自分の真意が分からないのはなぜ?

ロンドン周辺は、めっちゃきれいな秋空が仰げます。夏はなかったけど、青い空ってそれだけで心がほんと文字通り晴れますね。

さて、ハートトークの聞き方が分からない、本当にハートトークなのか自信がない、というコメントをいくつか頂きました。それについて今回は書かせて頂きますね。とりあえず下記のコメントです。長いので省略いたしました。

英語を学んだり、異文化を知りたくて、3ヶ月前から海外に来ています。出発前は、まさに魂がおどる!というくらいワクワクしていました。楽しんでる自分の姿もパッと浮かんできたりして。が、こちらに来て、自分の魂の声とは正反対に、全く楽しめない自分がいます。しかし、この3ヶ月、あまり笑っていませんが、強くなった、そして自分にとって大切なことを学んだと思います。
<省略>・・・・(今まで気付きながらも、見ないフリをしていた)自分のあらゆる弱さが引き出され、それらを見つめ、どう対処していくか。涙し、モヤモヤしながら、しかし、少しずつでも進んでいく、そんな自分にOKを出しながら。もしこれらが私の魂の課題だとしたら、まさにそれらと向き合う日々を与えられてる、そんな感じです。しかし・・・出発前に感じた、あの心からの魂のワクワク感はなんだったのでしょう??とても大きなワクワク感・トキメキ。同時に、心の奥から、自分を信じた時に起こる、静かな武者震いのような良いものも感じたほどです。結構、勘は働く方だったので、こんなに予想外の展開を経験したのは初めてです。あれだけワクワクさせておいて、実際はこんなに凹む日々が待っている・・・しかしそれは魂の課題を向き合うためだった、例えば、魂はそんなやり方で課題を与えたりもするのでしょうか?

まず、何人かのコメントを拝見させていただき、“ハートトークとは、こういうもの”、“ハートトークに従えばこうなるはず”という思い込みがあるかもしれません。その思い込みに合わないため、これってハートトークなの?という疑問を抱いているように見受けられます。

で、ハートトークというのは、言い換えれば自分の「真意」ということです。必ずしも「ワクワク楽しい日々ばかりを過ごす」とか、「なにかの結果を得られる」ということを指しているわけではありません。例えば、「災害から必ず立ち上がる」とハートが言った場合、そこで待っているものは困難ばかりかもしれません。でも、それが自分の真意であれば、困難があっても自分の中では達成感や明瞭感、生きている感覚などがあるはずです。

「海外に行って異文化を学ぶ」場合、海外という慣れない土地で、異なる文化のなかで暮らすことは、当然楽しいばかりではないでしょう。最初は、どちらかというと苦労のほうが多いものだと思います。言葉が話せなくて、普段の自分のやり方が通用せず、親しい友達や家族もいないとなれば、日本にいるときより大変なことのほうがきっと多いでしょう。

私も、ハートに従いロンドンで食事療法を勉強していたときは、解剖生理学の授業が分からず、登校拒否になりかけていました。トラブルがあったときも、日本語ならガンガン言えるのに・・・と自分の語学力のなさに嘆いたことも何度あったことでしょう。不安や自信のなさと向き合う日々もかなりありました。

ですが、セラピーを学びたい、スピリチュアルなことをもっと知りたい!というハートの気持ちは変わりませんでしたので、これで良いんだというはっきりした感覚、じわっとした満足感、新しいことを学ぶ喜びなどはしっかりとありました。ですので、ハートが真に「異文化を知りたい」「英語が話せるようになりたい」と言っていれば、辛くて泣く日があったとしても、ハートによく耳を澄ませば、なにかしらポジティブな感覚があるでしょう。

ハートはイギリスへ行く!と言っていたにもかかわらず、イギリスへのイメージが私の中でなぜか昔からあまり良くなく、人から不親切にされることを覚悟して行ったため、思った以上に人が親切だったことに逆に驚いていました。なにが言いたいかというと「イメージ」というのは、かなり曲者なんです。イメージ次第で、心がルンルンしたり、緊張したり、私たちの感覚はくるくる変わります。

