと覗いてみてくださいね。

さて、たまにアマゾンのレビューを読んでいると、“知っていることばかりで、特に目新しいことはない”といった評をそ見かけたりします。だから、面白くないな~といったニュアンスでたいてい星の数も少ないです。

これが例えば、“必ず儲かるインターネットビジネス”とか、“ミラクル収納術”とか、そういった本であるなら、がっかりするのはよく分かります。ところが、スピリチュアル系となると、ちょっと話は違うぞと思うのです。

例えば、“私たちはすべてつながっている”、“ハート中心で生きよう!”、“真の私は、愛であり、光だ”などなどといった言葉は、どの本にも書いてあるので、スピリチュアル系の本を数冊読んだ後、私たちの思考は「知っている」と判断します。

思考は「知っている」と判断したとたん、「もっと知らないことを知りたい」という欲求を持ち始めます。思考は知識欲が旺盛です。罠に陥らない限り、もちろん悪いことではありません。というか、役に立つことのほうが大きいでしょう。

ここで、罠?と思われたかなと思いますが、説明させてください。

思考は、もう知っているとことを次にまた聞くと、「つまらない」と判断してしまいます。なので、本当は自分のものにまったくなっていないのにスルーしてしまうんですね。スルーしたとたん、そのメッセージが真に自分のものになる確率は、急落します。

また、心のしくみなどの知識についても同じことが言えるでしょう。例えば、“「境界線」とはそういうことか、なるほど分かったぞ”とか、“「抑圧→投影」のしくみも分かった”など、思考が「分かった」と頭で理解したことは、もう自分のものになったと判断します。

頭では分かったけど、実際にはできていないという事実がスルーされてしまんです。結果として、よ~く分かったけど、なんだか何も変わっていないという状態になってしまいます。

このような知識と理解だけは豊富になりました~という方は、クライアントさんとして逆に難しいこともままあります。もう分かっている、できていると思い込んでしまっているので、ここを見たほうが良いのに、というところへ行きたがらないことがあるからです。

また、変化が感じられないと、思考は「もっと知れば良いのだ」と判断します。というのも思考は、宇宙のしくみとか人生についてとか、そういったことをすべて知ることができると思い込んでいるからです。

思考は、今は分からないけどそのうち科学が解明するだろう、などなどと思い続け、いつかすべてが解明される日が来ると漠然と信じています。人(現代人)が特に科学に価値を置く理由は、こういったことにあるかもしれません。

私もかつては漠然とそんなふうに思っていました。が、恐らく皆さんもそうだと思いますが、スピリチュアルなことも、また心のしくみや癒しについても、真剣に深く探れば探るほど、分からないことが増えていくはずです。

もっと分かっていくことが進歩だと思っていた時期は、このように「分からない」ことが増えていくことで自信を失いそうにもなったこともありました。しかし、「分からない」スペースがあることを許したことで、どっと楽になり、逆に自信もわいて来たのです。

さて、微妙に話がずれてしまっているので話を戻します。

思考は、他のすべてのものや現象と同じように、現れては消えていくものです。私たちは、普段思考(+感情+体)に100%同一化しているため、あたかも思考が、すべてのものや現象を把握しているかのように錯覚しています。

しかし、思考の把握の仕方は、レッテル貼りなんですね。あっ、空が青い、あれは、富士山だ、あそこにペンが落ちている、などなど。思考の性質はたくさんありますが、ここでは分かりやすく、「レッテル貼りマシーン」と名づけてみましょう。

レッテル貼りマシーンは、あらゆるものに名前をつけ、また、あらゆることに「~~だから、~~なのです」という理由をつけます。未知のことに遭遇すれば、とりあえず名前をつけ、カテゴリーに分けて安心します。

ところが、このレッテル貼りマシーンも、現れては、消えていくほかのものたちとまったく同等のものなんです。私たちは、一日にどれだけの思いを抱くでしょうか?または、どれだけの思いが私たちを通り過ぎるでしょう?不変不滅のある一つの思考というものは、存在しないですね。

