しがみつかない“真の”生き方

私は機会あれば、Non-duality(非二元)ミーティングというものに出かけています。先週末もその一つに出かけていきました。Non-duality(非二元)ミーティングとは、「真実は、非二元なんだよ~」ということを語るミーティングです。つまり、真実は「あなたと私」、「私と世界」という分離した状態ではなく、すべては「意識ある空」または、「覚醒した意識」(またはなんと呼んでも良いのですが)から現われ出ていて分離はないのです、という教えを語り合うミーティングです。

こういったミーティングに来る人は、「この世は幻想だよね、本当は何も起きていないよね」ということは一応(頭で)知っている人がほとんどです。ですが、たまに何か違うことをイメージして、ミーティングに来る人もいます。前回のミーティングでは、ティーチャー(覚醒したマスター)が、「誰が死んでも、べつに大きな意味はありません(本当にはなにも起きていないから、すべては夢だから)」と言う言葉に、ある女性が「オー・マイ・ゴッド!」と叫び、立ち上がって「あなたには心というものがないのすか!」と怒りをマスターにぶつけました。

マスターは、普通の顔で「はい、私には心はありません(だって、私は本当は存在していないのだから、という意味)」と答えると、その女性は“ヒィ~!”と悲鳴をあげて、椅子を蹴って部屋から出て行ってしまいました。その姿を見送りながら、私は、そりゃぁ、そうだ。こんな話しを普通にしたら、頭がおかしいとしか思われないよねと思いました。

ただ、仏教や禅でもこのことを教えていますから、お坊さんが言えば、人は頭がおかしいとは思わないでしょう。(ちょっと、お坊さんが羨ましい)

で、こういったミーティングから家に帰ると、パートナーが“僕は存在している?”と聞いてくるので、すかさず“ううん、存在していないよ”と返事をします。すると、“OK、普通に戻ったら、話したいことがあるから”と言われたりします。

前回も書きましたが、私はリンボー状態にいるため、この世には誰もいなくて、幻想だと真に感じる「非二元の世界」にいるときと、私がいて、私が何かをしていて、私がものすごくむかついていて、または喜んでいて・・・、という「私の世界」にどっぷりいるとき(←こっちにいるほうが圧倒的に多いですが)の両方をうろうろしています。

このリンボー状態が一生続くのかどうなのかは、まったく分かりませんが、二つの世界を行ったり、来たりしながら思うことは、この幻想の世界はほんとうにすごすぎる、素晴らしすぎるということです。

この世は幻想だというとき、そこにはすべてが含まれます。つまり、地球、太陽系、銀河系、宇宙、すべてです。例えば、地球がアセンションするとういのも、壮大な幻想のなかの壮大なイベントです。

「非二元の世界」では、私たちの苦しみ、今日一日の出来事、将来への不安、過去への後悔などなどはすべて、マスターが言うように大きな意味はありません。ほんとうに夢なので。夢の中で起きたことをいつまでも引きずっている人はいないのと同じです。また、悪夢から覚めたとき、たぶん一番感じるのは「あぁ、夢で良かった」(もう真剣に考える必要はない)ということでしょう。それとまったく同じことです。

しかし、「幻想の世界(私の世界)」のなかでは、これらのことは大きな意味があります。太陽系が地球を支え、地球が私たちを支えているように、私たち一人一人の思い、感情、気づき、成長は、この壮大な幻想のドラマをより完璧に、より美しく仕上げることに大いに貢献しています。

そういう意味では、私の今日の喜び、または悲しみには、とても意味があります。すべてが幻想という観点からすれば、私のハートトークも幻想です。で、私のハートは、“つながりたい♪”と歌っています。そう思うとドキドキワクワクしてきます。このブログも皆さんとつながれる一つのツールです。そして、壮大な幻想の世界のなかで、私の小さなハートトークも幻想のドラマを彩ります。

