不安で仕方がないとき

イギリスは暖冬になりました~と書いたと思ったら、一気に気温が下がり、雪が積もっています。めっちゃ寒いけど、とても綺麗です。

さて、今回はお約束通り、頂いたコメントへお返事させてください。下記のコメントです。コメントありがとうございます!

こんにちは。いつもブログを楽しみにしている者です。あゆかさん、地震など天災に関する恐怖心はどのように対処すればいいのでしょうか。私は関東在住ですが、首都直下型が高い確率でくると聞いてから、不安で仕方ありません。家族や友人が亡くなって辛い思いをするくらいなら、自分が死んでしまいたいと思ってしまいます。東北の被災者の方々が必死で前を向いて生きているのにこんなことを書いて申し訳ありません。

自分が感じていることに正直になることはとてもグッド!ですよ~。さて、不安に関してはたくさん書けることがありますし、今までたくさん書いてきました。なので、重複していたらごめんなさい。(自分が何を書いたか覚えていない)

私たちのなかには様々な不安があり、その不安はいろいろな声を持っています。「家族や友人が亡くなって辛い思いをすることに耐えられない」などもそうですね。いろいろな声を持っていますが、最終的には、「私は対処できない」「私にはどうしたら良いか分からない」「私には力がない」という、自分には力がないという思いです。

例えば、この方の場合「家族や友人が亡くなって辛い思いをする」→「辛さに私は対処できない」→「対処できない私は立ってられない」→「死んだほうがまし」となるかもしれません。

辛い思いをしている自分をイメージすると、おそらく普通に生きていられない自分がいるはずです。立っていないし、悲しみや苦しみの感情で全身がいっぱいになり、動けない、苦しみに覆われていて、足に立つ力もなくなり、ご飯も食べられない自分などです。つまり、力がない自分、災害の犠牲者の自分です。

でももし、自分はなんとかやっていける、またはそれこそ「私には力がある」と思っていれば、不安よりも自分はそういう状況下でどんなことができるかを描くかもしれません。ですので多少の不安はあっても、不安で仕方がないという状態にはならないでしょう。

さて、対処法としてはいくつかあります。一つは、時間がかかりますが、やはり自己愛を増やしていくことです。不安(恐れ)の反対は、愛ですね。愛は、自分への信頼や自信を増やし、また周囲や宇宙とのつながり感を増やします。自然と“私は何があっても大丈夫”と感じられるようになります。これは、新刊に詳しく書きましたね。

時間はかかりますが、とても確実な方法です。そして、セルフ・ラブが増えていくと、「家族や友人が亡くなって辛い思いをするくらいなら・・・」という思いのウソがもっと見破り易くなります。「私は耐えられない」というのは、単に思いであって真実ではないことが感覚として分かってくるはずです。

次は、ある意味今すぐできる対処法ですが、理想的には誰かプロの人かこのようなワークにやり慣れている人に誘導してもらうほうが良いです。

それは、不安のなかにダイブ・インしてしまうことです。つまり、「家族や友人が亡くなって辛い思いをしている自分」をイメージして、出てくる感情を感じ切ってしまうことです。悲しみ、怖さ、不安をぜんぶ感じ切ってしまいます。こんな感情嫌だ、感じたくない!と思ってしまうと、感情は自分のなかに留まってしまい、それが苦しみへと変化します。よ~く感じきると、どんな感情も必ず拡散し、消えて行きます。

前にも書きましたが、このとき「悲しみだ」、「恐れだ」とレッテルを貼らないで、エネルギーとして感じ切ることができると尚更良いです。

このように、感情はエネルギーの波であって、幻想であって、なんの実体もないので、必ず消えます。私たちの思考が、感情をあたかもパワーを持った実体あるものかのようにしてしまっているだけです。

もし、私のセッションでしたら、感情を感じ切ったあとで、マトリックス・リインプリンティングをし、「大丈夫な私、力を得た私」を潜在意識に刷り込みます。かなり安心感がアップします。また、これをテーマに毎日EFTをするのも、とってもお薦めです。