レッテル貼りマシーンは、不変不滅の覚醒した意識の中に現れる現象の一つです。現れては、消えていくものが、不変不滅の状態を把握することはできないんですね。ただ、その逆は可能です。覚醒した意識は、すべての現象を観察することができます。

さて、もしハートで「もう知っていること」、「分かったこと」を聞いたらどうでしょう?それが真に自分のものになっていれば、ハートにとっては繰り返し同じことを聞くことは、強化になります。なので、聞くたびに嬉しく感じ、ほんとうにそうなんだよね!わーい!という喜びを感じます。

ではもし、自分のものになっていなかったら? 例えば、それが「あなたはすべてとつながっている」だったとしたら、ハートは、悲しみ、不安、息苦しさなどなど、何らかの感覚で教えてくれます。

そして、このとき、浮かんでくる「自分の中でつながり感を防いでいるものはなんだろう?」という思いは、とにかくもっと知って安心しようという思いよりも、うんと意義があるものとなります。

なぜなら、さらなる知識ではなく、さらなる経験に矢印が向いているからです。そして、その経験から得た知識は、真の意味での深い知識となります。

さて、いきなり話が飛びますが、私はパートナーが玄関に段ボール箱を何日も放置していると非常にいらいらしてきます。思考は、“玄関は家の顔、きれいにしておくべき”とか、べきべきを発揮しています。こんなとき、当然私はパートナーを分離した存在として見ています。そして、“早く片付けてよね!”とプンプンしながら言いつつも、ハートを探ると、ハートは“私の平和が乱される”と嘆き、悲しんでいます。

さらに感じて見ていくと、“私は環境だ”という思いが見つかりました。なんてへんな思いだ!と思いながらも、非常にぴったり、しっくりくるのです。つまり、ただのダンボール箱に「私(環境)の平和を乱すもの」と投影していたんです。この思いを見つけただけで、私のなかですでに大きな変化が感じられました。

何が言いたいのかというと、すでに知っていることを真に経験し、知るチャンスは、日常のささいな出来事の中にたくさんあるね~ということです♪

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“もう知っている”の落とし穴」への8件のフィードバック

  1. こんにちは
    以前からの読者です^^はじめてコメントさせていただきます
    文面に
    「思考は、宇宙のしくみとか人生についてとか、そういったことをすべて知ることができると思い込んでいるからです」

    と有りますが~妄想~思い込みですね。私は知識は棄てていくものだと~

    特にスピ系では~物事の本質はワンネス~一つだと感じます。

    知識がありすぎると~逆に弊害になりますよね。

    まあ~その方の魂のステージにより違うんでしょうが・・・・

    私は55歳で男ですが、今の作業は~知識を棄て~最後に繋がるもの(根っこ)はひとつだと。

    それは「愛」以外ないと

    あゆかさんはそのことを判りやすく文書にされているな~と。
    感謝です。

    御身体にお気をつけて~次のメッセージたのしみにしています。

  2. 今回のお話、とてもよくわかります。
    私も随分「もう知ってる」に振り回されました。
    でも、「もう知ってる」はずなのに、
    ずっとどこかに違和感があって全然幸せに感じられなかったのは
    ハートが「全然違う事してるよ~」って教えてくれてるサインだったんだって
    ハートと思考を別々なものと感じられるようになってから解りました。
    どんなに深みに嵌ってても、ハートは正直で
    体と感情を使ってちゃんと自分に伝えてくれてる。
    自分の中の羅針盤はずっと導いてくれてました^^
    あゆかさん、素敵なお話を、いつもありがとうございます。

  3. いつも拝見しています。今抱えている悩みをどのように捉えれば良いかヒントを頂きたくコメントします。(あまり記事の内容と関係なくてすみません)