30代前半の頃、離婚を体験し、なにをやってどう食べて行きたいかもまったくイメージできず、新刊のさやかよりもかなり低空飛行をしていました。あの頃は、「自分の人生」というものがとても重要で、上手に伴侶を見つけられなくて、仕事も見つけられない自分は、ものすごくやばいと思っていました。惨めな人生にならないように必死にもがいていたと思います。

その当時の私に、「この世は幻想だよ」と語りかけても、たぶん耳を傾ける余裕はなかったでしょう。それよりも、「~~すれば、将来は大丈夫だよ、ほら!」と言った言葉のほうに飛びついていたと思います。

例えば、喉が渇いている人に、「あなたの喉の渇きは幻想です」と話すよりも、さっさっと水をあげたほうがよっぽど良いでしょう。渇きがおさまって、ほっとしてから、「で、真実ってなんだっけ?」と考えることができるかもしれません。

そういう意味で、セラピーやカウンセリングはやっぱり役に立つと思います。先日の非二元のミーティングでも、“彼女がどうしても結婚してくれないんです”と切羽詰った形相でマスターに話している男性がいましたが、この人の場合は先に自分を見つめて、自分の恋愛のパターンを探ったほうが、今は早く楽になれるかもと思いました。

溝口あゆかという感覚は、より良い人生、より快適な人生、楽しい人生をとても欲しています。宝くじが当たったら・・・・と夢想することもあります。ちなみに、今までは宝くじに当たった人に非常に嫉妬していました。なぜなら、お金への不安と自分の稼ぐ能力に大きな不安があったからです。で、これをセラピーで癒したら、この不安が幻想だということが、よりスムースに感じられるようになりました。

矛盾した話を続けますが、「私の人生」はとても大切な一方で、究極的には大切ではありません。この矛盾がすんなり入ってきたとき、人生を楽しみ、人生に希望を持ちながら、でも人生にしがみつくことがだいぶなくなりました。

現在皆さんの人生のなかでどんなことが起きていようと、真に目覚めたとき、「○○」といった名前を持った自分はいなかったのだと分かるでしょう。すべては夢で、真の自分はまったくそれから影響を受けない存在なのだということが分かります。自分は大海の中にいたのではなく、大海そのものだったのだと。

そうそう、これが言いたかったのです。カウンセリングも役に立つということで、こんなことで悩んでいますぅ~というコメントも自由にお書きくださいね!

しがみつかない“真の”生き方」への11件のフィードバック

  1. こんにちは、あゆかさん!
    いつも楽しく読み、学ばせていただいております。
    あゆかさんがおっしゃってたように、全ては幻想、という観点で物事を見てる時期があり、心には平和や穏やかさがありました。新しい仕事を初めてからも、しばらくは、映画の一部、人生全ての一部のような感覚があり、通常は不快だと思う事すらも、あるシーンの一部という感覚で左右されることなく、判断することなく、とても心地よくエネルギーにあふれた状態でした。
    しかし、仕事の人間関係で怒りや抵抗を感じる状態が長く続いた後、ふと、自分が「現実」というものに飲み込まれてる状態にいると感じました。つまり、人の言動に左右され、映画の一部が、それが全てのように感じる状態になってしまいました。知らない間に、センターから外れてしまったのかもしれません。
    そして、新しい仕事を始めた頃の状態に戻りたいのに、戻り方が分からない自分がいます。
    頭では分かっていても、感覚や気持ちがついていかないように感じ、不快な出来事や誰かの言動の時、自分がセンターにいるようにするので精一杯だったりします。
    これも、その状態を十分に味わう事で、全ては幻想で、見てる現実はその一部の映像に過ぎない、と真に感じる平和や穏やかさが戻ってくるのでしょうか?
    また、不快だし感じたくない気持ち(怒りとか落ち込みとか)を十分に感じると、その後長い間、落ち込んだりブルーで無気力な状態が続きます。十分に感じることで、消えていく、とは分かっているものの、そうすると長い間落ち込んだ状態が続くのが嫌で(仕事にも影響してくるので・・・)、難しく感じてしまいます。
    あゆかさんは、全体の一部だと初めて感じた時は、どんな時でしたか?そして、その状態を維持するのは(あるいは、その状態にいることがだんだん多くなるのは)、どのようにされてますか?
    頭でわかっているよりも、実際に感じて実感したいなぁ、と思ってます。

