非二元(悟り)

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「気づきのダンス」

kotomi saori 3

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

非二元(悟り)」への6件のフィードバック

  1. こんにちは。初めてコメントいたします。死というものは、目覚めた意識にとってどのような位置付けなのでしょうか?私はここ3年あまりで、義父母と飼い猫を亡くしました。時間が解決してくれるだろうと、次第に悲しみは癒されてきましたが、ちゃんと介護出来ていなかったという罪悪感や後悔の念がふと浮上する事があります。もっとああしてあげればよかった、こうしてあげてたら…と思考したら、今まではそれにはまってループしてしまいましたが、最近はその思考を眺めている意識を意識できるようになりました。それでもやはり、根っこの部分ではまだ悲しみは癒されてはいないのだと感じます。その悲しみに抵抗せずに、悲しみを認め悲しみと共に居ようと思い始めました。目覚めた人のブログ等に、死別した人の意識は生きている人の中にありありと存在し、永遠に一緒。いつでも会える。とありました。もしそうならば、もう一度会いたい、また楽しかったかつてのようにみんなで暮らしたい、などと思って涙が出ます。親しい間柄でなくても、人間や動物の肉体が滅んだあとの意識は、どこに在るのでしょうか?これについてはずっと疑問が晴れません。長々とすみませんでした。

    • コメントをありがとうございます。ここのコメント欄を削除できないので、このままにしておりますが、できましたら、記事のほうにコメントをお書きくださいね。

      ご質問には、近々記事のほうでお返事させてください。

      これからもよろしくお願いいたします♪

  2. 何もはなから起こっていなかったって分かります。
    そして、同時に起こってるとも思います。
    その両感覚が大事かな?と思います。

  3. 私も同じことを感じる体験をいたしました。
    世界の本当の姿を見られたのですね。これは同じ経験をした人同士なら、すぐにピンとくるものなのですね。
    ところで狐につつまれるではなく、狐につままれる、だと思います・・・(笑)

    • こちらにコメントを頂いていることに気がつきませんでした。

      >ところで狐につつまれるではなく、狐につままれる、だと思います・・・(笑)

      本当ですね!(笑) ご指摘ありがとうございます。

      同じ体験をなさったということで、なんだかとても嬉しく思います。

  4. 初めまして。
    私も二年前の大晦日に全ては愛、全ては許し、全て一体の感覚を体験しました。ずっとスピリチャルな世界を探索して来て、探していたもの、聞いていたものはこれだった…そう一瞬悟りました。ですがそれは入り口に過ぎず、かれからも、苦しんだり、静粛、清らかさを感じてストンと落ちたりの繰り返しです。
    苦しんでいるとき程、探ろうとします。何かの答えが欲しくてあゆかさんのブログを拝見しました。 また心が軽くなりました。
    何とかしなきゃ、今のままでは…主人の態度が…と思う気持ちが度々顔を出して、わかった筈の自分がまだこんな感じ?と苦しみます。
    自分は存在しない。自分が自分の人生をコントロールしていない。ただ起こることが起こるだけ…それに気づくとまたその自我を
    スクリーンで見るようにただ気づいています。
    来春の東京のセミナーに是非全て参加させていただきたいです。
    ですが京都在在で連泊で参加となると出にくいところです。
    京都や大阪でセミナーを開催していただける日が来ることを願っています。

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