    今2人で事業をやっているのですが、パートナー(代表)が現在のプロジェクトでクライアントや関係者の怒りを買っています。
    彼は思想的でクリエイティブなところが魅力なのですが、コミュニケーションが下手なところがあり、本人は気づいていないのか不適切な発言をしてしまい、相手を起こらせてしまうことがあります。
    今回の件は私から見ても、ちょっと問題があるように感じて指摘したのですが、立場的に彼は先輩なので、改善はしません。
    また、現在会社の状況が思わしくなく、そいうしたことも彼の良くないところが出てしまうことを助長していると思います。
    私もクライアントとの場を良くするように努力をしたのですが、現状ではうまくいっていません。
    会社としても良くないですし、私も相手の怒りを買っているような感じがするのでとてもつらいです。この辺りを掘り下げる、ということなのでしょうが、なかなかうまくいきません。
    かといって今の状況ではパートナー、クライアント双方の意識や感情を変えることは私にはできないので、自分を変えるしかありません。

    この状況を改善してプロジェクトも会社も良くなるようにしていきたいのですが、私はこの状況をどのように捉えてどのように行動すればよいのでしょうか。ヒントで良いので教えていただければ幸いです。

  4. 上のメッセージでコメントしたエイジです。あゆかさんではありませんが私の主観的ヒントを。

    今の状況はあいこさんにとって~かなりきつそうな問題ですね~ひしひし伝わってきます。

    整理しますと
    1、彼(パートナー)がクライアントの怒りを買っている。
    2、それを指摘してもダメだった。
    3、彼のフォローをしたけど~上手く行かない。
    4、今の状況ではパートナー、クライアント双方の意識や感情を変えることは私にはできないので、自分を変えるしかありませんと~気付いた。
    5、この状況を改善してプロジェクトも会社も良くなるようにしていきたい。

    大まかな感じですね、

    1、このまま~彼を信頼し~長い目で観て~愛して(例えば~カラスは白いと彼が言ってもついていける自信があるなら)フォローしていける~プロジェクトも会社も良くなるようにならないかも?も含んで。もう彼とは一生の伴侶だと思うなら~会社が無くなっても仕方ないと~無償の愛を与え続けられるパートナーか?
    そこまで自らを腑に落としているか?

    2.そこまで深く行きたくない~と思うなら~さっさと手を引く。

    「答えは~あいこさん自身の内面にある」と思います。

    一応私も似たような状況で会社をやっていたので参考になればと。。。。

  5. こんにちは^^
    いつも読ませていただいてます☆
    最近あゆかさんの、わたしはわたし!セルフラブ〜読ませて頂きました。きっともう分かっていることばかり書いてあるのだろうな、わたしの知りたいことはもっと違うことだろうな、と思っていて、今まで読んでいなかったです。でも読んでみて、まさにあゆかさんの今回の記事のようでした。つい5日前に本を手にしたばかりですが、思考ではなく、感じることに重点を置くようにしています。家の柱や植物、布団を眺めているとなにも言わずにじっとあるがままに存在しているとゆう感じが少し分かった気がしました。静けさ、優しさ、雄大さも感じました。そして、何かやらなければいけないときも、やるべきだ、をやりたい、と言い換えるとガラっと気持ちが変わって、やる意欲が沸くのも分かりました。以前、私が子供のころや中高生のときに一人でいても、とても幸せだなと感じることがありました。世界が受け入れてくれてる感がそれに私も答えてる感が、それが何なのか知りたかったのですが、何なのか分からなくてもあの感じをただ大切にすればいいと思いました。分からなくて良いんだと思いました。思考では分かりきれないとあゆかさんが教えてくれました。そうしている内になぜだか、子供のアニメを一緒に見ていると、何回もみているアニメなのに、シーンによってせきを切って涙があふれてしまいたくなって、泣いてしまい、なぜだか意味が分かりません。泣いたあともしばらく何かが胸のあたりにとどまっているし、ひょっとしてまだ泣き足らないのか私は、とゆう感じです。意味が分かりません、感動は少ししても泣かずにみれたアニメです、私は大丈夫でしょうか??。。。

  6. あゆかさん、いつもメッセージをありがとうございます。

    >さて、もしハートで「もう知っていること」、「分かったこと」を聞いたらどうでしょう?それが真に自分のもの>になっていれば、ハートにとっては繰り返し同じことを聞くことは、強化になります。なので、聞くたびに嬉>しく感じ、ほんとうにそうなんだよね!わーい!という喜びを感じます。

    「自分のものになっている」というのがどういう状態かわかりやすく説明してくださりありがとうございます。
    自分がぶれた時、あゆかさんのブログや他の方のメッセージを読み返して「やっぱりいいんだよね」と嬉しくなるということは、自分のものになっているということでいいのかな?