  2. こんにちは。いつもブログを楽しみにしている者です。あゆかさん、地震など天災に関する恐怖心はどのように対処すればいいのでしょうか。私は関東在住ですが、首都直下型が高い確率でくると聞いてから、不安で仕方ありません。家族や友人が亡くなって辛い思いをするくらいなら、自分が死んでしまいたいと思ってしまいます。東北の被災者の方々が必死で前を向いて生きているのにこんなことを書いて申し訳ありません。

  3. あゆかさんこんばんは
    私実はあゆかさんのブログに書かれている「すべては幻想です~」っていうのが分からないんです(腑に落ちない)ちょっと前のブログの「金魚鉢からダイブ」も何回読んでも難しく、頭に入らないんです。
    >その女性は“ヒィ~!”と悲鳴をあげて、椅子を蹴って部屋から出て行ってしまいました
    私もこの女性の気持ちです・・・・
    将来への不安やら、どうやって食べていこう、ニュースでのさまざまな事件。すべて幻想です~と言われても理解不能状態です~

  4. あゆかさん、こんばんは。
    今回のお話は常々疑問に思っていたことに関連する内容だったので、とても興味深かったです!

    非ニ元(アドバイタ)の教えは究極の真理だと思いますが、その教えを語る人が、別の場面ではアセンションを重要視するような発言をしていたりするのを見ると、なんだかいつも腑に落ちない思いを感じていました(と言いつつ、わたし自身両方の情報に大いに興味を持っているのですが・・・)。
    そういうわけで、今回あゆかさんがアセンションも幻想の一部だと書いてくださって、なんだかすっきりしました(幻想ではあるにせよ、素晴らしく壮大な幻想ですね)。

    ただ、自分のなかでまだ混乱している部分もあります。
    わたしの場合、幻想の世界を超越したい(夢から醒めたい)という強い思いがある一方で、幻想の世界を楽しみたい(夢を楽しみたい)という願望もあり、ふたつの思いの間を行ったり来たりして、結局どちらも達成できていません。

    醒めた意識で夢を楽しむことができればベストだと思っているのですが、そもそも夢のなかの現象に興味を持ちつづけている限り、夢から完全に醒めることはきでないのでしょうか?

    「人生を楽しみ、人生に希望を持ちながら、でも人生にしがみつくことがだいぶなくなりました」という状態は、醒めた意識で夢を楽しむという境地に近いようにも思いますが・・・。

    また、機会がありましたら、「非二元の世界」と「幻想の世界」のバランスのとり方などについても今後のブログでとりあげていただけるとうれしいです。

  5. こんにちは。(日本は今、早朝ですが)

    >この人の場合は先に自分を見つめて、自分の恋愛のパターンを探ったほうが、今は早く楽になれるかもと思いました。

    この言葉、何だか今の私にドンピシャな感じです。
    それと言うのも、今、「好きな人(と言っても付き合ってはおらず、知り合い以上友達未満ぐらいの間柄)との間に境界線を引く」ということが上手くできなくて悩んでいます。

    会って会話している時はそれほどでもないのですが、メールのやり取りをしている時、彼がなかなか返事をくれなかったりメールの文面が素っ気なく見えたりすると
    「私があの時ああいうことをしてしまったから、もしかしてもう決定的に嫌われてしまったのだろうか?」
    なんてことをクヨクヨ考えてしまいます。

    で、彼に対して「もし機嫌を損ねてしまったのならごめんなさい」とか「あの時、余計なことをしてごめんなさい」とか、あれこれ謝ったりすることで彼の私への態度が良くなるようにと、どうやらコントロールしようとしている?ようなのです。

    これって「境界線がちゃんと引けていない」ということですよね。
    ここ2カ月ぐらいの間、彼との間がどことなくギクシャクしているように感じるのも、彼がどうこうと言うよりはそもそも私の内面に原因がある、ということなんでしょうね。

    もっと自分の軸をしっかり持ちたいです。

  6. 私も地震などが怖いです
    2012年の人類滅亡予言とか。。
    なにか対処ありませんか?