さて、次に不安の正体(不安だけではないですが)は、何でしょうか? そうですね。「思考」ですね。もっといえば、自分の思い(ストーリー)を信じ込んでいることです。「東京に直下型の地震がくる確率が高い」→(頭の中で変換)→「近いうちに来る」→「家族や友人たちは死んでしまう」→「やっていけない」という思考のストーリーを無条件に信じているわけです。信じていなければ不安は出てきません。

例えば、「東京に直下型の地震がくる確率が高い」→「確率が高いってあいまいだなぁ。」→「まぁ、来たとして、私はそのときどこにいるだろう? そんなこと予想するのは無理」→「家族や友人はどこにいるだろう? やっぱりそんなこと分からないなぁ」→「なんで私は、地震が来る=家族や友人は死ぬって決め付けているんだ??? 生き残る人のほうがいつもぜんぜん多いのに。」

などと、自分のストーリーを無条件に信じるのではなく、少しづつ吟味していくうちに、不安を持ったほうがいいの? それとも、持っていても無駄?みたいな状態になってくるかもしれません。そして、ええい、なんだか分からないから考えるのを辞めよ!となったとき、エゴ(不安の思考)が降参してくれます。

エゴが降参してくれると、目の前に何が見えるでしょうか? 炊飯ジャーから出るゆげ、椅子にかかった誰かのコート、冷蔵庫に貼ったシール、聞こえてくる時計の音、誰かの話し声、テレビの音・・・。今、この瞬間の平和が見えてくるでしょう。今、この瞬間に起きていること、それが人生ですね。

起きるか、起きないか分からない未来に生きるのではなく、この今の瞬間に生きることができたとき、私たちは「真の私」(大海)と一番つながれます。私たちが自分の思考で、過去や未来のあっちこっちへ行ってしまっても、今という瞬間は、常に私たちとともにいてくれます。

今という瞬間、そこは覚醒した真の自分がいる場所、自分が作り上げたストーリーの世界ではく、真実の世界、愛と幸せのエッセンスの源、なにも起きていないけど、同時にすべてが起きている場所、私たちのほんとうの家、幻想の世界を支えている大海。

台風に巻き込まれ、小波がくるくると沈んでいく先、または大岩に打ち付けられて消えていく先は「大海」です。つまり私たちがもともといる場所、だから、なにが起きようと絶対大丈夫です。

最後に、すべてを失ったとしても、あなたを支えてくれるものは何でしょう? よ~くよ~くハートに聞きながら見つけてください。(「あなたから決してなくならないもの」これも新刊に書いてありますね)

私は「つながり」です。思考が邪魔をして塞いでしまわない限り(生きていても無駄だ、などなど)、このハートの思いが私をまた必ず幸せへと導いてくれます♪♪♪

不安で仕方がないとき」への9件のフィードバック

  1. いつもブログ楽しみにしています。今日のブログはなんだかわかりませんが、涙がでてきました。『なぜ?』ではなく、涙が出てくるにまかせているとこれもまた穏やかなひと時だと感じられました。どんなことにも正しいことも悪いこともない。そう感じる私がいるだけですよね。泣きながらわらってしまいました。いつもありがとうございます。

  2. 私は、阪神淡路大震災を体験しました。その時感じたことは、自分が死ぬかもしれない恐怖。
    両親が死ぬかもしれない恐怖。でも、心の中で、「大丈夫、大丈夫」と唱えていたら、ほんとに
    両親も私も無事でした。家は全壊しましたが。助けて~と大いなるもの(神様とか)に助けを求める
    ことも、不安な時には安心させるおまじないになるかもしれません。
    それ以来、未来への恐怖が出てきた時、「なるようになる」と考えて、その時のことは心配
    しないようにしています。あと、自分よりも大変な方もたくさんいらっしゃることを
    考えて、今の自分が恵まれていること。つらい体験をした方から、お話を聞いたりして
    参考にしたり。やっぱり、自分や大いなるものを信じることでしょうか?
    生意気な意見で、申し訳ありません。

  3. あゆかさんこんばんは。
    あゆかさんのブログおよび著書・セミナーなどを受け、自分自身を癒したりしています。
    昔よりは随分楽になりました。
    ところが、最近行き詰まっています。究極には愛があるのみ、すべてのものは一つということですが、
    自分をワークしているときに、他人や、外界のことに依存や振り回されないためには自己愛を増やす、自分を大事にするとかいう風にすると、統合どころかどんどん分離の方向に言ってしまうのです。
    自分自身に集中しようとすると、外界や周りの人間から距離を置き孤独になっていくような感じになっています。
    どうしたらいいのでしょうか?