    「目覚めについて」の記事もありがとうございます。
    自分の中にある違和感が少しほぐれました。

    ここにくると、「あ~、やっぱり何も変える必要はないんだな~」と思えます。
    いつもありがとうございます。

  7. あゆかさん初めまして。私はずーっと生きづらさを抱えていたのですが、
    あゆかさんのブログと著書のおかげで、驚くほど重荷が下りました!
    特にセルフラブがまったく無く、自殺未遂も何度もしている状態でした・・・
    出会えたことは本当に神に感謝しています!
    いろんな記事を印刷して、持ち歩いたりしています!

    すみません、ダメもとで記事またはQ&Aリクエストなのですが、
    アダルトチルドレンまたは共依存について、取り上げていただけたらと思います。

    ダメもとのお願いですのでスルーしてくださってかまいません。
    これからもブログや書籍楽しみにしています。

  8. こんばんは。あゆかさん。
    分離感を感じることが多く、繋がっていたいのに、と感じる今日このごろです。
    最近、分離感を感じた出来事というと…

    1.男性の同僚(仲がよいと思ってた。)から、いっしょに飲んだときに、買春の話を武勇伝のように聞かされ、あんまり面白くて、ほかの同僚に話したら、買春をした男性の上司に伝わってしまった。後で、その同僚に「何で話した!」と怒鳴られ、絶交された。他の人に話してほしくないことは、私にも話してほしくなかった。せめて、誰にも言わないで、と言ってほしかった。

    2.女性の同僚に、思いがけず、クリスマスプレゼントをもらい、嬉しくて、「ありがとう。これ、何かな、開けていい?」と聞いたら、小声で、「みんなにあげたわけじゃないから、大きな声で言わないで」と怒られた。じゃあ、私にもプレゼントくれなくて、よかったのに。

    3.気のおけない人たちと、手料理を食べながら、まったりしたい...と同僚数人を呼んで、ホームパーティーを企画。そしたら、呼ばれた同僚が、主催者の私に断りもなく、他の同僚を勝手に呼び、気がついたら、人数が当初の倍以上になってた。今更来ないで、とも言えず、頑張って買い物して、料理して準備して、参加者のみなさんに感謝された。でも、いっしょに準備した後輩に、「こんなの2度とごめんです」と、うらまれた。ホームパーティ、大好きだけど、こんなんじゃ、もう2度とできない。

    4.会社の人たちに心を寄せるのは、やめよう、と、一生懸命、彼氏を作ろうとがんばった。でも、つきあうかもしれない?という彼とデートの約束をしたら、彼に「明日はキスしてくれないともう会わない」と言われ、こんなこと強制されたくない、と破局。

    よく考えれば、もともとは、みんな私と繋がりたい、という気持ちを持ってくれたことから、引き起こされた分離感で、どうしてうまくいかないのかな、と寂しくて、泣いたり、眠れなかったりもしました。
    あゆかさんの本やブログをたくさん読んでも、知ったかぶりになっているのかな、って。

    でも、あゆかさんの「わたしはわたし!」を読み返したら、いいことが書いてありました。(以下本から抜粋)。

     最後に、たとえこの本のポイントを全部忘れてしまっても、あなたに覚えていてほしいことがあります。
     それは、「あなたはそのままで、何も問題がなく、大丈夫だ。」ということです。

    というの。

    ということで、私はとりあえず、これだけ、知っていればいい、と思うことにしました。

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