例えば、結婚にあこがれている独身の人に、結婚のイメージを聞けば、ほぼ間違いなく、「優しくて頼れるだんなさんがいて、かわいい子供がいて、みんなで笑っていて・・・」と理想のイメージをしているはずです。で、そんな現実がない自分って・・・とため息をついているかもしれません。

決して、おならをしながらリビングを歩いている旦那さんとか、「くそばばぁ!」と自分をののしるティーンエージャーになった息子とかイメージしていないはずです。

話がずれましたが、なにが言いたいかというと、イメージはどこまでも楽しく、美しく、私たちの心をワクワクさせてくれますが、知に足が着いていないことが多いということです。じゃぁ、それは、まったく信憑性のない絵空事かというと、そうでもないでしょう。

こんな場合、単にハートトークが爆走している可能性もかなり高いです。

ということで、単純に良いイメージしか描いていなかったため、予想していなかった困難に遭っただけかもしれません。

ハートトークは、とてもシンプルな言葉しか持っていません。イエス!うん!、しっくり、ウキ、なんか良い感じ、自分らしい感じなどなど、です。言葉というよりもっと感覚的なものですね。

確実性とか将来の保障といった点から見ると、ハートトークはいかにも頼りにならないように見えます。ですので、思考がものすごいスピードで割り込んできます。で、思考は、保障や安心、動機や手段などを要求してきます。“それで食べていけるの?”“みんながどう思うか?”“それって、ただの逃げじゃないの?”、“お金も経験もないのにできる?”などなど。

で、この流れでまたも同じ方からのコメントです。(すみません、毎回おいしいネタ?を書いて頂いているので、つい連続して取り上げさせて頂きます。)

とりあえず、パッとできることは何でもどんどんチャレンジしていますが、お金や時間を使った結果、何もモノになっていません。ですから、これも実はハートトークでは無かったのかなと思ったりします。

ハートトークは、それがモノになるかどうかとかも、まったく気にしていないんです。なぜなら、ハートトークは「今ここに」しか生きていないからです。モノにしなきゃ・・というのは、思考の発言なんです。ハートトークにとって大切なことは、結果ではなく、それをやっているときに満足感があるか、楽しいか、生きている感覚がするか、自分らしさを感じるか、などなどです。

楽しいことを100個やって、何一つモノにならなかったとしても、振り返れば「いろいろやってとっても楽しかった人生」ができています。で、それ以上に素敵なことはないでしょう。

大人の発言で正論で責めてくる思考と比べると、ハートトークはときに、まるで小さな子供の話す言葉のように見えます。しかし、何度の失敗にもめげずに生まれた技術や独裁者から自由を取り戻した市民活動、多くの人々の心に響く芸術などなどは、そんなシンプルなハートの声から生まれたものばかりです。将来の保障や結果を重視したり、困難を避けようとしたら、生まれなかったものたちです。

ですから、子供のようなシンプルな思いでも、宇宙とつながった大きなパワーをハートは秘めています。思考は賢いけれども、未知や失敗を怖がり、私たちを思考という小さな檻の中に閉じ込めてしまいます。

大人の声や正論、保障を求める声、こうあるべき(こうあるはず)といった思考の言葉を横に置けば、ハートが大きくうなづいているのが聞こえてくるでしょう。そして、思考が決して与えてくれない、無限の可能性への扉が開きますね。

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自分の真意が分からないのはなぜ?」への5件のフィードバック

  1. いつも 楽しみにしています
    今回は とても ぞくぞくとしてしまいました
    私はいままで 思考の中で
    誰とも なにとも関わらず
    常に 自分を守り 常に自分にとって都合のよいことだけを考えてきたような気がします
    それは 自分を大切にしているように思えたかのようでしたが それはとても苦しいものでした
    だから 思考がどれだけ不自由か思い知らされています
    少しずつだけど 今を感じていたいと思います。