  7. ちょっと 教えてください

    いままで 自分の感情はおかしいと思い 自分を否定してきました。でも それは とても苦しいことでした。
    私を創造されたのは 神様であるし 私も大海であるということから 自分の感情を信じないと 苦しみことを学習したので どんな自分であっても それは 自然なことなのだ。人に、社会に合わせるのではなく 私に起こった感情に素直に任せることが幸せなことと 自分の感情のままでいいと思えてからしばらく 羽が生えたように軽く 現実か それとも ほんとうにこの宇宙の一部ではないかと思うくらい流れに乗っている時期がありました。が ふと そこにとどまりたい!と思ってしまいました。その瞬間 誰とも会いたくなくなって 引きこもりたくなる自分がいました。そこからは 抵抗を手放せずにいます。抵抗を手放したいのですが どうしたらいいでしょうか?

  8. わたしは、せっかく今世を生きているのだから現実にどっぷりつかりながら
    もがきながら、すこしずつ物事を知ったり、心が強くなったり、
    して生きていくことに意味を感じるので、覚醒したいとか
    覚醒した経験がほしい、とは思わないです。
    マスターさんは説明がたりなくて女性はびっくりしたんだと思います。
    お坊さんは、よく説明してくれますから…。
    これも私の心に浮かんだ考えでしかありませんが♪

  9. この世は幻想で、死んでも別に意味はないから、と言われると
    まるでコンピューターゲームのように、リセットすればそれで済むことだから、と言われているようで。限られた時間の中で、精一杯生きようと思う気持ちを、奪われるような気分になってしまいます。私だけでしょうか?
    それに殺人OK自殺OKともとれるようでなんだか怖いです。そういうことを言いたいんじゃないと言われるかもしれませんが、そういう風にも取れます。私だけではないのでは。
    この疑問に答えて頂けたら、非常にうれしいです。私もあゆかさんのブログが大好きで長年読んできました、何度心を癒されたか数しれません、そういう意味では心から感謝しています。
    けれど最近書かれるものが、ちょっとついていけない感じがしてます。批判ではなく、意見発表です、気を悪くされないでください。

  10. はじめてコメントさせてもらいます。 
    あゆかさんのブログから ここしばらく 離れていたんですが(特に理由はありません。ちょっと環境の変化があったりしてなんとなく遠のいていた感じです。)、 ふと思いつき訪れてみると、いいタイミングで 非二元の世界のお話が!
     実は 私のだんなが なぜ私たちはここにいるのか、なんのために生まれてくるのかと いろいろ考えるのが好きなのですが、最近、この世はすべて幻想、よくできたパソコンゲームのようなもの、という考え方にたどり着いたんです。 ただ 彼の場合は もともと この世の中や人間という生き物があまり好きではなく この世は幻想と思えば心の負担は軽くなるものの それと同時に何もかも 意味を失ってしまった状態です。  
     彼の心の中にはたくさんの怒りがあります。 世の中の矛盾、不平等、ほんの一部の人が巨大な権力や富を握っている、こういう状況に対して他の人たちのようにしょうがないでは済ませないのです。ただただこの悪夢から抜け出したいという感じです。 私には 君との生活に不満があるとかじゃない、君がいるから俺はまだここにいるんだ、ということで、 私はPersonal に とらないようにしてますが、やっぱりかな~り傷つきます。。。
     こういうときは 彼をどのようにサポートしていったらいいんでしょうか。すいません、ちょっと暗くなってしまいました。

    ところで、 あゆかさんの行かれているミーティングって 興味があれば誰でも気軽に参加できるようなものですか? 一度覗いてみたいです~! 

  11. さっきの続きです。
    私のだんなのような状態を The state of accidie というようですね。
    さっき私が何気なく図書館から借りてきた本をだんなが読んでいたらその中に出てきたようです。
    これも一種の引き合わせ?

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