  4. あゆかさん、コメントを取り上げて下さりありがとうございます。大きくうなずきながら読ませて頂きました。思考のストーリーにどっぷりはまっていました。新刊も読み直して、じっくりこの感情と思考を吟味して、自分に力があることを思い出します!そして自己愛にもっと目を向けます(やはり全ては自己愛に行きつくのですね)。
    かずよさん、貴重な体験談をありがとうございました。かずよさん、ご両親もご無事で何よりでしたが、本当に壮絶な体験をなさったと思います。でもコメントはなにか強さというか、清々しさを感じ、勇気を頂きました。私も今この瞬間を大切に生きようと思います!

    • あきこさん、コメントありがとうございます。
      全然、あゆかさんのおっしゃっていることと違うことを書いてしまいました。
      後から反省しました。でも、人間いつ何時何が起こるかわからない、避けられない
      からこそ、後悔のないように今この一瞬を一生懸命に生きることなんですよね。
      自分と向き合えるあきこさんは、きっとお強い方だと想像します。
      ご自分を信じて愛してあげてください。大丈夫、大丈夫。(笑)

  5. かずよさんが書いて下さったことは全然違和感なかったですよ~。とてもありがたかったです!

  6. あゆかさん、こんにちは。いつも力になる文章をありがとうございます。
    さて、恋愛小説を読んでいて、ふと寂しくなりました。そういえば、無条件の愛を目指して、苦しくなったら自分を見つめる作業で楽にはなった。だけれど、恋愛小説に出てくるような、激しく相手を求める感情がない・・・のです。自分が大人になったといえばそうなのですが。相手との関係をお互いに冷静に見つめることができる関係は、ある意味、恋愛としては盛り上がっていない関係なのではと思いました。そういう恋をずっとしていないなと寂しくなりました。我を忘れるほどに夢中になるのが、やっぱり恋愛の醍醐味のようなきがするのですが、ご意見を伺えると嬉しいです。
    恋愛感情とは、エゴから湧いてくるものでしょうか??

    • こんにちは! いつも読んで頂いてありがとうございます!

      自分を見つめる作業をしていらっしゃるとのことですが、もしかするとそれを思考でやっていたりしないでしょうか?(間違っていたらごめんなさい) 自分を見つめる目的は、自分の中にある愛を防いでしまっているものを見つけて、解放していく作業ですね。言い換えれば、「セルフ・ラブ」を育てるのが目的です。

      愛が増えれば、躍動感、生きている感じ、通じ合っている嬉しさ、共感、愛が相手の愛に呼応して、相乗効果でさらに盛り上がり・・・あぁ~~もう幸せ~!!という状態になります。

      なんとなく、思考で自分も相手も見ているような印象を受けるのですが・・・・。そして、無条件の愛を目指すのは、もちろん素敵なことですが、もしかすると「こういう恋愛の正しいかたち」みたいなものを(頭で)描いて、それに近づこうとしているかもしれません。

      そして、恋愛の感情はハートから来るもの(楽しい恋愛)と、「エゴの飢えた感覚」からくるもの(苦しい恋愛)と二種類あります。ハートから来る恋愛をする一番の鍵は、もちろん、セルフ・ラブです。恋愛は、ぜひハートのエネルギーを野放しにして楽しんでください!

      • あゆかさん

        お返事をありがとうございます。
        確かに、せっかく自分を見つめる作業をしているのに、思考で行なっていつの間にか苦しくなっていたようです。躍動感も、生きている感じ、ハートの純粋な愛がしぼんでしまっているようです。
        セルフ・ラブ、簡単なようで、難しいです。でも、がんばります。
        ありございました。

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