解決の糸口は感情のなかに

オリンピック終わりましたね~。ロンドンはほんとお祭り気分でした。お巡りさんにも道を聞くと、“僕は一日に三つしか答えないんだ。もう三回答えちゃったから、教えてあげられない”と言われ、すると横にいたお巡りさんが、“僕はあと一つ残っているから、教えてあげる”とふざけていました。毎日こんな陽気だと楽しいかも♪

さて、今回もコメントにお返事いたしま~す!下記のコメントです。ありがとうございます!長かったので、かなり切り貼りさせて頂きました。

私は迷ったり混乱すると、人に聞いてもらいたくなる癖があり、ただ、それを嫌がるタイプの人もいるのを知っている(うちの母親はそうです)ので、相手を見てるつもりですが、その子なら!と思い、話すと適当にあしらうわれたり、思ったり元気そうだから大丈夫だよと私の気持ちとは正反対な事を言われ、返って嫌な気分になって終わるという事をなぜか繰り返してしまいます。私がその子なら!と思うのは、最近まであまり私には悩みはなく殆ど彼女の悩みばかり聞いていて、<省略>ある程度彼女の問題解決にはお手伝いが出来ているという実績があるので、彼女にも私と同じ様に聞いてもらいたい!と思ってしまいます。<省略>自分の彼女に対する気持ちは半ば強要だったり、熊手の様に愛情を欲してしまってるなど、うっすら自分を立ち返って見る事は出来てますが、解決策や糸口が見つかりません。

繰り返す出来事は、確実に“ここは、学びのポイントですよ~!”というお知らせですね。おそらく、大きな学びなのでしょう。根気よくワークしていく甲斐があるかもしれません。

さて、糸口が見つからないということですが、糸口はいつも「感情」です。迷ったり、混乱したとき、または落ち込んだとき、誰かに話したくなる、または誰かになぐさめて欲しくなる瞬間、どんな感情や感覚が走っているのでしょうか?

“誰かに話を聞いて欲しい”は、一番上の思いです。ちょっと順番に書いてみましょう。

例えば、潜在意識のなかに“私は分からない”、“私には十分な手段がない”、“私は無力だ”などなどといった思いがあるとします。(人によって様々です。)

この思いは常にありますが、潜在意識の中にあるため、普段はまったく感じません。ところが、迷ったり、混乱したり、または落ち込んだときなどに、この思いが刺激されるんです。思いには感情が伴うので、不安、焦燥感、恐れ、そわそわ落ち着かない感覚などなどが出てきます。

で、その感情(または感覚、または両方)が出てくるやいなや、エゴ(思考)が、“誰かに埋めてもらえばいいよ”とささやきます。つまり、“誰かに聞いて欲しい”、“誰かに解決して欲しい”といった思考が出てくるわけです。

(上の図は、癒しの一例です。すべての悩み、苦しみがこの通りになっているということではありません。)

多くの人が、この一番上の思いにしか気がついていないものです。セッションなどでも、“それでどう感じましたか?”とお聞きしても、“なんで彼女は、同じようにしてくれないのだろう、裏切られたように感じました”など、感情、感覚ではなく、どう思ったかを教えてくれる方がとても多いです。

そしてまた、エゴは、“誰かに聞いて欲しい”という思いから、次から次へと思考を生み出し、ストーリーを作っていきます。自分だけではなく、“どうして彼女は、ちゃんと聞いてくれないのだろう、それは、きっと・・・”など、彼女のストーリーまで生み出したりします。(私もあなたも、みんなやっていますよ~)

セッションでも、物語(分析、推測も含め)が止まらない人がそれなりにいらっしゃいます。ご本人にとっては、一つ一つの思いが、意味がありそうだったり、重要かもしれないと思えるので、すべて語りたいんですね。しかし、物語が膨らむほど、糸口が見えにくくなっていってしまいます。

大切なことは、とりあえず物語をわきにおいて、誰かに話したいと思っている瞬間の感情、感覚に耳を澄ますことです。そこが、潜在意識への入り口です。

さて、体に意識を持っていき、例えば「不安」を感じたとします。そして、その不安をよ~く感じながら、「もし、この不安が口を持っていたら、なんて言う?」と尋ねてみます。ここで、思考が走らないように、よ~く感情、感覚に寄り添って、なにか思いが出てくるまで待ちます。

やり慣れていない人は、不安の感覚から“不安だ”という言葉しか初めは出てこないかもしれません。そこで、例えばセッションでは、“「~~で不安、または~~だから不安」という文章にするとしたら、~~にどんな言葉がきますか?感覚に寄り添って、自分に尋ねて見てください”と聞いたりもします。(このあともいくつも問いかけをし、さらに潜在意識の奥へ入っていきます。ケースによって問いかけは変わります。) 

ちなみにこれは、フォーカシングの変形テクニックです。フォーカシングは、ちょっとコツがいりますが、慣れるととても使えるテクニックですよ~。(他にも潜在意識にアクセスするテクニックはいろいろあります。)