  2. こんにちは。
     今日ニュースを見ていたら、先日亡くなったアップルのスティーブ・ジョブズ氏の伝記が発売される、と伝えていました。その中で、ジョブズ氏の講演のシーンが流れ、「大切なのは自分の心と直感に従うこと」と言っていました。これってまさにハートトークに従え、ということですよね。やっぱりすごいことを成し遂げる人はハートトークに従っているのですね。
     さて、ここのところ私が困っているのは、父から受け継いだプラス・マイナス両方の財産のことです。プラスだけならいいのですけど。(そう思ってしまうのも思いこみかな?)私のハートはどのようにしたらいいのか皆目わからないのです。もう3年も「どうしたらいいか何かいい情報を下さい。」とスピリチュアルガイド様にお願いしているのですが、いっこうに情報がやってきません。あゆかさん、どのように考えていったらよいでしょうか?ヒントをいただければ嬉しいです。

  3. あゆかさん、コメントを取り上げてくださり、ありがとうございます。

    >ハートトークというのは、言い換えれば自分の「真意」ということです。例えば、「災害から必ず立ち上が>る」とハートが言った場合、そこで待っているものは困難ばかりかもしれません。でも、それが自分の真>意であれば、困難があっても自分の中では達成感や明瞭感、生きている感覚などがあるはずです。

    この部分が自分にとって大変わかりやすく、すとんと心に落ちてきました。

    私の場合、なぜ「異文化を知りたい」のかと言ったら、「しっかりと自分の両足で立って生きていけるようになりたい、精神的に強くなりたい」という思いに繋がります。(なぜそう繋がるのかは、大変長文になってしまうので割愛させてください。)普段はこの部分は意識していないので、すっかり忘れていましたが、、、あゆかさんの日記を拝見し、この数ヶ月の状態がまさにそれの基礎を築き上げていた、ということにふと気がつきました。一時は帰国しようかと思ったほど凹み涙してばかりだった数ヶ月、心の表面は常に荒波が立っていましたが、それでも心の一番奥底が「来てよかった」と言っているのはわかりました。そして、生きている、と意識せずとも感じていました。

    >単純に良いイメージしか描いていなかったため、予想していなかった困難に遭っただけかもしれません。
    これは、確かにあります(^^; なんだか少しお恥ずかしいです、、(笑)

    最近集中力に欠けており、今の自分の思いをうまく文章にできず、あゆかさんの日記と噛み合っているか不安がありますが(実はこれだけのコメントを書くのに既に3時間かかっています^^;)、まずはお礼をお伝えしたかったので、このまま投稿させていただきます。
    あゆかさん、読んでくださった皆様、もし分かりにくいようでしたら、すみません。

    来年または再来年、セミナーに参加させていただける日を今から楽しみにしています!

  4. こんばんは
    あゆかさんの本やスピリチュアル、心理学が好きでずっと実践しながら生きています。
    過去を振り替えると現在は信じられないくらい幸せで満ち足りた人生を送っています
    そして最近、ソウルメイトとしかおもえない男性に出会いお付き合いしています
    彼にであったのは、全ての執着やネガティブな思いを外して、本当にシンプルに、ひとりでも満ち足りた日々を送っているときでした
    出会いから現在まで全てが完璧で、まだ信じられないくらいの幸せを感じています
    ですが同時に彼を失う恐怖、関係が終わる恐怖、彼に飽きられる恐怖を定期的に感じては胸が苦しくなります
    出会うまえだったらそんな未来のことで悩んだりしなかったでしょう
    頭で下らないことだと分かっていても様々な恐怖が襲ってきます
    彼との関係が素晴らしすぎて恐怖も同時に存在します
    あゆかさん、形在るものは全て壊れますし、何もかもうつろいゆくものなのにわたしは彼との関係をなにか確信がほしいと感じます
    幸せなはずなのになぜか一人だったときより不安定になっています
    この恐怖をぬぐい去ることはできますか?
    またあゆかさんはソウルメイトと出会ったときにそのような不安はありましたでしょうか?

  5. あれれ、そうなんですか?
    ちょっぴりショックです。ハートトークに従ったら間違えなく幸せになれるものだと思っていました。
    職場の派閥政治の流れで、勤務を続けることができず、退職を余儀なくされましたが、ハートトークは続けたいって言っていたのです。万難排除してしがみつけばよかったのかな。でも、会社も強硬だったんですよね。。。どうしたらよかったのかなあ。。。でも派閥闘争している中で勤務続けるのも暴力が多くてきつかったし。やっぱりやめたかったのかな。。。ハートトークをどう見きわめたらいいんだろう。

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