さて、話を戻して、潜在意識の一番下の思いにたどりつきたとき、その思いにはたいていいつもかなり大きな感情(エネルギー)がくっついています。例えば、“私は分からない”という思いに、大きな悲しみの感情が伴い、そこからさらに過去の思い出(小さい頃や前世)が出てくることも、しょっちゅうです。

この段階では、クライアントさんがきっとこれが原因かもと頭で思っていたものと、まったく違ったということもよくあります。

で、ここまで来たら、だいぶ癒しも終盤です。今では私は、もっぱらマトリックス・リインプリンティングを使いますが、もちろんケースによって違うセラピーも使います。(この段階では、エネルギーワークが必須)

ある時期は、次から次へといらっしゃるクライアントさんが、「無実の罪で拷問にあった前世」を思い出したときもありました。

自分で問題を解決しようと頑張っている人の場合、意識上の思いでぐるぐるしているケースが多いのですが、このように最後まで癒しをやるには、一人では難しいこともとても多いんです。

さて、潜在意識のレベルで大きな感情が解放され、安心感や愛といったポジティブな感情に置き換えられると、“人に聞いてもらいたい”という焦燥感や不安が出てこなくなります。ただ、一回のマトリックスで、すっかりOKというのは珍しいケースです。多くの場合、他にもワークする必要があるものがくっついているものです。

ただ、すっかり癒しきらなくても、自分の思いや感情を深いレベルで理解し、受け入れ、解放することで、私たちの気づきのレベルはうんとアップし、楽さも増します。

問題はできるだけ早く解決することが良いと考える人も多いですが、私は、問題→成長の鍵探し→癒し→気づき→成長(幸せ)と考えています。それなりに時間がかかることもありますが、魂の大切な旅ですね♪

♥今週のガイアの言葉♥ 魂が蓄積してきたレッスン(目的)にとりかかろう!

あなたの苦しみの本質は、あなたが魂の目的に抵抗していることにあります。あなたの人生のレッスンは、貝が真珠を作るように長い魂の旅を通して蓄積されてきたものです。魂の観点からすると、この真珠を作り上げることほど素晴らしいことはありません!(P75&76 )

解決の糸口は感情のなかに」への7件のフィードバック

  1. 大変参考になりました!
    私も以前は、混乱して、すぐ友達に電話している事が日常茶飯事でしたが、最近では混乱する事がほぼゼロに近い状態になってきてます。
    ちょっと成長してるのかなぁって思うと嬉しいです。
    『自分を愛するってどういう事?!どうしたらいいわけ?!今の私は完全に自分を否定しまくってる!!』っていう所から始まり、偶然?行きついたあゆかさんのブログ。そっから本も読んで、始めはただの知識としてしか活用出来なくて、ごちゃごちゃ頭の中がうるさい事になったり、過去に何回かその状態でコメントさして頂いた事も…すいません笑。
    でも、何度も繰り返し本やらブログやらをおさらいして、だんだん、自分の感情、感覚を見つめる事もちょっとできる様になってきました。
    いまは、以前の様に、意味み分からず憂鬱になる事も、人の言動に引っかかる事も、ホントほとんど無く、正直自分でビックリしてます。
    プロの手をお借りしてないので、癒しのワークは恐らく出来てないかもですが、自分の感情、感覚、本音?に気づくだけでもこんなに変わるのかと。ホント以前より生きやすい。。

    長々と書きましたが、一つ疑問がありまして、今回のブログの内容なんですが、私の場合、ある特定のタイプの人達がする行動で混乱する事がありまして、でも同じ事を他のタイプのひとがしても気にならないし、混乱もしないし、感情を乱される事が一切ないんです。私がその特定のタイプの方々に、まだ自分でわかっていない潜在意識の中で何かあるという事なんでしょうか?

    • コメントありがとうございます! 本やブログを読むだけで、だいぶ楽になられたようで素晴らしいですね!大変嬉しく思います。

      さて、ご質問の件ですが、私たちの意識のうち、顕在意識は4%、潜在意識が96%と言われています。つまり、私たちは、自分の思いのうち4%しか気がついていないんです。

      はい、なので、自分自身や多くの方にセッションをした経験上から言っても、自分がまったく分かっていない潜在意識の思いは、かなり自己ワークした人でもたくさんありますよ~。(もちろん、すべて知る必要はありません。)

      • お返事ありがとうございます!
        今は、普段の生活でも、常に私はどうしたい?って聞くようになれました!
        あと、境界線も、今では冷静に判断でき、他人の領域の事に、頭を悩ませる事もなくなりました!

        なるほど…!!ほぼ潜在意識ですね…

        最後に一つお願いします。。
        この場合、まず一つは例にもあったように、混乱して誰かに助けを求める自分のその時の感情、感覚から入っていくのと、
        あと、特定のタイプの方々の行動により、抱く感情、感覚からも入っていくといいのでしょうか?この場合、実際にされた行動には意味がないですよね?
        どっちも、出来事がただ私の何かに触れただけで、
        混乱して助けを求める→気づいつない何か
        特定のタイプの方々自体に抱く感情→気づいてない何か
        が、それぞれあると言う見方をすればいいんでしょうか?
        つまり、私は2つ、潜在意識に入っていく課題があるという事ですよね?

        ややこしい内容ですいません!

  2. 『あなたの苦しみの本質は、あなたが魂の目的に抵抗していることにあります。』についてお尋ねします。
    普通の家庭で育たなかったこともあり、長い自己喪失をぬけて、したいことが人生の半ばを過ぎてようやく見つかったのに、もう何年も事が進まず停滞しています。
    学校に行って技術を身につけないことには話が始まらないのですが、それが何年もできないので(金銭的にも状況的にも)、できることといえば本を読むなどでしか知識の蓄積ができずにいます。
    したいことが見つかって、すぐできるような環境にある人、若いときからしたいこと気付いて生きてこれたひひとが正直、苦労が少なくて羨ましいです。
    これもストーリーに嵌っているんでしょうけれど。
    でも、私がしたいことができないのは、魂の目的ではないからでしょうか?
    ようやく、自分でしてみたいと思ってることは単なる勘違いなんでしょうかね。
    いつも周りをうかがって自分の欲求を抑えて、周りの人が望むことをあたかも自分が望んでることのように生きてきて、そんな生き方に行き詰まって紆余曲折してみつけた自分がしてみたいことも間違いだったのでしょうか。
    したいことをしようとすることが、何年も進まないことで苦しいばかりで今度はこれがストレスです。
    私には、したいことをする資格さえないと突きつけられてるようにも感じます。
    その一方でこれを諦めるとなると、もうこれ以上生きててもしょうがないかなぁと思ったりします。
    考えの幅が狭いと言われればそれまでですが、もうどうしたらいいのかわからないです。
    自分の心からしたいと思ってることが、魂の望みでなければ、諦めるしかないんですかね。
    それなら、こんな願望を抱くようなことを私にさせないで欲しいです。
    魂なんてくそくらえと思います。

    • こんにちは! コメントをありがとうございます! 

      したいことが何で、どんな学校に行く必要があるのかをお教え頂いても宜しいですか?お役に立とうというより、単なる好奇心ですので、気が進まなかったら、ぜんぜん問題ありません。

      そして、紆余曲折して自分を再発見したことは、ほんとうに素晴らしいことです!大きな学びを達成しましたね。この素晴らしさをかみしめていらっしゃいますか?大事にしていますか?それとも、“あ~ぁ、見つかるのに時間かかちゃった、さっさとそれを始めないと人生意味がない”と自分を追い立て、責めていますか?

      >考えの幅が狭いと言われればそれまでですが、

      これある意味、あたっています。人生で行き詰るのは、ほんとうに状況ではなく、自分の思い込みなんです。そして、「それまで」ではないですよ。そこに鍵と可能性があると心から思えますか?

      もしお読みでなければ、過去のブログも読んでみてくださいね。何かヒントになるかもしれません。

       

  3. あゆかさん、こんにちは。
    私も辛いときに友人から期待していた慰めがもらえなくて、よけい辛くなったことが何度かあります。

    今回もそんな感じです。友人に男性を紹介してもらったんですが、うまくいかなくて、彼の最後の言葉が「また連絡します」だったんです。
    友人には、紹介してくれたことにお礼したつもりだし、男性には好意があることを伝えたつもりです。
    その後友人から「どう?この間みんなで食事したときは、○○さんといい感じだったけど、もう2人で食事した?」という携帯メールが入っていたので、「だめみたい。また連絡します、って言って、1週間何もないし。とても素敵な人で、残念だけど、また誰かいい人がいたら紹介してね。」って落ち込みながらも、すぐに返信したんです。

    そしたら、それに対して友人から返信なし。
    「えーそうなんだ。元気だしてね。またいい人いたら紹介するよ。」とか、返信してほしかったんですけど。
    その友人、これまで、恋愛でうまくいかないときは、私に電話をかけてきて、1時間とか2時間話したり、やけ酒につきあわされたりしていたのに、私のときはノーコメントなんて。

    期待させるような言葉をかけて、実はお断り?はっきりわからない?フェードアウトなの?という態度を、男性にさられて落ち込みましたが、慰めの言葉がゼロの友人にはもっとガッカリです。

    友人が私に返信できない理由が、何かあるのかもしれないですけど。

    まあ、人間関係で一喜一憂する自分にもっとガッカリなんですけど。
    かと言って、これまでの人生をふりかえって、「誰かをあてにしないで、自分自身を充実させよう」と、仕事、資格、趣味、住みたい国、を目指して、お金と時間と体力をかけて頑張って、目標点に到達したとしても、その後、幸せじゃないんですよね。疲れが蓄積されるだけ。
    どうしてなのでしょう?
    向かっていくべき目標点が、間違っているとはわかっているのですが。

  4. ピンバック: 思考の裁判官、ハートの裁判官 | Care of the Soul “魂のケア”

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